第29章「邪心戦争」
AK.「拳極めしモノ」
main
character:サラマンダー=コーラル
location:トロイアの街
「・・・し、師匠・・・!?」
突如として現れた思わぬ存在に、いつの間にか意識を取り戻していたらしいマッシュが、メイドフェチに担がれた状態で己の師を見る。
それはまごう事なき、自分が指示する格闘家の姿だった。「何故、ここに・・・?」
バロンで別れ、エブラーナへ向かったはずのダンカンが何故ここに居るのか解らず、今が緊急事態と言うことも忘れ、マッシュは問いかける。
「バルガスにでも聞いておれ」
短く早く呟き、ダンカンは “白竜” の方へと向き直る。
そして表情に浮かべるのは―――獣を思わせる、獰猛な笑みだ。「ファファファ・・・エブラーナではとことん空振りじゃったが、ここに来てよもや “竜” と戦えるとはのう」
「・・・おいまて。まさか一人で戦うつもりか!?」サラマンダーが叫ぶ、とダンカンはあくまで振り向かずに言い捨てる。
「折角の強敵だ。何故、わざわざ徒党を組まねばならんのだ?」
「なっ・・・」一瞬、何を言われているのか解らず、サラマンダーは呆気にとられる。
だが、すぐにハッとして食い下がった。「馬鹿なことを言うな! あれは人間が敵う存在ではない!」
サラマンダーにしてみれば、無謀にも一人で戦おうとするダンカンを止める義理はない。
だが、ダンカンの強さはカイポの村で垣間見た。もしも協力出来るなら、竜ともそれなりに渡り合えるかも知れない。「ここは力を合わせるべきだろう!」
―――言いつつ、サラマンダーは背中にむずがゆいモノが走るのを感じた。
(・・・よもやこの俺がこんな台詞を吐こうとはな)
どちらかと言えばサラマンダーも一匹狼の傾向が強い男だ。
今までずっと一人で生きてきて、時折誰かと手を組むことはあっても、それが長く続いたことはない。だが状況が状況だ。
他人に頼らない――― “一匹狼” であることはサラマンダーのポリシーだが、それに固執するほど彼は子供ではなかった。
それが最善であるならば、躊躇することなく他人の力を借りる―――それがサラマンダーという男だった。だが。
「足手まといはひっこんでおれぃ!」
「・・・なっ」だが、いくらサラマンダーが “大人” であろうとも、相手が子供であればどうしようもない。
サラマンダーの言葉に耳を貸さず、ダンカンは無造作に地を蹴り―――先程のマッシュと同じように、白竜に向かって突進する。「ま、待て―――」
「放っておけ」白竜に突進するダンカンを止めようと、反射的に追いかけようとするサラマンダーに冷淡な声がかけられる。
振り向けば―――ダンカンに気を取られていままで気がつかなかったが、そこにはこれまた見覚えのある青年が立っていた。「お前は・・・?」
「バルガス、だ。一応、アレの息子をやってる」吐き捨てるように言った青年の視線はサラマンダーを見ていなかった。
ハッ、としてサラマンダーはバルガスの視線を辿って背後を振り返る。見れば丁度、ダンカンは白竜の元へとたどり着き、その胴体へ渾身の一撃を放つところだった。「無茶だッ!」
思わずサラマンダーは叫んでいた―――
******
白竜にはマッシュの一撃すら通じなかった――― “格闘家” としての実力は、マッシュはまだまだ未成熟だ。1対1で戦うとしたら、ダンカンやヤンは元より、サラマンダーにも劣る。
だが、こと “打撃力” に限って言えば、マッシュの一撃は自分をを上回っているとサラマンダーは見抜いていた。
ダンカンの強さは知っているが、それでももう老人と呼べる齢だ。
老人にしては立派な体つきをしているが、それでも全盛期よりは衰えているだろう。筋力というモノは歳と共に確実に衰えていく。その代わり、歳を重ねる事に経験は積み重ねられ、技を高めていく。しかしそれは同じ人間が相手ならばの話だ。
目の前で周囲を破壊している “竜” のような人のスペックを超越した存在に対しては、並大抵の “技” など無意味だ。
必要なのは蛇身を覆う竜麟を貫通し、その身にダメージを与えることの出来る攻撃力―――純粋な “破壊力” だ。そしてその破壊力は、今この中ではマッシュが最も強い―――そのはずだった。
******
ズドォンッッ。
「・・・・・・・・・・・・・・・!?」
唖然と。
サラマンダーは目の前の光景を視認した。ダンカンの拳が白竜の身にぶつかった―――と思った瞬間、凄まじい打音と共に竜麟が数枚弾け飛び、ダンカンの拳が竜の見にめり込んだ。
それから若干遅れるようにして白竜の巨体が揺れ、その身が街の石畳を滑った。
もしも相手が蛇身ではなく、二足歩行の巨人か何かであれば、その巨体は地面に倒れ伏していただろう。「・・・・・・・なにが、起きた・・・?」
唖然と。
サラマンダーは目の前の光景を視認し―――尚、見たものが信じられないと、ダンカンを凝視したまま立ちつくす。「だから言っただろう―――ほっとけと」
はあ、とバルガスが何処か不機嫌そうに言い捨てる。
「あの親父のことなんて、気に掛けるだけ無駄―――いや無意味だ」
むしろいっそ死んでくれれば息子の俺も気が楽なんだがなァ。と、冗談には聞こえないように呟く。
スガアアアアッ!
地を蹴り、白竜の頭の位置まで飛び上がったダンカンは、その眉間に痛烈な回し蹴りを放つ。
その一撃を受け、白竜はのけぞり―――ながらも、倒れることはせずに、逆に蛇身をくねらせて、その身を空中に居るダンカンへとぶつけた。
地上ならばともかく、飛び上がった状態ではまともに避けることなど出来ない。「ぬおっ!?」
竜の体当たりはダンカンに直撃し、その身体を近くにあった家の屋根へと叩き付けた!
ダンカンの身体は屋根を貫き、建物の中へ貫通、埋没して見えなくなる。「やはり一人では―――」
と、サラマンダーがダンカンを救出するべく足を一歩踏み込んだ―――と、同時に家の玄関の戸が弾け飛んで、そこからダンカンが飛び出した。
まるで弓から解き放たれた矢のように、凄まじい勢いで白竜へと突進し、その勢い任せに拳を叩き付ける。
しかもそれは、先程ダンカンが数枚の竜麟をはじき飛ばしたところだった。「―――――――――ッ!」
護るべく鱗がないところをピンポイントで直撃され、白竜は声なき悲鳴をあげる。
声が出せないわけではない。
白竜のその叫びは、人間の耳では聞くことが出来ないレベルの高周波の悲鳴だ。「・・・・・・なんなんだ、あれは」
ようやく、サラマンダーはそれだけの言葉を必死で絞り出した。
それからギギギィ・・・っと、まるで錆び付いた扉の動きと似た様子で、白竜と一人で戦う “超常現象” みたいな老人の息子を振り返った。「・・・なんなんだ、あれは・・・!?」
「なんだ、と言われても。厄介で面倒でタチの悪いクソ親父という他はないが」あっけらかんとバルガスは言い捨てた―――直後、さらなる打撃音がサラマンダーの耳へと響き通った。