第28章「バブイルの巨人」
AJ.「クリスタルの戦士」
main character:カイン=ハイウィンド
location:バロン
カインの身体が落ちていく。
それを急降下してきたアベルが捕まえる―――よりも早く、バルバリシアが空中で受け止めた。「ちょっと!」
空に浮かぶ金髪の魔女は不機嫌を隠さずに怒鳴る。
「なにあっさり倒してるのよ! これじゃバッツを探してきた意味が無いじゃない!」
「バルバリシア・・・? どこから沸いて出た?」
「ひ、人をボーフラみたいに―――危険を感じたからバッツと分離したら、丁度カオスが倒されて貴方が落ちるところだったの!」興奮しているのか、いまいちバルバリシアの言っている言葉の意味は解らない。
怪訝そうな表情を浮かべながら、カインは視線をバルバリシアから地面の方へと下げる。「どうでもいいが―――落ちてるぞ」
「は?」ちゃんと浮いてるわ、と思いつつ、バルバリシアはカインの視線を辿ってみれば。
「あ」
思わず声を上げる。
見れば、バッツが頭から地面へと落ちていくところだった。バッツの身体はバルバリシアの力で飛翔していたのだ。当然、そのバルバリシアが分離すれば落ちるしかない。
慌ててバルバリシアは転移―――しようとしたところで、空を飛ぶ何者かが落ちるバッツの身体を受け止めた。
それは漆黒のとんがり帽子をかぶった女性で―――バルバリシアは、その女性からルビカンテの力を感じた。「・・・もしかして、サリサ?」
「なに?」思わぬ名前がバルバリシアの口から出たことに、カインは思いの外驚愕した。
その名前を知っているのは、当人以外ではカインくらいなものだ―――少なくともこのフォールスでは(実はタイクーンを訪れた際にフライヤもその名前は聞いて知っている)。「何故お前がその名前を―――いや、それよりもあれがサリサだと?」
帽子のせいで顔が見えない―――と、思っていると、彼女はバッツを抱えたままこちらを見上げ、カイン達の姿に気がつくと笑顔で手を振ってきた。遠目だが、それは間違いなくカインの知っている彼女だと確信する。
「うおおおおおっ! 離れろ旅人! 俺の許可無くサリサと抱き合うな! 殺すぞ!」
「だ、抱き合ってないから! ていうか暴れないでよ!」ここが空中であることも忘れて暴れるカインを、バルバリシアは必死で抱きかかえる。
そんなこちらの様子など気づかぬように、サリサはバッツを抱えたまま地上へと降りていった―――
******
「・・・なんとか、倒せたようだな」
テラが一息吐く。
すると、シュウがテラとクノッサスへ向かって軽く頭を下げた。「貴方達のお陰です。助かりました」
「私らは殆どなにもしとらんよ」礼を言われ、テラは苦笑する。
結界を施した後は、それを維持することに注力していた。
この戦闘でテラとクノッサスがやったことと言えば、稲妻で気絶したヤン達へ回復魔法をかけたことと、もう一つ―――「いえ。最後の “ライブラ” がなければ、ああも容易くヤツを屠ることはできなかったかと」
白魔法 “ライブラ” 。
標的の状態を看破し、その弱点すら見破る魔法である。
メーガス三姉妹がティアマットの動きを止めた際、弱点が光ったのはテラが地上からこの魔法をかけたお陰だった。「あの竜騎士ならば、弱点を見抜くまでもなく倒せたとも思うが―――それよりも礼ならばヤンに言うべきだろう」
テラに言われ、シュウはヤンの方を見やる―――が、すぐに視線を戻す。
「そうですか?」
「おいっ!?」思わず、とヤンが声を上げる。
「なにかさっきから私の存在を無視しようとしていないか!?」
「黙れゲス野郎」
「罵倒ー!? というか、テラ殿に対する言葉遣いと全然違う!?」
「目上の方に礼を尽くすのは当然のことだろう」
「いや、私も一応年上で目上の―――」
「無駄に臭い息を吐きかけるな。空気が腐る」
「ぬあ・・・っ」そこまで言うか、とヤンは狼狽する。
先程の “妊婦” 発言がそれほど気に食わなかったらしい。言葉の暴力に打ちのめされてヤンが呆然としていると、空からメーガス三姉妹達が降りてきた―――
******
クリスタルの戦士―――
それは “世界” が危機に陥った時に現れる存在。
解りやすく言えば病原菌に対する抗体のようなものである。“世界の敵” に対する “パラディン” と似ているようだが、あちらは “世界” と同質・同等以上の存在に対抗する為の存在であり、クリスタルの戦士はあくまでも “世界の中” で起こる、危機的状況を止める存在だ。
“世界の敵” を倒すことがパラディンの目的だが、クリスタルの戦士は敵を倒す為ではなく、世界の平和を守ることを目的とする。
パラディンを “剣” とするならば、クリスタルの戦士は “盾” であると言い換えても良いかも知れない。
余談だが、魔大戦時に光のパラディンがクリスタルの戦士達を率いて世界―――というか人間達を封印しようと画策し、セシルの父クルーヤも闇の戦士達の協力を得て立ち向かったが、それらは本来のパラディンの役目ではなく、どちらかと言えばクリスタルの戦士の役割だった。
「―――それで、そなた達はその “クリスタルの戦士” であると」
クリスタルの戦士達の説明を聞いた後、テラが尋ねればサリサは「はい」と頷きを返す。
ティアマットを倒した後。
地上に降りてきたサリサの姿を見て、それがファリスだと一目でわかったが、どうしてそんな姿をしているのかが解らずに尋ねてみれば “クリスタルの戦士” という言葉が返ってきた。「正確には私は “クリスタルの戦士” だった時の記憶がルビカンテさんの力で一時的に浮き上がっているだけなんですが―――現世の記憶・・・人格と言うべきでしょうか? その “ファリス” は私の中で眠っています」
「別の人格・・・か」思案げにカインがサリサを見つめる。その視線に気がついて、サリサもじっとカインを見つめ返す。
「・・・・・・」
「・・・・・・」見つめ合う目と目。
まるで恋人同士のように二人だけの時間が流れ―――「ちょっと? なに見つめ合っているのかしら?」
「あ・・・っ」バルバリシアの言葉が割って入り、サリサは慌てて視線を反らした。その表情がどこか赤い。
余計な事を・・・! と、カインがバルバリシアを睨んでいると、サリサは赤くなった両頬を手で隠すように挟み込み、言い訳するように呟く。「す、すみません。その、貴方のご先祖にとても良く似ていたものですから」
「俺の先祖?」
「はい。リチャード=ハイウィンドという方です。幼いお子さんを残し、亡くなられてしまいましたが・・・」言われ、カインは「ああ」と声を上げた。
「聞いたことがあるな。俺の祖父も、その先祖から名前を貰ったらしい」
「そうなのですか。・・・実は、私が知っているリチャードさんの息子さんも “カイン” と言ったのですよ」どこか嬉しそうにはにかむサリサに、カインは思わず見とれた。
(クッ・・・なんという可憐な。成長して美しくなったとは思っていたが、女性らしい仕草をするだけでこうも俺の心を奪うとは―――)
ますますもって、そんなサリサと抱き合ったバッツ(注・落ちてきたところをサリサが抱き止めただけである)の事が許せん―――そう、カインが地面に適当に寝かされている旅人を睨付けていると、ヤンが感慨深げに呟くのが聞こえた。
「しかし・・・ファリスがまさか女性だったとはな。男にしては美しいとは思っていたが―――」
「いやらしい視線でサリサを汚すな! ハゲが!」
「ハゲには助平が多いという話は本当だな!」ヤンの感想に、カインとシュウが口々に口撃する。
「ちょっと待てい! なんか最近、私の扱いが酷くないか!?」
「あ、あの、すいません」ヤンが罵倒されているのが自分の原因だと察したのか、サリサが申し訳なさそうに謝る―――と、カインがヤンとの間に割ってはいった。
「サリサが謝ることはない。悪いのはこのハゲだ」
「というか口を聞かない方が良い。うっかり妊娠させられるぞ!」
「するかッ!? ・・・ええい、こんな無駄話をしている場合ではないだろう! これからどうする!?」何を言っても貶められるだけだと理解したヤンは、強引に話を切り替えた。
「あの・・・他の “カオス” はどうなっているのでしょうか?」
カインの背中から、サリサがおずおずと尋ねる。
そもそも、サリサがこの場に来たのは “風のカオス” を倒す為だった(ちなみにマッシュ達の傷は回復させたものの、激しく疲弊していた為にその場に置いてきた。今頃は、おそらく海賊船に乗って城へと帰還しているはずだ)。「水のカオスとかいうイカは俺が突き殺した―――土は・・・よく解らんが、あのゾンビ野郎が “喰った” とか言っていたな」
カインが答える。
スカルミリョーネの話をする時、忌々しそうに表情が歪んだが、誰もその理由を推察することは出来なかった。―――スカルミリョーネが・・・確かにヤツならば有り得る話だ。
サリサの中でルビカンテが呟く。
「なら、あとはゴルベーザ様をお救いするだけってわけね」
バルバリシアが巨人の居る方角を見て呟く。
フースーヤの力ならばゴルベーザを “ゼムスの呪い” から解き放つことが出来るかも知れない。(・・・それを月で気がついていれば―――)
月でフースーヤと相対した際に、そのことが解っていれば、むざむざゼムスの思惑通りにはならなかっただろう。
だがあの時はゼムスを倒すことしか頭になかった。もしかすると若干ながらカオスの影響を受けていたせいもあるかもしれない。「あ、すいませんが私はここでお別れさせてもらいます」
カインの背中から顔を出して、サリサが申し訳なさそうに言う。
「とりあえず “カオス” は全て消滅したようですし、過去の人格が表に出すぎるというのも、今の “私” にはあまり良くはないので」
“カオス” は “クリスタルの戦士” とは相反する存在だ。
世界を安定へ導く使命を持ったクリスタルの戦士に対し、カオスはその名の通りに世界を混沌へと導くことを目的とする。
パラディンが “世界の敵” を倒さねばならぬように、カオスを滅ぼすのはクリスタルの戦士達の役目の一つでもあった。そのカオスが全て滅んだ以上、いつまでも “サリサ” がこの場に留まる理由はない。
(それではルビカンテさん―――)
―――すまない、助かった。・・・あとは私達の役目だ。
ゴルベーザを救う。
それは闇のクリスタルの戦士とは別の、ルビカンテ達の使命だ。その使命を胸に、ルビカンテはサリサ―――いや、ファリスから分離する。
融合した時とは正反対に、すっとファリスの身体からルビカンテの身体が後ろにさがる―――同時、サリサの身に纏っていた “魔人” の装束が薄れるように消えていき、元の海賊として服装に戻った。「・・・おっと」
“サリサ” の記憶が再び心の奥底へと消え、ファリスの身体が力を失ってぐらりと揺れる―――のを、ルビカンテが抱き止めた。
ルビカンテを纏う炎は、しかしファリスの身体を焼くことはない。
ぐったりと意識を失っているファリスを、同じく気絶したままのバッツの隣りに並べるように寝かせる―――「待て! 何故、わざわざそいつと並べようとする!?」
カインが物言いをつけ、ファリスと仲良く並んで横たわるバッツの元へずかずかと歩み寄ると、高所から落下する悪夢でも見ているのか、苦しそうにうなされているバッツの身体を蹴り飛ばして引き離す。
「・・・これでよし!」
蹴り飛ばされ、ごろごろと転がっていくバッツ―――それでも目を覚まそうとしない―――を満足そうに見つめ、カインは仲間達を振り返る。
「さて・・・ゴルベーザを倒しに行くぞ」
「倒す、のではなくお救いするのよ!」バルバリシアの言葉は無視して、カインは巨人が居る方角を見つめて不敵に笑う。
「それで終わりだ」
******
バブイルの巨人内部―――
鉄とも鋼ともつかぬ、フォールスでは見ることのない異質な金属の通路を、セシルとベイガンは突き進む。
どこからともなく、巨人内部を警備する鉄の兵士達が襲いかかってくるが、巨人内部の通路はそれほど広くはない上にほぼ一本道だった。限定された空間ならば、どれだけの数があろうとも、一度に戦える数には限りがある。二、三体ずつしか襲いかかってこれない機械兵たちを、魔物と化したベイガンが両腕の大蛇で殴りつけ、次々と破壊していく。
セシルはベイガンの後に続き、破壊された兵士達を踏みつけて悠然と進むだけだ。「いやあ、強いなあベイガン。とってもラクチンだよ」
「この程度、賞賛されるほどでもありませぬ―――それよりも陛下」伺いたいことが、と言いかけた所で、新たな敵が目の前に立ちはだかった。
「む・・・?」
これまで快進撃を続けて来たベイガンだったが、その動きがピタリととまる。
目の前に現れたのは、今までの沸いて出てきた機械兵や鉄騎兵ではない。それらの何倍も大きく、竜の形をしている。「機械の竜か! これは―――」
一筋縄では行かぬと判断し、ベイガンは油断無く身構える―――その脇をすり抜け、セシルが前へ出る。
「へ、陛下!?」
「いや、たまには身体を動かさないとね―――ここは僕に任せてくれないか?」などと冗談交じりに言うセシルに、機械竜が襲いかかる。
狭い通路に巨体を窮屈そうに縮め、鋭い鉄の爪がついた前足を振り上げて襲いかかってくる―――が、それも危なげなく回避する。「へ、陛下・・・」
竜の攻撃を次々とセシルは回避していく―――が、それを見守るベイガンは気が気ではない。
魔物である自分ならばともかく、セシルがその一撃を食らえばそれだけで致命傷だろう。下手をすれば即死だ。
だが、下手に手を出せば、それこそ陛下の邪魔になりかねないと、ベイガンは動くことが出来なかった。「※□◆〒〃○▽※≦@〓―――」
自分の攻撃が当たらないことに、機械竜は苛立ったように、咆哮の代わりに奇妙な電子音をあげると、その長い首の先にある口を開く。
その口の奥からは、赤い炎の光が見えた。「いかん! 陛下―――」
足の攻撃は避けれても、逃げ場のないほど炎のブレスでも放たれれば、セシルはひとたまりもない。
ベイガンは焦ってセシルを庇おうと前に出ようとした時、セシルは腰の剣を竜の首目掛けて抜きはなつ。機械竜に対し、初めて繰り出したセシルの斬撃―――だが、その一撃は届いていないようにベイガンには見えた。何故ならば、まるで斬った音がせず、斬った跡も首に見えなかったからだ。それでもセシルはエクスカリバーを鞘へ収めると、そのままベイガンの方を振り向いて―――呟く。
「―――これこそが究極奥義」
斬鉄剣
次の瞬間、炎を吐こうとしていた機械竜の首が立たれ、頭が地面に落ちた。直後、その身体は爆発して―――セシルはその爆風を背中で受けた。どうやらセシルは竜の攻撃をただ避けていたわけではなく、 “斬鉄剣” を放つ機会を伺っていたようだった。
「陛下・・・」
あっさりと鉄の竜を断ち切ったセシルに、ベイガンは喜びを得ることは出来なかった。代わりにさきほどからずっと戦慄を感じている。
不安そうな表情を浮かべるベイガンに、セシルは笑みを絶やさないまま唐突に言葉を紡いだ。
「―――ゴルベーザは僕の兄らしいよ」
「陛下・・・?」
「魔導船という船に乗ってね、今まで月に行って来たんだ」セシルはベイガンへ月で知った話を、簡潔に伝える。
それを聞いたベイガンの異貌が驚愕へと歪んだ。「なんと・・・ゴルベーザ―――あ、いや、陛下の兄君は操られて・・・」
「 “兄君” だなんてかしこまる必要はないよ―――まあ、ともあれ、そんなワケだから、あれは僕が止めなければならない。・・・解ってくれるね?」セシルの言葉を聞き、ベイガンは「ハッ!」と敬礼する。
(やはり、思った通り陛下はご立腹しておられた)
以前、地底でロックが “死んで” 、エニシェルがゴルベーザの手の者にさらわれた時と同じだ。
セシルは表面上は笑みを絶やさずにいながらも、その内心には荒れ狂う強い怒りを溜め込み、一睡もすることなく執務に没頭していた。その時、ベイガンはただ見守ることしかできなかった。
さっきまで感じていた “不安” は、また同じように陛下の力となれないのかという不安だった。今回もあの時と同じだ。
ゴルベーザが兄だと知り、それを操ったゼムスという存在に、セシルは内心で怒り狂っているのだろう。
それを抑え込む為に、逆に外には無理な笑顔を向けている―――以前、ロックに「気味悪い」と指摘されていたが、すでにそれはそう簡単には治らない “癖” となっているようだった。「了解致しました! ならばその陛下の邪魔をするものは私が引き受けましょう!」
力強く応え、ベイガンはセシルの前に立って再び前へと進む。
すでにベイガンの胸には先程までの “不安” は無かった。
以前は何もすることができなかった―――が、今は違う。
セシルを守り、セシルの為に道を切り開くことが出来る―――その誇りを胸に抱き、さらにはセシルと同じくゼムスに対する許せない想いが、怒りの炎を心に生み出す。(ゼムスとやら・・・許すわけには行かぬ! 必ずや、ゴルベーザ殿を呪縛から解き放ち、彼の者の野望を打ち砕かねば・・・!)
などと強い決意を秘め、巨人内部を進み行くベイガンは後になって己の勘違いに気づくことになる。
ベイガンが想像したセシルの “怒り” が実際にはまるで違うことを―――