第29章「邪心戦争」
AC.「突破口」
main character:フライヤ=クレセント
location:月の民の館・制御室

 

 

 

 ―――時間は少しだけ遡る。

 地上で朝日を迎えた頃、 “幻の月” にある “次元エレベーター” の制御室では、ギルバート達とゼムスマインドが転移させた魔物達との戦いが始まっていた。

「喰らえ―――」

 

 破晄撃

 

 クラウドが振り下ろした巨剣より放たれる碧の光撃が魔物の群れをはじき飛ばす。
 だが全て倒せたわけではない。撃ち漏らしたのが迫ってきて―――

「やらせませんでございます!」

 

 竜麟の腕

 

 カイがタキシードの上から腕全体を覆う赤光の竜麟を一薙ぎすると、その衝撃波によって残りの魔物達も全て吹き飛んだ。
 軽々と吹っ飛んだ魔物達は、そこらの壁やら床やら天井やらと激突し、そのまま動かなくなる。

 僅か二撃で終了してしまった一戦に、ギルバートやポロムなどを護るように身構えていたフライヤは苦笑しつつ呟いた。

「私の出番は無いようじゃな」
「いや、次が来る!」

 ギルバートの警告通りに、次なる魔物達が出現―――転移されてくる。

 

 破晄撃

 竜麟の腕

 

 さっきと同じように吹き飛ばされる魔物達の群れ。
 だがそれは向こうも解っていたようで、吹っ飛ばされると同時に再び魔物達が転移してくる。

「くっ、これでは・・・」

 魔物達が吹っ飛んだ隙に、魔物達を転移させているゼムスマインドを叩こうと、跳躍の体勢をとっていたフライヤは舌打ちする。
 間断なく魔物を喚ばれてしまえば飛び込む隙はない。

「このままじゃ・・・まずい」
「え・・・? なにがですか?」

 ギルバートの呟きに、ポロムがきょとんとする。
 確かに次々に現れる魔物の群れ―――というか魔物の “壁” に、クラウド達はそれらを蹴散らすだけで精一杯で、次元エレベーターを操作するゼムスマインド達まで辿り着くことは出来ない。

 だが、出現する魔物はほぼ一瞬で蹴散らしている。魔物達もそのうち尽きて―――

「あ・・・!」

 そこでポロムは気がついた。
 ゼムスマインドが召喚している魔物は “真の月” の魔物達だ。
  “月の涙” の時には世界全体を覆い尽くすほどの数―――その量がどれだけいるのか、想像するだけでも厭気がさすほどだ。

 つまり、魔物達はほぼ無制限に出てくると言っても過言ではない。

「このままじゃこちらが力尽きるのが先・・・」
「まあ、これで一応目的は果たしておるがの」

 ほっほっほ、と暢気そうに言ったのはラムウだった。
 その意味が解らずにギルバートとポロムが「?」と好々爺とした老人姿の幻獣に顔を向ける。

「お前さんらの目的は “次元エレベーター” を止める事じゃろう?」
「・・・もしかしてこの場に転移させてるから、地上への魔物の転送は止まってる・・・?」

 察してギルバートが言うと、ラムウは「ぴ〜んぽ〜ん、大せ〜かい♪」と陽気に答える。

 ―――地上では知る由も無いが、朝を迎えてから魔物達の供給が止まったのはこういうことだった。

「じゃ、じゃあ後は魔物達を転移している “人影” を倒せばいいだけですねっ!」

 ポロムの言葉に、ギルバートは暗鬱な表情で、現れ出でては薙ぎ倒されていく魔物達を見つめた。

「けれど、あの魔物の群れを突破する方法が無い・・・」

 クラウドやカイにとっては敵ではない―――にしても、無限に出てくるとあっては突破することもできない。
 それにこの制御室はそこそこ広いが、それでも限度はある。このままでは次々に魔物の骸が積み重なっていけば、身動きも取れなくなってしまうだろう。

「突破する方法ならありますです!」

 はいはーい! とゼロが元気よく手を挙げていった。
 竜の化身である少女の無邪気な笑顔に、ギルバートは―――なんとなく不吉なものを感じたが、一応聞いてみる。

「何か策でも?」
「簡単なのです」

 言うなり、魔物達相手に戦っているクラウド達の方へトコトコと近寄って―――いきなり、カイの後頭部をぐわしと掴んだ。

「え―――」

 今まさに竜麟の腕を振るおうとしていたカイは、姉に掴まれた状態のまま硬直し―――

「必殺! カイ・ダイナミック・スペシャルなのです!」

 ―――ゼロは弟を力任せに魔物の群れに向かってブン投げた。
 見た目はポロムと変わらぬくらいの年端の少女だが、その正体は幻獣神バハムートの力の化身だ。悲鳴をあげる間もなくカイの身体はまさに弾丸―――いや、砲弾の如くすっ飛んで、魔物の群れに直撃。数体を吹き飛ばしながら貫通し、その向こうのゼムスマインド達の手前で失速。ぼて、と床に落ちた。

「う・・・ぐぐぐ・・・全くあの姉はいつもの如く無茶をするでございます!」

 傍若無人な姉の行為に苛立ちを覚えつつカイは起きあがる―――その頭を抑えつけるように、何者かの手が乗った。

「え?」

 と、見上げればそれは赤い人影で―――

 

 マインドブラスト

 

 精神へ直接打撃されたような衝撃がカイの “意識” に叩き込まれた。
 来ると身構えていれば耐えられたかもしれないが、姉の所行に完全に気を取られていたせいで、抵抗する間もなくカイの精神は麻痺してしまう。

「きゅう・・・・・・」

 無気力状態になり、カイはその場に脱力したまま動かなくなった。
 それを見てゼロが叫び声を上げた。

「あー! カイ! 何やられてるです!?」

 自分のせいだとは欠片も考えずにゼロは非難めいた声を上げる。
 直後、カイの姿は新たに転移してきた魔物によって見えなくなってしまった。

「まずい、カイが抜けた穴が―――」
「ちいっ!」

 

 リミットブレイク

 

 晄ッ、とクラウドの身体が碧く輝いた。
 魔晄の力が全身に行き渡り、それは人の限界をも打ち砕く力となる!

 

 画竜点睛

 

 殺到してくる魔物達に、クラウドは勢いよく巨剣を振り回した。
 それは風を生み、旋風を起こして向かってきた全ての魔物を吹き飛ばす。

 だがすぐに次の魔物の群れが―――

「クラウドッ!」

 新たに出現した魔物へ再び剣を振りかぶった時、背後から呼ぶ声が聞こえた。

 ちらりと振り向けば、フライヤがクラウドを見つめている―――と、クラウドが振り向いたのを見るなり、彼の隣りに居るゼロへと視線を送った。

(成程、確かに簡単な話じゃ・・・)

 まともにやって突破出来ぬのなら、強引に突破すれば良い。
 竜騎士ならば―――特にあの、カイン=ハイウィンドならば、この程度の “魔物の壁” は容易く貫けるだろう。

 だが、フライヤにそれは難しかった。

 人間に比べ、ネズミ族は体重が軽い。
 速く高く跳躍する分にはネズミ族の方が有利だが、体重が軽い分突撃力は人間の竜騎士に劣る。
 特にフライヤは女性である。 “魔物の壁” を突破するのはさらに分が悪い話になるだろう。

(・・・一人で跳ぶならば、じゃが)

 カイをぶん投げたゼロを見てフライヤは気づいた。
 一人の力で突破出来ぬのなら、誰かの手を借りれば良い。即ち―――

「私を飛ばせッ!」
「!」

 クラウドは一瞬だけ戸惑ったものの、フライヤの視線の意味に気づいて不敵に笑う。

「―――わかった」

 迫る魔物に対し、後ろへと飛び退く。
 それと同時に巨剣を両手でバックハンドに握り直し、剣の平面が前方―――魔物達へ向くように真横へ構えた。

 クラウドが後ろへ下がったことで、前に取り残されたゼロに魔物達が殺到する。

「な、ななななな、なんですー!?」

 

 竜麟の翼

 

 背中からゼロの身体よりも巨大な、輝く翼を生やし、それを羽ばたかせて魔物達を吹き飛ばしていく。
 その隙に、フライヤはクラウドの前へと回り込んで―――巨剣へ向かって跳躍する。

「行くぞ・・・!」
「おお・・・!」

 フライヤは巨剣の平面へと “着地” して、クラウドはそのまま剣を前へ押し出すように―――振るう!
 振るわれた剣に合わせ、フライヤは前に槍を突き出した状態で、全身全霊を足に込めて跳躍した!

 

 カタパルトダイブ

 

 巨剣を “発射台” として放たれたフライヤは、構えた槍を己の身を同化させるかのように、一本の巨大な槍となって魔物達を貫いていく。
 フライヤの脚力に、クラウドの膂力が加わったその一撃は、 “最強” たるカイン=ハイウィンドにも劣らない。

 容易く魔物の群れを貫通し、更に勢いを殺さぬまま、その向こうにいた青い “人影” ―――ゼムスマインドを貫く。

「・・・・・・!」

 魔物の群れを貫いて来るという、予想外の攻撃に対応出来ず、ゼムスマインドはフライヤの槍にあっさりと貫かれ―――そのまま雲散霧消した。

「・・・・・・排除・・・!」

 ゼムスマインドを倒し、一息吐いたフライヤに向かって、赤い “人影” ―――ゼムスブレスが手を伸ばす。
 カイと同じように無力化しようとしたのだろう―――が。

 

 竜麟の腕

 

「・・・・・・!?」

 背後から無力化したはずのカイの腕によって消滅させられた。
 その一撃は今まで魔物を蹴散らしていた時と同じ―――だが、まるで段違いの威力だ。腕を覆う竜麟も倍以上厚く太くなっていて、少年の姿をしているカイの腕としては、非常にアンバランスなほどだった。

 と、ゼムスブレスが完全に消滅したのを確認し、カイは竜麟を消す。

「―――雑魚のくせに余計な手間かけさせんじゃねえでございます」
「カイ・・・!?」

 吐き捨てるように呟いたカイの呟きに、フライヤは思わず息を呑む。
 いや、驚いたのはその言葉にではなかった。カイの瞳が普段とは異なっていて、爬虫類を思わせる―――言うなれば “竜” のような瞳がギョロリと消え去ったゼムスブレスを睨付けていた。

 そこから感じられるのは、凄まじいほどの “殺意” 。

 だが、それも数度瞬きする内に元に戻る。

「お二人とも、大丈夫ですか!?」

 最後に転移された魔物達をクラウドが蹴散らし、ポロムがフライヤ達へと駆け寄ってくる。
 カイは駆け寄ってくる少女の方を振り向くと、いつものように礼儀正しく一礼した。

「ポロム様、ありがとうございます。お陰で助かったでございます」
「いえいえ、カイさんこそご無事でなによりですわ」

 どうやらカイを癒やしたのはポロムらしい。
 カイの言葉や異相には気づかなかったらしく、ポロムは平然と受け答えしている。それをフライヤはなんとも言えずにただ見つめていた。

(子供のような外観をしていても、竜の化身には違いない・・・ということか)

「・・・どうかした? どこか痛めたとか?」

 フライヤの様子がおかしいことに気づいたギルバートが問いかける。

「・・・いえ、なんでないですじゃ」

 わざわざ話すことでもないだろうとフライヤは誤魔化すように笑った。

「―――それで、次元エレベーターとやらは止まったのか?」

 ぼそり、とクラウドが呟く。
 ああ、とギルバートは頷きを返して。

「すでにもう止まっているはずだよ。なんでも二カ所同時に転移はできないらしい。だからここに魔物を転移させ続けた時点で、目的は達成出来たわけで―――」
「・・・それにしてはまだコンソールは動いているが」

 ゼムスマインドが操作していた制御盤を眺めてクラウドが呟く。
 確かに、まるで見えない手にでも操作されているかのように、操作盤は勝手に動いていく。

「いかん!」

 やや焦った様子でラムウが制御盤へ手を伸ばした。
 そして、ここに来るまでに何度も繰り返したように機械に電流を流し、制御する―――すると、すぐに制御盤の動きは止まった。

「止まった・・・んですか?」

 機械のことはよく解らないポロムがおそるおそる問いかける。
 だが、ラムウは静かに首を横に振った。

「最後の最後でしてやられたわい―――厄介なモノ達が地上へ転送されてしまったようじゃ・・・」

 

 


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