第29章「邪心戦争」
AG.「エデンツート」
main character:クロス=イーゲル
location:ダムシアン城・城壁
ダムシアン城の城壁の上で、アルツァートはクロス達の様子を眺めていた。
朝日が昇った時、魔物達は砂漠の西方へと消えていった。ならば来るのは西の方からだろうと、城下にあるバザー街の西側に残った傭兵達が控え、そのさらに外、城から見て西の砂漠の上にクロス達四人だけが待機している。最初は傭兵達と共に戦うように要請したのだが、クロス曰く「 “倒す” ならともかく “食い止める” だけなら俺達だけの方がやりやすい」などと言って、今のような布陣となった。
あの “バッツ=クラウザー” の幼馴染だと聞いて、多少―――いや多分に期待したものだが、紹介された他のパーティメンバーを見て、アルツァートは落胆を禁じ得なかった。
物々しい大剣を持った少女―――はまだしも、もう一人は十にも満たないような年端の幼女。しかも魔道士らしいが、それらしき杖などは持って居らず、代わりに “黒い革手袋” を何故か右手にだけはめていた。クロスと共にいたのも科学者のような白衣の女性であり、クロスの妹らしい大剣の少女もどことなくぼんやりとしていて、戦士という雰囲気ではない。つまるところまともそうな戦士はクロスただ一人しか見えなかった。
果たして大丈夫なのか―――不安を覚えつつ、せめて数分くらいは時間を稼いで欲しいとアルツァートは願っていた。
「大臣、魔物が―――」
側近の一人が声を上げる。
その言葉通り、クロス達の居る場所からさらに西方の砂漠に、次々と魔物達が姿を現わしていくのが遠目に見える。用意していた望遠鏡を覗き見てみると、なんと魔物達は砂の中から現れてくるようだった。
「なんと! 消えたように見えていたのは、砂の中に隠れていたからか・・・!」
「だっ、大臣っ! それよりもアレを―――」
「む?」側近の慌てたような声に、アルツァートは望遠鏡から目を離す。
そして側近の視線を辿り空を見上げ―――目を剥いた。「ド・・・ドラゴンだと・・・っ!?」
空を見上げれば、赤と青の二頭の竜が彼方より飛来してくるところだった。
アルツァートも、おそらくは側近も “ドラゴン” などというものを見たのは初めてだ。だが、蜥蜴を巨大化させて翼を生やした姿―――何よりも遠目で見てもはっきりと感じるほどの威圧感は、まさに伝説に伝え聞く “ドラゴン” と呼ばれる存在だと解る。「ど、どうしましょう・・・」
「どうしましょうもなにも・・・・・・ええい!」ヤケクソのようにアルツァートは叫び、指示を出す。
「バ、バロンに連絡しろ! 早く増援を寄越せと!」
「はっ・・・はいっ!」慌てた様子でバタバタと駆けていく側近を見送り、アルツァートは迫りくる魔物と、竜とを交互に見やり―――力無く溜息を吐いた。
バロンからの増援は、飛空艇でも数時間はかかる。
デビルロードならほぼ一瞬だが、四人という人数制限があり、それだけの戦力では焼け石に水というところだろう。「・・・ダムシアンもこれで終わりか・・・」
諦めたように呟いたその瞬間。
「ッ!? なんだッ!」
突然、クロス達のいる場所から昼なお眩しい輝きが放たれた―――
******
「―――万有万理を記せし真理の書! 封破りし者の権限に応え現れ出でよ!」
クロス達の一歩前に出たヘレナが、小さな身体に精一杯の力を込めて叫ぶ。とにかくやるしかない―――と、それはまるでヤケクソのようでもあった。
と、その文言に応えるかのようにヘレナの目の前の虚空に輝きが生まれ―――光の中から一冊の分厚い本が出現する。
それはとても大きな本で、ヘレナ一人では抱えることも出来ないほどの巨大な本。それが少女の目の前に光と共に浮かんでいる。“本” にはいかにも頑丈そうな “鍵” がついていた。
ヘレナは右手にだけはめていた黒い手袋を脱ぎさると、その右手を “本” の “鍵” へと伸ばし―――「開封せよ!」
ブックオブコスモス
右手が “鍵” に触れた瞬間、鍵は弾かれて勢いよく本が開かれる。
まるで “本” 自体が意志を持っているかのようにパラパラとページが繰られ―――やがて、半分ほどめくれたところで止まった。
そのページをヘレナはのぞき込み―――そこに書かれている一文を朗々と叫ぶ。「大地の竜に呑まれて消えよ―――『クエイク』ッ!」
直後。
激しい揺れが迫る魔物達を襲い―――その震動は、大地すらも割って魔物達を呑み込んだ―――
******
ブックオブコスモス。
ヘレナが叫んだとおり、それは “真理” を記した書。この世界のあらゆる全てを―――いや、この世界そのものが記された書だ。
それは “魔法” も例外ではなく、この書の中には現存する全ての “魔法” が記され、そのページを指し示すだけで魔法は発動する。しかしこの本を発動させるには多大な魔力を必要とし、一度発動させるたびにヘレナは力尽きてしまう。
今回も例外ではなく、強大な魔法を放った直後、ヘレナはまるで力尽きたように後ろへと倒れる―――
「ヘレナ!」
リーナが慌てて彼女を支える。
続いて、アリスが手際よく砂の上に落ちていた黒手袋を拾って、ヘレナの右手に装着する―――ちなみに、ヘレナが召喚した “本” はいつの間にか姿を消していた。「はいじゃあこの子の事は私が請け負うから」
リーナから、アリスは自分の妹を片腕で受け取りつつ、もう片方の手を虚空にかざす。
「―――エアスライド」
自分と比べて半分の体格しかない、小さな妹の身体を片手で器用に肩に担ぎながら呟くと、まるでかざした掌から出現したかのように、やや大きめの “板” がずずっ・・・と頭から少しずつ現れる。
やがて、板の全体が姿を現わすと、それはアリスのすぐ足下へパタン、と倒れた。
“板” の形はまるでスケボー―――いや、ローラーがついていないので、スノーボードと言うべきか。
雪のない、砂しかない砂漠に置かれた “スノボー” の上に、アリスは妹を抱えたまま乗る―――と、その板がふわりと浮き上がった。それは “エアスライド” と言う、 “魔法技師” アリス=シャイナストーンの創った発明品だ。
その名の通り、雪の上でも地面でもなく、 “空気” の上を滑るためのアイテムである。「後はさっき言った手はず通りにね」
「・・・ “アレ” しんどいからやりたくない・・・・・・」リーナは心底イヤそうな顔をする。
「ダメ。ヘレナも頑張ったんだから、アンタも頑張りなさい」
「うっ・・・」ヘレナの名前を出されれば、リーナは拒否することは出来ない。
「仕方ないなあ・・・」と嘆息するリーナに、アリスは白衣をはためかせてさっさと背を向け、ヘレナを担いだまま “エアスライド” で宙を滑るようにして離脱する。「とりあえず、魔物の方は今の一発で暫くは来ないみてえだな」
額の上に掌でひさしを作り、魔物達の様子を眺めながらクロスが呟く。
ヘレナが放った “地震” の魔法により、魔物達の三分の一は地面の中―――朝日に驚いて隠れていた砂の中よりも更に奥深くへ引き込まれ、生き残った魔物達も驚き戸惑っている。「そんなわけで後は―――」
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!」
「GYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYッ!」のんびりと見上げて見れば、地震の影響をまるで受けない空を飛翔する二匹の竜が、威嚇するかのようにクロス達に向けて咆哮を放ってきた。
常人ならばその咆哮だけで息を止め、下手したらショック死してしまうかも知れない―――が、クロスは平然としたまま妹の方を振り返った。「というわけで、あの竜二匹を相手にすればいいわけだ。まずは―――」
「・・・落とせばいいんでしょ」心底嫌そうな様子で、しかし渋々ながらもリーナは手にした大剣を勢いよく振り上げ―――そのまま切っ先を砂漠へと突き立てた。
「・・・重力秘剣・・・ “解放” ・・・」
彼女が呟いた瞬間、周囲の砂が見えない何かに押しつけられたかのように、真っ平らに沈んでいく。
その範囲は徐々に広がっていき―――やがてそれはクロスのいる場所を呑み込み、尚も広がって行く―――「「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!」」
そうこうしているうちに咆哮上げながら二匹のドラゴンがクロス達へ迫る。
ドラゴンたちはクロスとリーナ目掛けて急降下し―――だが、その巨体が唐突にがくん、と地面へ “墜落” する。
それはまるで、リーナ達の周囲の地面と同じように、見えざる強力な力によって、頭の上から押しつけられたかのようだった。
グラビディブレード
二体の巨体が地面へと落ちて地響きを立てる。
本来なら盛大に砂が吹き上がってもおかしくないはずだが “見えざる何か” によって抑えつけられているかのように、砂埃一つ起こりもしない。「へえ、さすがはアリス謹製グラビディブレード。竜の巨体でもこの超重力には耐えられないってか―――なあリーナ?」
愉快そうに笑うクロスの言葉通り、砂やドラゴンたちを地面に押しつけているのは、リーナが手にしている “重力秘剣グラビディブレード” とご大層な名前が付けられた大剣の力だった。
名前の通り “重力” を操る力を秘めた剣の力によって、周囲の重力を数倍に増幅し、それでドラゴンたちを地面に縛り付けている。「・・・今、話かけないで・・・っ!」
その剣の使い手であるリーナは地面に突き立てた剣を両手で掴み、何かに耐えるような様子で必死に踏ん張っていた。
剣の周囲に広がる超重力帯―――その影響は、当然ながら使い手であるリーナやクロスにも及ぶ。
だが、ドラゴンすら容易く地面へ抑えつけるような超重力だ。普通の人間なら、即圧死してしまうはず―――にも関わらず、リーナは必死に剣にしがみつきながらもなんとか耐え、クロスに至ってはまるで重力を感じた様子はなく、変わらぬ様子で平然としている。「・・・私、兄貴ほど、 “流水” が使えるわけじゃ・・・ないっ・・・・・・」
「あー、悪かったよ。じゃあさっさとアリスにとどめを―――お?」ふと、クロスは竜の方へと顔を向ける。
見れば、青い竜―――ブルードラゴンが、重力によって巨体を地面に抑えつけられながらも、ギリギリとその長い首を持ち上げて、半開きとなった口をこちらへ向けている。その口の奥からは、なにやら青い白い光のようなモノが見えて―――「あ、こりゃやべえかな?」
などとのんきにクロスは呟きながら剣を構える―――刹那、それは来た。
吹雪
青白い光は “凍気” となって砂漠にはミスマッチな白き乱雪を生む。超重力の中、その軌道は地面へと落ちて砂漠を凍らせていく―――真っ直ぐに吐いても届かぬと悟ったブルードラゴンは、僅かに顎をあげた。上方へと吐き出された吹雪は、弧を描いてクロスとリーナの居る位置まで届く!
「へえ、なかなか頭が回るじゃねえか」
迫る吹雪を、この期に及んでも泰然と眺めつつ、クロスは剣を構えた。
砂漠の熱砂をも瞬時に凍らすその吹雪が、クロス達を呑み込む―――だが。
流水秘剣
クロスが吹雪に向かって剣を差し出し、さらに円を描くようにくるりと振り回す。
と、まるでそれに応じたかのように、吹雪は一つに集束され、剣が描いた軌道と同じように円を描き―――「よっ・・・っと」
そのまま流れるように剣を真横に振り抜くと、吹雪も同じようにクロス達を避け、その横へと流れていく。
もしも直撃すれば一瞬で凍り付いてしまうだろう吹雪の一撃は、しかしクロスの剣によって “受け流された” 。「GA・・・・・・ッ!?」
自分の攻撃が無効化されたことに唖然とするブルードラゴンへ、クロスは剣を構え直す。
流水秘剣。
それはバッツが使う “斬鉄剣” と対を成す秘剣。“斬鉄剣” があらゆる全てを斬り裂く必殺の剣であるならば、 “流水秘剣” は全てを “受け流す” 無敵の剣。
それは剣などの物質的な攻撃に限らず、炎や風、果ては “魔力” と言った非物理的なものまで全て無効化してしまう。
もちろん “重力” も例外ではなく、先程から超重力下において、クロスが平然としていられるのもそのためだ。「 “グラビティブレード” を解放した状態でも動けるとはなー。流石は “ドラゴン” ってところか―――でもまあ」
剣を構えた状態のまま、クロスは首だけで後方の上空を振り返る。
「後は頼んだぜ、アリス」
超重力帯が途切れた辺り、そのすぐ外で、先程ヘレナを抱えて飛び去った白衣の女性が浮かんでいた―――