第28章「バブイルの巨人」
AH.「望む覚悟」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロン
―――ギルガメッシュの槍は、バッツの額に触れたところで止まっていた。
槍の切っ先が触れた所から血が一筋流れる。それを拭いもせず、瞬き一つもせずにバッツはギルガメッシュを睨み返していた。「・・・へっ! 本当に馬鹿野郎だな、てめえは!」
カッカッカ、と笑いながらギルガメッシュは槍を引く。
「仲間ならともかく、敵を庇ってどうするんだよ!」
「何故だ・・・!?」ギルガメッシュの言葉に同調するように、バッツの背後で女戦士―――カティスが叫ぶ。
「その男の言うとおりだ。どうして敵である私を命がけで庇おうとする!?」
もしもギルガメッシュが槍を止めなければ、バッツの頭は貫かれて即死だったろう。
それというのも背後に居るカティスを庇ったからだ。もしもバッツが避けてしまったら、ギルガメッシュは容赦なく味方であるはずのカティスを貫き殺していただろう。「・・・仕方ねえだろ」
不機嫌そうにバッツは言い捨てる。
「馬鹿なんだからよ!」
今回こそ、自分でも認めざるを得ない。
別にバッツは自分の身を犠牲にしてまでカティスを守ろうとしたわけではなかった。ただ、他にどうにかする手段を思いつくことが出来なかったのだ。かといって、見殺しにすることも出来ず―――身動きが出来なかった。「つーか、てめえこそなんで槍を止めた!?」
「あ? ンなこと決まってるだろ」ギルガメッシュは槍をくるりと回転させて肩に担ぐ。
「あのままてめえを殺したら、てめえは勘違いしたままだろーが」
「勘違い?」
「言ってただろ。俺はテメエには勝てねーみたいなことをよォ!」槍で肩をトントンと叩きながら、今度はギルガメッシュの方が機嫌悪そうに吐き捨てた。
「だからテメエは言い訳出来ねえように完膚無きまでに殺す―――何が可笑しいんだよ?」
見ればバッツは笑いを噛み殺していた。
「いや・・・お前も大概馬鹿だなあ、と」
「テ、テメエ! 俺の何処が馬鹿だ!? つーか、馬鹿に馬鹿とか言われる筋合いはねえ! 取り消せ!」
「へいへい―――んで、どうするんだ? まだ続ける気かよ?」バッツに聞かれ、ギルガメッシュは槍を持っていない腕を汲んで「う〜ん」と首を傾げた。 “馬鹿” を取り消させることはすでに頭にないらしい。
「どうすっかな―――気が削がれた感じだしなー。エクスカリバーも持ってねえし」
ギルガメッシュとしては、このまま見逃してよいような気もしてきた。
どうせこの戦いがゴルベーザの勝利だろう。予測では、巨人を封じている―――正確には巨人のエネルギー供給を止めている―――結界も、あと少しで効果が切れるはずだ。巨人が再起動すれば地上の人間に抗う術は無い。ならば、ここは退いても問題はない―――と、そう考えていた時だ。
「―――ギルガメッシュ・・・」
自分の名を呼ぶ声に気がついた。
それは聞き慣れた友人の声だ―――そう想って空を見上げてみれば、悪魔の姿と化したエンキドゥがゆっくりと舞い降りて来るところだった。まるで爆発にでも巻き込まれたかのように半身が吹き飛んでいて、白い風がエンキドゥの身体を取り巻いて癒そうとする。だが “ホワイトウィンド” の威力は生命力に比例する。生命力が高ければ白魔法よりも遙かに高い治癒力を発揮するが、弱っている時では大した効果を発揮出来ない。
「どうしたんだよエンキドゥ!?」
「すまない・・・迂闊だった・・・」ギルガメッシュは降りてきたエンキドゥを抱き止める。
僅かずつながら回復もしているので、すぐに死ぬことはないだろうが―――このまま放っておくわけには行かないような状態だった。さて本気でどうしたもんかー、と悩んでいると、バッツが告げる。
「―――行けよ」
「あん?」
「そいつ、お前の仲間なんだろ? だったら助けてやれよ!」
「・・・・・・ちっ」舌打ち一つ。
それから腕の中の友人へと苦笑いをする。「おいこらエンキドゥ。俺は足手まといのトモダチなんざいらねえつってるだろ?」
「・・・すまん」
「まあいい。コイツは貸しだ―――てめえにもな」バッツにも言って、ギルガメッシュは懐から何かを取り出す。
“転移石” ―――その名の通りに白魔法テレポと同じ力を持つ、別の場所へ転移することのできる魔法石だ。「へっ、あばよ。また逢おうぜ、バッツ=クラウザー」
言い捨てて、ギルガメッシュは転移石を発動させる。
石は光を放ちながら砕け―――そしてそれだけだった。「・・・あれ?」
「ここは “結界” の範囲内だ・・・転移はできない・・・」
「そ、そんなことはわかってたぜ! ちょっとしたギャグだっつーの!」説明するエンキドゥに慌ててそう言い返し、バッツの方にも振り返って言い訳のようにまくし立てる。
「ほ、ホントだぞ! 嘘じゃねえぞ! 俺はそこまで馬鹿じゃねえ!」
「いいからさっさといけよ」呆れた様子で言うと、ギルガメッシュはエンキドゥの身体を担ぎ直すとバッツに背を向けた。
「じゃ! また会おうぜ」
「俺は会いたくねえよ」
「そう言わずに楽しみにしとけよ―――次は確実に殺してやるからよ!」そう言い残して、ギルガメッシュは走り去っていく。
それを見送って、バッツは溜息を吐いた。「・・・殺す、とか言われて楽しみに出来るわけねーだろ」
******
「やあ、バッツ。久しぶりだね」
ギルガメッシュの槍に肩を貫かれた暗黒魔道士(まだ生きていた)の止血をしていると、そいつはごく自然に姿を現わした。
「・・・お前、何してんだよ?」
暗黒魔道士の応急処置を終え、バッツはのんびりと普通に歩いてきたセシルを憮然と見返す。
それとは正反対の調子で、あくまでもセシルはにこやかに歩み寄ってきた。「何、って今から巨人の中に入って、ゴルベーザと決着をつけようかと」
「そうじゃねえ! なんでのこのこ一人でこんな所に来てるのかって話だよ!?」バッツはセシルがバロンに居なかったことを知らない。だからセシルがこの場に居ることを不思議とも思わないが、総大将が護衛も付けずにこんな所へ出向いていることがどれだけ危ういかは理解している。
「お前本ッ気で王様って自覚ないだろ! お前が死んだら全部終わりなんだぞ!」
「うわあ、君までベイガンみたいな事言うなよ」
「だったら言いたくなるような事するんじゃねええええええええッ!」思わず絶叫。
ベイガンの気持ちが今ならばよく解る。あの近衛兵長は、セシルの側近としてすぐそばに付き従っていて、いつもこの無自覚(としか思えない)な王の言動に冷や冷やとしているのだろう。
放っておけば、糸の切れた凧のように何処へ飛んでいくか解らない―――「って、ちょっと待て! これから巨人に乗り込む!? たった一人でかよ!?」
一旦はスルーしたセシルの言葉を思い出し、改めて突っ込む。
ここまで一人で歩いてきたのも相当の無茶だが、敵の本陣へ一人で乗り込むというのは無茶とか無謀とかいうレベルではない。するとセシルは「ははは」と朗らかな笑い声を上げた。
「まさか。そんな無謀なことはしないよ」
「お前だったらやりかねねえ! 現にお前一人だけだろうが!」
「君が居るじゃないか」言われ、バッツは「俺?」と自分を指さす。
「本当はカインもあてにしていたんだけど、さっきアベルに乗って僕の頭上を越えてどこかへ行ってしまったし―――でもまあ、 “ただの旅人” が一人居れば十分すぎるよね?」
君の力をあてにしている―――と言外に言われ、バッツは照れた様子で頭を掻く。
「・・・まあ、いいけどな。お前一人で行かせるのは不安すぎるし・・・お?」
ふと、バッツは何かに気がついたようにセシルの肩越しにその背後へと目を向ける。
セシルも振り返って見れば、目に飛び込んできたのはもの凄い勢いで砂埃を巻き上げて爆走してくる魔物だった。「陛下ああああああああああああああああっ!」
セシルは何度聞いたか解らない、近衛兵長の自分を呼ぶ叫び声。
魔物と化し、一回り以上体躯が大きくなったせいで、今にもはち切れそうな近衛兵の制服姿―――いやすでに幾つかボタンが弾け飛んでいる―――で、大蛇となった両腕をぶんぶんと振り回し、近くに居る “敵” を薙ぎ倒しながらセシルの元へとたどり着く。そんな近衛兵長に対し、セシルは特に驚いた様子も見せず、にこにこと笑みを浮かべたまま手を挙げて挨拶をする。
「やあベイガン、何かあったのかい?」
「 “何かあった” ではありませぬ!」そう言って、ベイガンは油断無く周囲を見回した。
そこにはセシル達を取り囲むように―――少なくともベイガンにはそう見えた――― “月の女神” や “暗黒魔道士” らがこちらを伺っていた。「魔物に取り囲まれているではありませんか! やはり駆けつけてきて正解でしたな!」
「いや、良く見なよ。みんな戦意を喪失しているだろう?」ここに残っていたカティスを初めとする月の女神や暗黒魔道士達は、皆、バッツとギルガメッシュの戦いに目を奪われていた者たちだ。次元が違う凄まじい攻防を見せつけられ、すでに彼女らに戦う意志は無い。ベイガンに薙ぎ倒された者たちも、特に反撃しようと襲いかかって来る様子は見せなかった。
「し、しかし敵であることに違いは―――」
「それよりもベイガン? 僕はフースーヤを守るように命令したはずだよね?」
「うっ・・・」穏やかに笑い尋ねるセシル―――笑顔だというのに、言いしれぬプレッシャーを感じてベイガンは一瞬言葉に詰まる。
だがすぐに背筋を伸ばし、力を声に込めて答えた。「申し訳ありません! 命令違反に対する罰は如何様にも受けましょう―――ですが近衛兵長として、危険と解っている場所へ黙って陛下を見送ることなどできませぬ! 例えそれが、正しかったとしても!」
ベイガンの言葉に、セシルは「そうか」と短く呟いて。
「それなら仕方がないね―――まあ、巨人内部に何が待ち受けているか解らないし、ベイガンが居るなら心強い」
「へ、陛下・・・?」笑みを絶やさないままあっさりというセシルに、叱責の一つは覚悟していたベイガンは逆に戸惑う。
「あの、命令違反に対する処罰は・・・」
「無いよそんなの。どちらかと言えば “近衛兵長” の立場を考えずに命令した僕の方が悪いしね」
「い、いえ、陛下が悪いなどということは決してありませぬ!」苦笑するセシルに、ベイガンは慌てて首を横に振った。
そんな近衛兵長に、バロン王は「あはは」と朗らかに笑う―――のを見て、バッツはなにやら不安げな表情をしていた。「うん? バッツ、どうかしたのかな? 難しい顔をして」
「いや・・・」バッツの表情に気がついたセシルが問いかけると、彼は言葉を濁し―――かけて、思い直したように口を開く。
「セシル、お前さ―――」
「見つけたわよ! バッツ=クラウザー!」言いかけたバッツの言葉を遮るように、空から女性の声が降ってきた―――
******
見上げれば、長い金髪の美女がこちらへと向かって急降下してくるところだった。
「あれは・・・確かバルバリシアって言ったっけ?」
「陛下、お下がりください!」ベイガンがセシルを庇うように前に出る。
が、バルバリシアの目にはベイガンもセシルも映ってない様子で、ただひたすらにバッツを見つめている―――よくよく見れば、バッツ目掛けて急降下しているようだった。「な、なんだ?」
自分が狙われていることを知り、バッツは困惑する。
だが不思議と迎撃する気にはなれず―――そんなよく解らない気分も相まって、バッツは戸惑ったまま呆然と迫り来るバルバリシアを見つめ返すだけだった。「させぬ!」
狙いが王でなかったとしても、むざむざやらせるわけには行かぬ―――と、ベイガンが大蛇の腕をバルバリシアへと伸ばす。
ベイガンにしてみればそれはただの牽制だった。
先程も戦ったばかりで、バルバリシアの強さはそれなりに解っているつもりだった。この一撃で止められるとは考えておらず、勢いを削ぐことが目的だった―――のだが。「―――えっ!? きゃあああっ!?」
バッツの事しか見ていなかったバルバリシアは、大蛇が迫ってくることに直前まで気づかずに回避が遅れた。
大蛇の方はギリギリで回避したものの、それで大きくバランスを崩し―――そのまま墜落する。ずざざざざっ、とバッツの隣の地面に不時着し、そのまま地面を滑っていく。
数メートルほど地面を抉っていき―――ようやく止まったが、倒れたまま動かない。「え、ええと・・・大丈夫か?」
思わずバッツは心配になって声をかけながら近づいた。
「バッツ殿! 油断なさるな!」
ベイガンが警告を飛ばす―――と、その声に反応したかのように、バルバリシアが突然起きあがった。地面の上を滑ったにしては、身体に土汚れがついた様子は無い。どうやら風の力でガードしていたらしい。
彼女はそのまま立ち上がりこちらを振り向くと、すぐ傍のバッツを―――無視して、ベイガンへと詰め寄った。
「いきなりなにをするの!?」
「な、なにとは―――」
「飛んでるところに蛇仕掛けるなんてどーゆー神経しているのかって聞いてるの! 危ないじゃない!」
「・・・・・・」いきなりの文句に、ベイガンの思考が停止する。
と、バルバリシアの方は文句を言ったらとりあえず気が済んだのか、何も言わないベイガンを無視して、改めてバッツの方へと向き直った―――その背中に、ベイガンははっとなって怒鳴る。「どーゆー神経とはどーゆー意味だッ!? 敵を撃墜しようとするのは当然のことであろうがッ!? 敵に向かって攻撃を『危ない』などと文句を言う貴様の神経こそどうなのだあああっ!?」
「貴方の力が必要なの。正直、今の私ではここに飛んでくるので精一杯で・・・」
「人の話を聞けえええええっ!」こちらの文句を無視して、バルバリシアはバッツに語りかける。
さらにベイガンが怒鳴るが、それも無視。「ち、力を貸せ? なんでだよ?」
「私の事を操ってたヤツに一矢報いたいの。1000年前と同じように一つになれば、あんなヤツ簡単に倒せるから」
「操ってた? ていうか1000年前ってなんの話だよ!?」
「・・・ああ、もうじれったいわね!」バルバリシアは説明するのも面倒だと、バッツに近寄る。
目と鼻の先。互いの息が感じ取れるほど近くに、真っ正面で向き直り―――バルバリシアはさらに一歩踏み出した。
フュージョン
更に迫ってくるバルバリシアに、バッツは後ろに下がりかけて―――思わず動きを止める。
「な・・・なんだあ!?」
バルバリシアが一歩踏み出せば確実にバッツと激突するという距離―――だったにもかかわらず、二人は “激突” することはなかった。
「な・・・なんと・・・!?」
奇妙なことに、二人の姿は “重なって” いた。
当人達は認識出来ないが、外―――セシルやベイガンから見れば、まるでバッツの肖像画の上にバルバリシアの絵を重ねて描いたかのように、二人の身体の輪郭が重なって見えている。驚愕するベイガンの目の前で、さらに今度はバルバリシアの姿が薄れていき―――バッツの中へ溶け込むように消えてしまった。
「お、おい!? どこに消えたんだ!?」
―――ここよ。
バッツがバルバリシアの姿を探せば、自分の頭の中から声が響いてきた。
何が起こったのかまるで理解出来ずに呆然としていると、その身体がふわりと浮き上がる。「今度は身体が浮いたあ!? どーなってんだよ一体」
―――よおし、これなら行けるわ! 待ってなさい、風のカオス!
「待てコラ! 頼むから人の話を聞いてくれ!?」
―――あははははっ! この私をいいように扱ってくれたこと、後悔させてやるわっ!
「おいいいいいいいいいっ!」
浮き上がっていたバッツの身体がさらに上昇する。
まるで疾風のように空中を疾駆して―――その姿はあっというまに空の彼方へと消え去っていった。「・・・・・・バ、バッツ殿?」
バッツが飛んでいった方向をベイガンは見上げ、呆然と呟く―――呟くことしかできなかった。
そんなベイガンの後ろで、セシルは苦笑混じりに呟く。「・・・あー、カインに続いてバッツも行っちゃったか」
「へ、陛下。 “行っちゃったか” では有りませぬぞ! 事態はよく解りませんが、あのバルバリシアめがなにかしたに違いありません! このままではバッツ殿が・・・」
「バッツは大丈夫だと思うよ?」塵とも心配してない様子で、セシルは笑いながら言った。
「バルバリシアの言動から察すると、どうやらフースーヤの精神波で彼女達は正気に戻ったようだし―――おそらく、彼女達をおかしくしていた元凶を倒す為に、バッツの力を借りに来たんだろう」
殆ど根拠のない想像だったが、おそらく間違いはないだろうとセシルは思った。
そうでなければ、割と勘の鋭いバッツはもう少し警戒していただろう。「で、彼女が正気に戻ったと言うことは、他の連中も正気に戻っていると思う。つまり―――」
不敵な笑みを浮かべ、セシルは首から下が埋まっている “巨人” の頭部へと目を向ける。
「残るはあの中に居るヤツだけってことさ」
「・・・・・・」不意に、ベイガンは背筋が寒くなるような不安を感じた。
先程から―――いや、月から戻ってきた時からずっと、ベイガンはセシルが “笑み” 以外の表情を浮かべているのを見ていない。
それに普段よりも妙に明るい気がする―――違和感を感じてしまうほどに。(・・・そう言えばバッツ殿もなにかを言いかけていましたが、あれはもしや―――)
「どうしたんだい? 早く行くよ?」
ベイガンが思案している間に、セシルは “巨人” の方へと向かっていた。
それを慌てて追いかけながら、ベイガンは叫ぶ。「お、お待ちください! まさか我々だけで “巨人” の中へ乗り込もうというのですか!?」
次第に高まっていく不安感を抑えながら尋ねてみれば、セシルは明るく笑って「仕方ないじゃないか」と返事を返す。
「カインもバッツも行ってしまったし―――まあ、君が居るならなんとかなるさ」
―――普段ならば、その言葉に騎士としての喜びを感じ、感動したかもしれない。
だが今は、さらなる不安を煽り立てられたようにしか思えなかった。(止めるべきですな・・・!)
心の中で確信する。
今のセシルは危うい―――ここは力尽くでも止めるべきだとベイガンは思った。「陛下―――」
「行くよ」
「・・・・・・っ」止めようとした瞬間、セシルがこちらを振り返る。
それはさっきまでと変わらぬ笑み―――だが、その瞳は笑っていないことにベイガンは気がついた。(・・・止められぬ)
無理だ。
“あの時” もベイガンは止めることが―――止めようとすることすらできなかった。
今回も同じだ。
力尽くで止めようとしても、セシルを止めることは出来ないだろう。ならばベイガンに出来ることはただ一つ―――
(護る!)
王の身に及ぶ危険を我が身で受け、王が受ける傷を我がものとする。
それこそが近衛兵の使命と望む。覚悟を胸に、ベイガンはセシルの後へ続いていった―――