第28章「バブイルの巨人」
AK.「絶望」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バブイルの巨人・制御室

 

 迫る機械の兵士達を薙ぎ倒して辿り着いたそこは、今までの狭い通路とは打って変わって広い部屋だった。

「―――ゾットの塔以来だな・・・」
「ゴルベーザ・・・!」

 部屋の中央にはゴルベーザが居た。
 隣には、巨大な黒い球体が浮かんでいる―――その周囲には、球体をそのまま小さくしたような球が転がっていた。

 広い部屋―――だが、その部屋の中にあるのはそれだけで、他には何もない。

(戦うには十分な空間か・・・)

 思いつつ、エクスカリバーを抜くセシルにベイガンが囁く。

「陛下、情報によればあの黒い球体がこの巨人を制御しているシステムだとか・・・」
「つまり、アレを破壊すればこの巨人はもう動けなくなるということか」
「御意に」

 ベイガンが頷く―――その身体に、黒いもやのようなものがまとわりついた。

「ぬっ・・・!?」
「ダークフォースか!?」

 セシルはハッとしてゴルベーザを睨む。
 対し、黒い兜の下で含み笑いを漏らした。

「・・・ベイガンを連れてきたのは間違いだったな」
「ぐっ・・・おのれ、また私を操ろうと・・・!」

  “闇” がベイガンの中へ入っていき、彼はその場に膝をつく。

「―――思い出せ、あの時の “絶望” を。お前が守らなければならなかった王を失った時の無念を・・・」
「ぐ、うううううううう・・・っ!」

 ゴルベーザが囁く―――兜を通し、ややくぐもった声だというのに、ベイガンの耳には妙にはっきりと聞こえた。
 その言葉はまるで闇と共に心の中に浸食してくるようだ。

「ベイガン・・・!」

 セシルは呼びかける―――が、ゴルベーザの囁きとは逆にその声は届かない。ベイガンは蹲ったまま身を震わせ、大蛇の両手で頭を抱え込んでいる。

「―――だからお前は望んだのだろう? 闇の力を・・・私の力を受け入れ、魔物と成ったのだろう・・・・・・?」
「ううう、あああああああ・・・・・・」
「―――ならば解るはずだ。どうすることが正しいのか・・・私に従えば、二度とあのような絶望を得ることもないと・・・」
「わた・・・しは・・・・・・ゴルベーザ・・・・・・様に―――」

 ベイガンの中で “絶望” の記憶が蘇る。
 オーディン王が自ら愛した女性の姿に変じた何者かに貫かれ、息絶えたその瞬間の記憶。
 あの時、ベイガンは耐え難い “絶望” を味わった。それは未だ拭いきれぬ後悔―――

「―――守るべきものを二度と失いたくないのならば、その手で殺せば良い・・・さすれば、誰かの手によって失われることはない・・・」
「私の手で・・・陛下を―――」

 ベイガンの身体からはすでに震えが止まっていた。
 頭を抱えていた大蛇を解き、ベイガンは魔物の頭を傍らのセシルへと向ける―――その瞳は、禍々しくも赤く輝いていた。

「・・・・・・」

 それをただ黙って見返すセシル―――に向かってベイガンは立ち上がり、両腕の大蛇を振り回した。

「ガアアアアアアアアアアアアガアアアアアアアアアッ!」

 姿そのもののような魔物じみた咆哮と共に、大蛇がセシルを叩き潰さんと迫る。
 その威力を、セシルは機械兵達が叩き潰される様を見て良く知っていた。直撃すれば、ただでは済まない―――どころか確実に即死だろう。

 しかしセシルは微動だにしなかった。
 それどころか観念したように目を閉じて―――ただ一言だけ、呟く。

「―――君を、信じてる」

 直後、大蛇がセシルを―――

「・・・なんだと・・・!?」

 ―――セシルを打ち殺そうとする直前、ほんの寸前で軌道がそれた。
 セシルの頭を大蛇はかすめ、しかし勢いは止まらぬまま驚愕の声を漏らしたゴルベーザへ向かって勢いよく伸びていく。

「ゴルベーザあああっ!」
「ダームディア!」

 ゴルベーザの手に闇の剣が生まれる。
 暗黒剣としての力も持つ神剣ダームディア。迫る大蛇にその切っ先を向け、力を解き放つ。

 

 ダームディア

 

 闇の衝撃波が大蛇へ放たれ、押し返す。
 大蛇の勢いはみるみるうちに減衰していくがそこに―――

 

 エクスカリバー

 

 セシルが放った光撃が闇と相殺し、大蛇は再びゴルベーザへと向かって迫る。

「ちいっ!」

 舌打ちを漏らしながら、それを避けようと身体を捻る―――が、完全に貸し切れなかった。
 大蛇はゴルベーザの頭をかすめ、身に着けていた兜をはじき飛ばす。

「・・・改めて見ても、それほど似てないね」

 さらけ出したゴルベーザの素顔を見つめ、セシルは苦笑する。
 以前、バロンの城で―――ミストの村へと出立する直前に、一度だけゴルベーザの素顔を見たことがある。
 あの時は禍々しい闇の力を感じ、圧倒されるようなプレッシャーを感じたものだ―――が、今も闇の気配は感じるものの、バロン城やゾットの塔で受けた程の威圧感は無くなっている。

 それはセシルが王となり成長したからなのか、それとも―――

(ゴルベーザの正体がわかったからか)

 初めて顔を合わせた時、得体の知れない存在だと感じた。
 プレッシャーを感じていたのは、そこにも要因があったのかもしれない。

 と、その兜を飛ばされたゴルベーザが、軽く頭を振ってからベイガンを睨む。

「私の支配をはね除けたというのか・・・!」
「危ういところだったがな」

 言い返し、それから傍にいるセシルへといつもの調子で苦言を漏らす。

「しかし陛下、何故避けようともしなかったのですか! 私が正気に戻れたから良かったものの・・・」
「言っただろう? “信じている” と」
「陛下・・・」
「僕が信頼する近衛兵長は、二度とダークフォースなんかには屈しない、とね」

 その言葉に感極まったように言葉を失うベイガン。
 と、セシルはゴルベーザへ視線を向けて不敵に笑う。

「 “絶望” によって生まれた心の隙をついて入り込み操ろうとする―――それがお前の・・・いや、ゼムスのダークフォースか」

(ゴルベーザがゼムスに操られているというのなら、おそらくこの闇の力はゼムスのものであるはず―――)

 絶望、後悔、無念―――そういった類の負の感情を源とし、操るのがゼムスのダークフォースなのだろうとセシルは見抜いた。
 その力でゼムスはゴルベーザを操り、そのゴルベーザを通してベイガンをも操り―――そしてセシルも操ろうとした。

「 “巨人” でバロンに攻めてきたのも、僕に “絶望” を与え、そこにつけこんで操る為か」
「なんと・・・! 陛下、それは真ですか?」

 セシルの指摘に、ゴルベーザではなく隣のベイガンが反射的に尋ね返す。セシルは「多分ね」と前置きして、

「ゴルベーザ―――ゼムスはバロンを手に入れたいわけじゃない。なのにわざわざ狙って攻めてきたのは、圧倒的な力で国を蹂躙し、王である僕に無力感と絶望を与える為としか考えられない」

 単純にこの世界の破壊を望むというのなら、まずはバロンではなく、バブイルの塔のすぐ傍にあるエブラーナを完全に滅ぼそうとするはずだ。

「フン・・・見抜いたか・・・」

 ゴルベーザはにやりと邪悪な笑みを浮かべ、セシルの指摘を肯定するかのように呟く。

「その通り・・・全てはお前に絶望を与える為・・・・・・私と同じ “絶望” を貴様に―――」
「貴様と “同じ” ・・・? 何を言っている!」
「ベイガン、あいつもゼムスと言う存在に “操られている” んだ―――つまり、過去に何か深い “絶望” に陥り、そこへつけ込まれたのだろう」

 ならば。

「ゴルベーザ! お前は一体何に “絶望” した!?」
「・・・? 何を、言っている・・・?」

 セシルの問いかけに、しかしゴルベーザは怪訝そうな表情を向けてきた。

「私・・・私は “絶望” などしていない。今までも―――これからも―――」
「・・・いや、何を言っているっていうのはこっちの台詞だ。さっきは自分が受けた絶望を僕にも与えるような事言っていただろう?」

 まるで言っていることが違うゴルベーザに、セシルは眉をひそめた。
 と、ベイガンがそれに対して苦々しく呟く。

「私が操られていたときもあのような状態でした」

 かつてベイガンはオーディン王を護れなかったことに絶望し、そのために魔物の力を受け入れた。
 オーディン王を失ってしまった後悔のために手に入れた力で、今度こそオーディン王を護る―――明らかに矛盾していた想いを、しかしベイガンは矛盾とは感じていなかった。
 おそらくは、今のゴルベーザも同じ状態なのだろう。

「成程ね―――絶望につけ込まれるとはそう言うことか」

 何か取り返しの付かない事態があり、深い絶望に陥ってしまったとき。願わくば、やり直したいと思わずにはいられないだろう―――ゼムスがしているのは “そんな絶望など無かったことにしてやろう” という悪魔の囁きだ。だから絶望が深ければ深いほど、その囁きには抗えない。

「・・・ま、ゴルベーザの “絶望” がなんであれ、やることは変わらない―――ベイガン」
「ハッ・・・!」
「あの制御装置は君に任せた―――僕はヤツと決着をつける!」
「御意!」

 セシルはゴルベーザに向かって駆け出し、ベイガンは制御装置へと飛び掛かっていった―――

 


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