第28章「バブイルの巨人」
AM.「拳」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バブイルの巨人・制御室
「―――飛竜の乗り心地も、なかなか良いものね」
アベルの背の上、カインの腰に掴まってバルバリシアが愉快そうに言う。
彼女は気持ちよさそうに風を受けて、自慢の長い金髪をなびかせている―――と、その後ろに座っているシュウが不機嫌そうに呟く。「・・・機嫌の良いところすまないが、そのうざったい髪をなんとかしろ。顔にかかる」
風に流れてくる髪を払いながら彼女は言う。
その後ろに座っている二人の男―――ヤンとルビカンテも、口には出さないが少々迷惑そうにしていた。「うざったいとは何かしら? この美しい髪に顔を撫でられるんだから甘んじて受ければいいでしょう?」
「美しい? 気色悪い、の間違いだろう。まるで生き物みたいに自在に動く髪を見て、美しいと思う者は居ないだろうさ」
「なんですって!?」
「そっちこそなんだ!?」
「―――お前らいい加減にしろ! それ以上騒ぐなら叩き落とすぞ!」女性二人の口喧嘩―――今にも取っ組み合いに発展しそうだったが―――に耐えかねて、カインが怒鳴る。
冗談抜きでこの男ならやりかねないと、バルバリシア達はケンカを止める。蹴り落とされるならまだいいが、下手をすれば槍で突き刺し落とされかねない。―――今、カイン達はアベルに乗ってバブイルの巨人へと向かっていた。
アベルの背に乗っているのは、上に名前の挙がった五人だ。バッツとファリスは気絶したままで、テラとクノッサスはその二人の具合を見ながら、結界を見守っている。「仕方ないわね」
と、バルバリシアは風になびかせていた髪を短くする。伸ばすだけではなく、短くすることも出来るらしい。
ショートボブくらいに短くなったバルバリシアの髪型を見て、シュウは「へえ」と声を上げた。「なに?」
「いや、割と似合っている気がして」
「そうかしら? ―――でも、今だけよ。だってゴルベーザ様が昔、 “長い髪の方が良い” って言ってくれたんですもの」
「ふうん・・・」その時の事を思いだして照れているのか、忙しなく身じろぐバルバリシアに、シュウは「ふうん」と気のない返事を返す。
と、バルバリシアの動きが気に障ったのか、不機嫌そうにカインが振り返る。「・・・だから暴れるな鬱陶しい」
「なによ、このくらい良いでしょう?」
「そもそも貴様は飛竜に乗る必要は無いだろう。自分で飛べ」
「私はこれでも消耗しているのよ? 行き先は同じなんだし、これくらい良いじゃない。ケチ臭いわね!」
「なっ、誰がケチだと!?」・・・などと言い合うカインとバルバリシアの後ろで、シュウはそっと自分の髪―――首元にかかる程度の長さの髪をそっと触れてみる。
(・・・私も、伸ばしてみようかな)
―――なんて思ってみたり。
******
―――爆風を受け、セシルとゴルベーザはよろめく。
しかし、転倒までには至らず、踏みとどまって制御システムの方を振り返れば。「お・・・おおお・・・・・・」
ゴルベーザが愕然とした声を漏らす。
ベイガンの “自爆” を受けた制御システムは見た目はなにも変わったようには見えない。
だが、力を失ったように床に落ちていた。
それはそれを護っていた迎撃システムも同様で、五つの黒球が制御システムの前に転がっている。「バブイルよ! 我が声に応えよ!」
叫ぶ―――が、制御システムはなにも反応しない。
制御システムが破壊されたと言っても、巨人そのものが壊れたわけではない。まだ動力は動いていて、だから巨人内部でもまるで外のように明るく、煌々と照明が周囲を照らし出している。しかし、制御システムがなければ巨人に命令することは出来ず―――そして巨人は命令がなければ決して動くことはない。
「おのれ・・・」
視線をずらせば、制御システムから少し離れた場所に吹き飛ばされたベイガンの姿があった。
その姿は未だ魔物の状態で―――しかし、大蛇の両椀は肩の辺りから消し飛んでしまっている。離れていたセシル達でさえ、爆風で押し出されるような威力を持った大爆発だ。至近距離にいたベイガンは―――例え魔物の肉体であっても―――ひとたまりもないだろう。むしろ、腕以外の身体が形を残していることが奇跡に近かった。
そのベイガンの身体を、ゴルベーザは憎々しげに睨付ける。「まさかベイガン如きの命と引き替えに止められようとは・・・」
「ベイガン如きの命・・・?」ゴルベーザの忌々しげな呟きにセシルが反応する。
セシルはゴルベーザの視線を追うことなく、吹き飛ばされたベイガンを振り向きもせずにその言葉を否定した。「それは違う」
「なにが違うというのだ! それとも、ベイガンのような魔物の “なり損ない” が、この巨人と同等の価値があるとでもいうのか?」せせら笑うゴルベーザに、しかしセシルは直接的に答えはしなかった。
「・・・何度でも繰り返すが、ベイガンは俺の忠臣だ。俺の命令は “絶対” ―――だから・・・」
「ク・・・ククッ・・・・・・ハ、ハハハ・・・・・・」不意に、セシルの呟きを遮るようにして哄笑が響き渡る。
それは勿論、セシルの上げたものではなく―――ゴルベーザのものでもなかった。「馬鹿・・・な・・・?」
愕然と、ゴルベーザはその声のした方―――両椀を失ったベイガンの身体を見る。セシルは振り返ろうとする素振りすらみせない。
「本当・・・に、陛下は・・・・・・お厳しい・・・・・・」
「生きていたというのか! あの爆発で!」
「・・・二度と・・・謹慎処分は・・・・・・御免ですからな・・・・・・」息も絶え絶え―――だが、ベイガンの言葉には活力があった。
ここで死ぬわけにはいかないという、確固たる意志があった。(イチかバチかでしたが、ギリギリ上手くいったようですな・・・)
自爆の寸前、ベイガンは持てる力の全てを爆発力へと注ぎ込むつもりだった。
が、セシルの言葉―――「命令は “絶対” だ」という言葉を聞いて、ほんの僅かだけ身を守る力―――防護魔法へと力を注いだ。土壇場での魔法だ。当然、不完全な効果しか発揮せずに、それで全身を護るのは無理だったが、頭と心臓部を護ることだけ集中した。魔物の肉体ならば、その二つが無事であればなんとかなると期待して。
下手すれば、力を守りに削いだ分、制御システムを破壊する爆発力が足りず、さらには己の身を守りきることも出来ずに、ただ無駄死にする可能性もあったが―――期待していた通りに上手くいってくれたらしい。
(・・・やれやれ、ここが私の死に場所だと思いましたが)
心の中で苦笑する。
国のために身命を捧げる意志があり、そのために生命を使う決意があり、いつでも命を捨てる覚悟があった。しかし最後にセシルの言葉で “誇り” を思い出した。
近衛兵長として―――陛下の側近として、共に在り続けるという “誇り” を。
(陛下が望む限り、生きることを諦めるわけには行きませんからな!)
死ぬことを怖れたわけではない。ただ、もう少し生きていたいと思った。
この王とは思えぬ偉大な王の行く末を見守りたいと願った。だから―――
「陛下・・・あとは・・・・・・」
「ああ」セシルはあくまでベイガンの方を振り返らずに頷いた。
ゴルベーザへと身を向けたまま、聖剣を構えて告げる。「俺がこいつを倒して―――この戦いにケリをつける!」
******
大空を飛翔するアベルの背の上から、カインは “戦場” を見下ろす。
戦いはバロン軍の優勢で終わりを迎えようとしていた。敵の多くは戦意を喪失して、逃げまどっている。
それは四天王―――カオスが全て倒されたせいなのか、それともフースーヤの精神波の影響もあるのかもしれない。
よくよく見れば、部隊を指揮するロイドの姿や、暗黒騎士団長ウィーダスと協力して黒竜と戦うセリスの姿も見える。そんな中、戦闘を無視して、真っ直ぐに “巨人” へと駆けていく一匹のチョコボの姿が見えた。その背には三つの人影が乗っている―――いや、正確には乗っているのは一人だ。後の二人は宙に浮かび、まるで凧のようにチョコボに引っ張られているように見えた。
「アベル」
カインが飛竜の名を呼ぶと、それだけで通じたらしく、アベルは地面へ向かって急降下してそのチョコボを追いかけた。
なんだなんだと後ろに乗っている連中が騒ぐが、カインもアベルも気にしない―――やがて、飛竜は地面スレスレを飛翔し、チョコボを追いかける。「あら? あれはスカルミリョーネ?」
バルバリシアが呟く。
彼女の言ったとおり、前を行くチョコボに引っ張られているうちの一人はスカルミリョーネで、もう一人はフースーヤだ。
ちなみにチョコボの背に乗っているのは召喚士であるミスト―――おそらく、あのチョコボは彼女が召喚したものなのだろう。(・・・なんだ?)
ふと、カインはそのチョコボに妙な違和感を感じた―――が、その正体に気づくよりも早く、チョコボは巨人の頭へと辿り着き、一瞬遅れてアベルも到着する。別に競っていたわけではないが、微妙に悔しさを感じながらカインは地面へと降り立った。
「皆さんも来ましたか」
チョコボの背から降りて、ミストがポン、と手を叩いた。
その彼女の後ろにある、やたらと目つきの悪い―――というか今すぐ殴りたいような面構えのチョコボを見て、その正体に気がついた。「随分と小さなチョコボだな」
そう、ミストの乗っていたチョコボは随分と小さかった。
小柄な女性が一人乗るのが精一杯で、これではスカルミリョーネとフースーヤが浮かんだ状態(おそらくは魔法)で、引っ張られていたのも頷ける。
子供のチョコボなのか、とカインが思っていると、そいつはじろりとカインを睨んで口を開いた。「悪かったな。俺の体積以上のモノには変身できないんでな」
聞いた憶えのある声だった。
というかついさっき聞こえたばかりだ。「・・・もしかして、カイナッツォか?」
ルビカンテが尋ねれば「カカカッ!」と嘲るような笑いがチョコボの口から漏れた。
「今頃気がついたのかァ? アンタがそんなだと、俺達まで低能だと思われちまう。もう少ししっかりしてくれないと困るぜえ?」
「す、すまん」
「その憎まれ口、確かにカイナッツォね」素直にルビカンテは謝り、バルバリシアが嘆息する―――それから彼女は視線を動かし、スカルミリョーネの隣にいる老人に目を向けた。
「久しぶりねフースーヤ―――正直、気まずい気分だけど」
月で、バルバリシア達はフースーヤと相対した。
その時はゼムスを倒すという目的があったにしろ、そのためにフースーヤを殺しかけた―――ゼロカイが登場しなければ、確実にフースーヤは死んでいただろう。そのフースーヤに助けられたということは理解していた。
精神波によって呼びかけられたからこそ、ヤンの一撃でカオスと分離することができたのだ。「気にすることはない。そちらの事情も理解している」
「それでは・・・」期待を込めてバルバリシアは改めてフースーヤを見る。
だが、その視線に対しては、沈んだ表情でかぶりを振った。「ゴルベーザのことだが、お主らとは事情が違う。月でみた限りでは、ゼムスの思念が心の奥底まで浸透しておるようだった―――あれは長い年月をかけ、深く支配していったのだろう。私の精神波で元に戻せるかどうかは、正直自信がない」
「そんな・・・」バルバリシアの表情が失望に彩られる。
そんな彼女を慰めるかのように、フースーヤは付け足した。「だがしかし、希望がないわけでもない。月で “クルーヤ” の名を出した時、思いの外強く反応していた。ゴルベーザの心―――記憶を強く揺さぶるキッカケがあれば、もしかしたら・・・」
「グダグダ話すのは後にしろ」カインが会話の流れを断ち切るように言い捨てた。巨人の頭へと顎を向け、続ける。
「あの中にはすでにセシルが居るはずだ―――相談事は歩きながらでもできるだろう」
行くぞ、とカインは巨人の内部へと足を踏み入れ、他の面々もその後にと続いた―――
******
「くうっ!?」
セシルの身体が吹っ飛び、宙を泳ぎ―――地面に叩き付けられる寸前、なんとか身を捻って両足で着地する。
「・・・どうした? 私を倒すのではなかったのか?」
離れた場所から、ゴルベーザが静かに呟く。
戦いにケリをつける―――と宣言してから十分少々。
セシルはゴルベーザに近づくこともできずにいた。魔力の球やらダークフォースやらが行く手を阻み、それらをかいくぐって近づいたとしても、雷撃や闇の焔がセシルの身体を吹き飛ばす。それが何度か繰り返され―――セシルはそれを聖剣の加護と回復魔法で凌いでいた。
「巨人が動けなくなったとしても、貴様さえ手に入れることが出来れば十分だ―――大人しく我に降れ・・・」
「嫌だね」即答。
その態度に、ゴルベーザは僅かに目を細くした。「・・・・・・今までは加減してやった。無傷で手に入れることが理想だが、どうしてもと言うわけでもない」
「脅迫の仕方が三流だな―――やる気ならさっさと来いよ」挑発で返しながら、セシルはさり気なく自分の腰に左手を添える。
セシルの左腰には、エクスカリバーの鞘ともう一つの剣――― “ラグナロク” がベルトの留め具に固定されていた。「ならば望み通りに―――」
「!」
ナイトグロウ
ゴルベーザが剣を掲げると同時、周囲を取り巻くように闇の輪が出現する。それを見て、セシルは反射的に右へ飛ぶ―――直後、セシルが立っていた場所に闇の雷が降り注いだ。
「避けたか!」
「それは見た!」先程の攻防の中で見た技だった。
魔法弾をくぐり抜け、なんとか接近しつつも雷撃を警戒していたところに闇の輪が出現し、それに触れた途端、闇は焔となって爆発し、セシルの身体を打ち上げ―――さらに続いて、降り注ぐ雷の追撃を受けたのだ。闇の輪で身を護り、雷で攻撃する―――攻防一体の技だった。 “手加減していた” とゴルベーザは言ったが、聖剣の加護がなければかなりの痛打だっただろう。ともあれ、一度見た技をそう簡単に喰らうわけには行かない―――と、セシルは雷を横に飛んで避けた後、ゴルベーザに向かって駆け出した。
「不用意な!」
ただ真っ直ぐに向かってくるセシルに、ゴルベーザはダームディアを横に一閃。
まだ剣が届く距離ではない―――が、駆けるセシルのすぐ目の前に、七つの魔法弾が出現する。(それは予測済みだ!)
胸中で叫びながら、セシルは手にしたエクスカリバーを下へ向けて、力を解き放つ。
エクスカリバー
光の力が床に向かって放出され、その反動でセシルは跳躍する。
ジェット噴射のように光撃を噴き出しながら、ゴルベーザが生み出した魔法弾を飛び越え―――「ゴルベーザァッ!」
「甘いッ!」頂点でエクスカリバーを振り上げ、ゴルベーザ目掛けて落下していくセシル―――に、ゴルベーザはすでに迎撃体勢を取っていた。最初にセシルを吹き飛ばした時と同じように、両椀に雷撃を迸らせ―――それをセシルへ向けて解き放つ!
コズミックレイ
魔封剣
「な・・・ッ!?」
雷撃を放った瞬間、ゴルベーザの瞳が驚愕に見開かれる。
ゴルベーザの雷撃は、セシルの掲げたエクスカリバーへ引き寄せられるように向かっていった―――と、雷撃が聖剣を絡め取る寸前に、セシルは剣を手から放す。それは刹那のタイミング。
遅ければ雷撃は剣を伝わり、セシルをも絡め取っていただろう。逆に早すぎれば “魔封剣” は発動せず、雷撃はセシルを直撃していたはずだ。雷撃は聖剣を絡め取り―――そのまま、先程セシルとベイガンが入ってきた部屋の入り口まで吹っ飛ばした。
が、それを見送る者は誰もいない。
ゴルベーザは聖剣を手放しながらも向い降りてくるセシルに己の剣を構え、そしてセシルは腰にあるもう一つの剣―――神通剣ラグナロクの柄を両手で握りしめた。未だ抜くことの出来ぬ剣―――だが構わずに、セシルはゴルベーザに向けてその剣を振り抜こうとする。
「うおおおおおおおおおおおおっ!」
裂帛の気合いがセシルの喉の奥から放たれる。
しかし、それでもラグナロクは鞘から抜けない―――が、代わりに腰のベルトの留め具が外れた。先程、ゴルベーザに挑発しながら少しいじって外れやすくしていたのだ。鞘がついたままのラグナロクが、両腕によって振り抜かれる。
落下速度まで加わった、その強打がダームディアに振り下ろされ―――堪えきれずに、ゴルベーザは剣を取り落とす。「チィっ!?」
舌打ちするゴルベーザの身体をかすめるようにして、セシルの左手に握られたラグナロクは、セシルの着地の動きと合わせるように床に切っ先を落とす。
反射的にセシルの剣を目で追っていたゴルベーザは、そこでふとした違和感に気がついた。(左手―――?)
いつの間にか、セシルはラグナロクを左手一本で握っていた。
片手に持ち替えた事が妙だと思ったわけではない。セシルの利き腕は右のはずだった。持ち替えるならば自然と右に成るはず―――と、そんな疑問を抱いた瞬間。セシルの右の拳が、ゴルベーザの顔面を打ち抜いた―――