第29章「邪心戦争」
R.「タイダリアサン」
main character:エドワード=ジェラルダイン
location:月の中心核

 

 水浸しとなった通路を、飛沫を跳ね上げながらエッジとブリットは駆ける。
 通路はすぐ終わり、目の前には出口が見えた―――そこでエッジはスピードダウン。ブリットが先行し、出口へ飛び込む。

(罠はねえか)

 心の中でこっそりと呟く。
 通路の出入り口というのは特に罠が多い場所だ―――特に長い通路を歩かされた後に出口へ辿り着くと、思わずほっと気を緩めてしまう。そこをつけ込まれるのだ。

 なのでエッジはブリットを先行させ、罠の有無を確認した。
 罠を見つけるのに一番手っ取り早い方法は、実際にかかってみることだからだ。

 勝手にブリットを当て馬にしたことを大して悪いとも思わず、一歩遅れてエッジは部屋に飛び込む。
 確かにそこに罠は無かった―――だが。

「・・・なんだ!?」

 部屋に入った瞬間、異常なプレッシャーを感じ、その元を確認して戦慄する。
 エッジとブリットの眼前には、巨大な蛇―――いや蛇身を宙にくねらせた “龍” が居た。禍々しい気配を放つそれは、突然の闖入者へと邪悪に赤く光る瞳を向けている。

『また増えたか・・・鬱陶しい奴らだ・・・』

 一言一言が、重くのしかかってくるような重圧のこもった声が部屋の中に響く。

( “また増えた” ? 俺らの他に誰か―――)

 そう思って “龍” に注意を払いつつ部屋の中を見回せば、そこには見慣れぬ人影があった。
 上半身女性で、下半身が魚の人魚だ。
 そして一般的な人魚と同じく、豊満な胸を貝殻で隠しただけの半裸である。

「お、おおおお・・・っ!」

 “龍” の事を一瞬忘れ、エッジの目が人魚に―――特に胸に―――釘付けになる。
 と、人魚の方もエッジ達に気づいて―――厭そうな表情を浮かべた。

「カッ! 忍者野郎にゴブリンかぁ? せめてカイン=ハイウィンドでも連れて来いよ」

 麗しい声に反して口調は乱暴だった。
 まるでこちらを知っているような様子に、エッジは一瞬訝しんで―――すぐにその正体に気づく。

「おまっ!? まさかカイナッツォとか言うヤツか!?」
「えー、もしかして変態?」

 エッジが叫ぶと、遅れてやってきたリディアが即座に嫌悪の言葉を投げかける。

「ちげーよっ!  “水属性” にはこの格好の方が都合良いんだよ!」
「水属性・・・って」

 そこでリディアは “龍” の方を向いて―――驚愕に目を見開く。
 その姿には見覚えがあった。

「げ・・・幻獣王様!?」
『ほう・・・リヴァイアサンを知っているのか・・・?』

 興味深そうに “龍” はリディアを見やる。その姿はリディアが一瞬見間違えてしまうほど、リヴァイアサンと相似している。ただ、リディアが幼い頃に垣間見たリヴァイアサンよりも小さいような気がした―――それでもリディア達とは比べものにならないほど巨大だが。

 しかし姿形や感じる威圧感はリヴァイアサンと同じだが、放たれる邪悪な気配は幻獣王には無い―――有り得ないものだ。

『我は “タイダリアサン” ・・・リヴァイアサンの心より別たれし存在―――』
「幻獣王様から別れた存在・・・?」
「げ、幻獣王ってなんかヤバそうな響きじゃねえ?」

 エッジはリヴァイアサンに会ったことはないが、タイダリアサンから放たれる気配だけでも強さの片鱗は感じ取れた。

(あのルビカンテよりも断然やべーって感じがする! ここは―――)

「リディア、逃げるぞ。こんなヤツ相手にして―――」
「エッジ! 来るッ!」

 エッジの言葉を遮り、リディアが叫ぶ。
 見れば、いつの間にかタイダリアサンの周囲に高い水の壁がそびえ立っていた。
 それは見上げるほど巨大な龍の巨体よりも尚高い。

「・・・じょ、冗談だろ?」

 引きつった表情でエッジが呟く―――が、もちろん冗談ではなかった。
 高い水の壁は、大津波となってエッジ達を押し流す―――いや、むしろ押しつぶそうとするかのように、はるか頭上から迫って来る。

「くっ、水遁―――」

 圧倒的な水の量だ。
 咄嗟に水遁で凌ごうとするが、通路の時よりも質量が多すぎる。先程と同じように凌ぐことは確実に無理だとエッジは理解する。

(ちくしょーーーーー!)

 心の中で絶叫しつつ、それでもやるだけやるしかないと術を発動させ―――ようとした寸前、人魚姿のカイナッツォが、魚の下半身を勢いよく地面に打って飛び上がり、迫り来る津波へと自ら飛び込んだ。

 そして次の瞬間、異変が起きる。

「!?」

 今にもエッジ達を押しつぶそうとしていた大津波は、まるでそれこそ冗談の様にピタリと止まり、そしてまるで意志を持つかのようにエッジ達を避けて、通路の方へと流れていく。

「カッ!」

 通路へと流れていく水の中から、カイナッツォが飛び出してきた。
 濡れそぼった半裸を見せつけるように胸を張り、邪悪に笑う。

「カカカカカッ! わかったか! この姿が一番水の中で動きやすいということが!」
「いや、つーか、今何しやがった?」
「ああ!? 単に津波をコントロールして通路へ流しただけだ。見りゃわかるだろ」

(見ただけじゃ信じられねえから聞いたんだろーが!)

 心の中でエッジは叫び、そして戦慄する。
 簡単な事のようにカイナッツォは言ったが、エッジも先程似たような事をして、迫る水流をやり過ごそうとした。

 すなわち、自分達が押し流されないように、水の流れを変える。

 しかしエッジができたのは “受け流す” ことだけ。
 今、カイナッツォは完全に水を “操って” いた。

「そーいやアンタ、バロンで “津波” を操っていたっけ」
「カカカカカッ! 伊達に “水のカイナッツォ” と呼ばれてないというわけだ!」

 リディアが言うと、カイナッツォはさらに調子づく。

「まあ、なんにせよだ・・・」

 ブリットが背中の剣を引き抜きつつ、油断無くタイダリアサンを睨付けて言う。

「・・・これで、不用意に逃げるわけには行かなくなったな」

 下手に部屋から逃げても、先程のように津波を起こされてしまえば水流に流されることになる。
 先程は、エッジの忍術とリディアの魔法で事なきを得たが、そう何度も同じように防げるとは限らない。

『そう言うことだ・・・』

 ブリットの言葉を肯定するかのようにタイダリアサンが呟く。
 おそらく、今の津波がカイナッツォによって防がれることは解っていたのだろう―――通路にいた時に流れてきた水も、今と同じようにタイダリアサンの津波をカイナッツォが通路へと流し込んだもののはずだからだ。

 通じないと解っていて、それでも津波を放った理由は一つ。
 エッジ達に “逃げるわけにはいかない” と解らせるためだ。

『ただの虫ケラならば放っておいても良かったが―――リヴァイアサンに通じるモノであれば見過ごすわけにはいかぬ・・・』

 重厚な威圧感を持つ声音。
 息苦しくなるような殺気を放たれ、エッジ達は身構える。

「くそったれ、やるしかねえのかよッ!」
『生き延びたいのなら力を示せ! 人間共ッ!』

 タイダリアサンが吼え、そして戦闘が始まった―――

 


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