第29章「邪心戦争」
P.「最強の条件」
main character:ロック=コール
location:月の中心核

 

 カインが跳躍する―――その先に、バルバリシアが滑り込むように現れた。

「おいッ!?」
「えっ!?」

 カインの声にバルバリシアが気づき、すんでの所で互いに身を捻らせて回避する。
 だが、そのせいでカインは失速し、バルバリシアも―――

「あうっ!?」

  敵の体当たりを受けて、地面へと落とされる。

「いったあ・・・」

 体当たりは大した威力ではなかった。
 地面に激突する前に体勢を立て直したので、ほとんどダメージはない。
 少々痛む身体をバルバリシアがさすっていると、一足先に地面へ着地していたカインが苛立ったように叫ぶ。

「バル、邪魔だ! 俺の邪魔しか出来ないなら消え失せろ!」
「そっちこそ私の邪魔しないでくれる!? というかバルとか略すな!」

 いがみ合う二人―――その頭の上には、なにやら数字が浮かんでいた。
 それはゆっくりとカウントダウンして行き、経った今、6から5へと変化したところだ。

「二人とも、ンなこと言ってる場合じゃねえだろ! そろそろヤバい! 逃げるぞ!」

 カインとバルバリシアの間に割ってはいるように叫んだのはロックだった。
 彼の頭の上にも同じように数字がカウントされている。

 ロックの言葉に、カインとバルバリシアは同時に「「チッ」」と舌打ち。
 そして自分たちがやってきた通路へと逃げ込んだ。

 二人の後に続いてロックも出ようとして―――少し背後を振り返る。

 そこは通路と同じようにクリスタルの柱で囲まれた広い部屋だった。ロックが逃げ込もうとしている通路の反対側には同じような通路が口を開けている。
 天井は通路よりも遙かに高く、そこに一体の魔物が浮かんでいる。ぎょろりとした大きな目、歪に尖った鼻、本来は耳のある場所には蝙蝠を思わせる翼のようなモノがついている巨大な顔。悪魔の顔をそのまま大きくしたような、頭だけの魔物―――よくよく見れば、頭の上や下には小さな歪んだ手や足のようなモノがついているが―――バルバリシアが言うには “プレイグ” とかいう魔物らしい。

 「ケケケケケッ」とプレイグはこちらを見下ろし―――もとい、見下して嘲笑するかのように奇妙な笑い声を上げる。
 挑発めいた笑いに、しかしロックは特に苛立つこともなく頭のカウントがゼロになる前に部屋を出た―――

 

 

******

 

 

「くそ、これで何度目だ・・・?」

  “プレイグ” が居た部屋から少し離れた通路で、吐き捨てるようにカインが呟く。
 それを見て、ロックは嘆息する。

「まだ三度目だ―――そっちの姉ちゃんはどうだか知らないけどな」
「う゛・・・・・・」

 ロックに言われ、痛いところをつかれたかのようにバルバリシアは気まずそうに目を反らす。

 ちなみに、さっきまで三人の頭の上にあったカウントは消えている。
 あれは “死の宣告” と呼ばれる魔物の特殊能力であり、それがゼロになった途端、問答無用で息の根が止まってしまう。
 解除するには仕掛けた魔物を倒すか、その魔物から一定の距離を置けば―――つまり逃げてしまえば解除される。

 ゴルベーザと共にやってきたバルバリシアは、転移の罠にかかってこの辺りに跳ばされた。
 そして単身、あのプレイグに挑み―――死の宣告をかけられ、仕方なく撤退。
 何度、挑戦しても倒しきれずに撤退を繰り返して、そうこうしているうちにカインとロックが跳ばされてきたというわけだった。

「あいつ、卑怯なのよ!」

 バルバリシアも苛立ちを隠さずに叫ぶ。

「最初に死の宣告をかけたら、あとは逃げるのに専念するし! 空も自在に飛び回れるから、なかなか捕まえることも出来ないし!」
「はっ、それが貴様の限界だということだ」
「アンタだって捉えられないでしょうが!」
「お前が邪魔するからだッ! 何度も何度も俺の行く手をうろちょろしやがって!」
「違うわよ! アンタの方が私の飛んでるところに―――」
「二人とも落ち着け! それじゃアイツの思うつぼだぜ?」

 白熱してきた言い合いにロックが再び間に割ってはいる。

「いい加減に気付けよ。あの “頭” に踊らされてるだけだって」
「なに?」
「どういうことよ?」
「悪魔みたいな顔しているだけあって狡猾だぜ。ありゃあ、お前らが互いに邪魔になるように計算して飛び回ってるんだよ」

 ロックが言うと、カインとバルバリシアは驚いたような表情を見せる。どうやら気づいていなかったらしい。

(いつものカインなら気づきそうなもんだがな―――それだけ相手が上手だって事か)

  “死の宣告” によって気を焦らされ、その上あの気に障る挑発めいた嘲笑を受ければ冷静になるのは難しい。
 それでも相手が強力な力を秘めているならば気を引き締められるだろうが、バルバリシアの言ったとおりにプレイグは死の宣告の後はひたすら逃げ回るだけだ。カインにしてみれば、雑魚に舐められている気分だろう。余計に頭に血が昇るのも無理はない。

 ロックが見るに、カイン=ハイウィンドという男はどこか気分屋なところがある。
 相手が強敵であるほどに己の実力以上の力を発揮するが―――その反面、雑魚だと見ると途端にやる気を無くす。弱者相手に本気になるのは “最強” としての誇りが許さない、とでも思っているのかもしれない。

 ともあれ、このままでは何度やっても結果は同じだろう。
 それどころかあっちは魔物だが、こっちは人間だ。バルバリシアは平気なようだが、動き回っていれば疲労も溜まるし腹も減る。

「このままじゃジリ貧だ―――なあ、他のルートはないのかよ?」

 あまり期待せずに問いかける。
 あるならばさっさとそちらへ行っているだろう―――思った通り、バルバリシアは肩を竦めた。

「他は行き止まり―――あのプレイグを突破して、先に進むほか道はないわ」
「やっぱりな・・・」
「フン、あんな雑魚を避けて通れるか。例え抜け道があろうとも、アイツを倒さんかぎり先へ進む気は無い!」

 カインが槍で床を叩き言い放つ。
 それをバルバリシアが不機嫌そうに文句を付ける。

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょう! こうしている間にも、ゴルベーザ様が・・・」

 どうやらバルバリシアはゴルベーザの事が心配なようだった。自分の主の事を想う姿に、ロックが感心していると彼女は焦燥を顔に浮かべて続きを叫ぶ。

「ゴルベーザ様がシュウとイチャラブしてたらどーするのよ!?」
「「そっちかよ!?」」

 ロックとカインは同時に突っ込み。

「最近、なんだかシュウにポイントリードされてる気がするしっ!」
「く、くだらん・・・」

 流石に呆れ返った様子でカインが呟く。それに「なによー!?」と叫ぶバルバリシアに、ふとロックは疑問を感じた。

「そいや気になってたんだけどさ。1000年前だか2000年前だか、アンタらが “光のパラディン” と戦った頃って」

 フースーヤに見せて貰った映像を思い返しながら問いかける。

「ゴルベーザはまだ10歳かそこらのガキだったよな? アンタは今と変わらない様子だったけど」
「・・・・・・」

 ロックの指摘にバルバリシアは硬直。
 それを見て、カインが冷めた視線を送る。

「バルバリシア、お前・・・」
「ち―――違うのよ!? 小さな男の子に欲情していたワケじゃなくて、昔はそりゃあゴルベーザ様はとっても可愛くって “ぼく、大きくなったバルバリシアとけっこんするー” なんて言われた日にゃあハグしたまま踊り狂ったりもしたものだけど全然邪な気持ちとかは無くてそれから凛々しく成長なされたゴルベーザ様を見た瞬間やっべーストライク私の好みど真ん中ー! とか心の中で拍手喝采っていうかほらよくあるじゃない少し年の離れた近所の男の子が段々と成長していくのを見て弟のように想っていたのがいつしか恋慕に変わり―――」
「そーいやカイン、お前、槍変えたんだな」
「フッ、今更気がついたのか? ランスオブアベル―――俺のもう一人の相棒、アベルの力が込められた最強の槍だ」
「―――って、聞きなさいよ!」

 延々と語る自分を放っておいて談話している二人に、バルバリシアは顔を真っ赤にして激昂する。

「あ、ワリイワリイ―――んじゃ、とりあえずそのゴルベーザ様のためにもアイツを倒して行きますか」
「倒すって・・・何か方法でも思いついたの?」

 バルバリシアが問うと、トレジャーハンターは「まあな」と不敵に笑う。

「あいつさ、俺達が逃げても追いかけてこないだろ? なんでだと思う?」

 死の宣告は一定の距離を置けば解除される。
 だが、逆に言えばプレイグが追いかけてくれば解除されず、そのうちにロック達は死んでしまうだろう。

「それは・・・あの部屋を守ることに専念してるから?」
「フン、というよりも俺達を虚仮にして楽しんでいるのだろう。何度も来ては逃げていく無様な俺達を・・・!」
「ま、そんな所だろうな」

 ロックは頷き―――「けど」と付け足した。

「もう一つ大きな理由があるんだよ。アイツがあの部屋から出ない―――通路に入らない理由」
「え?」
「・・・なるほどな」

 困惑するバルバリシアに、カインはさらに不機嫌さを増す。

「貴様のやりたいことは解った―――確かにそれならヤツをブチ殺すことが出来る」
「なに? やりたい事って?」

 一人だけ解らない様子のバルバリシアに、ロックはにやりと笑ったまま答えずに、代わりにカインが吐き捨てるように言う。

「くだらん罠だ―――とてつもなくな!」
「そこまでいうことじゃねえだろ」

 カインの言い様にロックは思わず苦笑した―――

 

 

******

 

 

 さっきまでと展開は変わらなかった。
 カインとバルバリシアの二人がプレイグに攻め続けるが上手く攻めきれない。

 ロックの指摘で、それがプレイグの誘導だと解っているので互いが邪魔になることは無かったが、しかし常にお互いのことを気にしなければならず、どうしても敵だけに集中出来ない。

(くそ、セシルかアベルが居れば・・・!)
(メーガス三姉妹を返して貰うべきだったかしらね!)

 二人は胸中でそう思わずには居られない。
 共に戦い抜いてきた “相棒” ならば、プレイグの誘導に惑わされず、互いを邪魔することなく連携し、今頃は打ち倒すことはできただろう。

 しかし現実には気心の知れた相棒は無く、非常に気の合わない相方がいるだけだ。

「くそっ、やはり駄目か・・・っ!」

 跳躍から着地し、カインは苛立ったようにプレイグを睨み上げる。
 巨大な悪魔の顔は愉快そうに顔を歪ませて「ケケケケケケッ」と嘲笑している。

 すでにカイン達は死の宣告を受けていた。
 頭の上のカウントは6から5へと変化する―――カウントは10から始まる為、丁度半分といったところか。

「くそったれ・・・結局、倒すことは出来なかったか―――」
「ケーッケッケッケッケー!」

 地面で悔しそうに歯がみするカインを見下ろし、プレイグは心の底から愉快そうに笑っている。
 ―――だが、それも次のカインの言葉までだった。

「―――できるなら、俺の手で殺してやりたかったがな・・・!」
「・・・ケ?」

 カインの台詞に疑問を感じ、プレイグの笑いが止まる。
 その疑問の意味を考えるよりも早く―――

「カイン、バルバリシア! 逃げるぞ!」
「!?」

 さっきと同じようにロックが叫ぶ。
 だが、そのロックの方を見てプレイグは初めて焦りを覚えた。
 ロックが居るのは通路の傍だ。
 しかしそれはさっきから彼らがやってきた通路ではない。それとは反対側―――先へ進む為の通路だった。

 簡単な話だった。
 先へ進むのにわざわざプレイグを倒す必要はない。
 死の宣告を受けようが、距離を取れば解除されるのなら無視して進んでしまえばよい。

「テメエなんざ相手にしてらんねーんだよ。ばーーーーーかっ!」

 安っぽい挑発。
 ご丁寧に中指まで立てて嘲笑し、ロックは通路の奥へと消える。

「キサマアアアアア、マテエエエエエエエエエエエッ!」

 どうやら喋れたらしい。今まで散々からかってきた相手に逆に馬鹿にされ、頭に血が昇ったプレイグは勢いよく急降下し、ロックの後を追って通路へ飛び込んだ。

 入った通路は直線で、ロックの姿はすぐに捉えることが出来た。
 頭の上のカウントも解除されて居らず、3から2へと変わったところだ。それを見てプレイグは落ち着きを取り戻す。

「ケケケケケッ! モウ2ダゾ、モウスグシンジャウゾー!」

 走るロックよりも、宙を飛ぶプレイグの方が速い。
 恐怖を煽るように笑いながらロックを追いかけて―――不意に、そのロックが動きを止めた。
 くるりとこちらを振り返り、歩み寄ってくる。どういうわけか、笑いながら―――いや、それよりも気になるのは。

(ドウイウコトダ? かうんとガキエテイル・・・?)

 ロックの頭の上のカウントが無くなっている―――つまり死の宣告が解除されている。
 カウントは一定の距離を取るか、プレイグが死ぬまで解除されないはずだった。しかしロックは目の前に居る。

(トイウコトハ、ツマリ―――)

 その時になってプレイグは気づく。
 自分の尖った鼻にそうようにして、先の尖った棒のようなモノが突き出ていることに。
 それはまるで自分の目と目の間から飛び出ているようで―――

「グペ?」

 そこでプレイグの意識は途切れる―――そして二度と目覚めることは無かった。

 

 

******

 

 

 カインの槍によって背後から貫かれたプレイグの身体が雲散霧消する。

 ロックが言った “プレイグが通路に入らない理由” とは、単に “逃げ場がない” という話だった。
 それなりに広い通路だが、それでも部屋に比べれば狭い。広い部屋ならば自在に宙を飛べるプレイグを捉えることは難しい―――が、逃げ場が制限された通路でならば、簡単に捉えられる。

 だからロックはプレイグを通路に誘い出した―――もしも挑発に乗らず、追ってこないようならそのまま先へ進んでしまえばよい。

 結果としては頭に血が昇ったプレイグは背後から迫るカインに気づかずにあっさりと貫き殺されてしまったが。

「上手く行ったようね」

 カインのさらに後ろから、バルバリシアが追いかけてきて声をかける。
 だが、プレイグにとどめを刺したカインはどうにも納得がいかない様子だった。

「ちっ・・・」
「なに腐ってるのよ。トドメを譲って上げたんだから喜びなさい」
「喜べるか! こんなもの、俺が倒したとはいえん!」

 ロックに気を取られたプレイグを、後ろから追いかけて突き殺しただけだ。
 バックアタックなど騎士として恥ずべき行為だ―――などと、カインは言うつもりはない。

 ただ、ロックの策に頼ってしまったこと―――それが彼のプライド的に許せなかった。

「雑魚を倒す為に雑魚の手を借りねばならんとはな!」
「そんな事を言ってるから、その雑魚に手こずるんだよ」
「ぐっ・・・」

 ロックに言い返され、カインは言葉に詰まる。そして苛立ちをぶつけるかのように、そこらの壁をガンガンと蹴り始めた。
 それを見て、ロックはやれやれと肩を竦めた。

(ホント、こいつはセシルあっての “最強” なんだな)

 あのプレイグという魔物、確かに厄介な魔物ではあったが、カインが勝てない相手ではなかった。
 普段のカイン=ハイウィンドならば、相手が逃げ回ろうとあっさりと屠れただろう。

 だが、死の宣告や挑発で焦らされたことと、なによりも―――カイン自身は否定するだろうが―――セシルとはぐれてしまったことで、集中力が分散し、いつもの実力が発揮出来ていなかった。

 もしもこの場にセシルが居たならば、気持ちを焦らせることもなく集中し、 “一人” で倒すことができただろう。

 カイン=ハイウィンドの実力を疑うつもりはない。特にオーディンとの戦いの時は、ただ “凄まじい” の一言だった。
 だが、その実力はセシル=ハーヴィが手綱を取ることにより最大限発揮される。そのことをカイン自身、気づいているのか居ないのか―――

(まあ、なんにせよ)

 心底悔しそうに壁を蹴るカインを眺め、ロックは嘆息する。

「さっさと先へ進もうぜ―――早いところセシルと合流しねえと」
「・・・・・・そうだな、ゼムスはセシルを狙っている。セシルの身を守らねばな!」

 ようやく蹴るのを止め、カインは歩き出した。

(どっちかっつーと、セシルよりもテメエの方が心配だよ、俺は)

 もう一度嘆息して、ロックはバルバリシアと共にカインの後に続いた―――

 


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