第29章「邪心戦争」
AD.「フェイズ」
main character:リックモッド
location:バロン・平原

 

 リックモッド達は苦戦していた。

 昨晩に魔物達の襲撃があった時は、善戦したと言えるだろう。
 優勢だったとは言えないが、それでも “闇夜” の中、次から次へと沸いて出てくる魔物達に一歩も退くことはなかった。

 だから夜が明けた今、闇夜というハンデが無くなった以上、昨晩よりも有利であると楽観視していた。

 現に、今も月からの魔物達と戦っているが、互角以上に戦えている。
 それはロイド=フォレスが上手くやりくりしているお陰で、戦力が充実しているためでもある。

 目の前に迫ってくる魔物の群れに対して十分な戦力があり、それらを使いこなせる指揮能力もリックモッドにはあった。
 だから、それらの魔物相手には互角―――むしろ押しているほどだった。

 けれど、リックモッドの表情は苦く歪んでいた。
 普通の魔物相手ならば問題ない。だが―――

「頭ぁっ! ヤツが来ましたぜ!」

 陸兵団の一人がリックモッドへ向かって声を張り上げる。
 昔―――もう十数年にもなるほどの昔、リックモッドはバロン国内を荒らし回る野盗集団の首領だった。その時に当時の陸兵団長であるアーサー=エクスカリバーに敗れ、それから紆余曲折あって陸兵団へと入団した。

 今、声をかけてきたのは野盗だったときに子分だったうちの一人だ。
 とはいえリックモッドはすでに野盗ではない。普段なら「頭とか呼ぶんじゃねえ!」と一喝するところだが、今はそれどころではない。

 顔を上げる―――と、魔物の群れの向こう側に、巨大な “頭” が見えた。
 数日前の “バブイルの巨人” と同じくらいの大きさの “頭” ―――いや、 “顔” と言うべきか。
 その “顔” は金属で出来ており、日光を受けてギラギラと鈍色に反射している。

 リックモッドが苦戦している原因がそれだった。

 その “顔” には身体はなく、つまり移動する為の足もない―――が、どういう理屈かは解らないが、まるで誰かが後ろから押しているかのように地面の上を引き摺りながら進んできている。
 そのためか進軍速度は異常に遅く、人が歩むよりも遙かに遅いのだが、決して止まることはない。

 そして。

「ちっ、総員退避だッ! 急げ―――」

 魔物達の後ろから “顔” が近づいてきたのを見て、リックモッドが号令をかける。
 令を受け、陸兵団が後退し始めたところで “顔” の口が動いた。

「『ホーリー』」

 瞬間、 “顔” を光の柱が包み込み―――続いて、顔の表面がエメラルドのような鮮やかな緑色に輝いた。直後、緑の光は光柱を乱反射し、それは魔物達ごとリックモッドら陸兵団を吹き飛ばす!

「がああああああああっ!?」

 巨漢であるリックモッドを容易く吹き飛ばすような一撃。
 それでも何とか踏みとどまり、周囲を見回す―――先に後退命令を出していたお陰か、今ので戦闘不能になった者はいないようだ。
 しかし、このまま留まっていれば次々と強力な魔法を浴びせられるだろう。それも敵味方関係なく。

「チィッ、さっさと退くぞ!」

 繰り返し号令をかけ、リックモッド達は撤退する。
  “顔” の移動速度は非常に遅い。一旦退けば簡単に攻撃射程から逃れることは出来る。その間に、追いすがって来た他の魔物と戦闘し――― “顔” が近づいてきたら即撤退。先程からこの繰り返しだった。

 お陰で戦力の消耗が激しい。
  “顔” の強力な魔法は逃げてしまえばそれで良いが、他の魔物達はそうは行かない。撤退―――逃げると言うことは、背中が無防備になるということだ。撤退を繰り返せば繰り返すだけ、魔物たちにいいようにやられてしまう。

 いっそのこと、脇目もふらずに全力で退けるところまで退き、背水の陣で魔物達を迎え撃つか? とも頭に過ぎる。
 無駄に撤退を繰り返すよりも、そちらのほうが戦力の消耗も少ないだろう。 “顔” が追いついてくるまでに他の魔物達を全て叩くことが出来ればこちらが有利になる―――

(・・・セシルのヤツならそうするかもしれねえがなっ)

 これは国が滅ぶかも知れないような戦いだ。
 自分の判断で大博打が打てるほどの度胸はリックモッドには無かった。

 それになによりも、退けられる限界はもう近い。

 撤退の為に後ろを向いた視線の先。 “バブイルの巨人” がまるで何かのオブジェのように地面に埋まっており、さらにその向こうにはバロンの街と城がすでに見えている。
 下手に退けば、勢いに乗った魔物達を抑えきれず、バロンの街まで突破されてしまうかも知れない。

 しかしこのまま短く撤退を繰り返していても、戦力を浪費するだけでいずれは街に魔物の手が及んでしまう。

 ロイドの指揮によって、失った兵はすぐに補充される―――が、もちろんそれは無限に沸いてくるわけではなく、他の戦場から融通されてきたものだ。つまり、ここで戦力を失えば失うほど、他の場所で苦戦を強いられることとなる。

「くそったれ! どうしようもねえのかよ!」

 リックモッドは適度に退いた後、身を翻して再び魔物達と相対する。
 目の前の魔物の群れ。その遥か後方に置き去りにされた “顔” へと一瞬だけ視線を移す。なんにせよ、あの “顔” をなんとかしない限りはどうしようもない。

(今の俺に出来るのは時間を稼ぐことだけだ。街に到達する前にロイドか・・・他の誰かが何とかしてくれることを期待するしかねえっ!)

 他力本願だと思いつつ、リックモッドはそれしかできない無力な己に歯がみして、目の前の魔物へと意識を集中させて大剣を握る手に力を込める―――

 

 

******

 

 

「ダメですね、あれは」

 あっはっはー、と黒魔道士が普段と変わらぬ調子で笑う。空気を読まない脳天気な笑い声に、ベイガンは苛立ちを覚えた。

 バロン城の謁見の間。
 そこでベイガンはバロンの黒魔道士団の長である黒魔道士から、 “顔” についての報告を受けていた。

「・・・ダメ、とはどうダメなのですかな?」

 目の前の魔道士をブン殴りたい衝動をひたすら抑え、尋ね返す。
 そんな胸の内に気付いているのかいないのか、黒魔道士は朗らかに言った。

「報告は聞いているでしょう? 地上では封印されているはずの “ホーリー” や “フレア” を容赦なく連射してくる。しかも “リフレク” で反射してくるから、陸兵団は近づくことすらできない」

 乱反射しているので威力は弱まっているが、その分広範囲に渡って攻撃される。その上、魔物達を巻き込むことも関係なく撃ってくる為に、まるで近づく隙がない。

「それだ。何故、封印されているはずの魔法を使うことができる!?」

 今までにもローザやテラが、同じように封印されているはずの魔法を使った事がある。
 しかしそれは特殊なアイテムの補助があればこそだ。

 ベイガンの疑問に対し、黒魔道士は「う〜ん」と首を傾げてから答える。

「推測でしかありませんが、あれは僕らの使う “真の魔法” ではなく “疑似魔法” なのではないかと」
「疑似魔法・・・?」

 聞き慣れない単語に、ベイガンは首を傾げた。

「ほら、あのクラウドさん・・・でしたっけ? セブンスのソルジャーさんが使っているものですよ―――ただ、彼が使っている “マテリア” とは少し毛色が違うような気がしますが」

 推測に推測を重ねますが、と前置きして黒魔道士は続ける。

「僕が思うにあれはあの機械にインプットされた “魔法” という “プログラム” なのではないかと」
「いんぷっと? ぷろぐらむ?」

 またもや聞き慣れぬ言葉に、ベイガンはさらに困惑する。
 黒魔道士は再び「う〜ん」と少し考えるようにうなり声を上げ。

「僕もそちら方面は詳しくないんですが・・・ “機械” に “魔法” を組み込んだ、言わば “魔導兵器” いうようなシロモノではないかと」
「魔導・・・といえば・・・」

 ようやく心当たりのある単語に、ベイガンはハッとする。
 その様子に、黒魔道士はまるで最初と同じように「あっはっは」と笑う。

「あの “顔” は僕たちではどうしようもありません―――モチはモチ屋。魔導は魔導国家の人達にお任せしましょう」

 

 

******

 

 

 完全にジリ貧だった。
 戦力を消耗させつつ、少しずつ追い込まれていくことしかできない。
 すでに “巨人” が埋まっていた場所は通り過ぎ、あと何度か後退すればそれ以上はさがれなくなる。

「おうりゃあああああっ!」

 裂帛の気合いと共に大剣を振り回し、目の前の敵を数体まとめて薙ぎ倒す。
  “顔” が敵味方構わず魔法を放つ為、魔物達の数も随分と少なくなっている。それがなければ、リックモッド達はここまで後退することすらできなかっただろう。

「頭! また “顔” が・・・っ!」
「くそったれ・・・っ!」

 今までならば退避命令を出していたところだが、これ以上は下手に退くことは出来ない。
 しかしリックモッドが迷っているうちにも、 “顔” はじわりじわりと迫りながら、魔法を放つべくその口を動かして―――

 

 サンダービーム

 

 ――― “顔” が魔法を放とうとした寸前、リックモッド達の更に後方から雷光のごとき一閃が伸び、それは直線上に居た魔物達を数体吹き飛ばしつつ “顔” へと直撃する。その一撃で “顔” は一瞬だけ動きを止め、魔法を中断させた。

「な・・・なんだ!?」

 突然の援護射撃に、リックモッドは目の前に敵がいることも忘れて背後を振り返った。
 するとそこには人型の “機械” が二体、街の方からこちらへ向かってくるところだった―――

 


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