第29章「邪心戦争」
AF.「冒険者」
main character:クロス=イーゲル
location:ダムシアン城

 

 

 ―――時間は少し遡り、夜が明けて、一時的に魔物達が形をひそめた頃。

「も、もうダメだー!」
「死にたくない、私はこんなところで死にたくないっ」
「くそっ、傭兵共はなにをやってるんだ!?」

 ダムシアンの城では商人達の阿鼻叫喚が渦を巻いていた。
 ゴルベーザ率いる “赤い翼” によって半壊した城は、徐々に修復されていき、城下にあったバザー街もそれなりに復興し始めていた。

 しかしそこへ月の異変と共に起きた魔物達の出現。
 昨晩遅くに襲撃してきた魔物達は、国が雇っている傭兵部隊によって辛くも撃退された―――が、傭兵達の被害も甚大で、生き残った傭兵達も殆どがダムシアンを見捨てて逃げ出してしまった。

 バロンが “謎の巨人” に襲われたとの情報を聞き、さらには “月の異変” に気付いた商人達の半分ほどは身の危険を感じ、財産を持ってフォールス外へと逃亡していた。それらは今頃船の上か、港に辿り着いていることだろう。

 ここに残っているのは、ここは大丈夫だと高をくくっていた者たちだ。
 しかし今更危険を感じ、逃げようとしても護衛する傭兵達は我先に逃げてしまった。
 中には残った傭兵達に多額の報酬を提示して護衛として雇おうとする者も居たが、残った傭兵達の殆どは “傭兵” としての誇りを持つ者たちだ。現在の雇い主であるダムシアンとの契約を反故し、個人の商人の護衛に付くことを良しとしない。

 魔物達がフォールス中で襲撃している中、護衛も雇わずに外に出るほど間抜けなことはない。
 だからダムシアンに残っている商人達は、ただ悲嘆に暮れることしかできなかった。

「お、おいっ、お前は傭兵か!?」

 商人の一人が、剣を下げて歩いている青年を見つけて声を上げる。
 その青年の隣には、見目麗しい女性が並んで歩いていた。やや背の高い、スタイル抜群の美女だ。こんな時でなければ、並んで歩く青年には羨望と嫉妬の眼差しが送られたに違いない。

 もっともその女性、美人であることは美人だったが、どういうわけかこの場にそぐわぬ “白衣” を纏っていた。

「傭兵なら私を護衛してくれ! 報酬は言い値で良い!」

 商人の言葉に、青年は「へえ」と興味を持ったように声を上げ、立ち止まる。

「そいつは中々魅力的だな―――だが一つだけ間違ってるぜ」

 「?」と戸惑う商人に、青年はにやりと笑って自分を指さす。

「俺は傭兵じゃない―――ただの “冒険者” だ」

 

 

******

 

 

「 “中々魅力的” ―――だなんて言っておいて、どうして断わったの?」

 白衣の女性が隣を歩く “冒険者” と名乗った青年に問いかける。
 青年は「決まってるだろ」と素っ気なく応える。

「俺達の目的はバッツの野郎を一発ブン殴る事だ。野郎がバロンに居ることは解ってる―――けど、あの商人はフォールスの外に逃げたがってる。ここまで来て、どうして戻らなきゃなんねーんだよ」
「 “達” って言うな。アイツに対してムカついてるのはアンタだけでしょーが。私達はバッツが無事なら何も言うことはないし」
「なんだよそれ!」

 青年は立ち止まって白衣の女性を睨み返す。

「あの野郎!  “師匠が死んだ” って、それこそ死人みてえなツラで村に帰って来やがって。だってーのに、俺達がちょっと村を離れた隙にどっかに消えやがって! 心配したのはお前らだって同じはずだろ!」
「そりゃ心配したけどさ」

 やれやれ、と女性は肩を竦める。

「アルフェリアの話じゃ元気そうだったし、だったら別にいいじゃん」
「よくねえ! 全ッ然よくねえぞ! 心配かけた分、侘びの一つでもなけりゃあ俺は許さねえ!」

 完全に興奮しきっている青年に、白衣の女性は何を言っても無駄だと悟ったのか「はいはい」と適当に相づちをうってから。

「だったら食料も仕入れたことだし、さっさと戻りましょうよ。あの二人も退屈してるだろーし」
「・・・ヘレナはともかくリーナは “退屈” なんざしないと思うが」
「ヘレナが退屈しているだけでも十分でしょ? あの子、堪え性ってものがないから」
「・・・・・・お前と同じでな」
「? 何か言った?」
「いや別に。・・・まあ、そだな。また “本” を勝手に召喚されたら、下手すりゃ大惨事だし―――それにこんなところでモタモタしてたら、バッツの野郎も何処に逃げるか解ったもんじゃねえ」
「少なくとも私達から逃げようとはしないだろうけどね―――フォールスに来てることすら知らないはずだし」

 そんなことを言いつつ、二人は再び歩み出す―――と、そこに。

「もし! そこの御方!」
「あん?」

 後ろからの呼び声に、青年は歩き始めたばかりの足を止めて振り返る。

「今、 “バッツ” と仰いましたか!?」

 現れたのは、このダムシアンの人間らしい色黒の男だった。年の頃は四十代と言ったところか。
 砂漠の民族らしく、日光にやられないようにか布を体中に巻き付けて極力肌を外に出さないような服装をしている。全ての指に高価な宝石の指輪をはめ、服の至る所にも豪奢な装飾品を身に着けていた。それらがニセモノでなければ、かなりの大富豪だ。

「なんだ、おっさん?」
「おっさ―――ゴホン!」

 ぶっきらぼうな青年の物言いに、男は一瞬鼻白んだが、すぐに気を取り直す。

「突然お声をかけて申し訳ありません。私はこの国の大臣を務めるアルツァートと言う者ですが―――今、 “バッツ” と聞こえたような気がしますが、もしかしたらそれは “バッツ=クラウザー” の事ですかな?」
「ああ。幼馴染なんでな」
「ほほう・・・かの “最強” の旅人と幼馴染―――」

 アルツァートの言葉に青年と女性は顔を見合わせた。

「ファブールでも噂に聞いたが、なんだかアイツ “最強” 認定されてるっぽいぞ?」
「バッツが “最強” の旅人なら、アンタはさしずめ “無敵” の冒険者だよね」
「・・・いやだなあ、それ。なんかガキくせえ」

 などと二人が話していると、アルツァートが目を輝かせて青年と、その腰に下げている剣を見つめる。

「ほう!  “無敵” の冒険者!?」
「あ、くいついた」
「かのバッツ=クラウザーの幼馴染であるなら一角の剣士であるとお見受けしますが・・・お名前はなんと?」
「クロス=イーゲル」

 青年―――クロスは素っ気なく名前を答える。
 それを聞いて、アルツァートは少し眉根を寄せた。

「クロス・・・殿ですか?」
「別に知らないって言われても怒りゃしねえよ。フォールスに来たのは初めてだしな」
「いえ・・・どこかで聞いた憶えが―――」
「そして私はアリス。アリス=シャイナストーン」

 白衣の女性が自分を指さし、名乗りを上げた。
 それを聞いて、アルツァートは更に渋い顔をして首を傾げる。

「・・・なにか・・・・・・ファイブルの方でそのような名前のパーティの話を聞いた憶えが・・・・・・」
「あー・・・聞いた憶えが在るなら思い出さない方がいいぞ。どうせロクな話じゃねえ」

 苦笑いしてクロスが言う。
 その様子にアルツァートはなにやら不穏なものを感じたが―――背に腹は代えられぬとばかりに、二人に詰め寄った。

「とっ、ともあれ腕は立つのですな!?」
「うん。なにせクロスは “無敵” だし」
「・・・お前、そのフレーズが気に入ったのか?」

 クロスが嫌そうな顔で聞くと、アリスは迷い無く頷いた。

「なんか馬鹿っぽくっていいじゃない」
「馬鹿っぽい異名を勝手に俺につけるな」
「あの、申し訳ないがこちらの話を聞いて頂きたいのだが・・・」

 一抹の不安を抱えながらも、アルツァートは二人へ懇願する。

「どうか! どうかこのダムシアンを救っていただきたい!」

 

 

******

 

 

 ―――それから数十分後。

「・・・暑い」

 夜が明けてからまだ何時間も経っていないというのに、太陽がギラギラと照りつけてくる砂漠で少女が不満そうな呟きを発した。

「・・・眠い・・・暑い・・・疲れた・・・暑い・・・暑い・・・めんどい・・・眠い・・・暑い・・・やだ・・・暑い・・・死ぬ・・・めんどい―――」
「だああああっ! うっせーぞ、リーナ!」

 溜まらずにクロスが叫んで少女を振り返った。
 黒い髪を短く刈り揃えた男装の少女だ。顔つきが凛々しく、加えて胸がないせいで初見では少年にしか見えないが、立派な女性でありクロスの妹でもある。

 少女―――リーナは自分の身体ほどもある大剣を砂漠に突き立て、酷く暗い表情で剣にもたれかかっていたが、兄の叫びにさらに不機嫌そうにして睨み返す。

「文句、言いたくもなる・・・バロンへ行く為の食料を買いに行っただけのはずなのに・・・帰ってきたら余計な仕事を抱えてた・・・」
「いつになく随分と饒舌じゃねえか」

 妹の不機嫌な視線にも臆することなく、クロスは挑発するように言い返す。
 クロスの妹、リーナ=イーゲルは普段はとても寡黙な大人しい少女―――というか、極度の面倒くさがり屋で、喋ったり動いたりすることすら面倒だと思ってしまうような少女だった。

 そんな少女が勝手に相談もなく受けてきた仕事に強引に駆りだされようものならば、不満の一つや二つ―――いや十や二十も言いたくなると言うものだ。

「兄貴とアリスが勝手に受けた仕事なら、二人でやればいい・・・」
「まあまあいいじゃんリーナ。そんなこと言わずに手伝ってあげよーよ」

 不機嫌極まりない様子のリーナに、別の少女が声をかける。
 一見、幼女と見まごうばかりの幼い少女だが、実はリーナと同じ18歳である。幼い顔立ちと背の低さが相まって、年相応に見られたことは一度もない。

 名前をヘレナ=シャイナストーンと言い、名前の通りアリスの妹である。
 姉の方は逆に身長も高く、スタイルも良い―――外観はまるで似ていない姉妹だった。

「・・・ヘレナがそう言うなら・・・・・・」

 ヘレナに言われ、リーナはようやく静かになった。
 この二人、両親は違えど生まれた日が同じ―――どころか、ほぼ同じ瞬間に生まれたという縁があり、それぞれの実の兄姉よりも仲が良い。一瞬だけヘレナの方が早く生まれたのだが、そのためなのかヘレナの方が姉役になっていることが多い。

「よし! じゃあリーナも納得したところで仕事の説明すっぞー!」
「とりあえず、一旦退いた魔物達を食い止めることが私達の受けた依頼になるわ」

 クロスの言葉に続けてアリスが説明する。

「食い止める?  ”倒す” んじゃなくて?」

 ヘレナがきょとんと疑問を投げかける。

「数が数だからな。ヘレナの魔法を一発ぶっ放しても全滅は難しいだろうし、そうなると残る戦力はリーナだけになるだろ?」
「・・・兄貴とアリスは?」
「いや、ホラ俺は防御専門だから」
「私は頭脳労働専門だし」
「・・・・・・」

 言い訳するような年長者二人にリーナは半眼で睨むがそれ以上は言わない。それ以上言ってもはぐらかされるだけだということは、生まれた時からの付き合いで解っている。

「まあ、そんなわけで俺らの役目はあくまでも “食い止める” 事。多少取りこぼしても、後ろには傭兵団の生き残り共が控えているから安心だ!」
「でも、いくら兄貴でもずっと食い止めるのは無理・・・」
「いや、とりあえず数時間だけでも防げばバロンから援軍が来るんだと。そうなりゃ俺達はお役御免だ」
「・・・そういうこと、か」

 ようやくリーナが納得しかけて―――すぐに眉根を寄せる。

「・・・それなら尚更、兄貴一人でやればいい・・・」
「つ、冷たいこと言うなよマイシスター。とりあえず初っぱなはヘレナの魔法とお前の “重力秘剣” で数を減らして欲しいんだよ。そうすりゃ俺も楽だし、取りこぼしも少なくて済む」
「そして、その後は私が二人を回収して離脱―――後はクロスにお任せってプラン。ちなみに発案者は私」

 と、自己アピールするアリスを、今度はヘレナがじろりと睨む。

「お姉ちゃん、またクロス君に押しつけるような事をして・・・!」
「仕方ないでしょ? 貴女の魔法は一発撃ったらガス欠だし、 “重力秘剣” も回数制限がある。ぶっちゃけ、まともに魔物の相手出来るのってクロスだけだし―――これでも一応、負担減らすように考えたのよ?」
「お、お姉ちゃんが戦えばいいじゃない! 一応、強いんだからっ!」
「冗談。私は魔工士よ? 戦うよりも “創る” ことがお仕事。本来ならこうして戦闘プラン考えることすら専門外だわ」
「う〜・・・・・・」

 まるで納得いかない様子でヘレナは姉を睨む―――が、上手いこと反論が出てこないらしく唸るだけだ。
 そんな少女を、リーナが慰めるように頭を撫でる。

「さて、お喋りはこれまでだ―――来るぜ」

 言いつつ、クロスは腰の剣を抜きはなって目の前を見る。
 その視界の先、砂の中から次々と魔物の群れが沸いて出てくる。

 「そうね」とアリスも頷いて―――視線を空へと向ける。

「あとプランの変更ね。ああいうのが出るとは聞いてなかったし」

 アリスの視線の先、天空を二つの大きな影が飛翔して来る。
 それは赤と青、二匹の―――

「ドッ、ドラゴンーーーーーッ!?」
「へー、フォールスにもいるんだなあ」
「ちょっとクロス君! なに落ち着いてるの!? ドラゴンだよ、ドラゴンッ!?」
「落ち着けよヘレナ。ドラゴンと遭遇したのは初めてじゃねえだろ?」

 ひたすら泡食うヘレナに対し、他の面々はまるで慌てた様子はない。

「相手がドラゴンだろうが魔王だろうが請け負った依頼は変わらねえ―――やってやるぜっ!」
「ま、追加報酬はしっかり貰うけどね」
「・・・・・・」

 クロスが剣を握りしめて構え、アリスが白衣のポケットに手を突っ込んだまま冷然と呟く。リーナは何も言わずに体重を預けていた剣から身を起こし、砂漠に突き立てていた大剣を引き抜いた。

 そして魔物達が “冒険者” 達に気付いて―――戦闘が、始まる。

 


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