第29章「邪心戦争」
AJ.「無謀と意地」
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character:サラマンダー=コーラル
location:トロイアの街
数十秒後。
マッシュはあっさりと白竜に返り討ちにあっていた。竜が他の傭兵達を蹴散らしている隙に肉迫し、硬く握りしめた拳を蛇身へと叩き付けるが通じず、逆に尾の一振りで叩き返される始末。
「かはっ!?」
「何をやっている!?」まるでゴムボールの様に尾で打ち返され、地面を何度かバウンドして戻ってきたマッシュに、サラマンダーは苛立ちと焦りをない交ぜにして怒鳴る。
と、罵倒する一方で、サラマンダーは内心で動揺していた。
単純に “威力” だけ見ればマッシュの打撃はサラマンダーをも上回っている。そのマッシュの一撃がまるで通じなかったと言うことは、サラマンダーの攻撃も通用しないということだ。さらに付け加えるなら、傭兵達の中でサラマンダーとマッシュの戦闘力は頭一つ抜き出ている。つまり、この二人の攻撃が効かないということは―――
(・・・俺達に、あの “竜” を倒す術は無いと言うことだ・・・!)
冷静に現状分析し、サラマンダーが絶望に立ちつくしていると、その隣でマッシュが全身にダメージを抱えながらも立ち上がる。
「ま・・・まだだ・・・っ」
唇でも切ったのか、それとも尾の一撃で軽く内臓をやられてしまったのか、腕で口元から流れる血を拭い―――そのまま続けて、両腕を前方へと突き出す。
掌を白竜へ向けるようにして両手を合わせ、 “闘気” を集中させる―――「喰らえ・・・!」
「まて―――!」サラマンダーが静止するのも聞かず、マッシュは全力を込めてそれを放つ!
オーラキャノン
マッシュの掌から、生命力を源とする光り輝く “闘気” が放たれる。
それは今までに何度か放ったものよりも、眩く、かつ太かった。「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
裂帛の気合いを吼えるマッシュの声に応えるように、闘気の光は真っ直ぐに竜の頭部へと伸び―――直撃する。
ごおっ!
と、凄まじい衝撃音が大気を震わし、それはサラマンダー達の元まで届いた。
「や、やった・・・・・・か?」
赤毛の傭兵は肌がビリビリと震えるのを感じながら、淡い期待のようなものが胸に浮かび―――しかしそれは即座に霧散した。
その隣ではマッシュが息を荒く吐く。「・・・・・・はあっ、はあっ、はあっ・・・」
全力の一撃。
持てる全ての闘気を注ぎ込んだ一撃を放った後、マッシュは力尽きて膝を折る。
そのまま僅かに残った精一杯の力で顎をあげて見上げ―――力無く呟く。「ちく・・・しょう・・・・・・っ」
見上げた先。
白竜は健在だった。マッシュの渾身の一撃は、白竜の頭を僅かにのけぞらせただけだった。
(また・・・俺は・・・・・・)
自分の渾身の一撃が殆ど通じなかったのを見て、マッシュはそのまま地面へ倒れ込んだ。
「今のでも・・・ダメージを与えられないのか・・・!」
ギリ・・・と、サラマンダーは歯を食いしばる。
そうしなければ、あまりの戦闘力の差に恐慌に陥ってしまいそうだった。(逃げるしか・・・ない、か?)
太刀打ち出来ない以上、ここに留まっていても犬死にするだけだ。
「・・・・・・おい、お前ら」
サラマンダーは白竜に対して目を背けずに、メイドフェチとサンダーボルトへ向かって言う。
「そこで力尽きている馬鹿と、神官様を連れて逃げろ・・・!」
「オッケー逃げるんだな良し行こう!」待ってましたと言わんばかりに、メイドフェチが倒れたマッシュの身体を手早く抱え上げた。筋骨隆々としたマッシュの身体はそれなりに重いはずだが、意外と力は強いらしく、メイドフェチは軽々と肩に担ぐ。
「ふむ・・・確かにそれが今の最善ではあるな」
メイドフェチとは対照的に、サンダーボルトは腕を組みつつ泰然と頷く。この現状で全く取り乱さないのは立派と言えるが、逆に何を考えているか解らず不安を感じる。
「貴方はどうするのですか!?」
ファーナがサラマンダーへと問いかける。
今の口ぶりからすると、サラマンダーには逃げる気はないように聞こえたからだ。案の定、というべきか、サラマンダーは白竜を睨付けたまま―――ファーナ達には背を向けたまま、言う。
「逃げるにしても誰かが食い止める必要があるだろ」
「それを貴方が請け負うというのですか? ―――どうして!?」サラマンダーは単なる傭兵だ。ファーナ達の為に―――もっというなら、トロイアのために命まで張る必要はないはずだった。
「・・・つまらん意地だ」
傭兵としてのプライドだとか、戦士としての誇りだとか―――そういうことではなかった。
目の前の竜に敵うとはまるで思っていない。
だが、マッシュはそんな竜に対して単身で立ち向かっていった。それは単に “無謀” と言える行為だろう。
サラマンダーから見てもそれは愚かな行為だと思えるし、真似しようとも思わない。ただ。
(・・・だからといって、何もせずにただ逃げるというのは、性に合わねえ・・・!)
バシッ、と拳で掌を叩く。
マッシュのように我が身を省みず、無謀に突撃しようとは思わない―――だが、逃げるにしても一撃くらいは、と思う。実力差を考えずにただ突っ込むのは単なる馬鹿だが、慎重過ぎて何も出来ないのはただの臆病者だ。
そして傭兵―――いや、戦士であるサラマンダーにしてみれば、小利口な臆病者よりも、無謀な馬鹿の方がマシだった。「お、おい、あいつ、こっち向いたぞ!」
恐怖に声を震わせながら、マッシュを担いだままのメイドフェチが叫ぶ。
その言葉通り、白竜の頭はこちらに向けられていた。すでに白竜の周囲の傭兵やトロイアの女兵士達は全滅していた。
中にはまだ息のある者も居るかも知れないが、少なくともサラマンダーの視界の中では皆倒れ、動く者はいなかった。さらに付け加えるならば、この場で立っている者たちはサラマンダー達だけだ。
他の者は白竜に倒されたか、そうでなければさっさと逃げてしまっている。それを確認し、舌打ちしながらサラマンダーは叫んだ。
「いいからとっとと退け!」
「むう・・・いかんっ!」やや緊迫した様子でサンダーボルトが呻く。
見れば白竜の口に、青白い息―――凍気が漏れ出ていた。「 “吹雪” が来る! 逃げ切れん!」
吹雪
サンダーボルトの宣言通り、直後に吹雪が吐き出される。
氷雪のつぶては広範囲に渡り、街並みや倒れた傭兵達を凍り付かせていき―――すぐにサラマンダー達の元へ到達する。「ちいいいいっ!」
逃げる間もなくこちらを包み込もうとする冷気に、なんとか耐え抜こうとサラマンダーは全身に力をみなぎらせ―――
鳳凰の舞
冷気がサラマンダー達を包み込む―――寸前、吹雪により真っ白に染め上げられていた視界が、一転して炎の赤で彩られる。
「なっ・・・!?」
何が起こったのか解らず、サラマンダーが愕然としていると、いつの間に目の前に見覚えのある老人が立っていることに気がついた。
「! お前は・・・!」
思い出すのは数ヶ月前。
カイポの村で宿屋の用心棒(半分冗談みたいなモノだったが)をしていた頃の事だ。真夜中の村に、すでに閉じていた門を強引に破壊してやってきた、マッシュの師匠―――
「確か名前は・・・ダンカンと言ったか・・・?」
「ほう、ワシの名を知っておるか」サラマンダーの呟いた名に、マッシュと同じく筋骨隆々とした老人は、にやりと笑ってサラマンダーを振り返った―――