第29章「邪心戦争」
Q.「水流」
main character:エドワード=ジェラルダイン
location:月の中心核

 

「なんでこんなヤツと一緒なのかな」

 転移の罠にかかり、セシル達とはぐれたリディアは溜息を吐く。
 一人ではない。彼女の傍らには―――

「おいおい、それって俺に対して失礼ってモンじゃね?」

 罠にかかったにもかかわらず、いつもと変わらない調子のエッジが居た。
 脳天気なその物言いに、リディアは思わず天を―――と言っても見上げれば通路の天井しか見えないが―――仰ぐ。

「・・・なんでこんなヤツと一緒なのかなあ―――」

 繰り返す。
 そのリディアに「そんなつれないこと言うなよ」と、肩を抱こうと手を伸ばし―――

「―――っと」

 下から生まれた殺気に、エッジは本能的に身を引いた。
 見れば、一匹のゴブリンがエッジを睨み、今にも剣を抜こうと身構えている。それを見て、エッジはとたんに不機嫌そうな顔を見せた。

「・・・なんでこんなヤツを呼びだしたんだよ」
「アンタと二人っきりになるのが不安だったからに決まってるでしょ」

 にべもない。
 エッジは「ちぇっ」と舌打ちし、リディアの肩に手を出すのを諦めたようだった。
 それを見て、ゴブリン―――ブリットは背中の剣から手を離す。

「どうせ召喚するならゴブリンなんかよりも、もっと強そうなの呼べばいいのによ」

 ブリットに対する当てつけのようにエッジが言う。
 自分のことを言われても気にならないのか、ブリットは特に気にした風はなくスルーした。
 代わりにリディアがムカついた様子でエッジを睨む。

「ブリットを馬鹿にするならあたしが許さないよ!」
「・・・う」
「それに、ブリット以外を呼ぼうとしても呼べないし」
「? どういう意味だよ、そりゃ」

 聞き返されて、リディアは周囲の様子を見回す。
 クリスタルの柱や床で構成された通路。キラキラと光っていて、見た目には美しい―――が、不思議と重苦しい嫌な気分を感じる場所だ。
 それはゼムスという “悪の思念” が周囲に満ちているからだろう。

「この嫌な気配のせいで、空間が不安定になってる――― “繋がり” が一番強いブリットだからなんとか呼び出せたけど、ココやボムボム、トリス達や他の幻獣は呼びだしても失敗すると思う」
「じゃあ、魔法でこの場を脱出することもできないってわけか?」

 察してエッジが問うと、リディアはこくりと頷いた。

「ま、なんにせよ先に進むしかないってわけか」

 そう言って、エッジは通路の先を真っ直ぐ見据えた―――

 

 

******

 

 

 ―――水音が、聞こえた。

「なんだ?」

 そう、エッジが身構えた瞬間、 “それ” は来た。
 どばああっ、と言う音と共に、大量の水が通路の奥から流れ込んでくる。それは通路一杯の水であり、エッジ達三人を簡単に押し流してしまう程の量だった。

「水攻めー!?」

 悲鳴をあげながらも、エッジはリディアとついでにブリットを庇うように前に出る。
 迫りくる水に対し、エッジは精神を集中させ―――

 

 水遁・水舞い

 

(堰き止めるのは無理でも、受け流すだけなら・・・ッ!)

 大量の水に干渉し、文字通りに “受け流す” 。
 それは川の中に置かれた巨大な岩のように、エッジを起点にして水は左右に別たれ、後ろへと流れていく。

「ぐ・・・やべえ・・・っ!」

 水の勢いが強いのはともかく、量が多すぎる。
 エッジは火遁―――火の術に関しては、先代のエブラーナ王に追随するほどの力を持つが、反面、水の術は不得手だった(だからバロンでルビカンテに “水竜陣” を使った時も、主として術を行使したのはキャシーであり、エッジはそのサポートに徹していた)。

 このままでは水を流し切る前に、術が途切れる。
 そうなればエッジは後ろにリディアやブリットもろとも押し流されてしまうだろう。

「ち、畜生! 駄目だ―――」
「下がれ!」

 ブリットが叫ぶと同時にエッジの身体を後ろへと引く。
 意外にも強いゴブリンの膂力に、術に集中していたエッジは為す術もなく後ろに押し倒され―――

「『ブリザガ』!」

 直後、リディアの氷魔法が完成し、一瞬前までエッジが居たところに氷柱が突きたたる。
 巨木を思わせるような巨大な氷柱だ。大量の水もそれを押し流すことは出来ず、ドドドドド・・・と凄い音を立てながらも、氷柱の両脇に別たれて流れて行く。

 その氷柱の影に居るお陰で、リディア達は水に流されずに済んだ。

「・・・・・・」

 いきなり引っ張られ、エッジはブリットに文句を言おうとしたところで声を失っていた。
 尻餅をついたまま目の前の氷を凝視する。

「ギリギリだったわね」

 というリディアの言葉に振り向けば、彼女はにっ、と歯を見せるように笑っていた。
 それを見て、ようやくエッジに言葉が戻る。

「ギリギリっつーか、驚かせるなよ! 驚いたじゃねーかっ!?」

 下手をすれば、氷柱はエッジを押しつぶしていてもおかしくなかった―――まあ、そうしないためにブリットが寸前でエッジを引きずり下げたのだろうが。

「いちいち話してるヒマなんかなかったでしょーが―――でも、まあ」

 リディアはエッジに微笑みかける。

「ありがと、アンタのお陰で助かったわ」

 最初にエッジが忍術で水流を防いでくれなければ、リディアが魔法を詠唱する余裕もなく、三人はまとめて流されていただろう。

「・・・・・・」

 礼を言うリディアを、エッジはぼーっと見つめる。

「なに? また “見とれたー” だの “惚れ直したー” だの馬鹿言うつもり?」

 見つめられ、彼女は照れるでもなく半眼になって言う。

「いや、なんつーかそんな風に素直に礼を言われるとは思ってなかったからよ」
「・・・アンタ、あたしのことをどんな風に思ってたのよ」

 呆れたようにリディアは嘆息した。

「助けて貰ったなら礼くらい言うわよ―――けど」
「けど?」
「人を助けるのに自分の命を賭けたりするのは絶対に許さない―――例え、死ぬ気がなかったとしても・・・」

 思わず口にしてから、リディアは渋い顔をした。
 なんとなく今の自分の言葉をセシルあたりが聞いたらどんな顔をするだろうかと思ったからだ。

(苦笑しながら “君が言うな” とでも言うかな)

 と、バハムートの戦いで魂を失いかけたリディアは思った。
 もっとも、そこら辺のことはエッジも知らず、リディアが表情を歪めたのは、地底でバッツが “死んだ” 時のことを思い出したのかと推察する。

「解ってるよ―――安心しな、俺は死んだりしねえからさ」
「別にアンタが死のうが生きようが、あたしの知ったこっちゃないわよ」
「うわ冷てえ!?」

 がーんと、オーバーリアクションでショックを受けた仕草をするエッジ。
 しかしそんなのは放っておいて、ブリットが声を上げる。

「リディア、そろそろ水が減ってきた」

 言うとおり、氷の脇を流れていた水の水位が減っていた。三人をまとめて押し流しそうなほどだった水流は、今やリディアの足首程度にまで低くなっている。
 それを確認し、リディアは「うん」と頷いてブリットに言う。

「今の内に先に進もう―――次が来ないとも限らないし」
「なら、俺とエッジが先行する。リディアはいつでも魔法が唱えられるように集中しながら来てくれ」
「わかった」
「―――って、俺抜きで話を進めんなよ!?」

 無視されていたエッジが「がーっ」と声を上げる。
 それから、目の前にそびえる氷柱を見上げ、怒鳴る。

「大体、先に進むったってこの氷はどうするんだよ!? 溶けるまで待つのか!?」
「いちいちうるさいなあ。これぐらいなら―――ブリット」
「ああ―――下がっていろ」

 ブリットは背中の剣を抜く。
 言われたとおりにリディアは後ろに下がり―――しかし、エッジは何が起こるのか解らずにその場に立ちつくす―――と、不意にブリットが剣を振り回した。

「ぎえ!?」

 ブリットの振り回す剣がエッジの鼻先をかすめた。慌ててエッジは後ろに下がる。それを見てリディアが「なにやってんのよ」と嘆息。

「ブリットが警告したじゃない」
「いきなり剣を振り回すとか思うかあ! 大体、あいつのリーチじゃ俺まで届かないはず・・・」

 ブリットの腕は人間の子供くらいに短く、振るう剣もそれほど長いとは言えない。彼が普通に剣を振り回しただけでは絶対に届かない位置にエッジは立っていたはずだった―――が。

「・・・綱?」

 エッジは剣のギミックに気がつく。
 ブリットは剣の柄を握っていなかった。剣の柄から伸びる綱を握りしめ、それを振り回している。それにより短いリーチを補い、その上で綱を持つ長さを変えることで変幻自在にリーチを変えることが出来る。

 ただし、そのためには延々と剣を振り回し続ける必要がある。
 円月のような弧を描き続けるそれこそが、ブリットの剣技―――

 

 円月殺法

 

 ブリットが綱を振り回し、剣の切っ先が弧を描くたびに次第に加速していく。
 やがて空を切るような音が響き、剣が霞んで見えるようになった頃―――ブリットは地を蹴り、それまでの円運動のエネルギーを全て叩き付けるかのように、氷柱の真上から剣を叩き付ける!

 それを真横から見れば、剣の軌道は半月を描き―――

 

 半月斬

 

 ―――水流にもビクともしなかった氷柱を、見事に叩き割った。

「すげえ・・・」

 二つに割れ、倒れた氷柱を見つめ、エッジは思わず感嘆の息を漏らす。
 エッジがブリットの剣技を見るのはこれが初めてだった。

 だが。

「でも “円月殺法” ってどっかで聞いたことあるような・・・」
「エブラーナに伝わってるんじゃないの? ブリットにこの技を伝授したのって、アスラ様だし」

 アスラ。
 幻獣王リヴァイアサンの妻にして、元は人間。
 人間であった頃はエブラーナの “サムライ” であり、その後にファブールのモンク僧となり幻獣へと昇華した。

「アスラって、バッツとロックを生き返らせた美人だよな―――そういや元はエブラーナの関係だったっけ?」
「そうそう。だからブリットにとっては師匠で―――」
「・・・リディア、余計なことは言わないでくれ」

 ブリットが剣を背中の鞘に戻して口を挟む。
 ゴブリンなので表情は解りにくいが、どこか不機嫌そうにエッジには思えた。

「あ、ごめん・・・」
「それよりも先へ急ぐ―――行くぞ、エッジ」
「へいへいっと・・・なんつーか、ゴブリンに命令されるのって新鮮だなあ」

 冗談混じりにいいつつ、エッジはブリットと共に倒れた氷柱を飛び越え、通路の先へと駆けだした―――

 


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