「―――これが “デビルロード” ですか」

 コリオはやや気怠げな表情で目の前の建物を見上げる。
 見た目は、ミシディアにある他の建物と代わりはないが、その割には他の建物にはない “異質” な感じを受ける。

 コリオはごくりと喉を鳴らして、ここまで案内してくれた魔道士に問いかける。

「あの、聞いた話では精神力の低い人間では次元の狭間へ落ちてしまうとか・・・・・・私、徹夜は得意じゃが、精神力はどうかというと奥さんの尻に敷かれているような状態で、そもそもついさっきまで慣れない船旅でへろへろで―――」

 早い話。
 ちょっと恐いので、できれば他の誰かに代わりに言って貰えないでしょうか、と彼は言いたかったのだが。
 しかし魔道士はにこりと笑みを作って言った。

「大丈夫ですよ。テラ様とパロムのお陰で改良され、安全性は向上しているはずですから」
「今、 “はず” っていわんかったか?」
「理論上は大丈夫です」
「ちょっ、理論上って・・・」
「何度も試験運用は何度も繰り返し行っているのでおそらく問題ありません―――ただ、貴方のように見るからにくたびれた状態の人を転送するのは初めてですが」
「さらりと危ないこと言いおったな!? 今!?」
「いいからさっさと行ってください。こっちは様々な条件下でのデータが欲しいんですよっ!」
「本音が出たあああああああああっ!?」

 喚くコリオを魔道士が強引に押していく。
 押している方は魔道士だけあって、それほど力が強いわけではない―――が、いくらドワーフの血を引いているとはいえ、一日中部屋に篭もりきって天体の研究を繰り返しているだけのコリオは、もっと力がなかった。
 為す術もなく、デビルロードの方へと押し込まれていく。

「た、助けてくれえー! エリアッ、エリアー!」

 コリオは悲鳴をあげ、妻の名を叫ぶ―――が、魔道士は構わずにコリオを押し込んでいく。
 必死で抵抗するコリオ―――と、歯を食いしばって見上げたその視界。太陽が沈みかけた夕空に、二つの月がうっすらと見えた―――

 

 

******

 

 

「―――ご苦労だった、さがって良い」

 報告に来た天文学者を部屋から退室させた後、 “大統領” は椅子に深々と腰掛けて溜息を吐いた。

「二つの月が急接近している・・・か」
「正確には、接近しているのは “幻の月” の方です、大統領」

  “秘書官” が訂正してくる。
 「ンな細かいことはいいじゃんよ」とぶつくさ呟きながら、改めて思い悩む。

 ――― “幻の月” が “真の月” に接近している、という報告を始めて聞いたのはほんの数日前だ。

 最初は少しずつ距離が縮まっていたのが、それが段々と加速しているという。
 この加速度では、早ければ明日か明後日には激突するという。

「激突―――と言っても、理論上 “激突” など起こり得るはずが無いが・・・」
「ただ、何も起こらないとは思えない、だろ?」

 秘書官の言葉に大統領がフォローするように呟く。

  “幻の月” が出現したのは1000年も昔の話だという。
 それまで世界には “真の月” が一つしかなく、 “真の月” の満ち欠けによって潮の満ち引きなど、地上にも影響があったのに対して、 “幻の月” はそれこそ “幻” のように地上になんの影響も及ばさなかった。

  “大統領” たちも、何度か “幻の月” へ探査機を送り込んでいる―――が。探査機は月を素通りするだけで、接触することすら出来ない。解ったのは、 “幻の月” は目に見えているだけで、この世界に質量は存在しないということだけだ。

 だが、大統領達は “幻の月” が実際に存在することを―――どういうモノであるのかを知っている。

「 “幻の月” から地上に降り立った巨大な “魔導船” ――― “ラグナロク” のデータベースによれば、名を “ダームディア” と言うらしい。移送を目的とし、惑星間、異世界間の航行も可能とした船らしい」
「だから “異界” である “幻の月” に自由に行き来できて、このエスタの防衛網すらあっさり突破できた、か―――その魔導船は?」
「エスタから脱出した後、西へ。途中でワープしたらしくロストしたものの、その後にフォールスのバロンで確認されています」
「フォールスか・・・」

 大統領はその地方の名が出たことで思案し、秘書官に確認するように呟く。

「 “ダームディア” が飛び立った場所もフォールスだったよな・・・」
「ミシディアと呼ばれる魔導国家ですね。付け加えれば、フォールスでは次元エレベーターが起動し、 “バブイルの巨人” が地上に降臨したという話が入っています―――それがどうなったのかは、まだ報告が入ってませんが」
「とにかく、フォールスで何かが起きている・・・か―――そう言えば、バラムガーデンにもフォールスの・・・」
「はい。フォールスの、軍事国家バロンの人間が “SeeD” を雇いに訪れているらしいですが」

 秘書官は、以前に部下から聞いた話を大統領へ話す。
 しばらく前からウィル=ファレルと名乗るバロンの貴族がバラムガーデンを訪れているらしい。なんでも、バロン―――いや、フォールスを護る為に世界最高の傭兵である “SeeD” の力を借りようとしているらしいが、要求に対してあまり報酬は払えないという。

 以前、ゴルベーザという男に雇われた “SeeD” 達の身柄を保証している代わりに格安で雇おうとしているらしいが、バラムガーデンの理事長は安い報酬では納得出来ず、また学園長も遠方の地であるフォールスへ立て続けにSeeDを派遣することを渋っているらしい。

「そうか。なら、シド学園長へ伝えてくれ」
「・・・大統領?」

 「まさか」とでも言いたげに目を見開く褐色肌の秘書官に、大統領は事も無げに言う。

「シド学園長にSeeDの派遣を要請するんだ。理事長にも納得出来る分の金額を提示しろ―――行き先はもちろん、フォールスだ」
「ちょっとラグナ君!」

 思わず、と普段通りの呼び名で叫ぶ秘書官に、大統領はへらへらと笑う―――が、その目はあくまでも真剣だった。

「事情はよく解らんが、フォールスで何かが起きていることは間違いない―――そしてそれは “月” にも影響があり、下手すりゃ “魔女” も関わってるかも知れない」
「しかし―――」
「 “ラグナロク” の一番機から三番機までも貸してやれ。あれならフォールスまでひとっ飛びだ」
「ちょっと待て! それは流石に―――」

 と、秘書官は否定しかけて、何か思い直したのか嘆息する。

「―――いや、それも悪くはない、か」
「お? なにか悪だくんだりしたのかよ、キロス君?」
「悪だくみとは人聞き悪いな」

 苦笑しつつ秘書官は「了解いたしました」と形式だけの敬礼をする。

「大統領の無茶はいつものことですが―――不思議と悪い目が出たことはあまりないですからね。今回もそれを信用しましょう」
「お前の “悪だくみ” もいつもの話だが、まあ悪いことにはならないと信用してるぜ」
「・・・だから人聞きが悪いな。君と違って思慮深いだけのつもりなんだがね」

 嘆息しつつ、秘書官は踵を返すと大統領を残し、執務室から退室した―――

 

 

******

 

 

 月―――

 地上の人間が “幻の月” と呼ぶ場所のさらに地下。
 地下に広がる大渓谷の奥底に “邪悪” は潜んでいた―――

「ゴルベーザは失敗したか・・・・・・」

 ゼムスは自分の思念が断ち切られたことを察していたが、そこに焦りはなかった。

「まあ、良い。次なる手はすでに打っている―――」

  “真の月” への “幻の月” の急接近。
 それもゼムスの思念によるものだ。

 ゴルベーザを操り、 “バブイルの巨人” を送り込む一方で、自らの封印が解けたと同時に、己の思念波によって “幻の月” を操作し、 “真の月” と重ねようとしていた。

「 “巨人” は凌げたとしても、無数の魔物達を防ぐことはできまい・・・・・・」

 呟きながら、ゼムスは背後を振り返る。
 そこには、自身の何倍もの巨大な “何か” が鎮座していた。
 そしてその中央には、漆黒の暗黒剣―――デスブリンガーが突き刺さっている。

「もうすぐだ・・・もうすぐ私と貴女は一つに―――く・・・くくくくっ・・・くくくくくくくく―――」

 ゼムスはただ一人、不気味に笑い続けていた―――

 


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