第29章「邪心戦争」
S.「最後の手段」
main character:リディア
location:月の中心核

 

「来たれ―――我が親愛なる友よ!」

 開幕はリディアの “再召喚” から始まった。
 それによりリディアの傍らにいたブリットの姿が消え―――直後、タイダリアサンの眼前に “召喚” される。

「おおおおおおおっ!」

 召喚することにより、リディアの魔力がブリットの身体能力に上乗せされる。
 強化されたブリットは剣を勢いよく振り回し、タイダリアサンの顔を薙ぐ―――が。

「!?」

 ぎゃりぃっ!
 と、剣はタイダリアサンの鱗を滑っただけだった。
 一、二枚鱗を剥いだ程度で、傷一つ付けられない。

『ゴブリンにしてはやる―――が』
「!」

 蛇身がムチのようにしなり、唸り、ブリットに向かって体当たりする。宙に居るブリットは避けることは出来ず、直撃する―――直前、ブリットの姿が掻き消え、それはタイダリアサン眼下の床へと “召喚” される。

『召喚士が・・・! ならば―――』

 タイダリアサンはキッ、とその赤い瞳をリディアへと向けた。
 同時、彼女の周囲に青白い炎が巻き起こる!

 

 ブレイズ

 焔舞い

 

 リディアを炎が取り囲んだ瞬間、エッジが飛び込んでその炎を散らす。
 へっ、とエッジは不敵な笑みを浮かべた。

「炎まで使うたあ驚きだが―――ルビカンテの野郎ほどじゃねえ!」

 水の術は苦手だが、火炎術ならばエッジの十八番だ。

「これくらいなら十分防げるんだよっ!」
『調子に乗るな、人間―――むっ!?』

 エッジに気を取られてる隙に、ブリットが蛇身へ斬りつける。
 先程と同じく、鱗を剥がす程度の事しかできないが―――

『本当に・・・鬱陶しい奴らだ・・・!』

 苛立ちを募らせ、タイダリアサンは咆哮を上げた―――

 

 

******

 

 

 戦いは、長引いていた。

 タイダリアサンは水に炎、それに加え旋風の攻撃を放ってくる。
 対し、大津波に対してはカイナッツォが、ブレイズはエッジが防ぎ、旋風――― “ワール” を放たれた時は、エッジがリディアを抱え、退避していた。

 こちら側の攻撃は、ブリットがタイダリアサンの体当たりをかいくぐり、何度も何度も蛇身へと斬りつけていくが鱗を剥がす程度のことしかできない。
 時折、隙を突いてリディアが攻撃魔法を放つが、それも大したダメージを与えることは出来なかった。

 膠着状態―――だが、互角では無い。

 タイダリアサンの攻撃はどれも威力が高く、なんとか防げてはいるものの、一撃でもまともに受ければそれでアウトだ。
 それに対し、こちらの攻撃は殆ど通用しない。

(くそったれ、ルビカンテと戦った時と同じパターンじゃねえか!)

 エッジが胸中で呟いたように、それはバブイルの塔でルビカンテと戦った時と同じ状況だった。
 いや、あの時よりも状況は悪い。
 ルビカンテに対しては、バッツの斬鉄剣や、リディアの召喚魔法などルビカンテに通用する攻撃手段はあった。

 しかし今はバッツ=クラウザーのような最強も居らず、その上リディアの召喚魔法も使えない。

 このままでは敵の攻撃を受けるのを失敗するか、或いは力尽きるのを待つだけだ。

「ちっ!」

 もう何度目かになるのか解らないタイダリアサンへの斬撃―――しかしいつものごとくに鱗に防がれ、ブリットは舌打ちをした。
 何枚か鱗は剥がしている―――剥がした場所へ的確に斬りつければダメージを与えることができるはずだが、そこまでの技量はブリットにはなかった。そもそも剣を振り回し続けて威力を増す “円月殺法” は威力が高い反面、精密性に劣る。

(・・・バッツなら可能なのだろうが・・・)

 バッツ=クラウザーならば、一度斬りつけた所へ正確に繰り返し斬撃を放つなど朝飯前だろう。
 もっとも、バッツならば鱗を弾くことなく、そのまま “斬る” かもしれないが。

「このままじゃやべえぜ・・・?」

 エッジが呟く。
 それは誰もが解っていることだった。タイダリアサンにダメージを与えることが出来ない以上、いずれは力尽きてしまう。

「カッ! お得意の召喚魔法はどうしたッ? あんなゴブリンじゃなくて、もっとスゲエのが召喚出来たろーが!」

 カイナッツォがリディアへ叫ぶ。

「できたらとっくにやってるわよッ!」

 リディアは苛ついたように怒鳴り返した。
 ゼムスの悪意ある思念に邪魔され、ブリット以外の召喚はできない。

 だが、例え召喚出来たとしても、あのタイダリアサンに対抗できるかは疑問だった。
 エンオウ達の攻撃ならば通じるかもしれないが、倒しきる前に反撃を喰らって終わりだろう。幻獣が耐えられても、リディアが耐えきれるとは思えない。

(正面からまともにぶつかってもパワー負けするから、ブリットみたいに敵の攻撃をかいくぐれないと・・・)

 召喚出来ないのに考えても無駄だとリディア自身解っていた。
 解っていながらも、現実逃避しているかのように思考は止まらない。

(だから召喚するとしたらアスラ様か、或いは―――)

 そこまで考えて。
 不意に、リディアの脳裏に閃きが走った。
 たった一つだけ思いついた一か八かの打開策。成功する可能性は低く、成功したとしてもタイダリアサンを倒せるかどうかは解らない。

(何よりリスクが高すぎる。下手すればエッジが―――でも、他に方法は・・・)

 心の中で迷っていると、視線は無意識にエッジの方を向いた―――と、まるでその視線を感じ取ったかのように、エッジがリディアを振り向き、その目と目が合う。

「リディア?」
「な、なんでもないっ」

 慌てて視線を反らすが―――それでエッジはなんとなく察したようだった。

「なんか思いついたのか!?」
「それは・・・」
「なんでもいい! どうせこのままじゃ全滅だ―――やるだけやって見ようぜ!」
「でもアンタが死ぬかもしれないんだよ!?」

 死ぬ、と言われてエッジは一瞬息を止める―――が、無理矢理ににやりと笑ってみせる。

「死なねえよ」
「何をするかも解らないくせに!」
「聞かなくても解る。俺はお前を信じてる、むざむざ俺が死ぬような事はねえって―――だからお前も俺を信じてくれよ。俺は絶対死なねえって!」
「でも―――うくっ!?」
「リディア!?」

 いきなりリディアは頭を抑え、膝をついた。
 驚いて駆け寄るエッジの背中越しに見たのは、こちらへ向かって吹っ飛んで来るブリットの姿。どうやらタイダリアサンの体当たりを避けきれなかったらしい。そのダメージがリディアの方にまでフィードバックしてしまったのだ。

「エッジ・・・!」
「うおっ!?」

 頭を抑えながら背中の方を見つめて呟くリディアに、エッジは反射的に振り向いて―――飛んできたブリットを受け止めた。

「すまん、ドジった」

 痛みに顔を歪めながらブリットが短く呟く。
 タイダリアサンの攻撃を受けたと言っても直撃ではなく、半ば自分で跳んで衝撃を逃がしたようだ。もしもまともに受けていれば、リディア共々即死だっただろう。

『そろそろ終わるか・・・?』

 重圧のある声に見上げてみれば、タイダリアサンが悠然とこちらを見下ろしていた。

「・・・リディア!」
「わかったわよっ!」

 エッジに名前を呼ばれ、リディアは自棄になったように叫ぶ。

「ブリット、まだ動ける?」
「問題ない」
「なら少しだけでいいから時間を稼いで!」

 その頼みに、ゴブリンの剣士はただ黙って頷き、リディアが何をする気かも聞かずにタイダリアサンへと再び向かっていく。

「信頼されてるじゃんかよ」

 半ば茶化すように笑うエッジには何も応えず―――応える時間も惜しいとでも言うかのように、リディアは精神を集中して。

「その剣は必殺の剣―――」

  “騎士王オーディン” を召喚する為の詠唱を始めた―――

 

 

******

 

 

「その剣は必殺の剣―――」

(・・・召喚魔法だと・・・?)

 無駄な刃を振るってくるゴブリンをあしらいながら、タイダリアサンは召喚士が詠唱するのを聞く。
 それが普通の魔法ではなく、何かを召喚する為の魔法だとはすぐに解ったが、だからこそ訝しむ。

 この場はゼムスの思念が支配している為、空間の在り方が通常とは異なっている。
 召喚士は空間と空間を繋げる術をもって召喚を成す。 “この空間” に慣れているならばともかく、この召喚士はこの空間へ来て間もないはずだった。それでこのゴブリンを自在に召喚していることは驚異ではあるが、しかしそれが限界だろう。

(そも、できるならばゴブリン一匹に任せず、最初からもっと強き存在を召喚していただろうが・・・)

 何故、今更召喚しようとするのか。
 単に駄目元で試してみようとしているのか、それとも―――

(どういうつもりかはわからんが―――)

「―――剣を知り理を知り、剣技剣斬の全てを知る者・・・!」

(ただ黙ってみているのはつまらぬな!)

 

 ワール

 

 タイダリアサンは一心不乱に召喚する召喚士に向かって旋風を放つ。
 先程も何度か放った攻撃だ。その時は、忍者が召喚士を抱いて避けたが―――もし、同じようにして避けようとしたならば、確実に召喚士の精神集中は途切れ、詠唱は中断される。

 そのことを解っているのか、忍者はまるで動こうともせずに召喚士が旋風にバラバラにされるのを見過ごして―――

(―――!?)

 違和感。
 確かに下手に手を出せば召喚士の詠唱を中断してしまうだろう―――が、それを見過ごして召喚士が死んでしまっては本末転倒だ。そもそも、忍者は先程まで必死に庇っていたはずの召喚士の身体が千切れ飛んだというのに、まるで感情を動かさない。

『まさか・・・』

 はっとして、細かく別れた召喚士の遺体を凝視する。
 それはやがてどろりと形が崩れ、まるでスライムのように無色透明な水の塊となり、一つに集まろうとする。

「ガ―――い゛て゛え゛ーーーっ!」

 一つへ集合し、人間の形となった水の塊は、倒れたまま叫んだ。

「あ、ちゃんと痛みはあんのか」

 感心したように忍者が言うと、水の人形は「あったりめーだ」と怒鳴り返す。

「・・・まあ、てめえらとはちょいと “質” というか “意味” の違う痛みだがな」

 そう言ったまま、水人形は倒れたままだ―――いや、立ち上がる余力が無いのだろう。

『貴様・・・水の異能使いか・・・!』
「カッ! 今頃気づいたのかよ! のんきな野郎だぜ!」

 どうやら再び飛び掛かってきたゴブリンに気を取られた一瞬に、召喚士の姿に化けて入れ替わっていたらしい。

『だとすれば召喚士は―――』

 その時、忍者の後ろの背景が崩れた。
 ばしゃっ、と水が床へと落ちる。どうやら水の膜を操り偏光させ、召喚士の姿を隠していたらしい。
 単純な目くらましだが―――単純故に上手いこと引っかかってしまった。

「―――我が戦友に宿れ!」

 タイダリアサンが本物の召喚士に気づいた時、すでに詠唱は終わりを告げていた。

 そして “それ” はこの場へと降臨する―――

 

 オーディン

 

 


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