第29章「邪心戦争」
V.「ローザの不安」
main character:ローザ=ファレル
location:月の中心核

 

 

「『ホーリー』!」

 ローザの放った光撃魔法が、巨大な “竜の骸骨” を包み込む。
 その聖なる光が消えた瞬間、続くようにして今度はセリスが剣を高く掲げ、迫撃する。

 

 魔封剣

 

 掲げた剣に、周囲の魔力が集束していく。
 それは、今し方放たれたローザの光の魔法―――その残りカスを余すことなく吸収する。

「GAAAAAAAAAAAAAッ!」

 と、ローザの魔法に耐えきった骨の竜がセリスへと襲いかかる。
 彼女の三倍以上も巨大な竜の骸骨―――ルナザウルスは、骨の口から真っ赤に輝く炎を噴き出した。
 凄まじい轟炎だ。まともに受ければ、魔導戦士として耐性を強化されたセリスでも一瞬で黒こげになってしまうだろう。

 まともに受ければ、の話だが。

「!?」

 炎は確かにセリスを包み込んだ。
 だが、不思議と悲鳴の一つも聞こえない―――彼女が避けた様子も無い。ルナザウルスはがらんどうの骨の頭―――本来は “瞳” があったはずのくぼみの中に妖しく光る目を、セリスのいた場所へと向ける。

 ―――だが炎が収まった後には誰の姿もなかった。

「―――こっちだ」

 声は骨の竜の頭上から。
 見上げれば、いつの間にかセリスはそこに居た。

 ―――ルナザウルスが腕を振り下ろしたのは分身魔法 “ブリンク” によって生み出されたセリスの分身だ。その分身に敵が気を取られている隙に、セリスは浮遊魔法 “レビテト” を使って跳躍。ルナザウルスの頭上へと飛び上がったというわけだ。

 頭上ですでに剣を振り上げているセリスに、迎撃するには遅すぎたと判断してか、ルナザウルスは頭を庇うように骨の腕を交差させる。アンデッドであるルナザウルスは、身体が多少損傷しても問題はない。ただ、コアである頭部を破壊されれば致命的である為に、頭を庇っている。

 つまり頭部さえ破壊されなければ、そのまま反撃出来る―――今度こそ炎で焼尽くしてやる、とでも思っていたのかも知れない。

(アンデッドのくせにそれなりに知能が在るようだ―――が)

 だが、そんなルナザウルスの思惑は外れることとなる。

「―――ッ」

 斬、と。
 セリスの剣は腕ごと頭を断ち斬った。

 ルーンブレイド。
  “魔力” を “切断力” へと転化する能力を持つ魔剣。
 魔封剣により吸収した魔力でその切れ味を強化すると共に、残りカスとはいえ “ホーリー” を吸収したことにより、聖なる属性を帯びていた―――のだが。

「ん・・・?」

 地面に着地したセリスは切れ味に違和感を覚え、すぐにその理由に気づく。

「・・・アンデッドなのに聖属性が弱点じゃないのか・・・?」

 ルーンブレイドに付加された聖属性は、ほとんど効果を発揮しなかったようだ。
 どうりでローザのホーリーに耐え切れたはずだ。本来、聖属性はアンデッドの弱点であり、光撃魔法など喰らってただで済むはずはない。

「―――まあ、問題ないけれど」

 そう呟くセリスの言葉通り、剣の切断力は頭蓋を斬った後も衰えず、そのまま股間まで斬り抜け、巨大な骨の竜を容易く両断していた。振り下ろした剣を鞘にキン、と納める頃には、両断されたルナザウルスの身体は力を失い、崩れ去っていく。

「やったわね、セリスっ!」

 ぶいっ、とローザはピースサイン。
 それにセリスも微笑んで応え―――それからすぐに顔をしかめ、半眼で周囲を見渡す。

「それにしても、酷い有様ね」

 周囲の状況を一言で言うならば―――文字通りの “死屍累々” 。
 部屋一杯に死体が散乱し、辺りに腐臭が漂っている。

「・・・とりあえずここを離れましょう―――正直、臭くてたまらないわ」

 戦闘に集中していた時はさほど気にならなかった腐臭が、落ち着いてみると酷く鼻につく。
 ローザも「そ゛う゛ね゛」と鼻をつまんで頷いた。

 と、それまで黙っていた死霊術士が不思議そうに声を上げた。

「フシュルルル・・・私は、平気だが・・・・・・」
「私達が平気じゃないのよ!」

 その死体―――ゾンビの群れを召喚したスカルミリョーネに向かって、気分が悪くなるのを抑えつつ、セリスは怒鳴り返した。

 

 

******

 

 

「うー・・・なにか服に臭いが染みついちゃってる気がするわ」

 通路を歩きながら、ローザはくんくんと服の臭いを嗅ぐ。

「フシュルルル・・・・・・それほど気にすることか・・・?」
「気にするわよ! セシルと再会した時に “ローザ、なんかちょっと臭いね” なーんて言われたら大ショックだわ!」
「うっ」

 ローザの言葉に、セリスはギクリとして自分の裾の臭いを嗅ぐ。
 それを目敏く見て、ローザは「ほら見なさい!」と更に続けた、

「セリスだって気にしてるわ。特にロックなんて鼻が利きそうだし、もっと切実なのよ!」
「や、やっぱりそうかしら?」

 とりあえずロックの名前が出てきたことにはスルー。本人がこの場にいるならともかく、今更ローザに否定しても無意味だと開き直ったらしい。

「フシュルル・・・女というのは面倒だ・・・・・・セシリアや・・・バルバリシアもそうだったな・・・・・・どれ・・・・・・」

 やれやれと言いたげに、ローブで身体をすっぽりと覆った死霊術士は何言かを唱える―――と、魔力が女性二人を取り巻いて、その身体から染みついた腐臭を消す。

「あら・・・?」
「え・・・? 今、何をしたの?」

 臭いを嗅いでみても、先程まで感じていた臭いが消え去っている。
 腐臭だけではなく、汗の臭いなども感じず、完全な無臭状態だ。

「・・・臭いを消す魔法だ・・・以前、セシリア達と旅をしていた頃―――」
「「教えてっ!」」

 最後まで言葉を言わせずに、女性二人がスカルミリョーネに詰め寄った。

「フシュ・・・別にさほど難しい魔法ではないぞ・・・・・・?」

 そう言って、簡単に説明する。
 厳密にはこの魔法は “臭いを消す” のではなく、臭いの上から “無臭” という臭いを上書きするものらしい。

「成程・・・カテゴリーとしては肉体に作用する状態変化系ではなく、魔法剣みたいな付与系になるのね」
「ああ、なんてこと! 体臭を消す魔法だなんて、どうしてそう便利なことを今まで思いつかなかったのかしら!」

 セリスが真剣に魔法を解析している隣で、ローザが何か嘆くように天井を仰ぐ。

「それさえあれば暑い日にどれだけ汗かいても安心ってわけね!」
「・・・少しアレンジすれば別の臭いを付けることもできそうね。花の香りとか」
「香水みたいね」
「そう、そんな感じ」

 などと女二人でかしましく “無臭” の魔法について盛り上がるローザ達に、珍しくスカルミリョーネが疲れたように嘆息する。

「フシュルルル・・・そろそろ良いか・・・? こうして・・・立ち止まっている・・・・・・状況ではないだろう・・・・・・」
「あっ、そ、そうね、ごめんなさい」
「つい、魔法の話に気を取られて、いつの間にか立ち止まっていたわね」

 いつの間にもなにも、セリスとローザがスカルミリョーネに詰め寄った時からである。
 だがわざわざつっこむのも面倒と言うかのように、スカルミリョーネは二人を先へと促す。

「フシュルルル・・・・・・ここには厄介な存在が多い・・・・・・できれば早めに他の連中と合流したい・・・・・・」

 

 

******

 

 

「じゃあ、スカるん達も罠にかかったというわけね!」

 三人は通路を歩きながら、状況を確認する為に今までの経緯を情報交換していた。

「フシュルルル・・そうだ―――・・・いや、なんだその・・・ “スカるん” というのは・・・?」
「貴方のことに決まってるじゃない。スカルミリョーネ、略して “スカるん” 」
「・・・頼むからやめてくれ・・・・・・」

 スカルミリョーネが言うと、ローザは「えー、可愛いのにー」と不満げな声を上げる。

(何だこの娘は・・・この私の精神を短時間で削りゆくとは・・・恐ろしい)

 スカルミリョーネは本気で戦慄していた。
 冗談の様だが彼にとっては本気で危機的な状況だった。スカルミリョーネは精神体(もしくは魔力体)であり、今ローザ達と歩いている姿は、ただの “器” に過ぎない。
 例えその “器” が破壊されたとしても、本体である精神体を破壊されない限りは、スカルミリョーネは永遠に存在し続ける―――反面、精神を砕かれればスカルミリョーネという存在は消滅してしまう。

 そしてローザ=ファレルの言動は、スカルミリョーネの精神を削る―――存在を脅かす威力を秘めていた。

 早めに他の者たちと合流したい―――そう、彼が望んだのも、ローザの事をさっさと保護者に押しつけたい想いが合ったからかも知れない。

 それはさておき。

「状況を確認すると、まずは貴方達―――ゴルベーザ達がゼムスの元へ行こうとして罠にかかり、別々に飛ばされた」

 話が進まないからと、セリスは強引に話を戻して状況確認。

「そして、だいたい丸一日ほど経ってから、私達が罠にかかって転移してきた―――というわけね」
「で、その一日の間、スカるんはあの骨のドラゴンと頑張って戦っていたと」
「・・・・・・その通りだ」

 何を言っても無駄だと思ったのか、スカルミリョーネは特につっこまずに頷いた。

「フシュルル・・・・・・あれは・・・ “幻の月” の地下へと封印された存在の一つ・・・・・・造ったのは私・・・だが」
「「は?」」

 怪訝そうに女性二人の声が唱和する。

「造ったって・・・」
「・・・以前、最強のアンデッドを造ろうとして・・・・・・出来た成果がアレだ・・・・・・」
「って、なら自分でどうにかしなさいよ!?」

 セリスが文句を言う。
 彼女達が転移した先が、スカルミリョーネ―――というか、彼の召喚したゾンビ達がひたすらにルナザウルスへ特攻しているシーンだった。
 巨大な骨の竜にゾンビの群れが群がり、それをルナザウルスは腕で振り払い、炎を吐いて焼尽くしたりと―――なかなか凄まじい状況だった。セブンスやエイトス辺りに行けば、『ゾンビーVS骨竜 アンデッド大決戦』などとB級映画にでもなるかもしれない。

 ゾンビ達の攻撃はほとんどルナザウルスには通じなかったが、スカルミリョーネが次から次へと召喚していた為に、アンデッド同士の戦いは終わることなく続いていた。もしもあの場にセリス達が現れなければ、永遠に続いていたのではないかとすら思う。

「フシュルルル・・・どうにか出来るならば・・・・・・していた・・・・・・造った・・・はいいが・・・暴走して・・・手が付けられなくなった・・・・・・だからこそ封印したのだ・・・・・・」
「・・・・・・まあ、倒せたからもう良いけれど」

 ローザとの連携であっさり倒すことが出来た―――が、あれはそれまで少しずつでもゾンビ達が戦い、ルナザウルスを消耗させてくれていたお陰だった。それがなければもう少し苦労していただろう。

「でも良くゾンビなんて召喚出来るわね。 “こんな場所” で」

 少し感心したようにローザが言う。
 この場の特性を、魔道士のはしくれである彼女は―――それにセリスも気がついていた。

 ゼムスの悪意に満ちたこの空間は歪んでいて、転移や召喚などの術を行使することは難しい。
 だが、スカルミリョーネは意にも介さずに大量のゾンビを召喚していた。

「・・・そう言えば、バブイルの巨人との戦いの時も “空間固定” している場所でゾンビを召喚していたらしいわね?」

 セリスが思い出したように言う。
 それはカインと戦った時のこと。スカルミリョーネは大量のゾンビを召喚し、それで最強の竜騎士を完封していた。
 そのことを当然のようにカインは話したがらなかったが、しかし報告しないわけにも行かずにセシルに事の顛末は伝わっている。それをセリスも耳にしていた。

「フシュルルル・・・・・・空間が・・・固定されようと・・・歪んでいようと・・・・・・私にとっては・・・大した障害ではない・・・・・・」

 スカルミリョーネの力はそれほどでもない。
 それは魔力の大部分を、己の存在を維持する為に注ぎ込んでいるからである。
 だが力がない代わりに、その魔道技術は侮れない。
 スカルミリョーネにとっては、どんな状況であろうともゾンビを召喚するのに支障が無い。

 バブイルの巨人との戦いの時、スカルミリョーネは “味方” だったが、もしも敵だった場合、 “空間固定” は容易く解かれ、巨人を止めることは出来なかったかもしれない。

「なら、もしかして転移魔法でここから脱出することも?」

 ローザが問いかける。

「フシュルルル・・・・・・可能だ・・・・・・」
「だったら無理に骨の竜と戦わなくても良かったんじゃ・・・?」
「・・・・・・いくら・・・私でも・・・・・・バラバラに跳ばされた・・・他の者たちを・・・・・・探し当てることは・・・・・・不可能・・・だ」
「もしかして、スカるんはあの骨竜の相手をしながら、誰かが来るのを待っていたの?」
「・・・・・・・・・そうだ・・・」

 ローブを軽くゆらして頷く。
 そんな彼に、今度はセリスが問いかける。

「私も一つ聞きたいことがある。さっき “厄介な存在が多い” とか言っていたけれど、あのルナザウルスの他にも居るの?」
「フシュルルル・・・その通りだ・・・・・・特に強力・・・なのが二体・・・・・・」
「それは?」
「一つは・・・ “タイダリアサン” ・・・・・・幻獣王リヴァイアサンの “影” ―――だがアレは・・・近寄らなければ・・・良い・・・」

 問題はもう一つの方だ・・・と、スカルミリョーネは続ける。

「 “ダークバハムート” ・・・・・・魔大戦時に造られた・・・幻獣神バハムート・・・の・・・コピー・・・・・・」
「バハムート!?」

 驚いたように声を上げたのは、実際にバハムートと戦ったことのあるローザだった。

「あれ、厄介とか言うレベルじゃないと思うのだけれど」

 珍しくローザが戦慄していた。
 何とか勝利することはできたものの、もう一度戦って勝てる自信はない―――というよりも無理だと断言出来る。
 しかもあの時勝てたのも “仮初めの空間” であり、リディアが “最強” を召喚出来たからだ。

 現実空間で勝てる要素は何一つ無い。 “メガフレア” 一発で終わりだろう。

「 “コピー” と言ったけれど、本物と比較してその強さは・・・?」

 バハムートのことはセリスも知っていた。実際に対峙したローザほどではないが、彼女も表情を強張らせておそるおそる尋ねる。

「フシュルルル・・・・・・単純な “強さ” ・・・で言うならば・・・本物と変わらない・・・・・・だが・・・ルナザウルスと同じ・・・・・・作り出した・・・はいいが・・・・・・強力過ぎる・・・故に・・・理性を失い・・・・・・暴走し・・・・・・封印せざるを・・・得なかった・・・・・・」
「それ、本物よりも厄介って話でしょう!」
「遭遇したら全力で逃げるしかないわね―――セシル、大丈夫かしら・・・?」

 もしもバハムートのコピーとやらにセシルが遭遇していたら・・・そう思うと気が気ではない。

「フシュルル・・・・・・問題ない・・・・・・」
「え?」

 ローザの不安を払拭する為―――というわけでもないだろうが、スカルミリョーネが呟いた。

「・・・・・・セシル=ハーヴィならば・・・・・・ダークバハムートに・・・・・・対抗出来る―――」

 


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