第29章「邪心戦争」
I .「月への密航者」
main character:セシル=ハーヴィ
location:魔導船・ホール

 

 そして一日が過ぎた。
 地上―――フォールスではまだ深夜と呼べる時刻。セシル達を乗せた魔導船は、間もなく月に辿り着こうとしていた。

「・・・ “月の涙” はまだ起こらないみたいだな」

 モニターに映る二つの月―――否、ほぼ一つに重なりつつある双月を眺め、セシルは干し肉を囓りながら呟く。
 二つの月は八割程度重なっていたが、それ以外ではまだなんらかの兆候は見られない。

「この分だと、月が完全に重なる前には辿り着けそうね」

 ローザはそう言ってから、きちんと切り分けられた干し肉を小さなフォークですくうようにして口に運ぶ。

 彼女達が食べているのは、キャシーが用意した食料だった。出発の直前、食料の入ったバスケットをいつの間にかエッジに渡していたらしい。
 それは干し肉などの日持ちするものであり、三日分の量があった。
 さらに付け加えれば、 “お嬢様用” “その他の方々用” “あとついでに一応王様用” の三つに分かれており、 “その他の方々用” は一食分適当に切り分けられているだけだが、お嬢様―――つまりはローザの為に用意されたものは、フォークなどの食器がついていたり、きちんと一口分ずつ切り分けられて食べやすいようになっていた。

 ちなみに “王様用” の内容も、実は “その他(略)” と同じだったりする。毒はないにしても、激辛とか激苦などが仕込まれていやしないかと、セシルはおそるおそる口にしたものだが結局は何も無かった。流石のキャシーでもこれからの決戦に差し障るようなトラップを仕掛けるほど非常識ではないようだった―――わざわざ “王様用” とか分けているだけでも十分に嫌がらせではあるが。

「あとどれくらいで着くの?」

 リディアが問いかけるとボー艦長は「一時間くらい〜」とゆっくりと5分ほどかけて答える。
 のんびりとした返答にイラッとしながらも、リディアはとりあえず堪えきって「そう」と簡潔に返した。

「それじゃ、あたしは別の部屋で食べてくるから―――大勢で食べるのってなんか落ち着かなくって」

 言い訳のような事を付け加えつつ、自分の分の食料を抱え―――さらに残りの食料が入っているバスケットに手を伸ばす。

「どうせ余ってるんだからもう少しもらっても良いよね」
「リディア」

 不意にセシルが声をかけ―――バスケットに手を入れたリディアの動きが止まった。
 だがそれも一瞬の事。彼女は自然な仕草でセシルの方を振り返る。

「・・・なに?」
「それはこっちの台詞だよ」

 苦笑。
 して、自分を見つめるセシルの視線に、リディアは冷や汗が流れるのを止められなかった。

「何を隠しているんだい?」
「はあ? 何の話?」
「とぼけるつもりなら言い換えようか――― “誰” を隠しているんだい?」
「う・・・」

 言い直され、リディアは傍目ではっきりと解るほど動揺した。

「確かさっき “朝食” をとった時もそうだったよね?」

 朝食、と言ってもこの宇宙では朝も夜も解らないが。
 ともあれ魔導船が飛び立った後、一眠りして起きた時に皆で食事を取ったときも、リディアは一人で食べると言い出して、しかも二人分の食料を持っていった。

 その時は決戦直前で、そういう気分にもなるのかと思ったりもしたが、二度も続けば―――しかも変に言い訳されれば妙だと思わざるを得ない。

「出立する前、君は普段通りだった。なにか違和感を感じるようになったのは食事の時―――というか、地上を飛び立った直後、エッジに続いてホールを出て行った後だ。その時、誰かが “密航” していることに気がついたんじゃないのか?」
「密航だと?」

 カインが苛立ったように反応する。

「まさかまたあのデコ野郎が・・・」
「いや、サイファーなら今頃はまだエブラーナだろ」

 エブラーナへ向かった時のことを思い出したのか、苛立つカインにバッツがつっこむ。

「それにサイファーだったらリディアが匿う理由がない」
「じゃあ・・・ミスト母ちゃんか?」
「バッツ、せめて “ミストさん” って言ってあげなさいよ」

 バッツの言葉に、今度はセリスが苦笑いして言う。

「なんでだよー?」
「リディアの事はともかく、二十歳の息子が居る歳じゃないでしょう」

 ちなみにミストさんのご年齢はバッツやセシルと同じ二十歳。

「というかそもそもミストさんとバッツは親子じゃないだろう―――まあ、それはともかくとして」

 セシルは苦笑しながら話を軌道修正。

「ミストさんでもない―――彼女は自分の能力を正しく把握している。ついてきても力不足だということは承知しているはずだ」
「じゃあ誰だよ。リディアが匿ってるのって―――ブリットとか?」
「なにいってんのよ馬鹿。ブリットならいつだって召喚出来るから密航する必要もないでしょ」

 やれやれ、とリディアが肩を竦める。バッツは「あ、そっか」と納得してからリディアに問い返した。

「じゃ、誰だよ?」
「う・・・そ、それは・・・」

 ぎくりとしてリディアは視線を反らした。
 その様子を見てセシルは困ったように嘆息する。

「―――リディアが匿いたくなるような人物はそう多くはない。母親や、ブリット達でなければ・・・」
「俺か!?」

 バッツがハッとして自分を指さした。
 その襟首をカインががっしりと捕まえる。

「おいセシル、こいつ外に捨ててきてもいいか?」
「ああ、頼む」
「ちょっと待てコラ! 他にリディアが匿いたくなるやつって、俺かティナくらいしかいねーだろが!」
「居るよ。リディアと似たような境遇の女の子がね」
「へ? 女の子?」

 カインに捕まったまま、きょとんとするバッツからリディアへ視線を戻し、セシルは告げる。

「というわけでリディア。月に着くまであと一時間もない―――早くファスを連れて来てくれないか?」
「ファス!?」

 と、驚いた声を上げたのは、何故かローザだった。

「えー? だってあの子、カインの副官とねんごろじゃなかったの!?」
「ねんごろってどんな表現だ」

 カインが脱力したようにつっこむ―――と、その隙をついてバッツがカインの手を振り払う。

「いつまで掴んでるんだよ!」
「ああ? 貴様を外に捨てるまでに決まっているだろうが! セシル陛下もご承認なされた言わば王命だ! 逆らうなら国家反逆罪で今すぐ処刑してやる!」
「無茶苦茶言ってるんじゃねー!」

 カインが槍を構え、バッツも腰の剣に手をかける。
 次の瞬間には、二人は同時に得物を振るってチャンチャンバラバラとぶつけ合う。

 ―――などという馬鹿二人の事は放っておいて、リディアは何故か悔しそうにセシルを見返していた。

「・・・いつから気がついてたの?」
「ついさっきだよ―――ただ、妙だとは思っていたんだ」

 バロンの街を出る時に、何故かファスの姿がなかった。

「彼女はトロイアに戻ったという話も聞いていなかったからね。だから “お見送り” の時に姿を現わさないのはおかしいと思っていたんだよ」
「なに? そんなに慕われているって自信があるの?」

 からかうようにリディアが言えば、セシルはいつものように苦笑で返す。

「そんな風に自惚れているつもりはないよ―――ただ、月にはエニシェルが捕らえられているはずだ」

 エニシェルはファスにとって大切な友人だった。
 ゴルベーザ達にエニシェルが連れ去られた後、そのことを誰よりも気にしていたことをセシルは覚えている。
 そのファスが、月へ行こうとするセシルを見送りに―――エニシェルの事を頼みにこないのは妙な話だ。単に深夜でファスは眠ってしまっていてセシルが出立することを知らなかっただけかとも思ったのだが。

「そしてリディアが匿おうとする人物――― “似た境遇” のファスなら同情するかな、と」

 大切な友人が連れ去られた時何も出来なかった―――そういう意味では、リディアもファスも同じと言える。

 一通りセシルが推測を語ると、リディアは観念したように息を吐く。
 そして「なんでもお見通しなんだね」と苦笑してから。

「まあ、一つ見落としてるけど」
「え?」
「いいよ、解った。じゃあファス達を連れてくるから」
「・・・ “達” ?」

 リディアの言葉に不穏なものを感じて、セシルは眉をひそめる。
 そんなセシルを放ってリディアはホールを出ようとする―――ところで、いつの間にか姿を消していたエッジが入ってきた。

「エッジ!?」
「おう、どうせもうバレてると思って連れてきてやったぜ」

 にやりと笑うエッジの背後から、二人の少女が姿を現わした―――


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