第28章「バブイルの巨人」
AI .「最後のカオス」
main character:カイン=ハイウィンド
location:バロン

 

 風を切り、雲を突き抜けるようにしてバッツの身体は天高く飛翔する。

「・・・って、飛んでる!? 俺、飛んでるーーー!」

 ―――そんなの当たり前じゃない。

 バッツの頭の中でバルバリシアが呟く。
 しかし、なにが “当たり前だ―――と、突っ込むどころか、高所恐怖症のバッツは聞いてすらいなかった。

 眼下では戦場の情景が広がっていた。
 セシルが “囮” となって敵を引き付けた効果が出ているのか、バロン軍が全体的に押している様子だった―――のだが、当然バッツはそんな事を見る余裕もない。

「助けてえええええええええええええええええええっ!」

 ただひたすらに悲鳴をあげ、助けを求め続ける。
 その行く手に、六頭を持つ竜の姿が見えた。

 ―――見つけたわよ!  “風のカオス” ティアマット!

 バッツの中で、バルバリシアが嬉々として叫び―――すぐにその喜びは疑念へと変わる。
 それはすでにティアマットと戦っていた “先客” のせいだ。

 ―――カイン!?

 飛竜アベルに乗ったカインがティアマットと戦っていた。
 そういえば、さっきバッツを探しに転移する直前、カインの姿を見た気がすると思い出す。

 カインがティアマットと戦っていることは特に驚くことでもない。問題なのは―――

 ―――なんで、あんな奴に手こずっているの!?

 カインはティアマットと互角―――むしろ攻めあぐねているように見えた。
 六本の首をアベルの機動性で回避して、槍で突き返す―――堅実に攻撃を与えているようだが、どうにもいつものカインらしくないとバルバリシアは思った。

 かつて――― “魔大戦” よりも遙か昔に、世界を暗黒に包み込んだと言われる “カオス” ―――だが、その力はさほど強くない。

 その証拠として、バルバリシアの精神は “風のカオス” に影響こそ受けていただけだった。
 つまり、ティアマットはバルバリシアを身体を乗っ取る程の力は無かったと言うことだ。
 稲妻を放ち、ヤン達を気絶させたと言っても、逆に言えば不意打ちでも気絶させる程度―――回復魔法一つで完全回復できる程度の威力でしかない。

 それというのもバルバリシア達――― “闇のクリスタルの戦士” に取り付いていた “カオス” は欠片でしかなかったからだ。
 すでにカオス自体は滅びてしまっている。バルバリシア達に取り付いていたのは、僅かに残った残留思念のようなもの―――つまりは “欠片” に過ぎず、それでもそこらの魔物よりは強い力を持っているが、クリスタルの戦士達に比べれば劣る(でなければ、ゼムスはカオスの欠片をそのまま使っていただろう)。

 バルバリシアがわざわざバッツの力を借りてきたのも、 “暴走” で力を乱発したせいで消耗していたり、ヤンの一撃のダメージがまだ残っていた為である。
 本来の彼女の力ならば、おそらくはたった一人でも互角以上に戦えただろう。カイン=ハイウィンドなら尚更で、バルバリシアがバッツを探して戻ってくる間に、首の数本は落としてなければおかしい。

 しかし、今のカインの動きには見るからに精彩がなかった。
 あらゆる全てを貫き砕く、あの圧倒的な破壊力が感じられない。
 そのことを不可思議に思ったが、すぐに些細なことだと思い直す。

 ―――まあいいわ。あいつは私の手で始末しなきゃ気が済まなかったし。行くわよ、バッツ!

 バッツの中から呼びかける―――が、反応がない。
 そう言えば、さっきから悲鳴が聞こえなくなっていた―――と思った次の瞬間。

 ―――え?

 いきなり視界が真っ暗になった。
 バッツと一時的に同化しているバルバリシアは、彼と五感を共有している。
 その視界が闇に閉ざされたと言うことは、つまりバッツが目を閉じてしまったということであり―――

「・・・・・・・・・」

 ―――・・・あら? ねえ、ちょっと? もしかして気絶してる・・・?

 バルバリシアの呟き通り。
 バッツは完全に失神していた。その中に入っているバルバリシアには解らなかったが、意識を失ってしまった五体は力無く下へ向かって垂れ下がり、傍から見れば紐のない首つり死体のようだ。

 ―――お、起きなさい! 貴方の身体に同化してるんだから、気絶なんかされたら何もできないじゃない!

 バッツの意識を起こそうと喚く―――が、完全に気を失っているようで、覚醒する様子はない。
 そうこうしているうちに、バルバリシアは目の前になにかが迫ってくるのを感じた。
 目は見えなくとも、風の流れでそれが解る―――が、 “なんとなく” 解るという程度だ。迫ってくるのが敵だとしても、不用意には動くことが出来ない。

 ―――ど、どうしよう・・・っていうか、これなら一人で戦ったほうがマシじゃない!

 

 

******

 

 

「・・・何をやっているんだ、あいつは!」

 いきなり飛んできたと思ったら、その場で首つり死体のような格好になったまま動かないバッツを見下ろして、カインは苛立ったような声を上げる。
 イライラしているのはバッツの事だけではない。自分自身の不甲斐こそが一番忌々しかった。

(ゾンビ共に下手を打ったのが未だに影響しているとはな!)

 スカルミリョーネとの戦いで疲弊した肉体はまだ完調ではなかった。
 アベルの “熱” で多少は回復したものの、本来の調子からはほど遠い。地上ならばともかく、アベルの背に乗って満足に空中戦を行う余力はない。

(・・・全力で跳べるのは一撃というところか―――)

 二度は続けて跳躍は出来ない。
 その一撃が失敗して、もしもティアマットに掴まってしまったなら、逃れられることはできないだろう。

(あの旅人は役に立たなそうだしな―――なんのために飛んで来たんだ、あいつは!?)

 魔法を使えないはずのバッツがどうやってこの空へと飛んで来たのかは解らないが、重要なのは戦力になるかならないかだ。そしてどちらかといえば、今のバッツは明らかに後者だった。

「くっ・・・」

 ティアマットの五本の首を、アベルはかいくぐる。
 すれ違いざまに槍で斬りつけるが、大した痛手は与えられない。良くて薄皮を切った程度だろう。

(くそ・・・普段ならばこの程度の敵、すでに屠っているものを・・・!)

 アベルの背にしがみつき、カインは悔しげに歯を噛み締める―――と、ふと気がついた。
 今、こちらに向かってきているのは五本の首だ。

(・・・一本足りない?)

 ハッとして、カインの眼下に浮かんでいるバッツに目を向ける。
 見れば、死体のようにまるで動かずに浮かんでいるバッツへ、カインに向かってこなかった最後の一本が迫るところだった。

「ちぃっ! あの馬鹿、何をしてやがる―――アベル!」
「シャギャアアッ!」

 バッツを助けようとアベルを向かわせる―――が、その行く手を五本の首が遮った。

(くっ・・・イチかバチか仕掛けるか―――?)

 ドラゴンダイブを使えば五本の首を突破し、バッツを救えるかも知れない。
 だが、その後はまともに戦うことができなくなるだろう。
 カインは一瞬だけ迷ってから決断する。

(無意味にこんなところへ来たお前が悪い)

 心の中で言い捨てて、アベルを旋回させる。
 バッツを助けに行っても、その後はどうしようもない。それならばとカインはバッツを見捨てる決断をする。

 五本の首の向こうで、六本目の首がバッツへ向けて口を大きく開く。
 恨むなら恨め―――そう、心の中で呟き、カインはバッツが喰われる瞬間を見つめ―――

「・・・なに?」

 不意に、ティアマットの動きが止まった。
 なんだ? と思ってみてみれば、ティアマットの胴体をメーガス三姉妹が、等間隔で取り囲んでいた。三姉妹が囲んでいる胴体は、三角形の赤い光にまとわりつかれている―――どうやらそれがティアマットの動きを止めているらしい。

「今です! カイン=ハイウィンド!」

 三姉妹の長女、マグが叫ぶ。
 すると、ティアマットの首の付け根の中央が、なにやらぼんやりと光っていた。

「あれは・・・?」
「そこが弱点―――早く! 長くは保ちません!」
「チッ!」

 舌打ちしつつ、カインはティアマットの “弱点” とやらへアベルを急降下させる。
 急降下させながら竜気を操り、 “熱” を自分の足へと集中させる。

(これで決められなければ終わりだが―――)

 あの光が弱点であろうとなかろうと、身動き出来ない標的にとどめをさせないようでは “最強” たる資格は無しと、カインは全力を持ってアベルの背から前へ―――真下へと跳躍する。

 アベルの急降下+カインの跳躍。
 二つの力を重ねた一撃は、まさに “最強” たる威をまとって暴竜の背に突き立たる―――

 

 ドラゴンダイブ

 

 竜の背に槍の先が突き刺さり、一瞬だけカインの動きが止まる―――がそれは本当にただの一瞬だった。

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 直後、カインの身体は泥の中を沈むように、ずぶりとティアマットの身体へと沈み―――直後、その巨体を貫通した。

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 ティアマットは六つの頭から同時に断末魔の咆哮をあげて―――バルバリシアの身体から染み出た時と同じような黒いもやとなり、やがて空中へ霧散していった―――

 

 


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