第28章「バブイルの巨人」
AN.「兄弟ゲンカ」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バブイルの巨人・通路
常に冷静沈着。
どんな時でも感情に左右されることなく、正しい判断を下す。
思慮深く、深慮遠謀で常に先の事を見据えている―――セシル=ハーヴィを知っている者―――例えばロックやバッツなどは、彼のことをこのように評するだろう。
しかし、もっと彼のことを良く知る者―――カインやローザ、ロイドなどはそれを否定する。
「正しい判断を下すことに間違いはないが、あいつほど短絡的で感情任せに動くヤツはいない」
「貴方よりも?」破壊された機械兵の破片を蹴飛ばしつつ、巨人内部を進みながらセシルを評するカインにバルバリシアが口を挟む。
皮肉じみた問いかけだったが、カインは特に苛立つわけでもなく「クク・・・」と愉快そうに笑う。「そうだ―――知らない連中は勘違いするがな。あいつはいつも感情任せに行動して、その行動を理性がフォローしているだけに過ぎない。理性が感情を後押しする、と言った方が良いか」
カインにとって忘れられない想い出―――セシル=ハーヴィを始めて “王” だと認めた時もそうだ。
少年の頃、友人連中と遊んでいた所を鳥の魔物に襲われ―――セシルは魔物を引き付け、自らを囮にすることで他の子供達を助けようとした。自分一人を犠牲にして、他の子供達を助ける。
まだ幼いと言える頃だった子供にできる行動ではない―――だからこそ、それを見たカインはセシルを王と認めた。だが、後でセシル本人に聞いたところ、それは微妙に間違いだと知る。
セシルは何も自分の身を犠牲にしようなどとは考えていなかった。ただ友人らを助けたいと思って―――助けたいという想いしか頭に無かった。だから無我夢中で魔物を引き付けて、その後どうなるかなど考えもしていなかったらしい。だからこそ、セシルはその後で自分を救ってくれたカインの “強さ” に憧れた。
そして、カインもセシルの話を聞いた上で尚、彼を己の王だと望んだ。今回もそうだ。
月から帰還したセシルはロイド達と合流し、即座に的確な判断を下した。
ロイドに戦場を任せ、四天王を正気に戻そうとするフースーヤをベイガン達に託す、その隙にセシルは前線に居るはずのカインやバッツと合流し、巨人内部にいるゴルベーザを叩く。一見すると、それ以外にはない作戦のように思える。
王であるセシルが敵本陣に飛び込むというのが難点だが、ベイガンではバッツはともかくカインは従わないだろう。あと、セシルの代わりが出来ると言えばセリスくらいだったが、ロイドも気にしていたように他国の人間である彼女を向かわせるのは問題がある。すまない、と言う想い以上に、他国の人間に大きな借りがを作ることの方が問題だった―――それに関しては今更という話でもあるが。ともあれ、あの場で動けたのはセシルだけだ。
だからこそ、セシル自身が行った―――というのは実は間違いだ。カインの想像だが―――そしてその想像は正しいと彼は確信しているが―――セシルは自分の手で決着を着けることしか考えていなかったのだろう。
だから外の戦場を他の者たちへと任せ、自分は巨人へと攻め込んだ。もしもセシルが真に “理性的” な判断を出来ていたなら、バッツとカインが前線から消えた時点で、踏みとどまったはずだ。
「断言出来るが、あいつはベイガンが居なくとも―――たった一人でも、巨人内部へと攻め込んだはずだ」
「それって・・・つまり・・・」
「セシルのヤツは今、完全にブチギレてるということだ。正直、何をしでかすか解らん」自分の命を投げ出して、ゴルベーザと相打ちに持ち込む―――そんなことになっていてもおかしくはない。
「どうしてそんな陛下を放っておいて、竜騎士さんは前線から戻ってきたのですか?」
「ぐっ・・・」後ろをついてくるミストの指摘に、カインは思わず声を詰まらせた。
「フシュルルル・・・・・・」とスカルミリョーネがあざ笑うかのように―――少なくともカインにはそう聞こえた―――いつもの不気味な音を立てる。「・・・お、俺には俺の考えがあったんだ―――というか、セシルがそんな状態だと解っていれば俺だって後ろにさがったりはしなかった・・・・・・はずだ」
最後に少しだけ自信無さそうに付け足す。
セシルは意外と短絡的、などと口にしたが、感情任せという話ではカインも負けていない。ともあれカインが “セシルの様子がいつもと違う” ―――というか、或る意味いつも通りに感情任せに突っ走っている状態だと気がついたのは、ミスト達から話を聞いたからだ。
スカルミリョーネを追う際に、セシルの姿を見つけたが、上空からではそれを解る術も無い。「とにかく急ぐぞ!」
何か誤魔化すようにそう告げて、カインは通路を進む足を速めた―――
******
セシルの拳に打撃され、ゴルベーザは尻餅をついた。
強打、というよりは不意を突かれた驚きの為に、バランスを崩してしまったという感じだった。「くっ、貴様―――」
「・・・・・・」殴られた痛みを堪えて見上げてみれば、セシルは無言で左手に持っていたラグナロクを後ろへ放り投げる。
続いて、腰にぶら下がっている鞘―――エクスカリバーの鞘だ―――も外すと、同じように背後に投げた。「なんのつもりだ・・・?」
セシルの意図がまるで読めず、ゴルベーザは疑問を口にしながら立ち上がる―――所へ、セシルは素早く踏み込むと、再び拳打を放った。
「ぐっ・・・!?」
立ち上がった所を狙われたことと、剣を手放して身軽になったセシルの踏み込みは予測以上に素早く、再びゴルベーザは顔を殴り飛ばされる―――だが、今度は倒れたりはしなかった。数歩後ろへよろめいたものの、なんとか踏みとどまる―――と、さらにセシルは拳を握って踏み込んでくる。
「いい気になるな!」
ゴルベーザが叫ぶと同時、その手に闇が生まれ―――それは長く伸び、先程セシルに叩き落とされたはずの “ダームディア” へと変じる。
地面に落ちたはずの闇の剣は、すでに姿を無くしていた。 “神剣” とは心に宿り、心より生み出されるもの―――故に、ゴルベーザに意志がある限り、何度でもその手に生み出すことが出来る。「素手で私に―――」
―――敵うとおもうな!
という続きは言うことはできなかった。
それより早く、三度目の打撃がゴルベーザの顎を打つ。またよろめきながらも、ゴルベーザはダームディアを構えた。
さらに向かってくるセシルを斬り捨てようと力を込める―――が。「―――」
拳を握り固め、こちらを真っ直ぐに視線で貫かんとするその瞳を見て、ゴルベーザは怯んだ。
セシルの瞳には、まるでこちらの剣が映っていなかった。無視しているというわけではない。最初から見えていないようだった。(貴様―――)
その瞳が、視線が射抜くのはゴルベーザの顔だけだ。
(―――私を殴ることしか考えていない!?)
“殺す” でも “倒す” でもない。
ただ “殴る” ということしか考えていない―――なんとなくゴルベーザにはそう思えて。「があっ!?」
四度目。
顔の中央、鼻っ柱を殴り飛ばされ、溜まらずに再び尻餅をついた―――意識が一瞬だけ朦朧として、手にしたダームディアが霧散する。意志ある限り生み出せる―――ということは、逆に意識を失えば消えてしまうと言うことでもある。鼻が痛み、口に鉄の味が広がる。鼻血でも出ているのだろう―――が、四度殴られて二度もダウンさせられたが、実際の所ダメージはそれほどでもない。
ゴルベーザの方が体格が上で身長も高い。セシルがこちらの顔面を殴る為には斜め上に手を伸ばさなければならず、殴るのは難しい上に、セシル自身あまり人を殴った経験がないのか、あまり上手い殴り方ではない。痛いことは痛いが、剣で斬られるよりは遙かにマシなくらいだった。
だが、セシルの意図がまるで理解出来ずに困惑する。
コズミックレイを防ぐのに使ったエクスカリバーを失ったのは仕方ないとして、どうしてわざわざもう一つの剣まで投げ捨てたのか。どうして殴り慣れていない拳で殴り続けてくるのか。そして―――(・・・どうして攻撃してこない・・・?)
尻餅をついた状態で見上げているこちらに対し、セシルもまた冷たい目で見下ろしてくるだけだ。さっきもそうだったが、まるで立ち上がるのを待っているようで―――
「立てよ」
不意にセシルが告げる。
「お前はこんなものじゃ済まさない」
「ならば何故、剣を捨てた? 何故、私を斬ろうとしない?」ゴルベーザを殺したいというのなら剣で斬れば良いだけだ。わざわざ拳で殴ってくる必要はない。
「そんなんじゃ俺の気が済まない」
「なに・・・?」
「お前のせいで多くの人間が死んだ―――オーディン王、ミシディアの魔道士達、ダムシアンの王や王妃・・・ファブールでも、トロイアでも、エブラーナでも、地底でだってお前がクリスタルを集めようとして多くの者達が犠牲になった!」セシルの言葉を聞いて、ゴルベーザはようやく納得することができた。
フン、あざ笑うようにセシルを見返す。「つまりは仇討ちのつもりか? くだらん。貴様とて、今までに誰の血を流してこなかったわけでは―――ぐあっ?」
ゴルベーザの言葉を遮って、セシルの拳が振り下ろされる。座り込んだままのゴルベーザには避ける術はなく、まともに受けて言葉を止めた。
「黙れ」
「グ・・・ククッ、貴様自身解っているのだろう? 綺麗事を言ったところで、貴様と私は何も変わらん―――」
「黙れと言った!」もう一度殴りつけ―――セシルは苦い笑みを浮かべる。
それは彼にしては珍しく、他人を見下し、心の底から侮蔑しているような歪な嘲笑だった。「ハハッ、 “仇討ち” か・・・そうだな、そんな話だったらどんなにも良かっただろうさ!」
「・・・なに?」また、解らなくなる。
セシルは一体何を言っているのか。 “仇討ち” ではないとしたら、何故こんなにも “キレて” いるのかが解らない。「多くの犠牲を出して、多くの嘆きを生んで―――」
あざ笑いながら呟くセシルの表情が、段々と険しくなっていく。
声音も段々と強くなっていき、内に秘めていた感情を吐き出すように叫ぶ。「―――その理由がただ “操られていた” からだと!? ふっざけるなあああっ!」
「なにを・・・言っている・・・?」ズキン、と頭の奥に幻痛を感じた。
セシルの言葉の意味が理解出来ない。 “操られていた” ? それが何を、誰の事をさすのかがわからな――――――我が意に従え・・・
(・・・っ!?)
声が、聞こえたような気がした―――いや、正確には聞こえたことを思い出したような気がした。
―――苦しいだろう? 悔しいだろう? 哀しいだろう? 辛いだろう? その絶望を打ち消す力が欲しいだろう・・・?
(この・・・声は・・・?)
誰の声かは解らない。
それを本当に自分が聞いたのかも思い出せない。思い出してはいけない。
ただ、それを聞いたような気がする―――「俺はお前を認めない・・・!」
「・・・ッ」ぼんやりと誰かの声について思い耽っていたゴルベーザは、セシルの言葉に我に返った。
見上げれば、セシルは怒りを顕わに睨み下ろしていた。「 “操られていた” なんてくだらない理由で悲劇を生み続けた情けないヤツを・・・」
セシルの拳が―――下手に殴りすぎたせいで痛めたのか、妙に歪に握られた拳が震えている。
「・・・俺は、絶対に “兄” だと認めないッ!」
「兄・・・?」
「さっさと立てよゴルベーザァッ! こんなものじゃ俺の怒りは収まらない―――お前をッ、何度も何度でも殴り倒してッ、惨めなくらい無様にッ、這いつくばらせてやらなきゃ気が済まないんだよッ!」
******
勘違いしていたことに、ベイガンはようやく気がついた。
セシルが内心で激しい怒りを抱えていたことには気がついていた―――だが、それは全ての元凶である “ゼムス” という存在に対してだと思い込んでいた。だが違った。
諸悪の根源たるゼムスに対する怒りもあるだろう。
だが、何よりもセシルが怒り狂っていたのは―――(・・・お身内に対するお怒りでしたか)
黒幕が別にあるにせよ、このフォールスに混乱を振りまいたのはゴルベーザだ。
しかしそれは実はゴルベーザの意志ではなく、ただ “操られていた” だけ。操られていたという事情ならば、ゴルベーザも被害者と言える。
普段ならばセシルはそれを許したかも知れない―――倒すべき敵は他にいるのだと。しかしそれが自分の身内であれば話は別だ。
ただの傀儡でしかしかなかった存在が、自分の生き別れの ”兄” だったと知ってしまった。
それが恥ずかしく、心底情けなく感じて―――言ってしまえば “身内の恥” にセシルは怒り狂っていたのだ。(しかし・・・これはどうしたものですかな)
身動き出来無い状態でベイガンは頭を悩ませる。
半身を起こした視線の先では、立ち上がったゴルベーザにセシルが一方的に殴りつけている。どういうわけか―――セシルの激情に困惑しているのか、ゴルベーザは無抵抗な状態だった。だが、セシルは完全に我を忘れてしまっている。
ゴルベーザが我に返ってしまえば、セシルはあっさりと殺されてしまうかも知れない。
しかし、今のベイガンは半身を起こすのが精一杯の状態だ。(このままでは、陛下がやられるのを黙ってみていることしか出来ぬ・・・)
と、歯がみしていると、背後―――部屋の入り口の方から気配と足音を感じた。
首だけでなんとか振り返って見れば―――「いやああああっ!? ゴルベーザ様のお顔がボコボコにィッ!?」
「というかなんでゴルベーザは殴られまくってるんだ?」バルバリシアが頭を抱え悲鳴をあげ―――その隣では、シュウが唖然としている。
「フッ・・・流石はセシル・・・全く予想外の展開だ」
何故か余裕ぶった笑みを浮かべ、カインが入り口近くに落ちているエクスカリバーとラグナロクを拾い上げた。
「・・・いや、予想外にも程があるだろう」とヤンがツッコミを入れるが、カインは聞いては居なかった。(援軍・・・!)
カイン達の出現に、ベイガンはほっと胸を撫で下ろす。
ゴルベーザ配下の四天王と行動を共にしているのが気に掛ったが、そう言えばフースーヤが正気に戻すだのなんだのと言っていた気がする。それが成功したのだろうと考える。ともあれ、カイン達が来たのならばもう安心だ―――と思っていると、
「大丈夫ですか?」
心配そうに―――というにはいつもの通りに穏やかな笑みを浮かべて―――ミストがベイガンに気づいて駆け寄ってくる。
「私もあまり魔力は残されていませんが―――」
言い訳のように前置いて、魔法の詠唱をして回復魔法をベイガンに施す。
ミストの力が足りないと言うよりは、ベイガンの身体の傷が重過ぎるのだろう。戦闘不能状態が回復するほどではないが、それでも大分楽になって、ベイガンはミストに礼を言う。「ありがとうございます―――しかし、恐ろしくはないのですか?」
「何がですか?」
「私の姿が、です」ベイガンは未だに魔物の姿のままだ。
そちらの方が生命力が高い為で、下手に人間状態に戻ってしまったらそのまま死にかねない。
しかし見慣れていない人間からみれば、今のベイガンは異形の怪物としか目に映らないだろう。「あら、どこが恐ろしいのですか?」
ミストは小首を傾げ、微笑みを絶やさずに言う。
「むしろ可愛いですよ?」
「かわっ・・・!?」思っても見なかった形容に、ベイガンは思わず言葉を失った。
“援軍” が現れたお陰で気が抜けたのだろうか―――そんな穏やかな会話をしていたベイガンの耳に、セシルの呻き声が届いた。「陛下ッ!?」
ハッ、となって振り返ってみれば、ゴルベーザの拳がセシルを殴り飛ばしたところだった―――
******
いい加減、腹が立ってきた。
何故、こんなにも殴られなければならない。
何故、こんなにも怒りをぶつけられなければならない。
何故―――(―――何故、私は甘んじてそれらを受けなければならない!)
先程まではただ困惑していた。
そのためか、反撃する力が沸いて来なかった―――が、段々と殴られ苛立ってきてゴルベーザは拳を固めた。「・・・図に―――」
こちらの顔を狙ってきた拳を左手で払いのける。
「っ!?」
「―――乗るなァッ!」セシルの体重を込めた拳が払われ、バランスを崩してつんのめったところにゴルベーザの右ストレートが顔面に直撃する。
「かはっ・・・!?」
「認めない、だと?」よろめくセシルへ追撃―――しかし “ダームディア” を使おうとは思わなかった。考えもしなかった。
いつのまにか、セシルと同じようにゴルベーザも “キレて” いた。「貴様に何が解るというのだッ!」
握り固めた拳で、怒りに任せて二度、三度と殴り飛ばしながらゴルベーザは叫んだ。
「母を失い、母から託された弟も護りきれず、全てを失ってしまった “絶望” が、貴様に―――」
「―――解りたくもねえよッ!」何度目かの攻撃をヘッドスリップで回避して、セシルは反撃する。
ゴルベーザの拳打に対するカウンターの一撃だ。体格で勝るゴルベーザだが、かなり効いてしまったようで、膝から力が抜けたようにガクガクと震え、よろめく。それを睨み、セシルはべっ、と血の混じった唾を床に吐き捨てる。
「お前の事なんて知った事か! このクソ兄貴ッ!」
「ならば知ったような事を抜かすなァッ!」よろめくゴルベーザに向かってセシルはさらに拳を振り上げる。
ゴルベーザも、無理矢理に膝に力を込めて迎撃する為に拳を固める。感情のままに怒鳴るだけ怒鳴りあい、殴るだけ殴り合うように二人の “兄弟” は、生まれて初めての “兄弟ゲンカ” を繰り広げていた―――