第29章「邪心戦争」
T.「ジャンクション」
main character:リディア
location:月の中心核

 

「―――我が戦友に宿れ!」

 

 オーディン

 

 リディアの “召喚” のための詠唱が終わり―――しかし、何も起こらなかった。
 少なくとも、新たな何かがこの場に現れた形跡はない。

「し・・・失敗したのかァ・・・!?」

 倒れたままカイナッツォが呻く。
 対して、リディアは何も応えない―――いや、何も応えられないほど力を尽くしたのだろう。
 荒く息を付き、脱力したように膝を付いて、じっとエッジの方を見つめる。

『ふん・・・リヴァイアサンに通じるものならばそれなりに楽しめると思ったが―――期待外れか』

 落胆したようにタイダリアサンが呟く。
 倒れたまま動こうとしない―――動けないカイナッツォを見やり、周囲に “水” を生み出す。

 タイダリアサンの巨体よりも尚高い水の壁。
 そこから放たれる大津波を、今まではカイナッツォが防いで居たが―――

『我が一撃を受け、もはやこの津波を防ぐこともできまい』

 リディアの代わりに旋風に切り刻まれ、カイナッツォはすでに戦闘不能だ。
 身体をバラバラにされても生きてはいるが、その再生の為に余力はない。 “水のカイナッツォ” という異名の通り、大津波を受けてもどうということはないだろうが、リディアやエッジ、ブリットは確実に死ぬだろう。そして、リディア達が死んでしまえば、カイナッツォ一人でタイダリアサンに抗する力はない。

 絶体絶命。

 その言葉がカイナッツォの脳裏に浮かぶ。

「カーーーーーッ! 畜生畜生ッ! 小娘に期待した俺が馬鹿だったーーーっ!」
「うっさいなあ・・・」

 喚く水の人形の方に、リディアは苦しそうに息を吐きながら―――睨む。

「喚かないでよ。ちゃんと―――」
「うっせえのはてめえだ! これが喚かずに居られるかーーー! こんなところで終わりなんて―――」
「―――ちゃんと、召喚は成功してる」
「は?」

 カイナッツォが怪訝な声を発した瞬間。

 水の壁が津波となってリディア達へと襲いかかる。

「ブリット、来なさいッ!」

 リディアが力を振り絞り、タイダリアサンに接敵していた―――つまりは水の壁のすぐ近くにいたブリットを傍らへと召喚する。

「さあ・・・!」

 迫り来る津波に対し、リディアは不敵に笑ってみせる。
 否、それは津波に対してではなく、目の前に居る “エッジ” に対してだ。

「後は任せたわよ! 最強の騎士王!」

 そのリディアの声に―――

「―――心得た・・・!」

  “エッジ” は迫る津波に臆することなく応え、その手に神剣を生み出した―――

 

 

******

 

 

 それは、まるで嘘みたいな出来事だった。

  “エッジ” が生み出した剣を津波に向い一振り―――するだけで、リディア達を呑み込もうとしていた津波は真ん中から二つへ別れた。
 のみならず、二つに断ち切られた水の波はそのまま壁にぶつかり―――二つに別れたとはいえ、見上げるほどの大きな津波だ。壁から跳ね返った水は、半減したとはいえリディア達を呑み込むのに十分な質量を持っていた―――はずだった。

 だが、リディア達へ向かった水は、もう一つの別たれた水と激突し、その勢いを食い合ってリディア達へは届かない。そのまま水の勢いは拡散し、それはまるでカイナッツォが操った時と同じように、通路へと流れ込んでいく。

 津波によって水浸しになった室内―――だが、不可思議なことにリディア達の周囲には水は届かず、川の中にある洲の様になっていた。

「カ、カァッ!? な、なんだ・・・なにが起きた・・・!?」

 倒れたままカイナッツォが周囲の状況を見て愕然とする。
 なにが起きたのかまるで理解出来ていない様子だった。そしてそれは他の面々も同じ。

「・・・お前、何をした・・・!?」

 ブリットが驚愕を必死で抑え込みながら、目の前の青年―――エッジへと呟く。
 いや、ブリットには “何をしたか” は解っていた。ただその事実が理解出来なかっただけだ。

「なに」

 と、 “エッジ” は手にした “ミストルティン” を軽く振り、なんでも無いことのように答える。

「呼びだされてみれば津波が目の前に迫ってきていたのでな。とりあえず斬っただけだ」
「とりあえず斬った、だと!?」

 半分混乱しているのだろう。
 タイダリアサンの存在も忘れ、ブリットは喚くように “エッジ” に向かって叫ぶ。

「ただ斬ったわけでは無いだろう! 斬った後、津波の余波が俺達を巻き込まないように計算して斬った! 違うか!?」
「そうだが?」

 例え津波を斬ったとしても、その後で水に巻き込まれては意味がないだろう? ―――とでも言いたげに、平然と “エッジ” は応える。 “エッジ” がそのことを考慮に入れて津波を斬った為に、水はリディア達を巻き込むことなく、通路へと流れ出ていったのだ。

 その答えに、ブリットは唖然と言葉を失いかけて―――すぐに問いを口にする。

「お前・・・何者だ・・・?」

 エッジではない。
 姿形はエッジだが、明らかに “違う” 。

「・・・言った・・・でしょ」

 息も絶え絶えに呟いたのはリディアだ。

「召喚は成功してるって」
「しかし―――」

 ブリットは納得行かない様子で困惑する。
 ゼムスの悪意に満ちたこの場では、ブリットを召喚するので精一杯だったはずではないのかと。
 そもそも、目の前にいるが “エッジ” で無いにしろ、その姿形は “エッジ” 以外の何者ではないと―――

『ジャンクション、か』

 興味深げにタイダリアサンが呟く。

『幻獣共の残留思念―――それらを魂に宿す力・・・』

 しかし、と幻獣王より別たれた存在は “エッジ” を見つめ、続ける。

『それはあくまでも幻獣共の残りカスが宿るからこそ人にも制御出来る―――力在る幻獣がそのまま宿れば、その人間の魂魄は・・・』
「うっさい!」

 タイダリアサンの言葉を遮るようにリディアは叫ぶ。

(そんなこと、言われ無くったって解ってるわよッ!)

 胸中で叫ぶ。
 今、リディアがやった “召喚” は通常の召喚とは異なる。
 通常の召喚は、次元を越えて幻獣そのものを呼びだす―――が、今の “召喚” は “オーディン” という意識だけをこの場へ呼びだした。普通、そんな召喚は有り得ない。おそらく、召喚士の歴史でもリディアがやったのが初めてだろう。

 だが、リディアには “経験” があった。

 かつて幼い頃、リヴァイアサンを幻界へ戻す為、立ち塞がる “封印” を破る為に “バッツ=クラウザー” の意識を召喚した。
 普通では召喚出来ないはずの “人間” を召喚出来たのは、肉体ではなく “意識” のみだったからだろう。つまり、存在そのものを召喚するよりも、 “意識体” だけを召喚する方が容易いのではないか―――そう、リディアは思い至った。

 意識だけならば、ゼムスの悪意に満ちたこの空間でも召喚が可能ではないのかと―――だが、問題がある。
 バッツを “召喚” した時は、仮想空間――― “イメージ” の世界だった。
 けれど、異界ではあるが仮想ではないこの場に “意識” だけを呼びだしても意味がない。その “意識” を宿す器が必要だった。それに召喚出来るのはあくまでも “意識” のみ。幻獣としての力は付随しない。

 幻獣としての力が無くとも威力をもつ存在。
 その “意識” を受けられる器。

 そこまで考えた時、リディアは同時にその二つを思いついた。

 騎士王オーディンの力の本質は幻獣としての “威” ではなく剣士としての “技” ―――ならば幻獣の力無くとも問題はない。
 そして、そのオーディンの技を十二分に扱える “器” はこの場ではエッジ以外にはいなかった。

 だからリディアはエッジにオーディンの意識を “召喚” ――― “ジャンクション” した。
 一度、バッツという経験があるとはいえ、 “現実” でそれを行うのは初めてで、成功するかどうかまるで解らなかった―――上に、成功したらしたらで懸念があった。

 それはタイダリアサンが言った言葉―――しかし、リディアはその懸念を振り切るようにして叫ぶ。

「・・・エッジは死なないって言った! あたしはそれを信じる!」

 嘘だ。
 信じられるならばこんな不安な気持ちになったりはしない。エッジの事を心配したりもしない。目の端に涙を滲ませたりはしない―――。
 リディア自身、今のエッジの状態がどれだけ危ういか理解していた。

 今、エッジは完全に “オーディン” に乗っ取られている。
 オーディンの意識がエッジの意識を押しのけ、身体を支配しているのだ―――その間、エッジの魂がどうなっているのかリディアには解らない。下手をすれば、オーディンの強烈な精神に磨り潰され、消滅しているかもしれない。

 リディアが “エッジが死ぬかも知れない” と言ったのはそう言う意味だ。肉体的ではなく、精神的な “死” ――――――だが。

「案ずるな」

 ぽん、とエッジ―――いや、オーディンはリディアを安心させるように、その頭に手を置いて優しく撫でる。

「人は人が思うほどに弱くはない―――ましてや、人在らざるモノに人の何が解ろうか」

 優しく微笑み―――それから視線をタイダリアサンへと向ける。
 そのオーディンを、タイダリアサンが睨み返す。

『フン・・・! 確かに我は人間などと言う脆弱な存在の事など解らぬ! なれば示してみるがよい! その “強さ” とやらを!』
「ならば今すぐにでも! ―――グングニル!」

 オーディンが吼えた瞬間、手にしたミストルティンが、槍状へと変化する。
 神剣ミストルティンのもう一つの形態、神槍グングニル。

「―――行くぞ!」

 神槍を手にオーディンは駆け出した―――しかし。

「人間如きが・・・!」

 自分へと駆けだしてくるオーディンを、しかしタイダリアサンが黙って見ているはずもなかった。

 

 ワール

 

 旋風がオーディンへと向かって放たれる。
 それは易々とオーディンを捉え―――その身を高く高くと跳ね上げる!

『フン、所詮は―――む!?』

 容易く吹っ飛んだオーディンを、タイダリアサンは一瞬侮り―――すぐに異常に気がつく。
 カイナッツォの身体を千切れ飛ばした旋風は、しかしオーディンに対してはただ高く吹き上げただけだった。それは旋風がオーディンを吹き飛ばしたのではなく、まるでオーディンが風に乗って高く跳んだかのような―――

 

 風遁・羽衣

 

(見よう見真似だったが、思いの外上手く行ったな―――ジュエルの息子の身体だからか・・・?)

 敵の放った旋風に “乗り” 、自ら高く跳躍したオーディンはそんな事を想う。
 思いつつも、意識はタイダリアサンへと向けている。跳躍により、頭の高さが同じとなった龍へ向けて、手にした槍を振りかぶった。

「貫け―――」

 

 グングニル

 

 オーディンの手から必殺の槍が投擲される。
 それは狙い違わず、タイダリアサンの頭部へと向かう―――

 

 

******

 

 

(無駄だ)

 迫り来る槍に対し、しかしタイダリアサンは動揺することはなかった。
 素晴らしい威力を持った槍の一撃だということは目で見て解る。人間にしては驚くべき威力であり、タイダリアサンの身体を覆う鱗を砕き、肉体に多少の傷を与えられるだろう。

 だが、それまでだ。

 ゴブリンの放つ斬撃同様、避けるまでもない。
 多少でも傷つけられるのは屈辱だが、その恨みは倍にして返してやればいい。

 だからタイダリアサンは迫り来る槍を無視して、落下を始めた忍者―――いや、忍者にジャンクションした存在へ意識を向け、青き炎を見舞おうと集中し。

 そんな龍へと、必殺の槍は到達した―――

 


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