第29章「邪心戦争」
N.「真紅の瞳」
main character:セシル=ハーヴィ
location:月の民の館・クリスタルルーム

 

 ファスに導かれ、セシル達は月の民の館のクリスタルルームへと移動した。

 ちなみにこちらのパーティはセシルとファスの他に、カイン、ローザ、リディア、エッジ―――そしてバッツとセリス、ロックの計九人。
 ロックは「魔物の転送を止めることが先決」とセシルに言った手前、どちらに行くか悩んだようだったが、結局はセリスの居るこちら側を選んだようだった。

「う・・・!?」
「・・・っ!」

 クリスタルルームに入った瞬間、セシルとファスは身を硬直させる。

「なんだ・・・これ・・・?」

 続いて入ってきたバッツも、愕然と目を見開いて部屋の中を凝視していた。

「どうした!?」

 いきなり動きを止めた三人に、カインが怪訝そうに声を放つ。

「わかんねえ・・・けど、なんか・・・なんか・・・くそおっ!」

 目の前の光景―――輝きを失ったいくつものクリスタルを見て、バッツは何とも言えないような “苛立ち” を感じていた。
 どうしてそんなに心がざわめくのかは解らない―――だが、この光景は許されない光景だと言うことがなんとなく解った。

「ファス・・・ “視” るなよ」

 セシルもバッツと似たような想いが湧き上がっていた―――その上で、酷い哀しみを覚える。
  “生命の流れ” を “視” ることのできるファスに、それを禁じたのもその感情によるものだった。どういうわけか、 “視” せてはいけないと直感する。

「・・・うん」

 ファスも “視” ないまでも、何かを感じ取っているのか、セシルの言葉に素直に頷く。

「これ、クリスタルだよな? なんか力を失ってるっぽいけど」

 ロックが部屋の中に無数にある台座の一つに掲げられたクリスタルへ手を伸ばす―――触れた瞬間。

「さわんなッ!」

 バッツがそれを強い口調で制止した。
 まさか何かの罠か!? と、ぎくりとしてロックは慌てて手を離す―――が、罠らしき反応はない。
 そもそもロックの勘でも、危険はないと感じていた。だから無造作に手を伸ばしたのだが。

「な、なんだよバッツ、驚かすな」
「・・・そいつは、みだりに触って良いもんじゃない」

 厳しい表情のままバッツは吐き捨てる。

 ―――このクリスタルルームはかつて “月の民” の魂が眠っていた場所だった。
 月の民達は魂を肉体からクリスタルへと移し、1000年以上もの間、眠り続けてきたのだ。

 だがそれもゼムスが “幻の月” を動かすための “力” として使われ、一つ残らずに消滅してしまった。
 今、ここにあるクリスタルは月の民達の “亡骸” と呼べるものだ。

 もちろん、それらの事をセシル達は知らない。
 だが、セシルは “月の民” の血を引くものとして、バッツは “クリスタル” に関わる者として。
 そしてファスは “生命の流れ” ―――即ち “運命” を “視” る者として、それぞれここには “生命” があったことを感じ取っているのだろう。

「・・・・・・」

 バッツが苛立ちを感じるように、セシルもまた言い様のない哀しみに捕らわれていた。ここで失われたのは、親の顔も知らぬセシルの―――同じように見も知らぬ彼の同胞だ。
 自分に近しい者が失われた淋しさを、本能的に感じ取っているのだ。

「セシル・・・」

 眼前に広がる無数の “クリスタル” を立ちつくしたまま見つめるセシルに、ローザがなんと言って声をかけて良いか解らずに―――それでも彼女は愛しく想う名前を舌に乗せ、その肩にそっと触れる。
 肩当ての上にそっと添えられたローザの指先に、セシルは彼女の優しさを感じてそこに自分の手を添えた。

「あ・・・」
「ありがとう、ローザ」
「礼を言われることなんて・・・」

 セシルと指を重ねたまま、ローザは戸惑ったように言う。
 なんとなくセシルが哀しみを感じることを察することができた―――しかし、どう元気づけて良いか彼女には解らなかった。

「いいや・・・君がこうして居てくれるから、僕は前に進むことができるんだ」

 セシルはローザの手を自分の肩から優しく剥がし、それから皆を振り返る。

「ごめん、ちょっとぼーっとしてた―――ファス、エニシェルの元へ案内してくれるかい?」
「う、うん」

 頷き、ファスは再び歩き出す。
 その後をセシルとロックが続く―――もちろん、何者かが襲いかかってきた時には即座にそれを察して、ファスを護れるように身構えながら。

 更にその後をカインとバッツ、リディアにエッジが続き、そして―――

「ローザ、どうしたの?」

 歩き出そうとしないローザに、セリスが怪訝そうに振り返る。
 ローザはセシルと重ねた指を見つめていた。

 そしてぼそりと呟く。

「嘘つき・・・」
「え?」
「セシルは嘘つきなのよ。あの人は、私なんか居なくても前に進める人だもの」

 彼女はセシルの温もりが残る指を自分の胸に抱く。

「だいたい、それを言うなら私の方だわ。セシルがいれば―――ううん、こうしてセシルの温もりを感じるだけで、私は幸せになってしまうのだから」

 よくよく見れば、ローザの表情はちょっと赤かった。
 どうやらさっきのセシルとのやりとりで、照れたらしい。

 いつもはもっとアグレッシブに「セシル、好き好きー♪」とか叫んでいるくせに、とセリスは苦笑して彼女を促す。

「なら私達も前に進まないとね―――貴女は “前へ進み続ける” セシルの傍に居続ける事が望みなのでしょう」
「ええ。だからこんなところまで来たのよ」

 頷き、彼女はセシル達の後を追いかけ、セリスもその後に続いた―――

 

 

******

 

 

 ファスに案内され、セシル達はクリスタルルームを進む。
 案内、と言ってもファスが “月の民の館” を訪れたのはもちろん初めてである。ただ、エニシェルが居る(ような気がする)方へ向かっているに過ぎない。

 早い話、それは単なる彼女の “勘” だ。
 しかしそれをセシルは疑うことなく信じていた。

「てか、よくお前信じられるよな―――もしもこの先にエニシェルやゼムスが居なかったらどうするんだ?」
「その時は戻ればいいだろう」

 ロックの問いかけに、セシルは躊躇うこともなく即答する。

「そういう問題かよ。敵の親玉が塔の方に居たとしたらギルバート達が危ねーだろ」
「そうだね―――でも」

 セシルは前を見る。そこにはセシル達を導く少女の背中があった。

「なにもファスの “勘” だけに頼っているわけじゃないよ」
「なにか根拠が?」
「ああ―――僕もこの先にエニシェルが居るような気がするんだ」
「・・・根拠って、お前の “勘” かよ」

 歩きながら器用にがっくりと肩を落としてみせるロックにセシルは苦笑。

 と、広い―――広大とも言って良いほどの部屋の中央でファスは足を止めた。
 その前には、何かの欠片が散らばった床―――もちろんセシル達は知らないが、それはゴルベーザ達が砕いた封印の後だ―――があり、そこに大きい穴が空いていた。

 穴の中は黒い闇に満たされている。その闇からはなんとも不快な “悪意” が感じられた。

「この先にエニシェルが?」
「・・・たぶん」

 やはり自信無さそうにファスは頷く。

「おい、なんかヤバいぜ」

 ロックが警告を口にする。
 セシルも「ああ」と頷いて、

「この “悪意” ・・・この先にゼムスが居るのは間違いなさそうだ。ここからは慎重に―――」
「そういう事を言ってるんじゃねえよ!」
「え?」
「なんか、ヤな予感がする。ここは一旦離れて―――」

 そう、ロックが言いかけた時だ。
 いきなり目の前の穴が歪む。

「なっ!?」

 ゴルベーザ達が来た時と同じように歪んだ穴はさらに広がり―――そして突然の “罠” に驚愕するセシル達を一気に飲み込む。

「逃げろ―――!」

 セシルが叫ぶが、遅すぎた。
 穴のすぐ傍にいたセシル達は当然として、最後尾に居たローザやセリスも、穴は凄まじい吸引力で吸い込む。

 結局、ゴルベーザ達と全く同じようにセシル達も穴へ呑み込まれてしまう。

(ここは―――)

 呑み込まれた先は七色の色彩が入り交じった奇妙な空間だ。
 どういう場所なのかはよく解らないが、まともな場所で無いことだけは理解出来る。

(せめてファスだけでも護らないと・・・!)

 妙な空間のせいか上手く動かない身体を必死で動かし少女の姿を探し求める。
 ファスは割とすぐ傍に居た。その身体を確保しようと手を伸ば―――したところで、何かの “力” がセシルに干渉するのを感じた。セシルも何度か経験のある “転移” の気配。

(跳ばされる・・・!? 僕らを分断させるつもりか!)

 罠の正体に気づいたところでもうどうしようもない。
 セシルの身体は強制的に転移され―――

「―――駄目ッ!」

 転移させられる瞬間、ファスが目を見開き―――その “異変” をセシルは見た。
 黒い髪に黒い肌と、黒づくしの少女だが、その瞳の色は姉と同じ碧眼だったのだが、その瞳の色が変化している。

(赤い・・・?)

 血よりも、ルビーよりも鮮やかな真紅の瞳。
 異質なその瞳の色が網膜に残った直後、セシル達はいずこかへと転移させられて行った―――

 


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