第28章「バブイルの巨人」
AL.「 “命令” 」
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character:ベイガン=ウィングバード
location:バブイルの巨人・制御室
(アレを破壊してしまえば、我らの勝利だッ!)
ベイガンは大蛇となっている両椀を伸ばし、制御システムを破壊せんと殴りつける。
今まで、機械の兵士をことごとく破壊してきた大蛇の一撃だ―――が、左右それぞれの一撃を受け、巨大な黒い球体は一瞬だけ揺れただけだった。「硬い・・・!? だが、それならば破壊するまで何度でも―――む!?」
もう一度殴りつけようとしたその時、制御システムの下に転がっていた五つの球体が動き出す。
一つは地上を転がり、三つは制御システムを守るようにその前へと浮かぶ。最後の一つは高い天井辺りに浮かび上がった。五つの球体は怪しげに発光する―――と、その光が一点に集中し、光線となってベイガンへ襲いかかる。
「ぐぅああああっ!?」
五つの光線がベイガンへ直撃し、その身体が大きくよろめいた。
魔物と化して肉体も遙かに強化されているために耐えられたが、それでも無視出来るダメージではない。普通の人間ならばひとたまりもないだろう。(迎撃システムというわけか! ―――しかしこの程度ではッ!)
ベイガンは歯を食いしばり、足を踏ん張りよろめいた身体を立て直す。
そして改めて、制御システムへ向かって殴りつける―――が、そこへ再び光線が直撃した。「ぐうっ!?」
殴打の瞬間に光線を受け、体勢を崩したベイガンの一撃は有効打とはならない。
まだまだ耐えきることは出来るが、延々と受け続けるわけにはいかない。このままでは制御システムを破壊する前に、ベイガンの方が倒れてしまうだろう。(な、ならば迎撃システムを先に―――)
左右の大蛇で別々の迎撃システムを狙う―――が、制御システムよりも的が小さく(とはいっても、ベイガンの頭くらいの大きさはあるが)、さらに宙や地面を自在に動き回り回避する為になかなか捉えることができない。当たるにしても的中とは行かず、かすめる程度だ―――そして逆に五つの光線は次々にベイガンに直撃していく。
「ぐあああああああああああああああっ!」
いくら魔物の身体の耐久力が高いといっても限度がある。
ほぼ一方的に攻撃され、ベイガンはダメージを積み重ねられていく―――
******
「・・・放っておいて良いのか・・・?」
ベイガンの方に視線を向け呟くゴルベーザ―――に、セシルはいきなり斬りかかった。
「ぬお!?」
「・・・ちぃっ!」振り下ろされたエクスカリバーを、ダームディアで受ける。
光の剣と闇の剣が鍔迫り合い、至近距離にてセシルは言い捨てる。「―――ベイガン=ウィングバードは俺の忠臣だ。俺が任せたと行ったらそれは絶対だ!」
だからセシルは振り返らない。
制御システムの方はベイガンに任せ、自分はゴルベーザに集中する。「俺かベイガンが―――お前か制御システムのどちらかを倒せばそれでッ!」
「ぬぐっ!」セシルは力任せにダームディアを弾く。
僅かに後ろへよろめくゴルベーザに向けて、エクスカリバーの切っ先を突き付ける。「終わりだッ!」
エクスカリバー
光の奔流がゴルベーザに直撃し、そのまま一気に飲み込む!
やった!―――とはセシルは思わずに、気を緩めることなく聖剣から光の力を放出し続ける。「ぬうッ!」
ゴルベーザが闇の剣を一振りして光の奔流を一瞬だけ断ち切る―――のみならず、剣の軌道に沿うようにして漆黒の球体が数個出現する。
強い魔力を秘めたその魔法球は、続けて放たれる光と触れた瞬間―――爆発した。「なんだ!?」
光の力と闇の魔法球が相殺し、爆発する様を見てセシルは攻撃を中断する。
警戒し、身構える―――と、爆発が晴れた視界に、紫電を両手に纏わせるゴルベーザの姿があった。まずい―――本能的に危機を感じ取ったセシルへ、ゴルベーザがその雷を投げるように腕を前方へと突き出した。
コズミックレイ
「うあああああああああっ!?」
雷撃がセシルの身体を襲う。
全身を駆けめぐる雷電が何度も痙攣のようにびくりと震わせ―――その身体をはじき飛ばした。
******
「陛下―――ぐうっ!?」
迎撃システムの攻撃は一定のリズムでベイガンを襲っていた。
雷に吹き飛ばされたセシルの元へと飛んでいきたい焦燥に駆られるが、それもできない。できたとしても、それをセシルは望まないだろう。(陛下は私に任されたのだ。ならば私がやるべき事は―――)
光線を放ってくる迎撃システム―――その向こう側に浮遊する制御システムを睨む。
生半可な攻撃では破壊出来ない。かといって、悠長に攻撃している余裕も無い。(ならば―――手は一つ!)
意志を固める。決意を秘める。覚悟を決める。
「この命を使う時が来たようですな・・・!」
すでに一度死んだような身だ。
いまさらこの命を捨てようとも惜しくはない、とベイガンは傷ついた身体を奮い立たせる。迎撃システムから何度目かの光線が放たれた。肌を灼き、肉を穿つ光線に耐え―――ベイガンはそのまま突貫する!
「おおおおおおおっ!」
魔物の肉体の全力を振り絞り、ベイガンは全力で駆け出した。
狙いは迎撃システムの向こうにある制御システムだ。「ぐううううっ!?」
迎撃システムの傍を通り抜ける際、至近距離から光線が放たれる。
すでにベイガンはかなりのダメージを受けている。魔物の肉体と言えども、あと何回か受ければそれで戦闘不能だろう。
だからそうなる前にと、よろめきながらも制御システムへと辿り着き―――「伸びろッ!」
両手の大蛇を可能な限り伸ばす。
それは、目の前の制御システムへとからみつき、ぐるりぐるりと幾重にも巻き付いていく―――その間も、ベイガンの背後へ向けて光線が放たれる。
すでにベイガンの身体は限界に近い。意識が朦朧とし始め、足にも力が入らずに、巻き付いている制御システムに半ばしがみつくようにして立っているような状態だ。それでも両腕へと込める力は緩めずに―――やがて、大蛇は完全に制御システムを覆い尽くした。
「それでどうするつもりだ・・・?」
ゴルベーザの問いかけが聞こえた。
だが、そんなものに答えてやる義理はないとばかりにベイガンは無言。
その代わりに “どうするつもり” かを見せつける。「ぬうううううっ!」
両腕の大蛇に意志を込める―――と、制御システムを覆う大蛇が白く発光し始めた。
「・・・まさか自爆を!?」
「陛下! これでお別れでございます! 短い間でしたが愉しゅう御座いました!」(・・・愉しかった?)
思わず口に出た自分の言葉にベイガンは戸惑った。
しかしそれはベイガンの偽りざる本音だった。
先王オーディンは威厳に満ちた立派な王だった。ベイガンを含む配下の騎士達は、彼の王に崇拝の念すら抱き、仕えることに喜びを感じていた。しかしセシルは立派な王とは言い難い。配下の騎士達も “信頼” はしているだろうが、オーディンの様に崇拝までしている者はいないだろう。なにせ王のくせに事あるごとに城の外に出歩き、大事な会議はすっぽかし、重鎮との会食からは逃げ出す―――と、王の義務を放棄し続けている。
ベイガン達近衛兵団の最近の主な仕事は、陛下を護ることではなく、捜して追いかけ回る事だった。小言も何度口にしたか覚えていない。嘆き、溜息をついたのはそれこそ星の数だ。
だが、そんな日々も今思い返せば “愉しかった” と思える。
かつてのオーディン王は畏れ多い存在だったが、セシルは王でありながらももっと身近な―――不遜ではあるが、敢えて言うなら――― “友人” のような存在だった。「自爆などさせん!」
ゴルベーザがダームディアをベイガンへと向ける―――そこへ、光の一撃がゴルベーザへと直撃した―――
******
雷撃に灼かれた身体が痛む―――のを無視して、セシルはゴルベーザへと聖剣の一撃を放っていた。
痛む、と言ってもダメージは大して無い。
聖剣の加護がある程度防いでくれた上、ゴルベーザが何か仕掛けてくると察して予め回復魔法も唱えていた―――どちらかというと、雷撃そのものよりも、吹っ飛ばされて床に叩きつけられた衝撃の方が痛いくらいだ。「セシル、貴様!」
自爆しようとするベイガンを攻撃しようとしたところを邪魔されて、ゴルベーザは苛立ちとともにこちらを振り返る。
「・・・言っただろう、ゴルベーザ」
聖剣の切っ先をゴルベーザへと向けたまま告げる。
「ベイガンは俺の忠臣だ。俺が “任せる” と言えば、それは必ず遂行する」
(・・・たまにしないけど)
心の中だけでぼそりと呟く。
そもそもベイガンがこの場にいるのは「フースーヤを護れ」というセシルの命令を無視したからだ。
だがそんなことはわざわざ言わずにセシルは続けた。「そう―――俺の命令は “絶対” だ」
“絶対” という言葉に力を込めてセシルは呟く。
と、ゴルベーザが再びベイガンへと仕掛けようとするのを見て、聖剣の力を撃ち放つ!「邪魔はさせない!」
「おのれ・・・ならば貴様から―――!」ゴルベーザがセシルへと向き直ったその瞬間。眩い輝きがその場の全てを呑み込み、そして―――
******
「そう―――俺の命令は “絶対” だ」
セシルの言葉はベイガンにも聞こえていた。
その言葉の意味を理解し、彼は苦笑する。(くくく・・・陛下は時々とても厳しくなられる)
つい先日、厳罰を受けた時のことを思い出しながら胸中で呟く。
この命と引き替えに制御システムを破壊する―――そのための意志は固めた。決意も秘めた。覚悟も決めた。
その上でもう一つ。(近衛兵長としての誇りを―――)
次の瞬間、大蛇の放つ光が臨界に達し―――それは近くにある全てを破壊する大爆発となった―――