第29章「邪心戦争」
D.「散歩」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・謁見の間

 

 

 ―――深夜。

 セシルは謁見の間の玉座に座っていた。

 独りだ。
 そこにはセシル以外の姿はない。

 謁見の間には灯火が無く、闇がセシルを押し包んでいた。
 だが、玉座に立てかけてあるエクスカリバーがぼんやりとした光を放ち、玉座に座るセシルの姿を闇の中に浮かび上がらせていた。
 セシルは鎧を身に着けていた。
 儀礼用の “王の鎧” ではない。見た目は似ているが、実戦用に作られた鎧であり、生前にオーディン王が使っていたものを仕立て直したものだ。

「・・・・・・・・・」

 セシルはただじっと押し黙り、玉座の肘掛けに肘を立てて頬杖をついている。
 思い考えているのは “月” の事だ。

 コリオから “幻の月” の異変を聞かされた後、セシルは即座に “月の涙” の可能性を公表させた。
 それはバロン国内だけではなく、 “デビルロード” を通してフォールスの各国へと。まだデビルロードが無いエブラーナには飛空艇を向かわせた。

 もしも “月の涙” が起きるとすれば、それはバロンやフォールスだけの問題ではなくなる。
 ファイブルやシクズスなど、全世界に関わる問題だ―――が、流石に明日か明後日にも起こるかも知れない件を、外洋を越えて伝達する手段はない(魔導船を使えばある程度は可能かもしれないが、あんなもので乗り付ければ侵略しに来たと言われても反論出来ない)。

 コリオが気がついたように、他の地方でも “幻の月” の異変に気づいて対応してくれること願うしかない―――し、そもそも本当にゼムスが引き起こそうとしているのならば、狙いはセシルだ。このフォールスやバロンに限定されるかもしれない。

 ともあれ、セシルは出来る範囲で “月の涙” に対応する準備を進めた。

 このフォールスにはバロンとエブラーナを除けば “軍隊” と呼ばれるものが存在しない。
 代わりにファブールにはモンク僧兵があり、ダムシアンには傭兵団がある。トロイアにも女性だけで構成された戦士団があるが、長いことクリスタルの加護によって護られていた為、良く言って “警備隊” 程度の規模でしかない。ミシディアにいたっては、攻撃魔法を使える魔道士はいくらでもいるだろうが、実戦経験のある者―――というか、敵を倒すために魔法を放った者は殆どいないだろう。僅かにいたとしても、それらの指揮をとれる指揮官はいない。

 だからセシルは各国に “月の涙” の情報を伝えた後、続けてトロイアとミシディアへ援軍を送った。
 トロイアには女戦士団と繋がりを考えてマッシュに頼み、後は以前の貴族の反乱でフォレス家が雇っていた傭兵達を向かわせた。ミシディアにはテラと、ウィーダス率いる暗黒騎士団を。

 それから、ヤンは戦闘のダメージを理由に―――実は殆ど傷を負ってはいなかったはずだが―――しばらくバロンに留まる予定だったのだが(もちろん、妻と愛人を怖れての事だ)、そんなことも言ってられぬと、デビルロードを使ってファブールへと帰って行った。

 そしてバロン各地には陸兵団を派遣した。
 といっても、陸兵団でバロン領内全てを護りきれるものではない。各地の領主に命令し、領民を集め、それぞれ近隣で一番大きな領主の館へ集めるように指示し、そこを陸兵団を護るように指示をした。

 陸兵団を各地へ派遣したり、領民を集めるのはロイド率いる飛空艇団に任せている。今も夜の空を休むことなく飛び回っているはずだ――― “巨人” の出現から彼はセシル以上に休むヒマもなく働いている。本当ならばベイガンに命じたように「休め」と言いたいところだが、このことをロイド以外に任せられる人間がいない。
  “赤い翼” を統率するだけならばともかく、領主に言うことを聞かせられ、効率よく防衛計画を進められるのはロイドだけだ。

(・・・ウィルさんが居ればなー)

 今はエイトスへと出張している、ローザの父であるウィル=ファレルが居れば、ロイド一人に負担をかけることも無かったように思う。
 見た目はのほほんとしているようで、交渉事に手慣れた彼ならば、ロイド以上に領主の相手はスムーズに行くだろう。

 カイン率いる竜騎士団は現状は城で待機。
  “月の涙” が発生した後は、状況を見て飛空艇団と共に、手薄な場所へ増援させる予定だ。

 それはバッツやリディア、セリスも同様だ。
 だが、ミストの村出身のリディアはともかくとして、トロイアに向かわせたマッシュや、バッツにセリスは本来ならこのフォールスとは関係ない者達だ。本当ならば飛空艇で故郷へ帰してやりたいところだが、そうも言ってられない。

 一応、いざとなったら逃げても良いとは言ってある―――が、間違いなく逃げたりはしないだろう。

「・・・・・・・・・」

 セシルは姿勢を崩さずに、頬杖を吐いた状態のまま闇を見据えていた。

 やれることはやった。
 十年前に起きた “月の涙” を鑑みれば、万全とは言えないかもしれない。
 しかし “月の涙” の恐ろしいところは、それが突然に発生することだ。ほぼ不意打ちで魔物達が降り注いでくる為に、対応出来ずに甚大な被害を出してしまう。

 今回の “幻の月” の異変が “月の涙” の前触れであるかどうかはまだ解らない。
 予想通りだとしても、そのための準備は進められている。例え明日発生したとしても不意打ちとはならない。
 例え “月の涙” でないにしろ、なにが起きても被害は最小に抑えられるだろう。

 だからセシルは “月の涙” に関しては不安を感じていない。
 なのに、深夜に―――休まなければならぬときにこうして一人起きているのは、別の事を思い悩んでいるからだった。

「・・・・・・・・・僕は」

 呟く―――が、その後に言葉は続かなかった。

 闇の中、またセシルは一人押し黙る―――

 

 ―――ったく、また何をうじうじ考えておるのやら。妾の使い手ならばもうちょっとシャキっとせい!

 

「・・・・・・!」

 思わず頬杖から顔を上げ、セシルは傍らの聖剣を見る。
 しかしそこにあるのはエクスカリバーだ。ライトブリンガーではない。

「・・・幻聴、か」

 それは間違いなく幻聴だった。
 試しに心の中で彼女の名を呼んでみても、なんの反応も無い。

 だが、それは幻聴では無いことをセシルは確信していた。

「・・・エニシェルなら、そう言うだろうなあ」

 苦笑し―――セシルは玉座から立ち上がった。
 エクスカリバーを手に取り、それを腰に差す。

 そして、玉座の後ろにある寝室への通路とは逆―――謁見の間の出入り口へと歩を進めた。

 

 

******

 

 

 謁見の間を出て廊下を渡り―――城門へ出ると、そこにはカインが待っていた。
 彼の背後では、夜間は上げているはずの跳ね橋が下げられている。カインが無理矢理に命じて下げさせたのだろうか。

「眠そうだな」
「少しね」

 いつかのやりとりを思い返して、セシルは苦笑する。
 もっとも “あの時” は夜明けで、今は深夜だが。

 そんなことを考えながらも、セシルは外へ向かって歩みを進める―――その隣りにカインも並んで歩いた。

「懐かしいな」
「ああ―――半年も経ってないはずだけど、もう何年も昔の事のように思える」

 カイナッツォが化けた偽オーディン王の命令で、ミストの村へと出立した時の事だ。

「あの時は僕は君の従者だったっけ?」
「ならば今は俺がセシル国王陛下の従者ということですね」

 聞き慣れないカインの敬語に、セシルは思わず噴き出した。
 言葉だけ見れば丁寧だが、声の調子はいつもと変わらない。だから敬語と言ってもどこか偉そうだった。

「別に君は従者じゃないだろう」
「それならお前だってそうだろう」

 などと言い合いながら門をくぐる。

 セシルはカインに何処に行くか事前に言ったわけではない。
 そもそも、こうして城を出る予定はつい先刻まで無かった。

 だというのに、カインはセシルが “行く” と確信して、普段は上げているはずの橋を下げさせて待っていたのだろう。

 城の外に出て、セシルは立ち止まらず、カインの方を見もせずに、ただ前を見て呟く。

「頼りにしてるよ、親友」
「フッ・・・親友か」
「なんだよ?」

 何故か鼻で笑うカインに、セシルは思わず立ち止まってカインを見る。するとカインも立ち止まり、冷笑を浮かべたまま言う。

「いや・・・お前が俺の “王” となることが望みだった」
「願いが叶ってよかったね」

 皮肉を込めて言う。きっとカインならば「その通りだ」と臆面も無く頷く―――そう思っていたのだが。

「まあな・・・だが―――」
「うん?」
「お前の “騎士” であるよりも、 “親友” である方が妙に居心地が良い気がする」

 カインに言われ「なんだ、そんなことか」とセシルは苦笑した。

「当たり前だろ。僕が王となったのは最近の話だけど、君と親友となってから何年経ってると思ってるんだい?」
「フッ―――それもそうか」

 セシルの言葉にカインは納得する。
 そして二人の “親友” は再び歩みを進めた―――

 

 

******

 

 

 城と街を繋ぐ長い坂を下り、セシルとカインはバロンの街へと入る。
 街を東西に分けている大通りを進む。昼間は多くの人や車が行き交う通りはひっそりと静まっている―――が、深夜とはいえ、普通なら灯火の一つや二つ、見えてもおかしくはないはずだ。

( “月の涙” に不安を感じているためなのかな?)

 思いながら通りを進む―――と。

 通りの真ん中に一人の女性が立っていた。
 それは緑の髪の召喚士―――

「リディア? と言うことは―――!」
「ッ!?」

 リディアに気づいた瞬間、セシルとカインは同時に左右へ跳ぶ。
 刹那、背後から白い一撃が二人の立っていた場所へ振り下ろされ、スパーン! と地面を叩く。

「お、すげー、避けやがった」

 感心したような声に振り返れば、そこには振り下ろした白いハリセンを肩に担ぎ直したバッツと、同じくハリセンを手にぶら下げたエッジの姿があった。

「ようセシル。よく、俺達に気づいたな」
「いや、リディアが居て君がいないのは不自然だから―――っていうか、エッジも?」

 エッジの方に目を向けると、エブラーナの王子はハリセンをバッツへと投げ返しながら口をとがらす。

「なんだよ? 俺がいちゃ悪いかよ?」
「いや、てっきりシド達と一緒にエブラーナへ向かったものかと」

 デビルロードの無いエブラーナには “月の涙” の情報を伝えるために飛空艇を向かわせた―――のだが、その時にシドやルゲイエも飛空艇に同乗した。
 目的はバブイルの塔。もしもゼムスの狙いが “月の涙” では無かった時のための “保険” のようなものだった。

「ユフィのヤツは乗ってったけどな。でもほら俺としては恋人を放り出して帰るわけにぶげえっ!?」

 ズバーーーン! と、バッツのハリセンの一撃がエッジの顔面へ直撃する。
 今のは “無拍子” ではなく “無念無想” の動きだ。ただでさえ凄まじい衝撃を不意打ちで受け、エッジはあっさりと後ろに倒れ込んだ。

「い・・・いきなり何しやがる!」

 即座に復活して立ち上がるエッジを、バッツが冷ややかな視線を向ける。

「恋人って誰のことだよ? もしも “リ” がつく相手ならブッ倒す」
「たった今、ブッ倒しただろーが!」
「今のは無意識だったんでノーカンだ!」
「なんだそりゃあ!」

 バチバチと火花を散らしてにらみ合うバッツとエッジに、セシルが「まあまあ」と二人の間に割って入る。
 とりあえず二人を宥めてから―――セシルはリディアの方へと振り返る。

「ちなみにローザとセリスもそこに居るよね?」

 その言葉はリディアへ向けたものではなく、彼女の左右の空間へと向けたものだった。
 そこには何もなく、誰もいない―――はずだったのだが。

「ええええっ!? どーしてバレたのかしら!?」

 その言葉と共に、リディアの右隣の空間から滲み出るようにローザが姿を現わした。
 続いて、逆の左隣からはセリスが現れる。

「ゾットの塔に続いて、今回も見破られたか―――参考までに理由を聞いても良いかしら?」

 セリスの使う “バニシュ” は対象を透明化する魔法だ。
 その “透明化” というのは単に見えなくする、と言うわけではない。気配や体温すらも消失させるため、カインでも気づくことは出来ないはずだった。ただしその反面、持続させるには極度の精神集中を必要とするために、使う状況がかなり限定されてしまう。

「いや、単に勘だよ―――リディアやバッツが居るのに、ローザが居ないのは不自然な気がしてね」

 どうにも今夜の僕は妙に冴えているようだ、などと苦笑して。

「逆に、君達こそどうしてここに?」
「セシルが来ると思ったから」

 即答したのはローザだった。
 月光の元で、彼女は美しく微笑んで天を見上げる。空には雲一つ無く、月の輝きが地上に降り注いでいる。最近は、夜空に浮かぶ月をゆっくりと眺めることなど無かったので気づかなかったが、コリオの報告通りに二つの月の間は以前よりも近づいているように見えた。

「綺麗な月夜だもの。こんな夜はセシルもお散歩したくなるんじゃないかと思ったのよ」

 それこそ “勘” だ。
 セシルは苦笑して頷いた。

「ああ、君の言うとおりだ。どうにも今夜は散歩がしたくなってね」
「どこまで?」
「ちょっと月まで」
「私達も付き合って良いかしら?」
「駄目だ―――と言っても、ついてくるんだよね?」
「もちろんよ!」

 そう言って、ローザはセシルの腕に抱きついた。
 セシルは「はあ」と嘆息する。

「こうなる気はしてたんだ」
「それも勘?」
「まあね」

 本当に冴えてるなあ―――そう思いつつ、セシルは前を見る。
 通りの向こう、月光に照らし出され、朧気ながら外へ続く門の形が見える。

 おそらくそこで待ち受けて居るだろう者の顔を思い浮かべ、セシルは苦笑した。

「行こうか」
「ええ」

 ローザと共に、セシルは再び歩み出す。
 この国で最も忠誠心の高い男と相対するために―――

 


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