第29章「邪心戦争」
O.「月の地下渓谷」
main character:セシル=ハーヴィ
location:月の地下渓谷

 

 クリスタルで構成された通路を、ゴルベーザ達は歩いていた。

「・・・セオドール?」
「どうした?」

 不意に立ち止まったゴルベーザに、シュウが声をかける。
 と、その代わりというようにフースーヤが答えた。

「今、地下渓谷が一瞬 “揺らいだ” 」
「もしや、セシル=ハーヴィが来たというのか?」
「そこまでは解らぬ―――が、今のは地下渓谷入り口の転移の罠が発動した “揺らぎ” であることは間違いない」
「いや、おそらくはセオ―――セシル=ハーヴィだろう」

 ゴルベーザが断言し、苦笑を浮かべる。

「どうやら私のことが信用出来なかったらしい」
「そう卑下するのは止せ―――バロン王が来たのは月に異変があったからだろう。 “月の涙” が起こるとあっては、黙って見過ごすわけにもいくまい」
「ならば急ぐとしよう。早くゼムスの元へたどり着き、決着を付けねば―――」
「待て」

 やや急ぎ足で歩き始めようとしたゴルベーザの肩を、シュウが掴んで制止する。

「ほぼずっと歩き通しだったんだ、この辺りで一旦休むとしよう。陽が見えないので解りづらいが、ここに来てからすでに一日は経っているはずだ」
「しかし―――」
「いいから休め。それから少し落ち着け。気だけ焦っていては成るものも成らなくなる」
「むう・・・」

 シュウに壁に押しつけられ、強制的に座らされる。されるがままに従ってしまったのは、ゴルベーザ自身思っていた以上に疲労が蓄積されていたことに気づかされたからだ。

「ゴルベーザ、手をカップの形にしろ」
「?」

 言われたとおり、お椀の形に両手を合わせる。
 シュウはそこに手をかざして、短く呟いた。

「『ウォータ』」

 水の疑似魔法により、ゴルベーザの手の中に水が注がれる。「飲め」とシュウに言われ、ゴルベーザは水に口を付け―――それを一気に飲み干した。

「ふう・・・・・・」
「もう一杯居るか?」
「・・・頼む」

 同じようにして水を飲む。
 程よく冷たい水が疲労していた身体の中に染み渡っていき、まるで身体の細胞が生き返っていくような気がする。もう一杯欲しいとも思ったが、あまり飲みすぎても行動に支障がでると自重する。

「フースーヤは?」
「私は要らぬ。飲み食いせずとも魔力で身体の維持する術を持っているのでな」
「そうか」

 と、シュウは上着の内ポケットから袋に入った棒状の何かを取り出す。
 袋を剥くと、何かの粉を棒状に固めたようなものが出てきた。それをゴルベーザへと差し出す。

「ガーデンで支給されてる携行食だ。味はないが、これ一本で一日は持つ」
「・・・自分で食えばいいだろう」

 ゴルベーザがそう言うと、シュウは笑った。

「これでも傭兵だぞ? 数日間飲まず食わずでも平気なように訓練されている―――だがお前は違うだろう?」
「む・・・」

 確かに腹は減っていた。
 月の民の館で休息した時に軽く食事はしたが、それ以来丸一日なにも食べていない。
 水分を補給したことで食欲も沸き、ゴルベーザは目の前に差し出された食料に対して涎が出るのをなんとか堪えていた。

 しかし訓練を受けた傭兵とはいえ、女性に気を使われ、施しを受けるというのは抵抗がある。

「・・・・・・・・・わかった、頂こう」

 一分弱葛藤した末に、ゴルベーザは携行食を受け取った。
 だが、それをすぐには口に運ばず、半分に折って片方をシュウに差し出し返す。

「? 言っただろう、私は食べなくても大丈夫だって」
「・・・私一人、バクバク食べるわけにはいかぬ」
「そんな事、私は気にしないが」
「私が気にするのだ!」

 ゴルベーザは半分に折った携行食を仏頂面で差し出してくる。
 どうやら、これが彼なりの葛藤の末の妥協案らしい。

 シュウは苦笑しながらゴルベーザから携行食を受け取ると、それを口の中へと放り込んだ。
 それを見てからゴルベーザも口に運ぶ。

「・・・美味いな」
「そうか?」

 そう言いつつも、シュウも確かに美味しいと感じていた。
 シュウにとっては食べ慣れたもので、味が殆ど無い為に美味いとも不味いとも思ったことは無かったのだが。

 そんな風に和やかに、二人で一つのものを食べるゴルベーザとシュウの姿を、フースーヤは微笑ましく眺めていた―――

 

 

******

 

 

「ほう・・・・・・」

 月の民の館の地下に広がる地下渓谷。
 つい先日まで、悪しきモノらをまとめて封印していたその奥底で、ゼムスもまたセシル達の侵入に気がついていた。

「ゴルベーザに続きセオドールまでもか・・・これは都合がよい―――が」

 ゼムスは怪訝な様子で状況を確認する。
 すでにこの地下渓谷にはゼムスの思念―――悪意で満たされていて、その中の状況は手に取るように解る。
 地下渓谷へ進入しようとしたセシル達に転移の罠が発動した―――のは良いのだが、本来は一人一人別々に転移されるはずのセシル達は、二人か三人程度でまとまって転移したようだった。しかも、偶然にも先に侵入してきて同じようにバラバラに跳ばされたゴルベーザの配下―――四天王達のすぐ近くへ転移している。

 ゴルベーザが転移する際 “ダームディア” で干渉したように、セシル達が転移する時も、なんらかの力が干渉したのだ―――が、それがなんなのかゼムスは解らなかった。

「まあ、いい・・・なんにせよセオドールが来たことは好都合には違いない・・・クックック・・・」

 邪悪な含み笑いを浮かべ、ゼムスは目の前にあるモノを見上げる。

 それは醜悪な怪物であった。
 あらゆる生物を掛け合わせたような奇態な存在。
 骨と肉で構成されていて皮は無く、むき出しになった赤い肉の筋が歪に尖った骨格同士を繋げていた。

 そしてその中央、腹と思える部分にはクリスタルに捕らわれたままのエニシェルが収まっている。

「もうすぐだ―――もうすぐお前と一つになれる・・・」

 ゼムスは愛おしそうにクリスタルの中のエニシェルを見つめた。

 ゼムスの目的の一つは、セシルが持つ “原初の闇” 。
 スカルミリョーネの推測通り、元はデスブリンガー―――セシリアと一つであった “原初の闇” を利用し、彼女と一つになることがゼムスの望みだった。

「だがその前にやらねばならぬ事がある・・・」

 それは、地上――― “青き星” に住む人々を滅ぼすことだ。
 元はと言えば愚かなる地上の者共が争いを始めたからこそ、結果としてセシリアがその身を捨てなければならなくなった。

 だから人間は全て滅ぼさねばならない。セシリアを犠牲にした報いを受けなければならない。
 そして全てが滅んだ世界で、ゼムスはセシリアと一つになり、永遠の存在となるのだ―――

 くく・・・とゼムスは一人、邪悪な笑い声を響かせる。
 その音は狂気そのものであり、すでに正気の欠片も残されては居なかった―――

 

 

******

 

 

「―――っ?」

 気がつくと、セシルは見慣れぬ場所に居た。
 結晶の柱で構成された通路。壁も、床も、天井も同じモノで造られているようだった。

「これは・・・クリスタルと同じ材質、か?」

 壁を手で触れてセシルは呟く。
 クリスタルが何を材料に出来ているのか知らなかったが、なんとなく同じものように見えた。

 それらクリスタルの柱はどこからか漏れ出でる光を乱反射し、なんとも煌びやかな幻想的な情景を演出している。
 だが、その美しさに薄ら寒いものを感じてしまうのは、この場にゼムスの “悪意” を感じ取ってしまうからだろうか。

「なんだここ!?」

 と、突然上がった素っ頓狂な声に振り返ってみると、そこでは茶髪の旅人が物珍しそうに周囲を見回していた。

「バッツ、無事だったのか!?」
「お、セシルじゃねえか。他の奴らは―――あ」

 良いながら見回すと、すぐ近くに少女が一人で倒れているのが見えた。

「ファス!」

 セシルが駆け寄り、少女を抱き起こす―――と、転移のショックのせいか、気を失っていた彼女はうっすらと目を開ける。

「う・・・セシ・・・ル?」

 僅かに開かれた瞳は、少し充血しているものの、先程のような真紅の輝きを見せては居なかった。
 ぼんやりと碧眼をセシルへ向けて、小さく微笑んだ。

「良かったぁ・・・」

 そう言い残し、ファスは再び意識を失った。
 ファス! と叫びかけて、セシルは少女が穏やかな寝息を立てていることに気がついて口を閉じる。そんなセシルへ、背後から少女の寝顔を覗き込むようにしてバッツが問いかける。

「大丈夫か?」
「ああ、どうやら疲れて眠ってしまったようだ」

 ファスを起こさないように小声で話す。
 転移の罠にはまってしまったとはいえ、セシルやバッツは特に体調に変化はない。なのにファスは眠ってしまうほど疲労しているということは―――

(転移の瞬間、ファスが何かしたんだろう)

 ファスの赤い瞳を思い出す。
 あの “罠” は侵入者を別々に跳ばす―――もしくはもっと致命的な罠へ落とす為の転移のはず。
 だが、セシルが跳ばされた場所は罠らしき様子は見えない通路であり、しかもバッツやファスも一緒だ。

 それは転移の罠にファスがなにかしら干渉したためだとセシルは推測した。

(・・・それなら多分、ローザ達も無事なはずだ・・・)

 確証は無かったが、無理矢理にそう思い込んで、セシルはファスを背負って立ち上がる。
 そこへバッツが声をかけた。

「こっからどうする?」
「とりあえず仲間達と合流しないとね」
「だな―――で、どっちに行く? 通路は二手に分かれてるぜ?」

 真っ直ぐな通路だ。行き止まりではないので、前と後ろ、二方向に道が伸びている。

「二手に別れるか?」
「いや、敵の本拠地でこれ以上バラバラになるのは避けたい―――君はどっちに行けばいいと思う?」
「お前はどうなんだよ? どっちにエニシェルが居るか “勘” でもなんでも解らねえか?」

 先程のロックとの会話を聞いていたのだろう。
 セシルは苦笑を返し、小さく首を横に振る。

「よくわからないな・・・ここは嫌な気配が濃すぎる」
「・・・ああ、確かにな」

 バッツも嫌そうに顔を歪めてから、適当な方向を向く。

「じゃあ、こっちでいっか」

 判断材料が無い以上、どっちを選んでも代わりはない。
 軽い調子で歩き出すバッツの後を、セシルもファスを背負ったまま歩き出した―――

 


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