第29章「邪心戦争」
AA.「絶望の敵と救いの手」
main character:マッシュ
location:トロイア

 

「『ケアル』!」

 ファーナの回復魔法が傷を癒す。
 その効果はすぐに現れ、全身の痛みがひいて身体が軽くなるのをマッシュは感じた。

「いやあ、便利なもんだな回復魔法は」
「白魔道士として修行したわけでもないので “ポーション” 程度の力しかありませんが・・・」
「十分十分。ありがとな」

 ニカッ、と笑うマッシュにファーナは思わずドキリとする。トロイアは女性国家であり、男性の比率が極端に少ない。そのため、トロイアの女性の半数以上は、男性との付き合いが非常に浅いのだ。幼い頃から神官になる為に修行してきたファーナも例外ではなく、男性というものに免疫があまりない。

 顔を赤くする彼女に、マッシュは不思議そうに「どうした?」と首を傾げた。

「な、なんでもありません―――それよりも・・・」

 と、ファーナは誤魔化すように周囲を見回す。
 彼女達が居るのはトロイアの街の広場だ。夜明けの光とともに魔物達が森の方へと逃げていった後、ここで傷ついた戦士達の治療をしている。

 マッシュとファーナの他にも、トロイアの女戦士やバロンから派兵されてきた傭兵などが、思い思いの場所で回復魔法や魔法薬での治療を受けていた。

「・・・礼を言うのはこちらです。あなた方のお陰で、国を護りきることが出来ました」

 トロイアは国土の割に人口は少ない。
 というのも、領土の大部分は大森林に覆われている為で、人が住む場所はこのトロイアの街くらいしかない。9割以上の国民は、このトロイアの街で暮しているため、この街を護りきること=国を護ることでもある。

 そのトロイアの街は、魔物達の襲撃によって半壊状態にあった。
 美しかった街並みは無惨にも破壊され、これを復旧するのは莫大な費用と時間がかかるだろう。

 それでも人的被害は殆ど無かった。死傷者が居ないわけではなかったが、ダムシアンやファーブルに比べれば圧倒的に少ない。
 人が無事ならば、街はいずれ復旧出来る―――いや、してみせるとファーナは強い決意を胸に秘めていた。

「―――礼を言うのは早すぎる。まだ戦いは終わっては居ない・・・」

 と、ファーナの言葉を否定するかのように、別の声が割り込んできた。
 マッシュ達がそちらを見れば、そこには赤毛の傭兵が―――

「サラマンダーさん」

 マッシュがその名を呼ぶ。
 ナインツ出身の赤毛の傭兵。マッシュと同じ拳を使うが、別に格闘家というわけではないらしい。ただその強さは折り紙付きで、なおかつ “敵” との戦い方に熟知し、おそらくは昨晩の戦いで最も戦果を上げたのはこの男だろう。

「それよりも気になることがある。魔物達の様子だ」
「魔物達の様子、ですか?」
「ああ。昨晩襲撃してきた魔物達には何処か “惑い” のようなものがあった」

 トロイアの女戦士と傭兵の寄せ集めの混成軍だ。
 どう考えても、ファブールのモンク僧やダムシアンの傭兵団に比べて戦力は劣るはずなのだが、被害は圧倒的にトロイアが少ない。

 その理由は、昨日襲いかかってきた魔物達の動きに精彩が無かったためだ。
 だが、幾多の戦いをくぐり抜けてきた焔の傭兵であっても、その理由は解らない。

 その疑問に、ファーナは少し考えて―――ふと微笑する。

「推測で宜しければ」
「聞こう」
「聞けばこの戦い―――いえ、ゴルベーザという者が関わった一連の事件は “幻の月” に在る “悪意” に寄るものだとか」

 そのことは “月の涙” の可能性が上がった時に、セシルが各国に伝えていた。

「あの魔物達もその “悪意” に突き動かされているように思えました―――けれど」

 彼女は自分の足下を見る。
 足の下の地面を見つめ―――もう一度、くすりと笑った。

「この地には、その “悪意” と同等の “悪意” が眠っていますから」

 ダークエルフ・アストス。
 いずれは復活すると言っていたその “悪意” は今もこの地に眠っているはずだ。

 悪意に操られた魔物達は、別の悪意と感応し―――それで戸惑ってしまったのだろうとファーナは推測・・・否、確信した。

(・・・また、助けられてしまいましたね)

 想い、苦笑する彼女の表情には僅かに淋しさのようなものがあった。

「たっ、大変だーーーーーー!」

 そんな彼女の物思いを遮るように、広場に二人の傭兵が駆け込んでくる。
 それを見て、サラマンダーが声を上げた。

「どうしたメイドフェチ!?」
「ちょっと待てコラア! まだそのネタ引っ張ってんのかよ!?」

 以前、サラマンダーと共にファレル邸へ攻め込んだメイド好きの傭兵が抗議の声を上げる。
 だが、今はそんなことを言っている場合ではないと渋々思い直し、報告する。

「魔物達が動き始めた! こっちに向かってくる!」
「そうか・・・ならまた叩き潰すのみ―――」
「それだけじゃねえ!」

 メイドフェチは声に焦りを滲ませたまま叫ぶ。

「竜だ! なんかでっかい白い竜が現れやがった!」

 

 

******

 

 

 夜が明けてからの束の間の休息が終わり、魔物達が動き出す。
 それに合わせるようにして、フォールス各国に巨大かつ強力な魔物が出現した。

 

 トロイアには白き蛇竜――― “白竜”

 

 ダムシアンには赤と青の竜――― “レッドドラゴン” “ブルードラゴン”

 

 ミシディアには金と銀の蛇竜――― “金竜” “銀竜”

 

 ファブールには魔獣の王――― “キングベヒーモス”

 

 エブラーナには鋼鉄の巨人――― “魔人兵”

 

 そして、バロンには魔道の力を秘める機械の首――― “フェイズ”

 

 ただでさえ圧倒的な数の魔物の群れに加え、強力な個体の出現に、フォールスの国々はさらなる苦戦を強いられ、絶望感を感じることとなる。

 ・・・しかし彼らはまだ知らなかった。
 救いの手は、すでに向かってきていたと言うことを―――

 

 

******

 

 

「失礼致します!」

 敵の増援の報告を聞き、ロイドとアルフォンスが謁見の間を跳びだしていった後。
 殆ど間を置かずに、すぐさまアルフォンスだけが戻ってきていた。

「また何かあったのか!?」

 状況は常に動いている。
 さらにまた強力な敵が出現したという報告を受けても、ベイガンは驚かないつもりだった。

「いえ・・・客人が―――」
「客・・・?」

 驚かないつもりだったが、アルフォンスの言葉に思わず呆気にとられた。
 この緊急時にのんきに客人と会っている余裕など無い。そもそも、この城の主たるセシル王は不在である。

 出直して貰え―――と、ベイガンが命ずるよりも早く、謁見の間の扉が開かれて “客人” が姿を現わした。

 その姿を見て、今度こそベイガンは驚愕する。

「久方ぶりですな」
「貴方は・・・!」

 厳つい表情でぎこちなく笑ってみせるその男に、ベイガンは見覚えがあった。
 見覚え、というよりも一度見たら決して忘れることはないだろう。それほどの強烈な存在感が、その褐色肌の男にはあった。

 カイン=ハイウィンド、セフィロスと並ぶ、今の時代の “最強” の一人。

「レオ=クリストフ将軍・・・!?」

 ガストラ帝国に戻ったはずの、最強の軍人がベイガンの目の前に存在していた―――

 


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