第29章「邪心戦争」
M.「セシルの迷い」
main character:セシル=ハーヴィ
location:幻の月

 

  “真の月” の魔物達が “月の民の館” へ向かっている。
 先程までは無意味にあちらこちらへと徘徊し、蠢いていただけだったのが、今はまるで何かに導かれるようにして、一様に集結しようとしていた。

「嫌な予感があたったか・・・!」

 魔物達が向かう先――― “月の民の館” の上にそびえる “塔” を見つめ、セシルは悔しそうに奥歯を噛む。

 ここからでは塔で何が起きているかは見えないが、何が起こっているか想像は付く。

「バブイルの塔の “次元エレベーター” で地上に転移しているというのか!」

  “塔” が起動したのを見て、ロック達と戻ってきたラムウがいつになく真面目な呟く。

「じゃあ、月を重ねたのは・・・」
「おそらくは物理的な位置を同一にするためじゃろう。同じ位置に居ようと、本来なら “界” が違えば互いに干渉することはできぬ―――が、 “次元エレベーター” ならば話は別じゃ。元々あれは、異界であるこの “幻の月” から現界である “地上” へと、界を渡って移送させるシステムだからのう」

 つまり、位置さえ同じならば、異界であろうと干渉して転移させることができるというわけだ。
 それを聞いて、リディアが「へえ」と感心したような声を上げる。

「随分と詳しいのね」
「ワシ、物知りさんじゃし」
「つまりゼムスってヤツの狙いは “月の涙” じゃなかったって事か?」

 ラムウの説明を聞いて、バッツが「なんだあ」と呟く。

「流石に “月の涙” を引き起こすほどの力はなかったと言うことでしょうね」

 ポロムも何処かホッとした様子で呟く。
 他の面々も似たような様子で、 “月の涙” が起こらなかったことに対して、どこか安堵しているようだった―――が、唯一セシルだけは厳しい表情を浮かべていた。

「セシル、なにか気になる事でも?」

 セシルの様子に気づいたギルバートが問いかける。すると、バロンの王は厳しい表情のまま告げた。

「解りませんか? 確かに “月の涙” が起こらなければ “世界全体” に被害はない―――ですが、フォールスにしてみれば “月の涙” の方がまだマシだった」
「どういうこと?」
「次元エレベーターを使うということは、魔物達の行き先はフォールス―――本来ならば世界規模の魔物の襲撃が、フォールス一地方へ集中されると言うことです」
『あ・・・!』

 セシルの言葉に、ギルバートだけではなく他の面々も事の重大さに気がつく。
 バッツが焦ったようにセシルを振り向く。

「それ、かなりヤバくないか・・・?」
「ああ・・・急いであの “塔” を止めなければならない、けど」
「けど?」
「・・・塔の止め方が解らない」

 バブイルの塔―――というか月の民の技術は、セシルたちにとって異質なモノだ。
 魔導船の用に、適格者が触れて命じれば済むのならば問題ないが、バブイルの塔もそうであるという保証はない。

「なに、それならば心配要らぬ」
「ラムウ?」
「ワシが少しは解る―――まあ、 “次元エレベーター” を止めるくらいならできるじゃろ」

 カッカッカ、と笑うラムウに「流石はお爺ちゃんですー」とゼロが飛びつく。

「おし、それならとりあえず行ってみようぜ! 行かなきゃなにも始まんねえ!」

 ロックの言葉に、セシルも「ああ」と頷いた―――

 

 

******

 

 

 魔導船で月の民の館へと赴く。
 そこでは洞窟の前以上に魔物達が密集していた。

「・・・こいつら、こっちの―――っていうか、この塔だって見えないはずなんだよな?」

 ロックが少し不思議そうに呟く。
  “真の月” から “幻の月” の様子は認識できないはずだった。
 けれど、魔物達はまるで “月の民の館” の “塔” を目指すかのようにここに集まっている。

「それはおそらく、ゼムスの思念によるものでございます」
「なるほどね、ゼムスが思念で “この場所へ向え” とでも命じているのか」
「おそらく、でございます」

 セシルが言うと、カイは頷いた。
 と、そんな会話を交す端から周囲の魔物達が次々と消失していく―――

 ―――否。

「次元エレベーターで転移して行っているのか・・・」

 無造作に消えていく魔物達を見回し、セシルが苛立ちとも悔やみともとれぬ様相で歯がみする。

「セシル、行くぞ」
「・・・ああ」

 カインに促され、セシルは月の民の館へと入る。
 その中でも魔物達のは詰まっていた。

「ホントに幽霊みたい」

 壁などまるで無いように―――向こうにしてみれば実際に無いのだろう―――すり抜けている魔物達を見てローザが感想を漏らす。

「 “塔” はこっちでございますよ」
「あ、カイ! 案内は僕がするですー!」

 などとゼロカイが先頭に立ってセシル達を案内する―――その時。

「・・・待って!」

 突然、ファスが声を上げて一行を制止する。

「ファス? どうかしたのか?」
「エニシェルの・・・エニシェルはあっちにいる―――ような気がする」

 そう言って、彼女はゼロカイが進もうとしていた方とは別の方向を見やる。

「あちらはクリスタルルームでございますね」

 ファスの向いた方を見て、カイが説明する。

「クリスタルルーム? 月にもクリスタルがあるのか?」
「それはもちろんでございます。クリスタルはセトラの民にとって基本的なツールでございますから」
「ツール・・・?」

 カイの言葉の意味はイマイチよく解らなかったが、それを追求するよりはとセシルはファスへと尋ねる。

「エニシェルは “塔” には居ないということだね?」
「・・・多分」

 自信が持てないのか、ファスの返事は曖昧だった。
 しかしセシルはそれを疑うことなく確信する。

「ゼムスはエニシェル―――デスブリンガーに固執している。なら、ファスが感じた方にゼムスは居るはずだ」
「だからってどうするんだよ? まずは “次元エレベーター” を止める事が先決だろ!」

 ロックの言葉は最もだった。
 地上のことを考えるなら魔物を転送する “塔” を抑えるべきだ―――が。

「ゼムスを倒せば全てに決着が着くかも知れない」
「おい?」

 怪訝そうな顔をロックはセシルへと向ける。
 その表情はまるで “らしくない” とでも言っているかのようだった。

 そのロックの表情を読み取り、言いたいことをセシルも理解している。
 今はゼムスをどうにかするよりも、地上―――フォールスを護る事が重要だ。例えゼムスを倒せたとしても、地上が魔物によって蹂躙された後では勝利とは呼ぶことは出来ない。

 普段なら迷わずに “塔” を攻略することを選ぶはずだ。
 だが、今のセシルはゼムスの元へ向かうことを望んでいるようだった。

(いや・・・)

 違う、とロックは思い直す。
 セシルはゼムスとの決着を望んでいるのではない。ただ肉親の―――今まで天涯孤独だと思っていた、初めての肉親であるゴルベーザやエニシェルの元へ行きたいという想いがあるのだと察する。

(セシル=ハーヴィも人の子だったってわけだ)

 当たり前のそのことに、ロックはふと安堵する。
 今までロックはセシルの事を “認め” たくはなかった。ゾットの塔で、恋人を失うかも知れないような状況で、しかし己を崩さなかった―――その強さは尊敬出来る反面、 “人間” として認めたくはなかった。

 人はどうしても “弱さ” と言うものがある。 “情” という弱さが。
 ロック自身にもそれがある自覚がある―――だからこそ、それが無い者を “人間” として認めたくはなかった。

 しかしロックは初めて “セシル=ハーヴィ” の “弱さ” を認めたような気がする。
 だが、状況はその “弱さ” を許せる状況ではなかった。心に重いモノを感じつつも、苦言を口にする。

「セシル、てめえの気持ちは解る―――が、今はこの魔物達をどうにかすることを優先するべきだ」
「・・・わかってるよ」

 解っているのだろう、本当に。
 理性で解っていても、それでもセシルは理屈でもなんでもなく、ただ今まで自分には無いと思いこんでいた肉親の元へ行きたいのだろう。
 その気持ちはロックにもよく解る。解った上で、それを留めようとする自分に自己嫌悪する。

(俺は・・・こんなセシルを見たかったのか・・・?)

 ロックはセシル=ハーヴィの事が心の底から大嫌いだった。
 失ってしまった大事な人に固執する “弱い” 自分に対し、セシルの “強さ” が眩しかった。
 もしもセシルが自分の立場なら、大事な人を失ったとしても、それでもその “後悔” を背負いつつも真っ直ぐに生きていくのだろう。

 それはロックにはできない生き方だ。

 だが、今、セシルは惑っている。
 自分や仲間、民達が生活を営む地上を護るか、それとも初めての肉親の元へ駆けつけるか。
 どちらを取って、どちらを犠牲にしてもセシルは悔やむだろう―――しかし悔やんだ上で、それでも生き抜くのだろう。

 セシル=ハーヴィは “強い” 。
 ロックはそれを知っている―――いや、 “信じている” 。
 けれど、だからこそ。

(俺はてめえが迷い苦しむところなんざ見たくねえんだよっ!)

「セシルッ―――」
「なら、二手に分かれようか」

 ロックが言いかけた瞬間、ギルバートが声を上げる。
 驚いて振り返ってみれば、砂漠の王子はトレジャーハンターにウィンクをする。まるで想いは同じだと言いたげに。

「ラムウさんなら “次元エレベーター” をなんとかできるらしい―――なら、僕達はラムウさんと共に “塔” へ行くよ」
「無論、私とクラウドもな」
「俺もか?」
「当然じゃ。お前も私もギルバート王子の護衛じゃろうが!」

 フライヤとクラウドのやりとりにギルバートが苦笑していると、ゼロが「はい、はーいです」と手を挙げる。

「僕とカイもおじーちゃんのお供をするですよ」
「・・・カイも決定でぎざいますか?」
「何か文句でもあるです?」
「・・・・・・たまにはゼロと別行動が―――痛ッ!? 足の小指は痛いでございますッ!?」

 ゼロがかかとでカイの爪先を踏みつぶす。
 それを余所に、セシルはギルバートをまだ迷いのある様子で見返す。

「しかし王子、ロックの言ったとおり今は―――」
「僕たちが信用出来ないかい?」
「え・・・? いえ、そんなことは―――ですが」
「少しは信頼してくれよ。僕らはきっとフォールスを護り抜く! だから君は君の望むままに行けばいい!」

 ドン、とギルバートは拳を固めて自分の胸を叩く。
 しかしその拳は、見て解るほどに細かく震えていた。それを見て、セシルは迷いの晴れぬ様子で尚もギルバートを見つめる。

「王子―――」
「セシル」

 言いかけた言葉を遮ったのはカインの声だった。
 振り向けば、唯一無二の親友はいつもと変わらぬ様子でこちらを見つめている。

「そこの軟弱王子の言うとおりだ。お前は望むままに望み、行けば良い―――そのために俺達が居る」
「カイン・・・」
「お前がここに来たのはなんのためだ? バロンを、フォールスを救う為か?」

 その問いかけに、セシルは苦笑する。
 幼い頃からの親友には全てお見通しであると。

 フォールスを護るだけならば地上に留まっていてもできたはずだ。
 それでもセシルがこの場に居るのは―――

「ギルバート王子」

 セシルはギルバートへと再び向き直る。

「フォールスを―――皆を、頼みます」

 その言葉に頷きかけて―――ギルバートは悪戯っぽく尋ね返す。

「それはバロン王としての言葉かな? それともセシル=ハーヴィとしての?」
「両方です」

 即答され、ギルバートは笑いながら「心得ました」と頷く。

「陛下」

 踵を返そうとしたセシルを、幼い声が呼び止める。

「ポロム?」
「私も、ギルバート王子と共に行きます」

 幼い白魔道士はそう言って、ローザの方を見やる。

「我が身はまだ未熟なれど、それでも白魔道士は二手に分かれた方が宜しいでしょう」

 回復魔法のエキスパートが居ると居ないとでは生存率が格段に違ってくる。
 だが、それを聞いてファスが声を上げた。

「でもポロムは、セシルのために・・・」
「ええ、私は陛下を心配してここまできました」

 にっこりと微笑んで齢五歳の白魔道士は己の王へと告げる。

「だから陛下、望みを一つ叶えてもらっても良いですか?」
「僕に出来る事ならば」
「ええ、ご安心を。これは陛下にしかできぬことですわ」

 そう言って少女は―――彼女は “望み” を口にする。

「 “絶対に、生きて戻って来てください” ―――これは貴方にしかできない事です」

 言われた言葉にセシルは少し驚き―――やがていつもの苦笑を浮かべる。

「確かに! ・・・解ったよポロム。もしもその望みが叶えられなかったならば、心の底から罵ってくれ」
「いいえ、心の底から嘆き悲しみます」

 言い返され、セシルは苦笑を凍り付かした。
 その後ろで、ローザがくすりと笑う。

「貴方の負けよ、セシル」
「・・・そのようだ」

 やれやれとセシルは失笑―――してから、ポロムへ笑顔を向ける。

「解ったよ、生きて戻ってくることを誓う―――君の優しい “口付け” にかけてもね」
「え」

 言われ、今度はポロムが凍り付いた。

「え、なになに!? セシルったらもうポロムと・・・?」

 何故だか嬉しそうに追求してくるローザに、セシルはにやりと笑って頷く。

「ああ。実は僕がこうして無事に生きているのも彼女のお陰だったりするんだよ」
「てゆーかマジ? お前本当に幼女と―――いやいやまああれぐらいの年齢だとそれほど深い意味はないんだろうけどなあ・・・でもしかし―――」

 驚愕するロック。
 そんな会話のやりとりを聞いて、ポロムは “エリクサー” の事だと思い至る。

「ちょっとセシルさん、あれは―――」

 言いかけ、しかしあれは内緒で持ち出した霊薬だと思い直す。
 ぶっちゃけ、バレるとミシディアの長老に大目玉を食らってしまう。

「あれは?」

 ギルバートが問い返すが、しかしポロムは正直にいうことは出来ない。

「う、ううう・・・セ、セシルさんったら最低です! 最低ですわー!」

  “陛下” と呼ぶのも忘れ、ポロムはクリスタルルームへ向かうセシルへ向かって絶叫した―――

 


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