第29章「邪心戦争」
Z.「夜明け」
main character:ヤン=ファン=ライデン
location:ファブール

 

 ギルバート達がゼムスマインド、ゼムスブレスと遭遇した頃。

 地上では夜明けを迎えていた。

「―――凌ぎ、きったか」

 ふうっ、と息を吐いて、ヤンは城の外で東の海からの眩しい陽の光を見つめる。
 太陽は既に完全にその姿を見せていて、フォールス地方を明るく照らし出していた。

 周囲には誰の姿もない。魔物も、モンク僧達の姿もない。
 朝焼けに追い立てられるように、どういうわけか魔物の群れは撤退していた。そしてヤン以外のモンク僧達は、生きている者は別の場所で治療を受け、死したものは城内の一所へと集められている。

 深夜遅くに魔物の襲撃が起こり、今の今まで戦っていた。
 激しく、苦しい戦いだった。見たことのないような未知の魔物の姿も多く、対処をミスってしまったことも何度もある。その上、魔物達は倒しても倒しても際限なく何処からともなく出現してくるのだ。

 ヤンはモンク僧達の先頭に立って奮戦したが、部下達全てを守りきることは敵わず、多くの犠牲を出してしまった。中にはヤンを庇い、命を落とした者も居る。
 かつて、ゴルベーザが攻めてきた時も決して少なくない犠牲を払ったが、この一晩ほどではなかった。

(情けない・・・ッ)

 がっ、とヤンは拳を城壁に叩き付けた。
 感じるのは無力感―――部下達を守りきれなかった、というよりも指揮官として “余計な犠牲” を出してしまった事への悔やみだ。

 今にして思えば、今までは随分と楽をしていたのだろう。
 セシルやロイド、キスティスなど、指揮能力に優れた者が居てくれたお陰で、ヤンは戦うことだけに集中することができた。
 しかし今回は、ヤンが迫る魔物に対して作戦を立て、全体の指揮を取らねばならなかった。

 だが、ヤンに出来たことは先頭に立ち、皆を引っ張ること―――だけ、だった。
 ヤンの手―――というか足の届く所にいる部下達ならば守れた。しかしそれ以外の場所にいるモンク僧は、夜闇の暗さもあって、ほぼ一方的に魔物達にやられてしまった。
 そのことに気づいたヤンは、何とかしようと躍起になり―――しかしどうすることも出来ずに、それどころか全体に気を取られたせいで魔物の接近に気づかずに、配下の一人に庇われる形となってしまった。

 もしも朝の光で魔物が撤退しなければ、モンク僧たちはほぼ全滅していたかもしれない。

 ヤンは握りしめた拳をもう一度城壁へ叩き付けた。

「くそ・・・っ」
「怒りをぶつける相手が違うでしょうに」

 不意に背後から声をかけられた。
 振り返ってみれば、そこにはにこりと微笑みを浮かべた女性が佇んでいた。

「アスラ殿・・・」
「とりあえず応急程度ですが、他の方々の治療は終えました」

 年の頃は二十代半ばくらいにしか見えない女性だが、その正体は何百年も生きているアスラと言う名の幻獣だ。
 ヤンの力が及ばなかったせいで、多くの犠牲を出してしまった―――が、彼女が戦場を駆けめぐり、傷ついた者たちを癒やしてくれたお陰である程度被害は抑えることはできた。

「 “蘇生魔法” も出来る限り施しました―――貴方を庇った方も息を吹き返しましたよ」
「! 本当か!? あ・・・ありがたいっ!」
「礼を言うなら冷静になってください。頭に血が昇った状態では、無用な犠牲を出すだけだと解ったでしょう」
「し、しかし・・・私はどうしたらいいか・・・」

 わからない。
 どうすればセシルのように、皆を活かすことが出来るのか。近くで何度もその戦いを見てきたはずなのに、ヤンにはどうしていいか解らなかった。

(こうしている間にも、魔物達は再び攻めてくるかも知れん・・・)

 ヤン達は魔物を撃退したわけではない。向こうが勝手に退いただけだ。
 月から来た魔物達は、朝の光というものを見たことがなかったのだろう。そのために驚き、ファブールの近くにある森へと逃げ込んでいった。
 だがそれも一時的な物で、 “朝” というものに慣れてしまえば、再び攻め込んでくるに違いない。

 その時、己はどうしたらいいか解らなかった。
 意気消沈するヤンに、アスラはどこか呆れたように嘆息する。

「解らなければ、解ることだけをやればいいでしょう?」
「は・・・?」
「出来ること、と言い換えてもいいです。解らないこと、できないことを無理してやれる状況でもないでしょう―――ならば、出来ることだけに集中しなさい」
「し、しかしそれでは他の皆が―――」
「それで出来ない事に手を出して、そして失敗して、また出さなくても良い犠牲を出すわけですね?」
「ぐっ・・・」

 言い返せないヤンに、アスラは問いかけるように言う。

「貴方が出来ることは何ですか?」
「・・・この足で、敵を蹴り倒すことだ」
「ならばそれだけを考えなさい。貴方がそれに集中し、より速く、より多くの敵を倒せば倒すほど、味方の被害は減るでしょう」
「しかし―――・・・いや」

 反論しかけて、思い直す。

「・・・確かに貴方の言うとおりだ。私にはこの足を振るうことしか出来ん―――ならば、全力でそれを行うのみ」

 敵の手が味方に及ぶというのなら、その前に敵を蹴り飛ばせばいい。
 誰かを守り、或いは味方の力を活かすように指揮することはヤンには出来ない。

「アスラ殿、何から何まで申し訳ない! お陰で目が覚めもうした!」
「いえいえ。力になれたのなら幸いです―――ああ、もう一つだけ」

 思い出したように彼女は微笑む。

「貴方が思うほど、彼らは弱くないようですよ?」
「? それは―――」

 どういう意味ですか、と聞こうとした瞬間、アスラの後方からモンク僧達が駆け寄ってくる。

「ヤン僧長!」
「申し訳ありません、先の戦闘では不甲斐ないところをお見せしました・・・!」

 そう言って、モンク僧達は次々に頭を垂れる。
 皆、自分たちの為にどれほどの想いでヤンが奮闘したのか解っているのだ。
 それらの中にはヤンを庇い、一度は命を落としたモンク僧もいる。その者も含め、誰もヤンを責める気配はない。先程の言葉にあったように、むしろヤンの足を引っ張ってしまったことを悔やんでいるようだった。

「・・・良い仲間をお持ちですね」

 アスラが微笑んだまま呟く。ヤンは無言で頷き―――それからモンク僧へと語りかける。

「皆の者・・・まだ戦いは終わっていない。お前達の力を借り――――――いや」

 力を借りる、と言いかけてヤンは言い直した。

「我らの力でファブールを守り抜くぞ! 良いな!」
『ハッ!!!』

 ヤンの言葉に、モンク僧達が声を揃えて応えた―――

 

 

******

 

 

「―――報告は以上です」
「わかりました」

 玉座の傍らに立ち、ベイガンはロイドからの報告を聞き終えた。
 一応、ベイガンは正式にセシル王から全権を委任された立場である。だから玉座に座ったって構わないとロイドは思うのだが、頑固な近衛兵長は、決して座ろうとはしなかった。そもそもそんな事を想像すらしないのだろう。

「各地の被害は甚大・・・ですか」

 ベイガンは重苦しく息を吐く。
 解っていたことだが、魔物達による攻撃は苛烈なものだった。モンク僧兵や傭兵達という戦力を擁するファブールやダムシアンでさえ壊滅寸前の打撃を受けている。反面、ミシディアやトロイアの被害は意外に少なかった。それというのも、どういうわけかその二ヶ国に転移してくる魔物達の動きが、どこか鈍かったためだ。

 そして、軍事国家であるバロンは魔物達と対等に渡り合い、被害は最小限に抑えられている。

 フォールスで最も国土の広いバロンは、それだけ守る場所が多い―――だがそのために、魔物達も分散されていた。事前にセシルがロック達の協力を得て、各領地の私兵団などの軍事力や、領民人口などを調べ上げていたお陰で効率的な戦力配置が出来、リックモッド率いる陸兵団が各領主と協力し、魔物達を撃退している。

 バロンの城と街はカーライル率いる竜騎士団と、ベイガン率いる近衛兵団が守り抜いた。

 だが、バロンを守り抜いた一番の功労者はやはりロイドだろう。
 刻一刻と変化する戦況を聞いてはエンタープライズを飛ばし、手が余っている陸兵団を乗せては魔物に押されている所へ派兵―――しながら、ルゲイエ謹製の通信機を使い、 “赤い翼” の部下達に指示を飛ばした。

 ロイドがいなければ、バロンの被害はもう少し大きくなっていたかも知れない。

(ロイド殿には負担をかけっぱなしですな)

 ベイガンは思う。
 今回のことだけではなく、バブイルの巨人の時や、貴族の反乱時にも彼は重要な役割を果たしている。

 今も、魔物達が朝の光に怯んで退いた隙にバロンへと戻り、各国からの報告された被害状況をまとめ、さらにはそれに基づいて今後の展開を予測し、作戦案を幾つかまとめた上でベイガンへと報告している。

「しかしエブラーナの様子がわからないのは困りましたな」

 ロイドから渡された報告書を繰り返し眺めながら、ベイガンは渋い顔をする。
 もう一つの軍事国家であるエブラーナの様子は解っていない。そこには “デビルロード” がまだ無く、ルゲイエ謹製の通信機も海を越えるような距離ともなると、かなり感度が悪くなる。明け方に一度、上手いことシドと通信出来たのだが、それも数秒のことであり、とりあえず無事だということしか解らない。

「ですね。おそらく魔物の供給源となっているのはバブイルの塔・・・エブラーナと通信出来るなら、そこら辺の状況も解るんですが・・・」

 朝の光で魔物達が撤退してから、それに合わせるように魔物達の出現も収まっていた。
 もしかしたらシド達が次元エレベーターを止めてくれたのか―――とも一瞬思ったが、すぐにそれは頭から振り払った。もしも違った場合、不意をうたれる事になってしまう。理由がハッキリするまで楽観視は危険だ。

「とにかく、解らないならば仕方在りませんな。ロイド殿の言うとおり、被害の大きいダムシアンへの援軍をお願いします」

 先程の報告の中で、ロイドが発案した今後の作戦案がいくつかあった。
 そのうちの一つに、ダムシアンへ援軍を送る案があったのだ。先も述べたように、ダムシアンとファブールは壊滅的な被害を受けている。ファブールは幻獣アスラのお陰で何とか持ち直したようだが、ダムシアンの傭兵団はそうはいかない。

 国に忠誠を誓ったわけではなく、金で雇われた傭兵の集まりだ。プロとしての矜恃もあるだろうが、それよりも命が大事だと逃げ出す者も少なくなく、再編どころの話ではなかった。

「解りました。それでは竜騎士団を連れて行きます」

 砂漠という足場の悪い地形では、竜騎士団の機動力も半減してしまう。
 だが “赤い翼” の飛空艇と組ませれば、砂地の上を行くことしかできないただの戦士よりも有利となる。

「ですが、その分だけここの守りが薄くなりますが・・・」
「そこは私に任せて頂きたい。我が誇りに賭け、バロンの城と街は守り抜いて見せます!」

 胸を叩くベイガンに、ロイドは「解りました」と頷く―――そこに。

「ベイガン様!」

 謁見の間に、近衛兵であるアルフォンスが飛び込んできた。
 いつもならば「何事だ、騒々しい!」と、王に代わり一喝するところだが、今は緊急時だ。特に何も言わずに、用件に耳を傾ける。

 アルフォンスはすでにロイドが居ることに気がつくと、「丁度良いところに」と前置いて、報告する。

「一旦退いていた魔物達がまた動き出した模様です!」

 それは予測出来ていた報告だった。

「解った―――ロイド殿、それでは」
「はい。至急、ダムシアンへ援軍を―――」
「お待ちください!」

 すぐさま謁見の間を出て行こうとしたロイドを、アルフォンスが呼び止める。

「報告はまだ終わっておりません!」
「なに・・・?」
「まさか、魔物の群れがまた出現し始めたんですか?」

 他にどんな報告があるのかとベイガンが訝しみ、ロイドが察して尋ねる。

 対して、アルフォンスは首を横に振った。

「いえ、一、二体ずつです!」
「・・・ “ずつ” ?」

 言葉の意味がよく解らず、ロイドはおうむ返しに呟く。
 それに応えるようなアルフォンスの報告は、ロイドも予測していなかったものだった。

「バロン含め、フォールス各国にそれぞれ異なる種類の “巨大” な魔物が出現したとの報告が―――」

 

 


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