第29章「邪心戦争」
W.「ダークバハムート」
main character:セシル=ハーヴィ
location:月の中心核
セシルは気を失ったままのファスを背負い、バッツと共にクリスタルで構成された通路を進んでいた。
―――その歩みが不意に止まる。
前方から、なにやら “熱気” のようなものを感じたからだ。「バッツ」
「ああ」バッツも気がついたらしい小さく頷き、前に一歩踏み出す。
「様子を見てくる。お前は―――」
「いや、僕も行くよ」
「だけどファスが・・・」
「彼女がいるからこそだ。また最初同じような罠があったりしたらマズイ」
「言われてみりゃそうか」ここは敵の手の内だ。
別れて行動するのはなるべく避けた方が良い。それでも一応、とバッツがセシルの一歩前に出た状態で先へと進む。
先へ進むほど熱気は強くなっていく―――さらには何らかの爆発音も響いてきた。やがてセシル達は通路の出口へと辿り着く。
「部屋・・・か?」
セシルが呟きながら、通路の先に在る部屋へと向かう―――あと、数歩で辿り着く、と言う時に再び爆発音、というか爆発が起きて、部屋の中で何かが吹き飛ぶのが見えた。
それはバッツが戦ったこともある、ゴルベーザ四天王最強の炎の魔人―――
「ルビカンテ!?」
「いくよ、バッツ!」あのルビカンテが容易く吹き飛ぶような事態だ。
ただごとではないと察し、セシルとバッツは部屋の中へと飛び込んだ―――
******
部屋に飛び込んだ直後。
バッツはルビカンテを凌駕した存在を目にして叫ぶ。「竜!?」
「いや―――」バッツの叫びを否定するように、セシルが言葉をかぶせる。
最初に “幻の月” へと来た時に相対した存在。「幻獣神・・・バハムート!?」
目の前にいる存在は正にそれだった。
セシルの―――人間の何倍もの巨大さを見せつける体躯。それと同等の広大な翼を広げ、爬虫類を思わせる強固な鱗に覆われたその姿はまさしく竜の中の竜、 “竜神” と言わしめるに相応しい雄々しさを見せつけている。
放たれるプレッシャーも幻獣神のそれと同等であり、まともな人間ならばその威に縛られ、呼吸することもできないだろう。ただ “バハムート” と異なるのは、その体色がやや黒ずんでいることと、その目が赤く狂気に輝いて―――まるで理性を感じさせないことだった。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!!!!!」
“バハムート” もどきの竜が、新たに現れたセシル達を見とがめて吼える。
その口元に破壊的な魔力の輝きを集め、それをセシル達へと―――「いかんっ!」
黒い “バハムート” がセシル達へ目標を定めたのを見て、ルビカンテがセシルを庇うように前へと躍り出る。
直後、 “バハムート” の口から破壊の光が迸る。それは、セシル―――の目の前に立ちはだかるルビカンテへと直撃し―――
メガフレア
火燕流
“バハムート” の破壊光が、ルビカンテが身に纏う猛炎と激突、拮抗するが―――
「ぐっ・・・・・・うううああああああああああああああっ!?」
ルビカンテの炎が耐え切れず、押し負けてしまう。
だが、ルビカンテ自身は吹き飛ばされながらも、破壊の光はその身に請け負い、背後にいるセシル達には一片たりとも零すことはなかった。圧倒的な “破壊力” の前に目の前を吹っ飛んでいく炎の魔人。
それを目にしたセシル達の反応は―――「わー、なんかすごい吹っ飛んでるんだけど」
「大丈夫大丈夫、あいつはあれくらいで死んだりしねえよ」―――割と軽かった。
「・・・ぬううあああああああああああっ!?」
吹っ飛ばされたルビカンテは即座に起き上がり、ずざざっとセシル達の前へと立ちはだかる。
それを見て、バッツが指さし笑う。「ほらな」
「ああ、本当だね」
「 “本当だね” ―――ではないっ!」ほんわかと会話を交す国王と旅人に、炎の魔人は激昂する。
「なんだそのやる気の無さは! 現状を理解出来ていないのか!?」
「ん? 現状って、アンタよりもすっげえ強い竜が居るって話か?」
「しかもあれ、なんかバハムートと良く似てるけど・・・親戚かなにかかな?」セシルとバッツが見上げた先には巨大な竜が一行を睥睨していた。
タイダリアサンのような蛇竜ではなく、蜥蜴に酷似したまさに “竜” と呼ぶべき存在。
弱肉強食のヒエラルキーに殉じるならば、人間などエサ以下にすらならぬ、強大な圧殺感。抗すると考えることすら無意味と思える存在に、しかしあくまでもバッツとセシルには緊張感と言うものが無かった。その様子にルビカンテはさらに苛立ちを募らせ、セシルへと怒鳴る。
「セオドール様! アレがどれ程のものか解らぬはずもありますまい!」
「僕はそんな名前じゃない―――っていうか、君、真面目レベルがベイガンと同じだなあ」あっはっはと愉快げに笑うセシルに、ルビカンテは唖然とする。彼らの前へ立ちはだかる漆黒の竜―――それは幻獣神バハムートと同質の力を持つ “ダークバハムート” と呼ばれる存在。
いや、その名は知らずとも、その威は肌で感じられるはず―――だというのに、セシルも、バッツもどういうわけか平然としている。まるで自分が夢でも見ているかのような―――セシル達とは異なる世界に身を置いているかのような錯覚を覚えながらも、ルビカンテはセシル達の身を案じて叫ぶ。
それはセシルの為―――というよりは、彼の母であるセシリアへの忠義の為だった。(セシリア様の為にも、そのご子息をむざむざ失わせるわけには行かぬ・・・!)
ルビカンテはゴルベーザとセオドール―――セシルの母であるセシリアに、言い尽くせぬほどの恩義を感じている。
彼女の―――その身内の為ならば、その命、存在を賭しても構わぬという想いがある。振り返り見れば、漆黒の幻獣神―――ダークバハムートは次撃を放とうと、その口に破壊の光を収束している。
(次は防ぎきれぬかも知れん・・・・・・)
すでにルビカンテの力は限界を迎えていた。
今まで、セシル達が来るまでずっとダークバハムートと戦い続けていた―――ゴルベーザの配下の中で “最強” と呼ばれた炎の魔人も、幻獣の神の写し身には敵わない。彼が得意とする炎の業――― “火燕流” も、あと一撃二撃、まともに撃てるかどうかと言うところだろう。
しかしそれでも―――(セシリア様のご子息は必ずや守り抜いてみせる・・・!)
強い意志をその身に込め、ルビカンテはダークバハムートの一撃に身構える。
そしてその後ろでは―――「あ、バッツ、ファスの事を頼むよ」
「はいよー。俺は手伝わなくてもいいか?」
「んー・・・とりあえず僕一人でやってみるよ。手こずるようだったら手伝ってもらうかも」
「了解ー」―――などと、かなり緊張感の欠けたやりとりが行われていた。
だがそれをルビカンテは気にしないことにした。(あまりにも強大な相手に感覚がマヒしておられるのか・・・)
無理もない。
相手は強力な幻獣―――それらを束ねる “王” をも越える “神” と同等の力を持つ存在だ。
ただの人間が現実逃避したとして、誰が責められようか。現実の見えぬ国王と旅人を不憫に思いつつ、炎の魔人は意地でも護り抜くと意志を更に強固に固め―――ていると、その守るべき存在が前に出る。
「とりあえず君も下がっていなよ」
「セ、セオドール様!?」
「だから僕はそんな名前じゃ無いって言うのに」苦笑しながら、セシルはルビカンテの前に出ながら腰の剣を引き抜く。
―――すでにダークバハムートの破壊の光はこれ以上ないほどの輝きを放っていた。
今にも放たれそうな圧倒的な “力” に焦りながらルビカンテが叫ぶ。「お下がりください! ここは私が―――」
「下がるのはテメエだっての」こん、となにかがルビカンテの頭を小突く。
振り返れば、バッツが片手でファスを抱えながら、もう一方の手で刀を鞘ごとルビカンテに突きだしていた。「いいからセシルに任せておけよ。大丈夫だから」
「なっ・・・なにを言っている!? アレの恐ろしさが貴様にはわからんのか!?」アレとは今にも破壊の力を振りまこうとしているダークバハムートの事だ。
だが、バッツは眠るファスを大事に抱えたまま、器用に刀の収まった鞘を腰の留め具に戻し、それから頭を掻く。「いやあ、アレがやべえのだってことは十分解ってるんだけどさ」
そう言って旅人は前に出た国王へと目を向ける。
「それ以上にセシルのヤツがすげえ余裕じゃんか。ならなんとかなるんだろ」
「なにを・・・言っている?」ルビカンテはバッツの言っている意味がまるで理解出来なかった。
対し、バッツは困ったように笑って言う。「説明させんなよ。俺は馬鹿なんだぜ? だからあれだ、セシルのヤツがやばい時はこれ以上ないくらいに苦笑して―――それで何とかしちまうけど、今は普通に余裕だろ?」
自分で自分のことを “馬鹿” だとのたまったように、どうも説明は苦手のようで―――それでも彼は無理矢理結論づけるように言った。
「だからまあ・・・普通に大丈夫なんじゃね?」
そう言った瞬間。
ダークバハムートから破壊の光が放たれた―――
******
メガフレア
ダークバハムートから破壊の光が放たれる。
それは以前、バハムートから放たれた力と同質のものだ。圧倒的な破壊光線。ただの人間ならば一瞬で蒸発させてしまうだろう。
しかし、セシルは畏れることなく、怯えることなく、屈することなく―――手にした剣の切っ先を、迫り来る破壊の力へと向ける。
エクスカリバー
直後、聖剣からダークバハムート以上の “力” が解き放たれた―――
******
「なん・・・だと・・・・・・!?」
目の前で起こった事象を、ルビカンテは信じることが出来なかった。
ダークバハムートから放たれた圧倒的な破壊光。それと同等以上の力がセシルの手にした “聖剣” から放たれ、破壊の力を相殺した。それはおよそ人間に扱えるはずのない力―――しかし、それを使える人間のことを、ルビカンテは知っていた。
「これは――― “パラディン” の力・・・!?」
畏怖するように呟き―――それに応えるように、セシルは不敵に笑う。
「人の歪んだ欲望により生み出されし幻獣神の写し身よ―――」
“聖剣” を通し、セシルの全身にあらゆる存在を内包する広大な力が満たされる。
その “声” を聞き、目の前の存在がどういうモノかを知り、断言する。「――― “世界” は意味持たぬ破壊を認めない! 故に “世界” は貴様を敵と認めた!」
それはトロイアにてダークエルフの王と相対した時にセシルへと注ぎ込まれた “世界” の意志。
“神” すらも内包する世界の意志が、セシルへと力を貸していた。「俺がこの場に現れた時、貴様は未来を失った―――大人しく、滅びを受け入れろッ!」
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAッ!」まるでセシルの――― “世界” の言葉を受け入れぬとでも言いたげにダークバハムートは咆哮す。
そして、 “神” と “世界” ・・・二つの極なる力が激突する―――