第29章「邪心戦争」
Y.「不安と予言」
main character:セシル=ハーヴィ
location:月の中心核
ダークバハムートの姿が消失する―――その姿を目にして。
「あ・・・」
思わずバッツは言葉を漏らす。
アレは倒さなければならない敵だったと言うことは解っている。理性の欠片も見えず、倒す以外に道はなく、何よりもバッツの中の “何か” ―――本能のようなものが、アレは滅ぼさなければならない存在だと訴えかけていた。だがそれでも、 “生命” であったことには違いない。
そのことが、旅人の胸に鈍い痛みのようなものを残す。そんな彼の肩を、セシルは気安くポンっと叩いた。
「お疲れさん。助かったよ」
「おう」振り向いたバッツは、いつものようにニッ、と笑って見せた。
それから手を挙げて―――パンッ、とセシルとハイタッチ。「セシル!」
そこへファスが駆け寄ってくる。その後ろからはルビカンテもついてきていた。
「ファス、目が覚めたのか?」
問うと、少女はこくりと頷いて見せた。その後、手で目を軽く押さえ、
「・・・なんかちょっと目が痛いけど・・・」
「無理はしないでくれよ」
「・・・セシルに言われたくない」
「う・・・」ぷいっと顔を横に向けながら言い返され、セシルは言葉に詰まる。
それを見てバッツが声を上げて笑った。「あはははっ! 確かにその通りだよな、ファス」
「無茶の程度なら君だって負けてないだろ。リディアが泣いてたぞ」不機嫌そうにセシルがバッツに言う。彼が言ったのは、地底でバッツが “自殺” した件についてだ。
それを聞いて、今度は「うっせーな」とバッツが不機嫌そうに口を尖らせた。「―――セオドール様」
ざっ、とルビカンテがセシルの前に膝を着いて深々と頭を下げた。
「ご無事で何よりでした」
「それはいいけど、僕は君に跪かれるような覚えはない―――し、なにより僕はそんな名前じゃない」
「しかし、私は貴方の母君には並々ならぬ恩義のある身。私にとっては―――」
「恩義があるというのなら言うことを聞いて欲しいな」本当にベイガンと同じ手合いだなあ、とセシルは苦笑する。
「つい最近知ったばかりの名前で呼ばれ、殆ど何も知らない母親の事で頭を低くされても迷惑以外のなにものでもないよ」
「む、むう・・・」そう言われては無理強いも出来ず、ルビカンテは渋々と立ち上がる。
「それではセシル様」
「様も勘弁して欲しいんだけど」
「別にそれくらい良いじゃんか。王様なんだからもう慣れただろ、セシル様?」からかうようにバッツが言うのを聞いて、セシルは嘆息する。
「まだ慣れない・・・というか一生慣れる気はないよ」
セシルはその言葉の通り、ベイガンのような配下はともかくとして、友人知人には未だに呼び捨てにして貰っている。
フランクと言えば聞こえは良いが、それは身分制度のはっきりしているバロンでは余り良いこととは言えず、そのことでベイガンには事あるごとに苦言を呈されていて、セシル自身もそのことはよく解っている。
だが、嫌なものは嫌だから仕方がない。
一応、正式な場ではちゃんとしている―――つもり―――なのでいいやとか思ってたりする。「・・・まあ、様付けくらいならいいけど」
セシルは恐縮しているルビカンテを見ながら、バッツの言葉を聞いて嘆息混じりに許可をする。
それに対して炎の魔人は「ありがとうございます」と一礼。セシルに対してだけではなく、口添えしたバッツにも律儀に頭を下げた。「それでルビカンテ、とりあえず状況を教えてくれないか?」
「はい」頷き、ルビカンテは自分たちも、セシル達と同じ罠にかかりバラバラに転移させられたことを伝える。
他の者達がどうなったかは解らないが、ルビカンテが転移されたのはこの部屋であり、いきなりダークバハムートに攻撃を仕掛けられた。流石の炎の魔人も、幻獣神のコピーには敵わずに撤退した―――のだが、通路を探索しても行き止まりで、壁や天井を破壊しようとしてもヒビ一つ入らない。どうやら先へ行く道はダークバハムートの居る部屋にしか無いと判断して、仕方なくダークバハムートに再び戦いを挑み―――その最中に、セシル達が現れたというわけだった。
「無様な所をお見せして申し訳ない」
「いや、あれが相手なら仕方がないよ」セシルは苦笑。
“世界” が敵と認め、その力を借りられたからこそまともに戦えたが、そうでなければどうしようもなかっただろう。
最悪、ルビカンテを囮にして、ダークバハムートがそちらに気を取られている隙に先へ進む―――くらいしか手がなかったかも知れない。「そろそろ先へ進もうぜ。あんなのが他にも居るとしたら、リディア達が心配だ」
言いつつ、バッツは自分たちが通ってきた通路とは別の通路への入り口へ目を向ける。それはダークバハムートの背後にあった通路であり、ルビカンテの話によれば先に進む為の唯一の道だ。
「そうだね。僕たちみたいに、運良く倒せる手段があったとは限らないし―――」
・・・竜の騎士は冒険家の導きをもって悪魔を倒す―――
「えっ?」
不意にそんな文言が聞こえてきた。
それは魔力などの力が篭もっているわけでもない、ただの言葉だ―――が、ただの言葉にしては、妙に心の中に染みこんでくるように、強い印象を持っていた。・・・召喚士は騎士の王を降ろして邪龍を払う―――
その何かの呪文のような文言。
見れば、それを呟いているのはファスだった。・・・魔導の騎士は聖女の力得て不浄を滅ぼす―――
少女は焦点の定まらぬ瞳で何を見つめるでもなく、誰に言うでもなくぼんやりと呟く。
ただ、その瞳は淡く赤く光っているように見える。「ファス?」
セシルが声をかけると、少女はびくりと身を震わせた。
それから驚いたようにセシルを見る。「えっ?」
「いや、驚いてるのはこっちなんだけど―――今のは?」
「・・・わかんない」本気で解らないらしく、ファスは首を傾げる。その瞳はいつもの碧眼に戻っていた。
「なにか、頭の中に浮かんできたの」
「まるで、なにかの予言のようでしたね」先程も似たような事を口にしたのを思い返しながら、ルビカンテが呟く。
「予言ねえ・・・」
バッツはあからさまにうさんくさそうな表情を見せる。明日を定めない旅人としては、予言などと言う “おまじない” はナンセンスなのだろう。
ただ、耳聡く “予言” の中に気になる言葉を見つける。「それが予言だとして、 “召喚士” ってのはリディアの事か?」
「かもね。 “騎士の王” がオーディン様だとしたら、彼女が召喚して “邪竜” とやらを倒すってことかな」
「んー・・・その予言を信じるなら、リディアも俺達みたいに敵を倒したってことかよ?」予言をうさんくさいと感じていても、大事な妹に関することだ。気休めでも安心したいのだろう。
「・・・多分、そう」
自信なさそうにファスが呟く。
「多分、他の人達も大丈夫だと思う・・・よ?」
「うん」おずおずと呟くファスに、その頭をセシルが優しく撫でる。
「ありがと。君のその言葉だけで安心出来るよ」
「ん・・・」微笑まれて、ファスは嬉しそうにはにかんだ。
それからセシルは先へと進む通路へ向き直る。「ただ、急ぐに越したことはない。僕たちが早めにゼムスを倒せれば、それだけ地上の被害が減るはずだ」
「そっちはギルバート達がなんとかしてくれるだろ」それを疑う様子もなく、バッツが即座に言い返す。
そうだね、と頷きながらもセシルの胸には不安があった。(僕たちに罠を仕掛けていた以上、 “塔” の方に何も無いとは考えられない・・・!)
ギルバートやポロム達の身を案じながら、果たして自分の判断は間違っていなかったのかと苦悩する。
ゼムスの元へ行くよりも先に、皆で塔を攻めて地上へ魔物の供給を止めることが先決だったのではと。「おいセシル、早く行くぞ」
「ああ」バッツに促され、セシルは通路へと向かう。
すでに賽は投げられた。後は自分の置かれた状況で、やるべき事をやるしかない。悩みを振り切り、セシル達は先へと進んだ―――
******
一方その頃、ギルバート達は順調に塔を攻略していった。
「意外に魔物の姿は見えませんね」
塔の中を進みながらポロムが呟く。
下では “真の月” の魔物達の影が蠢いていたが、塔の中はがらんとしている。―――セシルの不安に反し、ギルバート達の行く手を阻む敵は存在しなかった。
「・・・これなら俺もあっちに行った方が良かったな」
詰まらなそうに呟いたのはクラウドだ。
そんなソルジャーを、フライヤが肘で小突く。「私達は王子の護衛だと何度言ったら解るんじゃ」
「護衛など必要ないだろう―――敵がいないのなら」
「今は居ないだけで、どこに潜んでおるか解らんじゃろうが!」
「だったらそれを目の前に連れてこい。叩き斬ってやる」普段は大概のことは「興味ないな」と切り捨て、言葉少ななクラウドだが、よほど退屈なのかフライヤと口論を盛り上がる。
「まあまあ、二人とも落ち着いて」
そこへギルバートが中に割って入る。
雇い主に仲裁されては、フライヤはそれ以上何もいうことは出来ない。「クラウドもさ、多分、そのうち力を借りる事になると思うから、それまで待ってくれ」
「魔物の姿はないのにか?」
「少なくとも、塔の制御室には何か居るはずだよ。魔物達を地上へと送りこんでいる何かがね」
「ふん・・・」ギルバートに諭されて、クラウドは仕方なくと言った様子で押し黙る。
それからしばらく進み―――行く手の壁の一部分が、前に突き出ているのが見えた。
それを見て、ゼロがてててーと走り寄る。「あ、エレベータです! エレベーターですよー! 僕が見つけたですー!」
突き出た壁―――エレベーターをぺしぺしと叩きながらゼロが一行へと向けて叫ぶ。
それを眺め、カイは「はあ・・・」と溜息を吐いて、小声で呟く。「・・・子供っぽい身内を持つと恥ずかしいでございます・・・」
「カイー、何を落ち込んでるです? さては僕に先に見つけられて悔しいですね? やーいやーい、カイの負けですー」などと囃し立てる姉にもう一度嘆息。
ゼロが見つけた―――というか一行の行く手に普通に見えていたのだが―――エレベーターをラムウが確認して「ほほう!」とわざとらしく感嘆する。「これは塔の制御室へ直行するエレベーターじゃ! 良く見つけたのお、ゼロ」
「えっへっへー、カイとは違うのです、カイとは!」ラムウに褒められてさらに調子に乗るゼロ―――とは対照的に、カイはさらに陰鬱そうに三度目の溜息をついた。
「甘やかしすぎるのは子供のためにならないと思うのでございます」
「え、ええと、その・・・元気出してください」似ていると言えば似ている境遇のポロムが、慰めるように声をかける。
カイは苦笑いしつつ「ありがとうございます」と礼を返した。「使えそうですか?」
ギルバートがラムウに問うと、老人の姿をした雷の幻獣は「ふうむ」と頷き。
「今までと同じようにロックがかかっておるな―――じゃが」
いいつつラムウは指先でエレベーターの扉に触れる―――瞬間、バチッ、と火花のような紫電が見えたかと思うと、エレベーターの扉がスッと開く。
「おじいちゃん凄いです!」
さっきのお返しと言わんばかりに、今度はゼロがラムウを褒める。
「いやいやこの程度、大したことではないわい」と嬉しそうに謙遜する―――が、実際に大したものだとギルバートは感心する。今までこの塔を順調に進んでこれたのは、このラムウの力に寄るところが大きい。
ここへ来るまでに敵の姿はなかったが、代わりにいくつものの扉が立ち塞がっていた。全て鍵がかけられていた扉を、しかしラムウはことごとく指先一つで解除していったのだ。ラムウが言うには、塔は全て電子制御されているので、そこに雷気で介入しているだけ―――などと言っていたが、ギルバートにはイマイチよく解らなかった。科学技術の発達したセブンス地方の出身であるクラウドは理解したらしく、「それは便利だな」と短く感想を漏らしていた。
「これに乗れば制御室まで行くことができるのですか?」
ギルバートが開いたエレベータを指さすと、ラムウは頷く。
「この塔の構造は把握しておる―――おそらくこの先に、魔物の群れを地上に転移させている者が居るはずじゃ」
それを聞いて、フライヤが珍しく皮肉を口にする。
「良かったなクラウド、お待ちかねの敵じゃぞ」
「興味ないな」
「待て! さっき、散々不満を言っていたのは誰じゃ!」フライヤが声を荒らげるが、クラウドは気にした風もなく聞き流す。
だが、無表情を装いながらも、どことなく高揚しているようにギルバートには思えた―――
******
エレベーターが止まる―――そして、その扉が開かれた。
「ここが制御室・・・か」
そこは割と広めの部屋だった。
壁際には幾つか座席があり、そこには色々なスイッチパネルやダイヤルが配置されている。その中の一つに、それらは居た。
「なんだ・・・?」
ギルバートが訝しげな声を漏らす。
そこにいたのは人の形をした何かだった―――人の “影” と言うべきかも知れない。カイナッツォの水の人形の姿と同じく、のっぺりとした姿であり、半透明に透けている。
それが二つあり、片方は青く、片方は赤い色をしている。「なんですかあれ!? なにかっ、イヤな感じがします・・・っ」
その “人影” を見るだけで、ポロムは寒気のようなものを感じて身を竦ませる。
「この悪意・・・! ゼムスの思念が形となったモノか!」
そのラムウの言葉に “人影” はこちらを振り返り―――目も口もない顔を向け、どこからか声を発する。
「・・・侵入者―――ゼムスブレス・・・ゼムス様・・・報告・・・」
「・・・・・・ゼムスマインド・・・迎撃・・・・・・」二つの “人影” は呟きながら再び座席へと向き直ると、素早く操作した。
「何をする気かは知らんが―――」
クラウドが巨剣を引き抜き、飛び出そうとする―――のを、ラムウが「待て!」と呼び止める。
「来るぞ!」
叫んだ直後。
ギルバート達の目の前に、魔物の群れが転移してきた―――