第29章「邪心戦争」
H.「プロポーズ」
main character:エドワード=ジェラルダイン
location:月の地下渓谷

 

「・・・うっ?」

 シュウは目を覚まし―――ハッとして周囲を見回す。
 煌びやかにして透明なクリスタルの柱で構成された通路だ。その柱の一つに、シュウは身を預けるようにして座り込んでいた。美しいと思える場所だが、同時に禍々しさも感じ取ってしまうのは、ゼムスの邪悪な気配がここまで漂っているからだろうか。

「私は・・・そうか、罠にかかって転移して―――」

 と、そこでようやく自分が転移のショックで気絶してしまったことに気がついた。
 ゴルベーザ達とははぐれてしまったのだろうかと思っていると、すぐ傍に見憶えのある暗黒剣が壁に立てかけられているのに気づく。

「これはゴルベーザの・・・?」

 思わずダームディアを手に取―――ろうとした瞬間、まるで幻のようにその剣は消え去った。
 落胆仕掛けたその時、コツ、コツ、と足音が通路の奥から響いて来るのが聞こえた。

「誰だ・・・!?」
「―――気がついたようだな」
「ゴルベーザ!」

 通路の奥から現れたのはゴルベーザだった。その後ろにはフースーヤの姿も見える。
 だが、他の者たちの姿は見えない。

「バルバリシア達は・・・?」

 その問いかけに、ゴルベーザは首を横に振る。

「わからん。咄嗟にダームディアで “転移” に干渉したが、捉えることができたのはお前とフースーヤの二人だけだった。他の者たちは何処に跳ばされたのか見当も付かない」
「お前と四天王は “繋がって” いるのではなかったか?」
「正確には思念によって連絡できるというだけだ―――しかしそれも、ここでは・・・」

 シュウはゴルベーザの言いたいことを察した。
 ここはあまりにも邪悪な気配―――おそらくはゼムスの―――が強い。それがゴルベーザの思念を阻害しているのだろう。

 フースーヤも重々しく頷いて、

「私の精神波も同様だ―――さらに付け加えれば、ゼムスの思念の影響なのか、ここは空間が不安定で転移魔法で戻ることもできそうにない」
「私達三人だけで進むしか無いと言うことか・・・」

 不安げにシュウが呟く。
 分断され、戦力が低下したことも痛いが、なによりもバルバリシア達の安否が気に掛る。
 四天王は―――特にルビカンテとバルバリシアの戦闘力の高さはシュウも良く知っている。カイナッツォとスカルミリョーネは、戦闘力でこそ先の二人に譲るが、しぶとさで言うならばそれ以上だ。あの四人ならば大抵の事は乗り切ることが出来るだろう―――が。

 しかしそう言うこととは関係なく、罠にかかって姿が見えないというだけで不安が膨れあがっていく。

 と、そんなシュウの心境に気づいたのか、ゴルベーザが彼女の肩を優しく抱いた。

「大丈夫だ」
「・・・ゴルベーザ」
「奴らならばおそらく無事だ―――きっと後で合流することができる。だから今は・・・」
「・・・・・・ああ」

 ゴルベーザの言葉に力づけられたようにシュウは強く頷きを返す。

「わかった、行こう!」

 そして彼女は歩き出し、フースーヤも後に続く。
 ゴルベーザも後に続こうとして―――ふと、あらぬ方向を見上げた。

 思うのは、たった一人の弟の事だ。

(すまんな。お前の両親の事を話すという “約束” は果たせぬかもしれん―――だがゼムスは私の命を引き替えにしても必ず倒す。だからお前は地上で幸せに生きろ、セオドール!)

 母から託された弟への想い、そして覚悟を改めて強固にして、ゴルベーザはシュウ達の後を追いかけた―――

 

 

******

 

 

「え・・・?」

 魔導船内部にある半月状のホールの壁にあるモニターへ、不意にセシルは視線を向けた。

 モニターには二つの月が映し出されている。
 以前、 “幻の月” へ向かった時は、月は一つしか映し出されなかった―――つまり、それほどまでに二つの月が接近しているということだ。その辺と辺は今にも接触しそうな程近く、コリオの言ったとおりに明日には重なってしまうだろう。

 そんな月を呆けたように見つめ続けるセシルに、ローザが「どうしたの?」と声をかける。

「いや・・・別になんでもないよ」

 セシルは誤魔化すように苦笑する。

(ゴルベーザの声が聞こえたような気がした―――なんて、気恥ずかしくて言えやしない)

「なあ、そういや月まであとどれくらいで着くんだ?」

 ふとバッツが問いかける。

「え〜と〜・・・だいたい〜・・・月まで〜・・・だと〜・・・・・・」
「前回行った時は丸一日くらいだったかな」

 ボー艦長がいつもの如くのんびりと説明しようとしたのを遮るようにセシルが答える。

「一日・・・か。月が重なるのが早いか俺達が到着するのが早いか微妙なところだな」

 腕を組んで、壁に背を預けていたカインが呟く。
 「そうだね」とセシルは頷きながらも、内心では月が重なることを止めることは無理だと判断していた。
 カインの言うとおり、どちらが早いかは解らないが、もしも月が重なるよりも早くにたどり着けたとしても、残り時間は少ないだろう。ゼムスの狙いを阻止することは非常に困難だ。

(けれど、起こってしまった事を抑えることはできるはずだ)

 ゼムスの狙いが “月の涙” か、或いは他の何かなのかは解らないが、起こってしまった後でそれを止めれば被害を最小限にすることはできる。

「なんだよ一日もかかるのか? じゃあ俺はちょっと休ませて貰うぜ」

 そう言い出したのはエッジだった。
 ルビカンテと戦った時の傷は癒されたはずだが、根本的な疲労まではそうそう簡単に回復するものではない。
 ふわあ、と欠伸をひとつしながら、エッジはホールを出て行った。

「あ、ちょっと!」

 それを見てリディアも後を追いかける。

「おい、リディア―――」

 反射的にバッツもそれを追いかけようとして―――ふと、立ち止まってセシルを振り返った。

「おいセシル、なんでアイツを連れてきたんだ?」
「何か問題かい?」
「いや、問題ってわけじゃないけどさ・・・」

 最愛の妹にちょっかいかけるエッジの事が面白くないのか、どことなくバッツは不満そうだった。
 と、不意にセリスも同じようにセシルへ疑問を投げかける。

「私も疑問ね。いつもだったら、強引にでも置いてくるはずでしょう?」

 セリスはエッジに対して不満があるわけではない。
 ただ、エッジはあれでエブラーナの王子―――次期国王でもある。
 いつものセシルならば、そんな責任ある立場の人間を簡単に死地へと連れて行こうとはしないはずだ。

「それを “惚れた女が行くから” というだけの理由でどうして何も言わずに連れてきたの?」
「君やバッツだって似たような理由だと思うけどね」

 セシルは苦笑。
 あくまでもセリスやバッツは、フォールスの人間ではない部外者だ。そんな彼女らがこうして着いてきてくれるのは、セリスにとってはローザが、バッツにしてみればリディアが行くからだろう。

 セシルに言われ、セリスは「う・・・」と反論出来ずに黙ったが、バッツは心外そうに言い返す。

「別に俺はリディアの事が無くったってついてきたつもりだぜ?」
「けど、魔物の襲撃があるかもしれない地上にリディアが残ると言ったら―――君は着いてきたかい?」
「それは・・・・・・いや、でもそれでも俺はお前に着いてきたぜ!」

 少し迷ったものの、バッツははっきりと言い放つ。

「俺はそのゼムスってヤツに対して頭にきてるんだよ! そいつが居なけりゃ今回の事は起こらなかったんだろ? 大勢の人間も死んだり傷ついたり不幸にならずに、リディアだって今頃は普通に村で暮してたかもしれねえ。それに―――」

 ズキリ、とバッツは心が痛むのを自覚した。
 思い出すのは、フォールスへ来て初めて “死” を目にした時のことだ。

(アンナも、死ぬことなくギルバートと幸せになれたかも知れねえんだ・・・!)

 最後の想いは口に出さずにバッツはセシルを見返した。

「とにかく! 俺はそいつが許さねえ! 一発ぶっ飛ばすか、せめて決着するところをこの目で見なけりゃ気がすまねえんだよ!」
「彼も同じだよ」
「へ?」

 セシルに言い返されて、バッツはきょとんとする。
 しかしそれ以上セシルはなにも言わずに、ただ苦笑した―――

 

 

******

 

 

「エッジ!」
「ん? リディア?」

 ホールを出たエッジは、リディアに呼び止められて振り返る。

「なんだよ? もしかしてついに俺への愛に目覚め」
「それはいいから」

 ハグ待ちなのか、両腕を大きく左右に広げるエッジの戯言を、リディアは半眼で斬り捨てる。

「そうじゃなくて・・・どうしてアンタは私達について来たの? ―――ううん、それ以前にどうしてエブラーナに戻らなかったのよ?」

 ユフィ達が飛空艇でエブラーナに戻ろうとした時、エッジも一緒に帰るものだと思っていた。
 しかしエッジはバロンに残り、そしてここにいる。

 そんなリディアの問いかけに、エッジはケラケラと笑って答える。

「おいおい言わせんなよ? もちろん、お前のことを愛してい」
「ふざけないで!」
「・・・せめて最後まで言わせろよ」

 またもや言葉の途中でバッサリ切られ、エッジはがっくりと項垂れる。
 そんな彼に、リディアは真面目な顔で言った。

「アンタが見た目ほど軽いヤツじゃないってことは解ってるつもりだよ。アンタにとって私以上に大事なモノは地上にあるはず」

 それは母親であるジュエルであったり、ユフィやキャシーのような仲間であったり―――それらをひっくるめた “エブラーナ” という国そのものだ。
 もしもエッジが “リディア” と “エブラーナ” のどちらかを選ばなければならない選択に迫られたとしたら、迷わずに “エブラーナ” を取るだろう。

「 “あたしの為” って言われるのは、まあ悪い気はしないけど―――でもそれだけじゃないでしょ?」
「それは・・・」
「きっとそのことはセシルも気づいてる。だから何も言わずにアンタを連れてきたのよ」

 それを聞いて、エッジは「ケッ」と面白く無さそうな顔をして顔を背けた。

「またセシル=ハーヴィかよ。そんなにいい男かね、あいつは」
「な、なんの話してるの! 今、そういう事言ってるんじゃ―――」
「はいはいお察しの通りですよー。俺がここにいるのは何もお前の為だけじゃねえ。それよりもくだらねえ理由―――ただの “復讐” ってヤツだ」
「復讐?」
「そのゼムスって野郎のせいでゴルベーザはバロンを操り、それを止めようとして俺の親父は返り討ちになって魔物に変えられて―――俺が殺した」

 リディアの方を見ないまま、まるで感情を噛み殺すように淡々と告げる。

「ゼムスってヤツが全ての元凶だとしたら、俺はそいつをブッ殺さなきゃなんねえ―――今まで犠牲になったエブラーナの同胞の為にもな!」

 ―――おそらく、この一連の争乱でもっとも犠牲者を出したのはエブラーナだろう。
 ゴルベーザが率いる “赤い翼” や、ルビカンテによって多くの忍者が屠られていった。

 それらの恨みを全て抱え込んだエッジの内心は如何ほどのものか、リディアには僅かでも読みとることはできなかった。

「エッジ・・・」

  “惚れた女の為” などと軽い理由でココにいるわけではないとは解っていた。
 けれど、エッジから聞かされた想いは、誰よりも重い理由だった。

 聞いてしまったことを心苦しく感じ、名前を呼んだままリディアは何も言えなくなる。
 そんな彼女にエッジは改めて顔を向けた。

「―――けどな、俺は嘘を言ったつもりはねえよ」
「え?」
「お前の為にここにいるって言うのも本当だ―――俺は本気でお前が欲しいと思ってる」
「え・・・あ、あの・・・」

 真っ直ぐに見つめられて、リディアはどきりとする―――が視線を外すことはなかった。
 そんな彼女の瞳を見つめたまま、エッジは真っ正面からリディアの両肩を掴む。

「この戦いを終えたら俺はエブラーナの王になる―――そしたらお前もエブラーナに来てくれねえか?」
「それって・・・」
「俺の妃になってくれって言ってるんだよ」
「・・・・・・っ」

 突然のプロポーズ。しかもそれはいつものようなおちゃらけた、冗談めかした言葉はない。
 本気の本気。初めて見るような真摯な態度に、リディアは息を呑む。

 自然と心臓の鼓動が早く高鳴り、頬が上気するのを自覚した。

(あたしは・・・こいつのこと、そんなに嫌いじゃないんだよね・・・)

 嫌ならばすぐにでも突き飛ばしているはずだ。
 けれど、エッジの本気を簡単に突っぱねるほど、彼を嫌っていないことに初めて気がついた。

 ――― “あたしの為” って言われるのは、まあ悪い気はしないけど。

 先程、つい口にしたことも思い出す。
 好きだの惚れただの言われて、普通は悪い気はしないだろう。よっぽど相手が嫌な人間で無い限り。

 そんなことを考えつつ、リディアは―――エッジから顔を背けた。
 それから呟くように返答する。

「・・・ごめんなさい」
「そっか」

 思いの外、あっさりとエッジはリディアの肩から手を離し、身を引いた。
 彼自身、元から望みは薄いと思っていたのかも知れない。

「やっぱバロン王の事が?」
「・・・うん、それもある」

 リディアは素直に頷く。エッジは本気で求婚してくれた―――ならば、断わる理由を正直に答えるのが礼儀だと思ったからだ。

「あたしはセシルの事が好きなの」
「恋人が居るんだろ? それとも妾にでもしてもらうつもりか?」
「妾・・・」

 エッジに言われ、リディアは少し驚いた後「考えたことも無かった」と苦笑して、首を横に振る。

「でも、絶対に駄目だよ。セシルはローザの事を誰よりも一番愛して居るんだから」

 それはずっと昔から分かり切っていたことだった。
 だからリディアはセシルと結ばれる事を望んでいない―――ただ、いつか絶対に自分の想いを正しく伝えられることを願っている。

「・・・それに、今のあたしにはセシル以上に大切なことがあるから」
「大切なこと?」
「取り戻したい人が居るの。彼女を救い出すまで、誰かと結ばれるとかそういうことは考えられないよ」

 ティナ=ブランフォード。
 リディアがまだ幼かったせいで失われてしまった、大切な友達。

 そのことをリディアはエッジへ説明する。

「じゃあ、そのティナってヤツを助け出したら・・・俺にもチャンスがあったりしないか?」
「え?」
「お前が目的を果たした後で、もしもお前がセシルの事を吹っ切っていたら―――もう一度プロポーズしても良いか?」
「それは・・・」

 期待半分不安半分に問いかけられ、リディアは少し逡巡してから―――やがてこくりと頷いた。

「あっ、でもあまり期待しないでよ!? ティナを助け出すのがいつになるか解らないし、それにその頃にはアンタやセシル以上に素敵な人が居たりするかも―――」
「はっはっは! 安心しろ、バロン王はともかく俺以上の男なんざ居るわけねえ」
「なにその無根拠かつ無意味な自信は」

 普段通りの調子にもどったエッジに、リディアは疲れたように嘆息しながらも、少し内心でほっとする。

「―――ん?」

 ふと、エッジが後ろ―――通路の奥を振り返った。

「どしたの?」
「いや、今人の気配がしたような・・・」
「気のせいじゃない? 誰も―――」

 いない、と言おうとした瞬間、なにやらぱたぱたと駆けていく足音がはっきりと聞こえた。
 一瞬、バッツか誰かが追いかけてきたのか―――とも思ったが、足音が逃げていくのはホールとは反対の方向だ。そもそもバッツ達ならば逃げる必要もないはず。

「誰だ!?」

 エッジはその俊足で通路の奥へとダッシュすると、綺麗なコーナーリングで角を曲がる―――と、さらにその先の角を、何かが曲がっていったのを目で捉えた。

「逃がすかあっ!」
「ちょっとエッジ、深追いはしないでよっ!」

 リディアが警告するがエッジは聞いていない。
 にやりと不敵な笑みを浮かべ、エッジは謎の侵入者を追いかけ、リディアの視界から消える。

「あの馬鹿・・・!」

 一瞬、セシル達の所へ戻って報告するべきか迷い―――しかし結局、リディアはエッジ達の後を走って追いかけることにした―――

 


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