第29章「邪心戦争」
L.「月からの強襲」
main character:テラ
location:ミシディア・祈りの塔

 

 深夜―――

 夜天に “一つ” の月が昇っている。それは正確に言うならば二つの月が重なったものだった。

 ただ、未だ完全には重なっていない。
 まだ僅かに輪郭に青と赤のブレがある。

「・・・間もなく、か」

 ミシディアにある “祈りの塔” にて。
 テラはミシディアの長老や暗黒騎士ウィーダスと共に今にも重なろうとする月を見上げていた。

「セシルは間にあわんか・・・」

 昨晩、セシル達が魔導船に乗って月へ飛び立った―――という話は既にバロンから伝え聞いていた。
 だが、魔導船でも月に行くには一日かかる。今頃、ようやく月に到着したかどうかというところだろう。

「テラ殿、月が!」

 ウィーダスが叫ぶ。その声に月を凝視してみれば、ブレていた輪郭が次第に整えられていき―――やがて、ぴたりと一つの満月と合わさった。

「月が重なったか・・・!」

 長老が呻くように呟き―――そして三人は固唾を呑んで月を見守る。
 だが、月に異変は――― “月の涙” が起ころうとする気配は見せない。

「何も起こらぬ・・・か?」
「では―――やはりセシル王の予測通りに・・・」

 と、長老が呟いた時だ。
 不意にテラと長老―――二人の魔道士は何かを感じ取ったかのように、ハッとして西の方角を振り返る。
 塔の窓からは魔導船が眠っていた “竜の口” の湾が見えるが、そこで何かが起きたという気配はない。テラ達が異変を―――異常な魔力を感じ取ったのは、さらにその遙か西―――海を越えた先にあるエブラーナからだ。

「テラ殿、長老殿!?」

 唯一魔道士ではないウィーダスが緊迫した声をかける。魔道士ではないにしろ、ダークフォースという特殊な力を扱う彼も、テラ達ほどではないが西の彼方からの “力” を感じとっていた。

「間違いない・・・・・・バブイルの塔が起動した・・・!」

 

 

******

 

 

「・・・何も起こりませんね」

 トロイアの城のバルコニーで月を見上げていたファーナが呟く。
 その隣にはマッシュが控えていた。

「月が完全に重なったのか?」

 魔力の低いマッシュには “幻の月” は見えにくい。
 それを補うようにトロイアの八神官の一人であるファーナが代わりに月の状態を確認していた。

「ええ。・・・ですが “月の涙” が起こる気配はありません―――どうやらバロン王の取り越し苦労だったようですね」

 言葉の後半は、どこか皮肉めいた嘲笑が浮かんでいた。
 このファーナと言う女性、清廉にして生きとし生けるもの全てを慈しむ優しい心を持っている。
 一時は土のクリスタルを奪い、逃走したものの、それも全てトロイアの国のことを想ってのことだったため―――そしてそれを他の神官も認めた為に、再びトロイアを治める八神官の一人に戻ることができた。

 トロイアの民からは “聖女” とも呼ばれて慕われている彼女だが、唯一バロン王に対してだけはあまり好ましく想っていないようだ。その理由は彼女の最愛の妹が、セシルのことを慕ってバロンへ行ってしまったからである。

 ただ彼女も統治者の一人として、外交で私怨を表に出すようなことはしない。だからセシルが “月の涙” の可能性を理由にマッシュ達をトロイアヘ派遣してきた時、素直にそれを受け入れた。

「何も起こらないのならばこれ以上の警戒は必要ないでしょう。今宵はもうお休みになり、明日バロンへお戻りに―――」

 そうファーナが言いかけた時だ。
 突然、トロイアの街の方から火の手が上がる。

「えっ!?」
「ちっ!」

 異変を察し、マッシュは即座にバルコニーから飛び降りて、街の方へと向かう。
 呆然とそれを見送るファーナに、配下の女戦士が息せき切って駆けつけてきた。

「ファーナ様! 魔物の襲撃です! 見たこともないような魔物の群れが・・・!」
「そんな・・・!? 月は―――」

 叫びながら見上げた一つの月は、重なったまま目立った異変は見せていない。

「 “月の涙” では無いとしたら一体・・・?」

 疑問を覚えつつも、今は悩んでいる時ではないと思い直す。

「とにかくバロンから派遣されてきた傭兵達と協力し、一般人の避難を最優先に! それから魔物の撃退をお願いします」
「は、はいっ!」

 うわずった声で女戦士は応え、慌てた様子で駆けていく。
 今までトロイアはクリスタルの護りがあり、そのために “月の涙” の時も大した被害を受けていなかった。
 だが、そのクリスタルはもう無い。

(クリスタル無しでどこまでやれるでしょうか・・・)

 次々に火の手が上がる街を見つめ、不安が湧き上がるのを抑えきれない。

 しかしやがて彼女は不安を振り切るようにして踵を返す。
 ファーナは本職の魔道士ではないが、血筋故か簡単な白魔法を扱える。負傷者の救護くらいは出来るはずだ。

(マリア様、どうか私達をお守ください―――)

 最も敬愛するかつての “聖女” に祈りを捧げ、現在の聖女は戦場へ足を向けた―――

 

 

******

 

 

「・・・間にあわんかったか!」

 エブラーナ城のテラスで、シドは悔しそうに叫んだ。
 見上げた先には光り輝くバブイルの塔が見えた。その塔からは魔物の群れが絶えることなく出現し、それらはおのエブラーナ城へと向かってきている。

 だが、全てが全て城へ向かってきているわけではない。
 魔物達の何割かは出現したあと、しばらくするとまた消え去ってしまう。おそらくは、バブイルの塔の力でフォールスの各地へと転移しているのだろう。

「ひゃっひゃっひゃっ! あの王様の予測通りになったのう! 王様やめて予言者にでもなったほうがええんじゃないか?」

 何が楽しいのか、魔物の群れを見てルゲイエが愉快そうな声を上げる。
 それをシドがジロリと睨むが、狂科学者はまるで気にした様子はない。

 シドとルゲイエの二人はセシルに頼まれ、エブラーナを訪れた。
 もしもゼムスの狙いが “月の涙” で無い場合、バブイルの塔をもう一度使われる可能性があると。だから塔の機能を抑える為に技術者二人が遣わされたのだが。

 昨日の夕方バロンを発った飛空艇がエブラーナに着いたのは今朝方だった。
 本当ならば、すぐにでもバブイルの塔に向かいたかったが、ジュエルはそれを許さなかった。
 エブラーナはまだ完全にバロンを信用したわけではない。そして今までバブイルの塔を護ってきたという自負もある。ゼムスが塔を使うという確証も無い以上、むざむざ他国の―――それもバロンの人間をバブイルの塔へ入れるのには抵抗があったのだろう。

 それを説得しているうちに夜となり、結局はセシルの懸念通りにバブイルの塔は起動し、そこから魔物の群れが沸きだしてしまった。

「ひゃっひゃっひゃっ! それでどうするんじゃ?」
「どうするもなにも、今更どうにもできんゾイ!」

 心底悔しそうににシドが言い返す。
 エブラーナに来た時、すぐにバブイルの塔に入ることができれば、もしかしたら防げたかも知れない事態だ。

「いやいや、今更も何も最初っから無理だったと思うゾイ」

 シドの口調を真似てルゲイエが嘲笑する。

「なんじゃと!?」
「そもそもバブイルの塔は月の民が作ったもんじゃ。ならばその使い方も向こうの方が良く知っているとは思わんか?」
「むう・・・」

 確かにルゲイエの言うとおり、たった一日解析しただけでは止められなかったかもしれない。せめて一週間もあればまだ解らなかったが。

「しかしルゲイエ、お前さんだってバブイルの塔の解析は進めっておったゾイ」
「それでもようやっと “次元エレベーター” の使い方が解った程度じゃ。それを応用して、地上のあちこちに転移させる裏技なんぞ気づきもせんかったわー!」

 ルゲイエなりに悔しかったのか、自棄になったように喚く。
 そこへ今朝方一緒に飛空艇に乗ってきたユフィが飛び込んできた。

「ちょっとじーちゃん達! 魔物が一杯来てるよ!? こんなところにいたら危ないよ!」
「まだじーちゃんとか呼ばれる歳じゃないわい!」

 とりあえず言い返してから、シドは城の周辺へ目を向ける。
 城の周辺ではエブラーナの忍者達が、ジュエルの指揮の下で魔物達と戦っていた。空には赤い月が輝いているが、夜の闇の中では戦況がどうなってるのかはよく解らない。

「他の二人はどうしとる?」

 他の二人―――シドと同じ、エブラーナの人間ではないパロムとサイファーの事だ。
 ユフィはんーと、と顎に指を添えて思い出すようにしてから答える。

「お子様は寝ちゃってる。んで、あの金髪は外で戦ってるよっ」

 それを聞いてシドは「よし!」と決意の声を上げる。

「ならばワシも寝る!」
「寝るって・・・こんな状況で寝る気なの?」

 呆れたような顔をするユフィに、シドはガハハと粗野な笑い声を上げた。

「今はワシに出来ることは何一つないゾイ! だったら今はゆっくり休んで、明るくなったら隙を狙ってバブイルの塔に侵入する! つーわけで寝床を借りるゾイ!」
「あ、ちょっと・・・?」

 ドスドスと足音を響かせ、ユフィの声を振り切ってシドは城の中へと入っていく。

「ひゃっひゃっひゃっ! ならばワシも寝るわー! 夜更かしはお肌の大敵じゃからなー! ひゃっはー!」

 寝るとか言いつつ、やたらテンションをあげてシドの後に続くルゲイエ。
 それを唖然とユフィは見送った―――その先で。

「シドちゃん添い寝してやろーかい?」
「いらんわあっ!」

 ごかん、小気味よい打撃音が響く。続いて誰かが床に倒れる音。

「なんだかなあ・・・・・・」

 背後では忍者達が魔物の群れと戦う剣戟の音を聞きながら、ユフィは呆れたように呟いた―――

 

 


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