第29章「邪心戦争」
X.「王は疾風と共に道を行く」
main character:セシル=ハーヴィ
location:月の中心核

 

 セシルはダークバハムートと互角の戦いを繰り広げていた。

 強力な力を持つ幻獣―――それらを束ねる王の、それをさらに凌駕する “幻獣神” と同等の力を持つ存在。
 しかしてそれを “敵” と見定めた “世界” の代行者として、セシルは “世界” そのものの力を借りている。

 そのため、唸るような轟音と共に振り降ろされ、振り回されてくる腕や尻尾も、その口から放たれる破壊の光にも、まるで “威” というものを感じない。

「おおおおおおおおおっ!」

 ダークバハムートの攻撃をいなしながら、セシルは着実に敵へダメージを与えていく。
 圧倒的に、とはいかないが、少しずつ少しずつ、ダークバハムートの身体は切り刻まれていく。

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッッッ!!!!!」

 破壊の衝動しかないと思わせるような、爛々と赤く輝く瞳をセシルへ向けて、ダークバハムートは咆哮を上げる。
 そこからは、まるで知性というものを感じない。バハムートと同質の力を持ちながら、決定的に違うのがそれだった。

(バハムートのコピーか・・・)

 それは人の手で生み出された存在。
 しかし、強大すぎてしまったが故に、人の手に余り―――そして封印されたモノ。今まではこの “幻の月” の中に閉じこめられていたが、もしも外に出れば、確実に “世界” を破壊して回るだろう。だからこそ “世界” はこれを “敵” と認めた。

 ―――ということを、セシルは聖剣を通じて “世界” から情報を得る。

 ただ一つ解らないのは、ゼムスがこれを地上へ送り出さなかった理由だ。まあ、あまりにも強大すぎてゼムスにも手に負えなかったか、或いは理性を失っている為に敵味方区別無く暴れ回るためなのだろう。

(僕たちに対する “切り札” ・・・ってことはないか)

 切り札にするには使い勝手が悪すぎる。
 ゼムスが思念で完全にコントロール出来るならば切り札に出来るだろうが、その場合は地上へと向かわせたはずだ。

「まあ、なんにせよ―――」

 セシルは “聖剣” に付随する “聖鎧” を身に纏い、その背からは “光の翼” を生み出し、見上げるほどの高さを持つダークバハムートの巨体へと肉薄する。エンキドゥと戦った時には使いこなせてなかった翼だが、世界の力を借り受けている為か、自在に飛び回ることができた。

「―――倒さなければならない相手には違いない!」
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!」

 振り下ろされてくる腕を巧みにかいくぐり、セシルはさらなる斬撃を与えていく―――

 

 

******

 

 

「だから言ったろ?」

 眠るファスを抱え直し、セシルとダークバハムートの人智を越えた激闘を眺めつつ、平然とバッツは言う。

「普通に大丈夫だって」
「・・・・・・」

 ルビカンテはダークバハムートやセシルの放った力に戦慄し―――それ以上に、この “ただの旅人” に驚愕していた。

(この男・・・なぜこうも平静で居られる・・・?)

 今、セシル達が見せている “力” は自分たちの存在を遙かに凌駕してしまっている。
 人間は―――いや、人間に限らず、動物だろうが魔物だろうが、本能というものを持つ存在ならば、自分以上の “力” 持つ存在に対して畏怖してしまう。

 だがバッツはまるで力など感じていないかのように平然としている。それがルビカンテには理解出来ない。

(もしやすでに “覚醒” している・・・? ―――いや、しかしそうだとしてもこれほどの力を見せつけてなにも感じぬはずはない・・・!)

 ルビカンテは “バッツ=クラウザー” がどういう存在か知っていた。それは自分たちと同じ “類” である存在。
 しかし、だからといってバッツが畏怖しない理由にはならなかった。

 そんなバッツはただセシルとダークバハムートの戦いをぼーっと眺めている
 またもやダークバハムートの放った破壊の光――― “メガフレア” を、セシルが聖剣の力で相殺するのを見て、何気なく呟く。

「んー・・・今んとこ互角って所か。ちょっと長引きそうだよなあ」
「―――互角だと!?」

 バッツの呟きに、旅人のことに気を取られていたルビカンテはハッとしてセシル達の方を見る。
 確かにパラディンと竜神の力は拮抗していた―――ダークバハムートに理性がない分、セシルの方が上手く敵の攻撃をさばき、逆に着実に反撃を与えているので、形としてはセシルが押している展開だ。

 しかし、エクスカリバーとメガフレアが相殺していることから見ても、単純に力を比べてみれば互角だった。

「馬鹿な・・・?」

 だが、それを見てルビカンテは怪訝な顔をする。
 それをバッツがきょとんと振り返った。

「どした? セシルが強いのがそんなに意外かよ?」
「逆だ。セオドール様の力がパラディンの――― “世界” の力だとすれば、あんなものではないはず・・・!」

 かつてルビカンテは “パラディン” の力というものを目の当たりにしたことがある。
 それは正に世界そのもの―――世界最強の力と呼ぶに相応しく、その世界に存在する者であれば、決して抗することの出来ない強大な力だった。

 確かに今のセシルも、凄まじい力を秘めている。ルビカンテすらを圧倒するほどの力だ。
 だが、かつて見たパラディンの力にはほど遠い。

「へえ、本当はあれ以上にすげえのかよ」

 少し感心したようにバッツが呟く。

 ちなみにバッツはその時居なかったが、以前にセシルがパラディンの力を完全発揮した時―――トロイアの磁力の洞窟で、アストスと対峙した時にその場にいたロック達が見れば、やはりルビカンテと同じような感想を漏らしただろう。

「つまりセシルのヤツ、調子悪いって事か」

 うーん、と考えてバッツはルビカンテをもう一度振り返る。

「おい、ちょっとファスの事を頼めるか?」
「なに?」
「こいつの事をしばらく預かっててくれって言ってるんだよ」

 そう言って、バッツは腕の中のファスを差し出して―――ルビカンテが纏う炎を見る。

「・・・燃えたりしないよな?」
「平時ならば。戦闘時には加減は出来んがな」
「そか。なんかボムボムの炎もそんな感じに見えたから、大丈夫だとは思ったけどよ」

 リディアの連れであるボムボム―――炎の塊の魔物である “ボム” ―――は四六時中燃えているが、不必要に周囲のものを燃やしたりはしない。それは幻界での修行の成果だったらしいが、ルビカンテの炎も同じように、戦闘状態でなければ温度をコントロールできるようだった。

「んじゃ頼む」
「な、なにをする気だ?」

 バッツの意図がわからず、ルビカンテは差し出されたファスを困惑しながら抱き止める。
 すると旅人はニッ、といつもの不敵な笑みを浮かべ、なんでも無いことのように言った。

「なに、ちょいとセシルのヤツが手こずりそうだからさ―――手伝ってやろうかと思って」

 

 

******

 

 

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!」
「―――っと」

 ダークバハムートの尻尾の一撃を避け、セシルは一息吐く。
 何度も斬撃を与え、その身を切り刻んでいるものの、ほとんどダメージを受けた様子はなく、その動きもまるで衰えない。

(まずいな・・・)

 敵の攻撃を避けながら、セシルは胸中で呟く。
 しかしそこに焦りはない。
 力は互角であるが、押しているのはセシルだ。このまま続ければ、いずれはダークバハムートを倒せるだろう―――が。

(時間が掛りすぎる―――し、このままじゃ消耗も激しい)

 無駄にして良い時間は無く、ゼムスと相対する前にあまり力を使いたくはなかった。

(・・・本来の “世界” の力が使えれば・・・!)

 舌打ち。
 ルビカンテの言ったとおり、セシルは “世界” の力を完全に発揮しては居なかった。
 とはいえバッツの言うとおり、調子が悪いわけではない。

 悪いのは場所だった。

  “世界” の力とは、言い換えれば地上―――月の民が “青き星” と呼ぶ “星” の力だ。
 しかし、今セシル達が居るのは、地上から遠く離れた上に、異界でもある “幻の月” 。距離的にも遠く、空間的にも異なる場所であり、さらにはゼムスの悪意によって空間そのものがおかしくなっている。これでは “世界の力” も上手く届かない。

 もしもセシルが本来の “世界の力” が使えれば、すでにダークバハムートを倒していただろう―――かつて対峙したアストスと同じように。

 ただ、一つだけ利点があった。
 本来の力ではない為に、セシルにかかる負担は少ない。ダークバハムートを倒しきるまで身体は保つだろう。

(ただ、やっぱり消耗は免れないな。時間のロスも激しい―――こうなれば・・・)

「セシルーーーーーーーーーーッ!」
「!?」

 後ろから聞こえてきたバッツの叫び声に一瞬だけ振り返る。
 ちらりと見れば、バッツがファスをルビカンテに預け、刀を抜いていた。

「手ぇ貸してやるーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 バッツのその叫びに、セシルは思わず苦笑した―――その隙をついて、ダークバハムートが足を振り上げ、踏みつぶそうとする。

「おっと!」

 頭上から圧殺せんと落ちてくる足に、セシルは横に跳んで回避―――しつつ、空いている方の手をバッツに見えるように突きだして、親指を立てた。

(グッドタイミングだ!)

 直前にセシルが考えていたのが正にそれだった。
 自分一人の力で手こずるようならば、誰かの力を借りればいいだけだ。

 聖剣を構え直し、セシルはダークバハムートへと不敵な笑みを浮かべ、呟く。

「さて、決着を付けようか・・・!」

 

 

******

 

 

「手を貸すだと・・・?」

 ファスを抱え、ルビカンテは唖然と呟く。

「あの人外の―――この私でさえ凌駕する戦いに、ただの人間であるお前がどうやって立ち入るというのだ!?」
「あー、うっせえなあ」

 刀を適当に弄びながら、バッツは首だけルビカンテを振り返って面倒そうに言い返す。

「何度も言わせるなよ “大丈夫” だって」
「なにが―――」
「あー、うっせうっせ。いいから黙って見てな!」

 強引に会話を打ち切り、バッツは再びセシルとダークバハムートの方へと視線を向ける。
 そして呟くのは、全てを斬り裂く疾風の業。

「―――その剣は疾風の剣」

 それを聞き、ルビカンテはバッツが何をやろうとしているか理解する。
 斬鉄剣。
 数多ある剣術剣技の中での到達点の一つ。
  “速さ” によってあらゆる全てを斬り裂くその技ならば、ダークバハムートにも通じるかも知れない―――が。

「止めろ、無駄だ!」

 ルビカンテが叫ぶ。
 確かに通じるかもしれない―――が、あくまでも “通じる” だけだ。
 斬鉄剣で斬れたとしても、あれだけの巨体を断ち切ることはできない。バッツの刀の長さで斬ったとしても、人間で言えば包丁で指を切った程度のダメージしか与えられないだろう。痛いことは痛いだろうが、致命傷にはほど遠い程度だ。

「風よりも速く何よりも速く限りなく速くただ速く―――」

 なによりバッツの斬鉄剣は、技を使う本人ですら知覚できないほどの速さだ―――つまり、バッツ自身どこを斬るのか正確にはわからない。下手をすればセシルを斬ってしまう可能性もある。

 与えられるダメージの割にリスクが高すぎる。
 ルビカンテはファスを片手で抱え直し、バッツを止めようと手を伸ばす―――

「斬るよりも速く斬り、抗うよりも速く斬り捨てる―――」

 ―――伸ばした手は、しかしバッツの肩を掴む直前で止まった。
 ルビカンテの手に、小さな手が添えられたからだ。

「な・・・?」
「大丈夫・・・」

 そう呟くのは、胸の中に抱いていたファスだ。
 少女はルビカンテに抱かれたまま手を伸ばし、バッツの肩を掴もうとしていたルビカンテの腕を押しとどめるように触れていた。

「大丈夫、だから」

 繰り返されるそれは、バッツにも言われた言葉。

 ―――何度も言わせるなよ “大丈夫” だって。

 何の根拠もない言葉だ。
 まるで信じられることなどできないはずだったが―――

「・・・・・・むう」

 ルビカンテの腕からは力が抜け、伸ばした手を戻す。
 根拠無き言葉を信じられたわけではない。
 ただ、 “大丈夫” だと思っていないのは自分だけということに気がついた。バッツも、セシルも、ファスでさえも、皆、露とも心配をしていない。

「大丈夫だから」

 ファスはまだ不安げなルビカンテを安心させるかのように、三度繰り返し―――そして。

――― “王は疾風と共に道を行く”

 それは?
 と、ファスの呟いた言葉―――ただの言葉だ。だが、妙に魂に響くような印象を受けた―――を尋ねようとした瞬間。

「究極の速さの前には、あらゆるものが斬られぬことを許されない―――」

 バッツの秘剣が発動する!

 

 

******

 

 

 バッツが斬鉄剣を放つ直前、ダークバハムートの相手をしていたセシルは、不意に―――まるで “解っていたかのように” 光の翼を輝かせ、飛翔する―――否、解っていたのではない。 “読んでいた” のだ。セシルはバッツがどのタイミングで斬鉄剣を放つのか読んでいて、それに合わせて退避した。

 

 斬鉄剣

 

 セシルが飛翔した直後、バッツの斬鉄剣が放たれる。
 それは誰にも―――バッツ自身にすら知覚できない神速の剣。それは易々と、強固な竜の皮膚を斬り裂く―――

「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!?」

 バッツに足の付け根を斬られ、ダークバハムートは咆哮を上げた。
 だがそれだけだ。
 足にダメージを与えたものの、ルビカンテが予測したとおりにやはり致命傷にはほど遠く、ダークバハムートは足から緑色をした体液―――血、なのだろう―――を流しながらも、しかと足を踏みしめ立っている。

「GUUUUUU・・・」

 それでも痛みはあるのだろう。赤い瞳を自分の足下にいるバッツへと向ける。
 怒りを込めて斬られた足を振り上げ、それでバッツを踏みつぶそうと―――

「いいのかよ?」

 笑いながらバッツがダークバハムートを見上げて言う。
 いや、見上げているのは竜ではなかった。その巨躯のさらに向こうに浮かんでいる存在だ。

「―――ッ!」

 ダークバハムートはバッツが見つめている存在を振り向く。
 それは本能の成せる行為だったのだろう―――が、その反応はあまりにも遅かった。

「この剣は必殺の剣―――」

 天井近く、竜の頭上にまで飛翔していたセシルは、静かに呟きながら、こちらを振り向いたばかりのダークバハムートの頭へとエクスカリバーを振り下ろす。
 剣はダークバハムートの突き出た鼻先に触れた―――と思った瞬間、スッ、と皮膚を分け入るようにして斬り裂いていく。そしてそのままセシルが落下するのに合わせ、剣は滑るように首筋をなぞり、腹の上を通り、股間へと抜けていった。

 まるで “斬った” とは思えないほど滑らかに、聖剣は幻獣神と同質の力を持つ存在を縦一文字に斬り裂く―――

 

 斬鉄剣

 

 ダークバハムートの巨体に比べ、エクスカリバーの刃渡りは短すぎる。
 バッツと同様、セシルが斬り裂いたのは表面だけ―――だがしかし、バッツの斬鉄剣が “速さ” を極めたものであるのに対し、セシルの斬鉄剣は “技” を極めたものだ。

 刃が斬ったのは表面だけ―――にも関わらず、その斬撃はダークバハムートを二つに両断していた。

「――――――」

 動きを止めた―――悲鳴を上げる余裕すらなく両断されたダークバハムートを見上げ、セシルはエクスカリバーを鞘に戻しながら誰に言うともなく呟いた。

「・・・これが僕たちの “最強” だ―――」

 セシルだけならばこうも上手く斬鉄剣を決めることは出来なかっただろう。
 事前にバッツが斬鉄剣で大きな隙を作ってくれたからこそ、セシルは自分の斬鉄剣を極めることが出来た。

 言うなれば “斬鉄剣” と “斬鉄剣” の合わせ技。名付けるならば―――

 

 重ね斬鉄

 

 ―――キンッ、とセシルがエクスカリバーを鞘に収める。

 それを合図としたかのように、両断され、僅かに左右でズレかけていたダークバハムートの身体は一気に崩壊し、やがて塵も残さぬように雲散霧消していった―――

 


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