第29章「邪心戦争」
AM.「ミシディアの長老」
main character:ミシディアの長老
location:ミシディア・祈りの塔

 

 

 ダムシアンで “冒険者” と竜騎士が二体のドラゴンを屠り、バロンとトロイアで人の限界を超えた “最強” が人外の強敵と激闘を繰り広げている頃―――

 ミシディアでも、二匹の “竜” が出現し、魔物の群れと共に迫ってくるそれを、魔道士達と暗黒騎士団は必死で食い止めていた。

「―――暗黒騎士団、突破された模様! 二体の竜がこちらに接近してきます!」

  “祈りの塔” の最上階にて、一人の白魔道士がミシディアの長老へ報告する。

「ぬう・・・暗黒騎士団は!?」
「被害は受けていますが未だ健在―――ですが、魔物の群れに対応する為、竜の迎撃は不可能です!」
「くっ・・・このままではテラ達が・・・」

 長老は苦悩で眉根にシワを寄せる。
 バロンから派兵されてきた暗黒騎士団は、少数精鋭ながらもその “ダークフォース” の力は凄まじく、遠くの魔物にはダークフォースの一撃を撃ち込み、例え接近されたとしても闇の力が秘めた武具によって強化されている騎士達は、接近戦でも引けをとらない。

 遠近両方構わずに戦える暗黒騎士達のお陰で、昨晩の魔物達の襲撃にもミシディアは全く被害を受けずに済んでいた。

 とはいえ、ミシディアの魔道士達も黙って暗黒騎士の活躍を見ていただけではない。

 暗黒騎士が前線で魔物達を抑え、テラを筆頭としたミシディアの魔道士達が後方から攻撃魔法や補助魔法で援護する。
 それにより、魔物達はほぼ一方的に倒されていった。

「ミン=ウ様・・・どうかご加護を・・・!」

 長老は固く目を閉じて、重々しく祈りを呟く。

 昨晩の魔物との戦いで、こちらが圧倒的に優勢だったのは、暗黒騎士の強さと、魔道士との連携が上手く行った―――だけではなく、もう一つ理由があった。
 このミシディアの地は “大いなる意志” によって見守られている。月の “悪意” に操られていた魔物達は、その “大いなる意志” によって “悪意” を阻害され、そのために軽い惑乱状態に陥っていた。

 原因こそ違うが、つまりはトロイアと似たような状況にあったということだ。

 その “意志” の名こそ、長老が祈りを込めて呟いた “ミン=ウ” 。

 このミシディアが生まれる前から存在する魔道士であり、ミシディア―――いや、フォールス地方の魔道士達の始祖とも呼ばれている。フォールスの生まれで魔法を使える人間の先祖を辿れば、必ず “ミン=ウ” に行き着くという説もある。

 その “大いなる意志” は代々ミシディアの長を務める者にしか感じることはできない。
 だが、確かにそれは存在する。ミシディアで力の強い魔道士が生まれやすいのは血が濃いことともう一つ、このミン=ウの加護に寄るところが大きい。

 だがそのミン=ウの加護も絶対というわけではない。

 明け方頃に出現した金と銀、二匹の竜。
 それはトロイアに出現した “白竜” と同じような蛇竜(もっとも、見比べてみればその体躯は一回り小さいことが解っただろうが。

 ともあれその二匹の竜の出現により、戦局は一変した。

 それまではダークフォースと攻撃魔法で、ほぼ一方的に魔物を迎撃できていたが、流石と言うべきか “竜” はあっさりと墜ちてはくれなかった。
 しかも二匹の竜は空を舞い、そのために地上の魔物達とで、攻撃を分散しなければならず、効果的に攻撃することができない。

 さらに竜は知能が高いらしく、固くて強い暗黒騎士は無視して、後衛の魔道士達に狙いを定めた様子だった。
 暗黒騎士はダークフォースの集中砲火で二匹の竜を押し留めていたが、眼前に迫る魔物達を無視することもできない。

 結局、抑えきれずに竜達は暗黒騎士達を突破し、魔道士へ襲いかかろうとしている―――というのが先程の白魔道士の報告だった。
 竜などに接近されればテラ達魔道士は為す術もない。テラ達が全滅すればミシディアの村を守る者はいなくなる。
 そうなれば、竜は村を容易く焼き払うだろう。

(・・・せめて子供達だけでも逃がしたいが・・・!)

 祈りながら長老は敵わぬ願いを声に出さずに呟いた。

 ミシディアの村は三方を海で囲まれている。
 魔物達は唯一海ではない西方から襲いかかってきているのだ。デビルロードも使用人数は限定され、今更逃げる方法も無い。

「私に力があれば・・・!」
「長老・・・」

 気遣わしげに報告してきた白魔道士が声をかける。
  “ミシディアの長老” とはいえ、彼の魔力はさほど高くはない。 “長老” は別に優れた魔道士がなるわけではなく、他者からの信頼が厚い者―――早い話、人望がある人間が抜擢されることが多い。

 当たり前の話だが、いくら力があっても人々をまとめられぬ者が長となるよりも、力無くとも人望ある人間が長となった方が国は上手く行くだろう。

 だが、こう言う時に戦う力がないことは、国をまとめる者としてなんとも歯がゆかった。

「ともあれ、今はテラ達に頼るしかない・・・か」
「だ、大丈夫です! かつて賢者の称号を得たテラ様ならばきっと何とかしてくれます!」

 それは根拠の無い励ましだった。
 が、表情を暗くする長老にそう言わずには居られなかったのだろう。
 そんな白魔道士に、長老は苦笑―――を堪え、無理に微笑む。

「そうだな。そなたの言うとおり、テラならば必ずや守り抜いてくれる!」
「はい!」

 ―――自分の言葉を、長老は信じたわけではなかった。テラの実力は誰よりも長老が良く知っている。だが、彼が全盛期だったのはもう何年も昔の話だ。
 そして、全盛期のテラでさえ、竜を二匹も相手にするのは流石に役者不足と言えるだろう。

 それでも自分を励まそうとする者の意を無視することは出来なかった。

(本来ならば、私が励まさねばならぬのにな・・・)

 心の中で苦笑し、長老は部屋の入り口へ足を向けた。

「長老、何処へ?」
「村に出る。村の者たちも不安を感じていることじゃろう―――戦うことが出来ないならば、せめて励ますくらいはせんとのう」

 祈りの塔でミン=ウに祈るよりも、不安に思う民の傍に居て、気休めでも慰めてやりたいと長老は思った。
 そう言う風に、常に他者のことを気に掛ける想い。それこそが彼が長老に選ばれた理由だった。

 「私もお供します!」と言う白魔道士を伴い、ミシディアの長老は祈りの塔を後にした―――

 


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