第29章「邪心戦争」
G.「罠」
main character:ゴルベーザ
location:月の民の館

 

 セシル達が魔導船で月へと向かった頃。

 その “幻の月” ではゴルベーザ達が、ゼムスの潜む月の中心部へと突入しようとしていた。

 今、彼らは “月の民の館” に居る。
 そこで、決戦のための準備―――と言っても、特別な武器や道具を用意したわけではない。休養と心の準備といったところだ―――を整えたところだった。

「調子はどうだ?」

 フースーヤに問われ、ゴルベーザは手を握り開いたり、関節を伸ばしたり曲げたりして身体の具合を確認する。

「十分に休んだだけのの事はある―――悪くはない」

 ルビカンテの “癒しの炎” と、フースーヤの “精神波” を併用して、さらには丸一日休養を取ったことで、バロンでの戦闘の傷はほぼ癒えていた。

「・・・しかし、ゼムスが何も仕掛けてこなかったのは不気味ですね」

 バルバリシアが訝しげに呟く。
 襲撃の一つや二つ―――或いは、思念による干渉があると思われて、休みながらも交代で見張りを立て、警戒をしていたのだが何も起こらなかった。
 バブイルの巨人が止められ、ゴルベーザが正気に戻って逆襲に来たということは、当然の如くゼムスも気づいているはずだ。彼女の言うとおり、なにも動きを見せなかったのは妙だ。

「カカカカッ、ひょっとすると俺達を怖れて震えているのかもしれんなア!」

 カイナッツォが哄笑を上げる。
 対して、ルビカンテは生真面目に「ふうむ」と唸り、

「そのようなことはないと思うが―――しかし、ゼムスも手駒が尽きているのは事実。我らに手を出す余力が無いのかも知れぬ」

 楽観視は危険だと思う反面、警戒しすぎても動きが鈍るだけだとルビカンテは己の意見を呟く。
 彼の言うとおり、今まで手駒として使っていたゴルベーザは正気に戻り、ルビカンテら四天王もカオスの欠片が消失し、もうゼムスに操られることもないだろう。

 残るはゼムスと同じように月の地下に封印された魔物達―――バブイルの巨人と共に地上へ行った魔物達の余りが居るだけだ。数は多く、雑魚とまでは言わないが、ゴルベーザ達にしてみればそれほどの脅威でもない。

「スカルミリョーネ師はどう思われますか?」

 フースーヤの問いかけに、小柄なローブ姿のスカルミリョーネは「フシュルルル・・・」と、いつもの不気味な音を立てた。

「ゼムスの事ならば・・・フースーヤ・・・お前の方が知っているだろう・・・」

 お前の見解はどうなのだ? と言うかのように返されて、フースーヤはしばし悩んだ末に呟いた。

「この千年ものの間、月の地下へ封印されながらも生き存え、虎視眈々と機会を狙い続けてきた者です。何もしてこなかった、ということは我らの知らぬ所で何かを恐ろしいことをしようとしているのではと・・・」

 その何かは解りませんが、とフースーヤが言い終えると、それまで黙っていたシュウも頷く。

「私も同感だな。そのゼムスとやらの事は知らないが、時間は等しく流れている。こちらで準備を整えておいて、向こうがなにもしていないとは考えにくい」
「罠を仕掛けている・・・か」

 ゴルベーザが神妙に呟けば、シュウは「おそらくな」と返してから、ふと思い出したように尋ねる。

「・・・そういえば、そのゼムスは何をしようとしているのだ? デスブリンガーを手に入れ、さらにはセシル王を絶望に落とす事に、どんな意味が?」
「ゼムスの目的は地上を滅ぼすことだ」

 フースーヤが答える。

「ゼムスはセシリアを愛していた。故に、愛する者の息子達であるゴルベーザやセオドール―――いや、セシルか―――を使って地上を滅ぼすことを望んでいるのだろう」

 幻獣神の洞窟でも説明した事を繰り返す。
 さらにはゼムスは強力な思念によって人の “絶望” につけ込んで操ることも説明する。

 だが、シュウは納得の行かない様子を見せた。

「地上を滅ぼすために、ゴルベーザを利用した―――のは良いとして、どうしてわざわざセシル王まで操ろうとする?」
「む・・・?」
「操るならばゴルベーザだけでも十分だろう。セシル王まで操る必要はない」

 言われて見れば確かにそうだった。
 単にゼムスが “セシリアの息子” に拘っているだけだと言ってしまえばそれまでだが、理由としては弱い。

「フシュルルル・・・・・・くだらぬ話だ・・・・・・」

 不意に、スカルミリョーネが声を上げた。

「師よ、ゼムスの目的に心当たりが?」
「・・・推測でしかないが・・・・・・ゼムスはセシリアと “同化” ―――1つになることを望んでいるのだろう・・・・・・」
「あら? もしかしてちょっといやんな話?」

 バルバリシアが茶々を入れるのを、似たようなことを連想したのか、シュウがやや頬を赤く染めてキッと睨む。
 それらをまとめて無視して、スカルミリョーネは変わらぬ調子で続けた。

「二つに分かたれた “原初の闇” ・・・それを再び一つにすることで、同化しようとしているのだろう・・・」
「? よく、解らないな・・・」
「つまりはこういう事だ」

 困惑するシュウに、フースーヤが説明する。

 そもそも “原初の闇” とは世界が始まる前にあった “闇” の欠片。
  “闇” は孤独であることに涙して、その涙は光となって闇を引き裂き “世界” が生まれた―――が、 “闇” は欠片となっただけで全て消滅したわけではなかった。それが “原初の闇” と呼ばれるモノ。

  “原初の闇” は自らの消滅を望んでいる―――正確に言えば、この世界へ溶け込み “孤独” では無くなることを望んでいる。
 だから人や動物の心に宿り、他者とふれ合う事によって、少しずつ少しずつ “孤独” を削るように少しずつ無くして言っているのだ。

 その “原初の闇” の一つをセシリアは身に宿していた。
 それはゴルベーザには受け継がれなかったが、セシルを産んだ時に “闇” の半分はセシルへと宿った。

 ゼムスはセシルを操り “原初の闇” を手に入れたあと、元々は一つだった “闇” をもう一度同化させ、それを利用してゼムスもセシリアと同化しようとしているのだろう。

「 “原初の闇” はこの世でもっとも強い “孤独” だ。その孤独の力を利用すれば、ゼムスは永遠にセシリアと共に孤独の存在となれる」

 かつてファブールやバロンでセシルの “原初の闇” が発現した時のように、外からあらゆる全てのものは届かずに干渉出来なくなる。セシルにはまだ “声” は届いたが、完全に “原初の闇” がその “孤独” を発揮すれば、声や光すら届くことは無くなるだろう。

「 “共に孤独” というのも妙な表現だな・・・」
「というか、なんかキモいわね」

 ルビカンテとバルバリシアが素直に感想を漏らす。

「世界を滅ぼした後、愛する者と二人だけの孤独に浸る・・・か―――確かにくだらんな」

 吐き捨てるようにゴルベーザは言う。
 しかもその “愛する者” が自分の母親で、そのために弟までも巻き込もうとしているとなると、嫌悪感はさらに増大する。

「まあいい。どうせその望みは永遠に敵うことはない」
「カカカッ! セシルが地上に残ったからか?」

 カイナッツォの言葉に、しかしゴルベーザは「いいや」と首を横に振る。

「あいつはどんな事があっても “絶望” などしない―――私とは違ってな。だからこそ “原初の闇” もあいつに受け継がれたのだろう」

 まるで疑うことなく自信たっぷりに言い放つゴルベーザに、バルバリシアとシュウは顔を見合わせる。

「・・・ゴルベーザ様って結構・・・」
「ああ・・・意外とブラコンなんだな・・・」

 ひそひそと囁き合う女性二人。
 それに気づいたゴルベーザが「ん?」と視線を向ける。

「何か言ったか?」
「「いーえ、なにもっ」」

 

 

******

 

 

「これは・・・!?」

 部屋に入った瞬間、フースーヤは驚きに目を見開いた。

 月の民の館のクリスタルルーム。ここにゼムスが潜む月の地下渓谷への入り口がある。
 かつては月の民の “魂” が宿る無数のクリスタルが安置され、その力でゼムスを地下へと封じ込めていた。

 しかし―――

「クリスタルの輝きが・・・」

 以前、ゴルベーザ達が来た時にはクリスタルには輝きがあった。
 そして封印を破ろうとするゴルベーザ達に警告していたが、今はそれらのクリスタルからは光が失われ、宿っているはずの魂も感じられない。

 フースーヤは手近にあったクリスタルを手に取って調べる。

「魂が失われている・・・何故だ!?」

 やったのはゼムス以外に考えられない―――が、問題はそれでどうしたかだ。

「おい、このクリスタルには僅かに光がある!」

 シュウの声に全員が駆け寄る。
 彼女が手にしたクリスタルには、確かに今にも消えそうな光が灯っていた。

『フー・・・スーヤ・・・・・・か・・・?』

 クリスタルからか細い声―――思念が伝わってくる。

「しっかりせい! なにがあったというのだ!?」
『ゼムスが・・・・・・我・・・らの・・・力を使い・・・・・・・・・月を・・・動・・・・・・真の・・・・・・・・・』

 それだけを伝えるのが精一杯だったのか、まるで蛍の光のようだった輝きは完全に消え失せてしまった。

「おいっ! しっかりせい! おいっ!」
「・・・もう、消えている・・・」

 シュウが首を振り、フースーヤはがっくりと膝をついた。
 そのままわなわなと身を震わせ、怨嗟の声を漏らす。

「おのれゼムス・・・! 同胞の命を奪っただけでは飽きたらず、その魂までも・・・・・・!」
「・・・このクリスタル、何を言おうとしていたんだ」

 怒りと憎しみに震えるフースーヤを痛ましく想いながら、シュウが疑問を口にする。
 それを受けてバルバリシアが顎に指を添えて思い返すように、

「クリスタルに宿った月の民の力を使って何かをしたみたいね。月を動かすとか言ってたけど―――あと、 “真の” ってやっぱり “真の月” の事かしら?」
「まさか・・・ “月の涙” !?」

 シュウが叫ぶ―――が、彼女以外の反応は薄かった。
 バルバリシアがきょとんとして「なにそれ?」と尋ね返す。

「し、知らないのか!? 数十年に一度発生する魔物達の降下現象だ!」
「いや・・・聞いたこともないけど」

 「何故だ?」と疑問を呟くシュウに、ゴルベーザが説明する。

「バルバリシア達が知らないのも無理もない。1000年前にはそんなものは無かったからな」
「その通り。 “月の涙” が発生するようになったのは魔大戦終結後だ」

 少し落ち着いたのか、フースーヤが立ち上がりつつ補足した。

「魔大戦後・・・? もしかして、月の涙が起こる理由を知っているのか!?」
「・・・うむ」

 問われ、フースーヤは渋い感情を表に出して頷いた。
 なにやら触れられたくない話らしい―――興味はあったが、そんなことを聞いている場合ではないとシュウは思い直す。

「とにかく、もしもゼムスが “月の涙” を引き起こそうとしているならば急いで止めなければ! このままで地上が大変な事になる!」
「ああ、急ぐとしよう」

 ゴルベーザも同意して頷きを返す。
 そして一行はクリスタルルームの中央―――ゼムスが待つ月の地下への入り口へと向かった。

 ―――この時、誰もが “忘れていた” 。もしくは “気づかなかった” と言うべきか。

 フースーヤの憎悪に引き摺られたのか、それともシュウの焦りに感化されたのか。

 このクリスタルルームに眠っていた月の民の力を利用された―――つまりは、ここはすでにゼムスの領域であることに誰も気づかず、そして警戒を怠ってしまった。

 地下への入り口の前で、ゴルベーザは仲間達へ声をかける。

「よし、行くぞ。皆、準備は―――!?」

 異変は一瞬だった。
 地下への入り口がぐにゃりと歪み、それはまるで生き物のように大きく広がり、ゴルベーザ達を呑み込もうとする!

「なっ!?」
「しまった!?」

  “罠” に気がついて逃げようとするが―――しかし “口” は広がるだけではなく、恐るべき吸引力でゴルベーザ達を、反射的に宙に跳んで退避しようとしたバルバリシアすら呑み込む。

 全員が口の中に呑み込まれると、そこは七色の色彩が入り交じった奇妙な空間だった。
 ―――と、不意にルビカンテの姿が消え、次にスカルミリョーネの姿が消え去った。

「! いかん、強制転移させられるぞ! 我々を分断する気か!」

 フースーヤが罠の内容に気づくが、気づいたところでどうしようもない。
 カイナッツォ、バルバリシア、フースーヤ、シュウ、と徐々に仲間達が跳ばされて行き、最後にゴルベーザが―――

「ちいっ、ダームディア!」

 その手に闇の神剣を現出させたところで、その姿が消え去った―――

 

 


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