第29章「邪心戦争」
AL.「限界突破」
main character:レオ=クリストフ
location:トロイアの街

 

 爆裂拳

 

 ダンカンの連打が白竜の身体を軋ませる。
 白竜の巨体からすれば、人間の “拳” など、アリに噛まれているようなものだ。
 だというのに、ダンカンの拳から生み出される打撃は、竜の身体の中まで響き、着実にダメージを与えていく。

 ―――ニンゲン如きがあ・・・!

 今まで黙していた白竜が、人の言葉を呟きながらダンカンの姿を憎々しげに睨み下ろす。
 実際に発声したわけではない。それは竜の姿となったバハムートと同じく、人の心に直接伝える “思念” だった。

「ほう、人の言葉が解るのか」

 感心したようにダンカンが呟く。
 今まで長いこと生きてきたが、人の言葉を喋れる魔物はあまり見たことがない。

(まあ、魔物と見ればとりあえず速攻で殴り倒してきたしなあ。実は言葉を操る魔物は意外と多かったのかもしれん)

 ―――いい気になるなよ、ニンゲン!

 怒りの思念を発しつつ、白竜はガバッと大きな口を開く。
 その喉の奥から見えるのは、青白い凍気―――

 

 吹雪

 

 先程、サラマンダー達を襲ったのと同じ “吹雪” がダンカンへ向かって吹き付けられる。

 

 鳳凰の舞

 

 それを、これまた同じようにダンカンは炎を身に纏い、防いだ。

 ―――が、白竜の攻撃はそれだけでは終わらなかった。

「―――っ!」

 炎によって吹雪が振り払われた直後、ダンカンの目の前に真っ白い何かが迫る。
 それは白竜の尾だ。
  “吹雪” は防がれること前提の “目隠し” であり、この尾の一撃こそが本命だった。

 目の前に迫る尾の一撃に、ダンカンは為す術もなく吹っ飛ばされる―――

 

 

******

 

 

 ダンカンの身体がバットで打ち返されたボールのように勢いよく吹き飛び、近くにあった建物の壁に激突―――そのまま壁を貫通し、その身体は見えなくなる。

「し・・・死んだか・・・?」

 戦いを見守っていた―――逃げることも忘れ、つい見入っていたサラマンダーが呆然と呟く。
 しかしその隣で、バルガスは嘆息と共に呟いた。

「あれくらいで死ぬような生物なら、俺もマッシュも苦労していない」

 と、その言葉を肯定するかのように―――

 

 オーラキャノン

 

 ダンカンがめり込んだ建物の中から爆音が響いてきた。
 直後、光とともにダンカンの身体が建物の中から飛び出してくる―――どうやら、先程マッシュも使った光線技をジェット噴射代わりにして、建物から脱出したらしい。

「コイツはお返しじゃああああああああっ!」

 建物の中から “射出” されたダンカンは、その勢いのまま白竜へと迫撃。
 拳を “闘気” に輝かせ、それを白竜の眉間に叩き込む!

 

 オーラスマッシュ

 

「―――――――――ッッッッッ!!!」

 

 思わぬ反撃に、白竜はダンカンの一撃を避けきれずにまともにくらい声なき悲鳴をあげて―――そのままズズン、と地面に倒れ伏した。
 ダンカンの方は殴った反動で再跳躍。そのままつい今しがた自分がめり込んだ建物の屋根の上に着地する。

 両手を腰に当て、倒れた白竜を眺めつつ愉快そうに「カッカッカ」と笑い声を上げた。

「やられたらやりかえーす! これぞダンカン流!」

 などと三階建ての家屋の上で高笑いするダンカンを見上げ、サラマンダーは唖然としながらそれを指さす。

「そうなのか?」
「私に聞くな」
「・・・俺も初めて聞いた」

 息子と弟子がそれぞれ微妙な表情で応えてくる。
 しばらく休んだお陰でそれなりに回復出来たのか、メイドフェチに抱えられていたマッシュはいつの間にか降ろされ、自分の足で立っていた―――まだ少々フラついているようだが。

 ―――殺すッ!

 殺意と共に白竜が巨体を起こす。
 そしてまた、ダンカンと白竜の戦い―――むしろ、 “殴り合い” と呼んだ方が相応しいようにサラマンダーは感じた―――が再開する。

 人間の数十倍の体躯を持つ “竜” を相手に、闘気の光を身に纏いつつまともに殴り合うダンカンをサラマンダーは夢でも見ているような面持ちで見つめていた。

 闘気。
 それは魔力と同じ、人間が使える “力” の一つだ。
 その源は “生命力” であり、故に命在る者にしかつかえない―――つまり、アンデッドや機械には使うことは出来ない力。

 生きとし生ける者ならば意識せずに自然と使っている “生命力” を、闘いの為に瞬間的に高め、それにより身体を活性化―――さらには “オーラキャノン” の様に、純粋な “力” として体外に放出するのが “闘気” である。

 つまり、生命力を高めれば高めるほど、肉体は強くなる―――のだが、それでも限界というものはある。
 闘気の源は “生命力” ―――裏を返せば、生命力を消費して “闘気” を発動している。当然それは無尽蔵に沸いて出てくるわけではなく、力を出し尽くせば先程のマッシュのように倒れてしまう。

 ダンカンの身体能力は、その “人間の限界” というものを越えているようにサラマンダーは感じた。

「あれは本当に人間か・・・?」
「残念ながら人間のようだ」

 バルガスが嘆息混じりに応える。
 先程から気付いては居たが、どうもこの息子は父親のことをあまり良くは思っていないらしい。

「まあ、普通の人間ではないがな」
「どういう意味だ?」

 サラマンダーはダンカンと白竜の闘いに目を奪われたまま聞き返した。
 普通では無いことは見れば解る―――が、どう “普通ではない” のかそれを知りたかった。

 それを知れば、ひょっとすれば自分も人外の領域に踏み込めるのではないかと期待して―――

「・・・ “ソルジャー” と呼ばれる連中を知っているか?」
「 “神羅” のか?」

 サラマンダーの返事に、「知っているならば話は早い」とバルガスは続ける。

「ソルジャー―――人間の限界を超えた戦士。言うなればアレらと同じだ」
「・・・あの男も “ソルジャー” だと言うのか!?」
「違う」

 きっぱりとした否定の即答。

「ウチの親父もソルジャーと同じように “人間の限界を超えた者” というだけだ。本物のソルジャーがどうやって造られるのかは知らんが、あのクソ親父は長年修練を積み重ねることによって、人の限界を超えた力を手に入れた」

 人間には “限界” というものが存在する。
 それは言葉を変えれば “防衛本能” というものであり、肉体の限界以上の力を発揮して、自壊しないように脳が設定した限界――― “リミット” を越えて力を出せないようになっている。だから普通ならどれだけ身体を鍛えても、 “リミット” のせいで無意識に力をセーブし、100%の力を発揮することは出来ない。

  “ソルジャー” は魔晄の力によって肉体を強化し、脳の “リミット” を意図して解除――― “リミットブレイク” することができる。
 それにより、100%に近い力を振るうことが出来るのだ。

 ダンカンも同じだ。
 長年の修練で肉体を鍛え抜き、さらには意識して “リミット” を外すことが出来る。

「親父はそのことを “限界突破” と言っているがな―――だが、もっと解りやすい単語がある」
「それは?」
「居るだろう? あの親父の他にも、人間のくせに人間とは思えぬ力を持ち、凡人には到底成し得ないような偉業を成す奴らが」
「! ・・・そうか―――」

 サラマンダーは息を呑み、たった一人で “竜” と激闘を繰り広げるダンカンを凝視し、その言葉を呟いた。

「あれが・・・あれこそが―――」

 

 

******

 

 

「―――あれこそが “最強” か」

 リックモッドは “その光景” を半ば放心して眺めていた。

 バロンに突如として出現した鋼鉄の “顔” 。
 こちらの攻撃は通じず、逆に広範囲にわたる攻撃魔法を敵味方区別無く撒き散らされ、まるで手が付けられなかった。

 そこに援軍として現れたのがレオ将軍率いるガストラ帝国の兵士達だった。

 と言っても、総勢四人。
 しかしそのうち二人が乗る “魔導アーマー” は凄まじい火力を見せ、炎や氷、雷といった三種の属性の光線を放ち、魔物達を蹴散らしていく。
 ただ、そんな魔導アーマーの攻撃も “顔” には多少動きを止めただけで、全くと言っていいほど通用しなかった。

 その “顔” にたった一人で立ち向かい、今も戦い続けているのが―――

「ガストラ―――いや、世界 “最強” の男・・・レオ=クリストフ・・・」

 リックモッドの見つめる視線の先、レオは “顔” へ向けて透き通った剣を叩き付ける。

 

 ショック!

 

 剣が “顔” に当たる直前、剣が光り輝き―――それは必殺の “衝撃力” となって “顔” へと叩き付けられる。
 かつてはガストラ帝国が誇る兵器 “魔導アーマー” を一撃で破壊したともされる、レオ=クリストフの代名詞的な必殺技だが、その一撃でさえも “顔” に対しては、その巨体―――身長188cmのレオでも見上げなければならぬほどの―――を多少揺るがした程度だった。

「『ファイガ』」

 反撃にと “顔” が火炎の魔法を放つ。
 ただしそれは先程までのような、敵味方無差別に広範囲へ放たれたものではない。
 目の前の男が最大の障害だと認識したのか、レオ一人へと集束して放たれた。

「・・・!」

 紅蓮の炎にレオの身体が包まれる。
 対し、レオ=クリストフがとった対応は単純にして明快。

「うぅぅおおおああああああああああああああああああっ!」

 怒号。
 大地すら揺るがすと錯覚しそうなほどの凄まじ気迫のこもった雄叫びに、魔法の炎はかき消された。
 同時、その声を力として、レオは再び剣を振り上げて “顔” へと叩き付ける。

 

 ショック!

 

 ―――先程からこれの繰り返しだ。
 レオが強烈な一撃を放ち、対して “顔” が魔法で反撃―――それをレオが気合いでかき消すと同時に強撃。

 鋼鉄の “顔” に対し、レオ=クリストフがとった戦法は、戦法と呼ぶのも馬鹿らしいほど単純な “力業” だった。
 ・・・いや “単純” ではない。 “世界最強” の力業だ。

(・・・無理無茶無謀はセシルのヤツで見慣れていたつもりなんだがなァ・・・)

 レオ=クリストフの闘いを眺め、リックモッドは胸中で呟く。
 しかし、そのレオの “力業” で “顔” の進軍は止まっていた。
 移動速度は極端に遅いものの、さっきまでリックモッド達陸兵団が束になっても止められなかった “顔” を、レオは押しとどめていた。それどころか、レオが一撃を放つたび、僅かずつでも押し返しているようにすら見える。

 ただ、それでもレオの不利は明らかだった。
 レオの必殺技は “顔” に対して多少押し戻しているだけだ―――対し、 “顔” の放つ攻撃魔法は、即座に気合いでかき消されるとはいえ、確実にレオの身体を削っていく。

 そもそも必殺技にしろ気合いにしろ、放つたびにそれなりに体力を消費するはずだ。
  “顔” があとどれだけ魔法を放てるのか解らないが(下手をすれば無尽蔵かも知れない)、どう考えてもレオの方が先に力尽きるに決まっている。

(決まって・・・居るんだが・・・)

 どう見てもレオが力尽きるのは時間の問題だ。
 だというのに、不思議とレオ=クリストフが地に倒れるビジョンが想像出来ない。
 だからリックモッドは唖然としながらも、レオの戦い振りを見つめずにはいられない。

 ―――と、その視界を何かが覆った。

「GYAAOUUUUUUUUU!」
「!?」

 悲鳴をあげて目の前を過ぎ去っていくそれを、反射的に目で追ってみればそれは魔物だった。
 何かに殴られたように、頭や身体が陥没している。

「おいオッサン、なにぼーっとしていやがる!?」

 乱暴な口調に振り返れば、ガストラの兵士の服装をした青年がこちらを睨付けていた。

 アストラ=クリストフ。
 レオと共にやってきた青年で、名前から解るとおりレオ将軍の実弟だという。
 何故か両腰に二本ずつ、計四本のミドルソードを下げているが、それは使わずに拳で魔物を殴り倒していた。

「わりぃ、つい・・・な?」
「ハッ。戦闘中に寝惚けられるなんざ、バロンの兵士ってのは随分と温いんだな」

 挑発めいた言葉に、リックモッドは返す言葉も無く苦笑する。
 ガストラ帝国の増援のお陰で大分楽になったが、未だ魔物の数は多い。

 当然戦っているのはレオ=クリストフだけではなく、その周囲では他の魔物達を、アストラや二体の魔導アーマーが、陸兵団と協力して対抗している。

「・・・もうちょっと見ていたかったが―――そう言うわけにもいかねえかあ!」

 苦笑をそのまま獰猛な笑みに変え、リックモッドは大剣を振り上げて魔物の群れへと飛び込んだ―――

 


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