第28章「バブイルの巨人」
ＡＦ．「カオスの欠片」
main ｃｈａｒａｃｔｅｒ：カイン＝ハイウィンド
location：バロン
「フン・・・！ なにがクラーケンだ！ ただのイカ如きが勿体振りやがって！」
カオスのクラーケンとか言うイカをさくっと滅ぼした後。
カインのフラストレーションは最高潮に達していた。「いや、だったらせめて奇襲せずに口上くらいは聞いてやった方がよかったんじゃ―――」
なんとなくいたたまれない気持ちでロイドが言うが、言ってから即後悔した。
カインはギロリと―――殺気に満ちた視線でロイドを睨み「奇襲だと？」と怨念じみた声を漏らす。「寝言が耳障りだったからちょっと小突いただけだろうが―――それだけで死にやがって！ 雑魚め！」
ぺっ、とクラーケンがいた場所へと唾を吐き捨てるのを見て、ロイド「えーと・・・はい、そのとおりです」ととりあえず適当に相槌を打っておく。下手に逆らえば不機嫌の矛先がこちらに向かいかねない。
ロイドが黙ると、カインは不機嫌な気分を隠さずにスカルミリョーネへと向き直る。「それよりも貴様！ まだ生きていたのか！」
『フシュルル・・・私は不死身だ・・・ “器” を壊されたところで、また別の器を使えば良いだけのこと・・・』言うなり、巨大なゾンビはいきなり崩れ落ちた。
そして地面に還るように消えていく―――「・・・故に何度でも私は蘇る・・・・・・」
声は別の方から。
見れば、さっきカインが貫いたはずのローブが起きあがっている。
カインは殺気を向けるが、それを破壊したところで無駄だと理解したのか、「チッ」と舌打ちしただけで攻撃を仕掛けようとはしなかった。「スカルミリョーネ・・・俺は、一体・・・？」
水の人形―――カイナッツォが立ち上がり、スカルミリョーネに問いかける。
念のため、セリス達は身構えるが、すでにカイナッツォに敵意はない様だった。「フシュルル・・・お前達は “カオス” を通じてゼムスに操られていたのだ」
「ゼムスに・・・おのれ、あの時かッ」表情がないので解りにくいが、その声からして怒っているようだった。
と、それを聞いてセリスがスカルミリョーネへ問いかける。「操られて・・・？ まさか、今までクリスタルを集めていたのも―――」
「・・・クリスタルを集める為に操られていたのはゴルベーザだけだ・・・」
「なんだ？ 話が見えない・・・」
「カカカカッ！ ガストラの将軍は頭が弱くともかまわぬのか！？」
「・・・・・・！」カイナッツォの嘲笑に、セリスは殺気を放つ。
一触即発な空気に、ロイドが慌てて間に割って入った。「つ、つまり！ 誰かに操られていたゴルベーザにアンタらが従っていたのは自分の意志ってわけッスね？ そして、その月で結局アンタ達も操られて巨人を使って攻め込んできた・・・って所ですか？」
「フシュルル・・・その通りだ・・・」フードの下でスカルミリョーネが頷く。
「ちょっと待て。ゴルベーザも操られていた・・・？」
「・・・らしいッスね」セリスが呟くと、ロイドも苦く笑いながら肩を竦める。
スカルミリョーネの言ったことが本当だとして―――真の黒幕に操られていただけだとしても、今までにゴルベーザがやってきたことを許す気にはなれない。だが、これ以上無用な戦いを避けることはできるかもしれないと、スカルミリョーネへ問いかける。
「・・・それで？ アンタ達はまだ戦う気はあるですか？」
「フシュルルル・・・・・・私は元から戦う気などない。フースーヤを使い、こいつらを元に戻すことが目的だった・・・」
「カカカカカッ！ 貴様らを皆殺しに出来なかったのは残念だがな！」あくまでも挑発するカイナッツォに、セリスの殺気がさらに膨れあがるが、ミストが「まあまあ」と肩を叩いて宥めようとする。
そんなセリスの殺気には気づかないように、カイナッツォは顔（と思われる場所）をスカルミリョーネへ向けた。「しかし何故貴様だけが操られなかった？」
「・・・そう言えばミストさんも、敵ではないって解ってたみたいですけど」カイナッツォに続いて、ロイドも疑問を口にする。
ミストは「ええ」と頷いて。「何故か、そこの死霊術士さんからは “嫌な気配” を感じなかったので」
「フシュルルル・・・ “嫌な気配” ・・・カオスの欠片のことか・・・・・・」
「カオス？」ロイドが首を傾げると、カイナッツォがまたも「カカカカカッ！」と嘲笑する。
「今の連中はそんなことも知らんのか！」
「・・・遙か昔、世界を闇に包んだという存在のことだろう」苛立った様子でセリスが告げる。
「ただ古すぎるため、詳細はよく解っていない。殆どおとぎ話のようなものだと思っていたが・・・」
「フシュルルル・・・そう・・・太古に世界を包み込んだ “混沌” 。ゼムスは現世に我らを目覚めさせるためにその欠片を操り、我らに同化させて無理矢理に呼び覚ました・・・・・・」
「そのまま “欠片” は我らの中に残り、力となった―――が、それはゼムスの “保険” でもあった」月でゼムスと相対した時、ゼムスはカイナッツォ達の中にあるカオスの欠片を活性化させ、その精神を蝕んだ。
それでカイナッツォ達は、ゴルベーザと共に完全にゼムスの手先となってしまったのだが―――「それで、スカルミリョーネ。貴様だけはどうしてカオスの支配から免れたのだ？」
「・・・カオスの欠片など、すでに喰っておる・・・」
「喰った！？」
「フシュルルル・・・カオスそのものならばともかく、欠片程度に蝕まれるようでは死霊などなれぬ・・・・・・」スカルミリョーネの肉体はすでに滅んでいる。
肉体を失い “死んだ” 魂は、本来ならば星に還らなければならない。何かの事故や、未練があってこの世に留まったならば、それはゴースト―――自我を失い、生者を襲う魔物になってしまう。だがスカルミリョーネは肉体が死んだ後も、己の魔力で魂の状態を維持し “自我のあるゴースト” ―――死霊となって、存在し続けている。魔力の大部分を魂の維持に使っている為、実際に使える力はそれほど強くはないが、本来の魔力でいうならば現世の魔道士では足下にも及ばないだろう。
「―――それで、貴方達はこれからどうするのです？」
声。に、その場の全員が振り返れば、先程まで精神集中していたフースーヤが汗を拭いながら歩み寄ってくるところだった。
それを見て、スカルミリョーネは「フシュルルル・・・」といつもの不気味な音を立てる。「・・・ということは、他の二人も・・・？」
「ええ。どうやら正気に戻ったようです―――まさか “カオス” が絡んでるとは思いもしませんでしたが」
「フシュルルル・・・仕方有るまい・・・カオスの欠片などそこらに落ちているモノでもない・・・ゼムスがどこからそんなモノを拾ってきたか解らぬが―――」
「あれは！？」スカルミリョーネの言葉を遮り、セリスが叫ぶ。
彼女が見ているのはバロンの街の方角―――その上空だ。「六つの頭を持つ竜・・・！？」
ロイドは見たこともない竜―――もっとも、飛竜以外の竜も殆ど見たことはないのだが―――を見上げ、表情を強張らせた。なにせ “竜” とは魔物の中で “最強” だと呼ばれる種族の一つだ。実際に見たこともないので噂でしか知らないが、たった一匹で街の一つ、城の一つが破壊されるとも言われている。
―――しかし畏れを抱くロイドとは対照的に、カインは「フッ」と不敵に笑う。
「面白い・・・！」
「いや面白くないッスよ！？」
「アレならば名誉挽回の相手になりそうだ！」
「名誉挽回って、やっぱりなんかミスったからそんなに不機嫌―――って、ちょっとカイン隊長！？」ロイドの言葉などまるで耳に入ってない様子で無視すると、カインはアベルへと飛び乗って、六頭を持つ竜へと飛んでいった―――
＊＊＊＊＊＊
「む・・・？」
ヤンは目を覚ますと、素早く立ち上がる。
どうやら気絶して倒れていたらしい―――周囲では、シュウやバルバリシアが倒れているのが見えた。メーガス三姉妹の姿はない。シュウが気を失ったので、消え去ってしまったらしい。「う・・・私は―――？」
シュウとバルバリシアも意識を取り戻した様子で起きあがるのを確認していると「大丈夫ですか！？」と声が聞こえた。
振り返れば、クノッサスがテラと共にやってくるところだった。どうやら彼が回復魔法を行使してくれたお陰で、ヤン達は意識を取り戻したらしい―――そう思えば、電撃に打たれた割には身体にはダメージが残されていなかった。
普段は白魔法に頼ることを良しとしないクノッサスだが、流石に非常事態にまで白魔法を制限しない。「助かり申した」と、クノッサスに礼を言ってから、ヤンは空を見上げる。
気絶していたのはティアマットの放った電撃を身に受けたからだろう。その竜はどうして追撃してこないのか見上げてみれば。「・・・あれは」
見上げれば六頭の竜相手に、飛竜に乗った竜騎士が戦っていた。
大きさが違いすぎる為、カインはまるで虫が飛び回っているようにしか見えないが、ティアマットの周囲を飛び回り、槍を振り回して着実に攻撃を仕掛けている。
対して、ティアマットは六つの首を巡らせて、それこそ蝿を追い払うようにカインを追いかけ回す―――が、機動性はアベルの方が上だった。人竜一体となったカイン達を、ティアマットは捉えることが出来ない。「カイン＝ハイウィンドが出てきたか―――ならば、私達の出番は終わりだな」
腕を組み、ヤンは嘆息混じりに呟いた。
地上ならばともかく、空中戦ならば飛竜に乗ったカインの右に出る者はいない。ヤンは視線を降ろし、バルバリシアを見る。彼女は、ヤンと同じように空中戦を見上げていたが―――やがて、拳を握りこみ、どこか悔しそうに唇を噛む。
「あいつが私を・・・・・・」
「バルバリシア・・・？」バルバリシアの呟きに気づいてシュウも彼女を見る。しかしバルバリシアの方はその視線に気がつかず、憎々しげにティアマットを睨付けるだけだった―――が、やおら風が吹き、その身体が浮き上がる。
「どうした！？」
「絶対に許さない・・・！」その呟きを聞いてシュウは理解する。己の精神を浸食していた風のカオスとやらに怒りを抱き、自分で始末しなければ気が済まないのだろうと。
だが、ティアマットが抜けた影響なのか、今のバルバリシアは見るからに弱っていた。このまま挑んでも、返り討ちに遭うだけだろう。「待て、バルバリシア！ 今、メーガス三姉妹を返す！」
Ｇ．Ｆの力があればそれなりに戦えるだろうと考えシュウが叫ぶ―――だが、その声が届かなかったようで、バルバリシアはシュウの方を振り向かないまま―――その姿を消す。
「転移した！？」
焦りを覚えつつも空を見上げる。
空ではカイン＆アベルとティアマットの空中戦が変わらずに繰り広げられているが、そこにバルバリシアの姿はない。何処かへ転移したのだろうと言うことは解る―――が、それは天空ではない。
ならば何処へ行ったのかと考えるが、シュウに思い当たる場所は無かった―――
＊＊＊＊＊＊
ルビカンテから立ち上った黒いもやは、やがて人の姿を形作る。
それは女性だった。
炎を思わせる赤銅色の肌で、これまた金色の炎のようなウェーブがかった長い髪を後ろへと流し、その表情は不敵に笑みを浮かべている。
二つの豊満な胸を抱え、魅力的なプロポーションを惜しげもなく見せつけている―――がそれは明らかに人間ではなかった。三対六本の腕を持ち、その一つ一つに剣を握りしめている。さらには下半身には足が無く、代わりに上半身よりも遥かに長い蛇身をくねらせていた。
「・・・・・・・・・」
彼女は最初ぼんやりとしていたが―――すぐ近くに居るファリスの姿を目に映してその表情に感情が生まれる。
「お前は・・・・・・―――はははっ！」
突然、愉快そうに笑い出したかと思うと、蛇身で砂浜を打ち、その反動でファリスへと向かって跳躍する。
「なっ！？」
驚きながらも、剣を振りかぶり向かってくる相手から逃れようと身を退く―――が、相手の方が速かった。
襲い来る六本の剣全てを避けきることは出来ず、その内の一本がファリスの身体を袈裟懸けに斬り裂く。「―――っぁ！？」
ファリスは斬り飛ばされ、もんどり打って砂浜に倒れる。
うつぶせに倒れた身体の下から血が砂浜へと染みこんでいく―――「お頭ぁっ！」
「てめえっ！」ファリス配下の海賊達が激昂し、剣や手斧を手にして蛇身の女性へと飛びかかっていく。
だがそのこと如くを六本の剣で受け止めると、逆に返り討ちにしていった。「・・・があっ！？」
最後の一人が砂浜に倒れ、女性は剣についた血を舐めとる。その表情は恍惚としていた。
「な・・・なんだ・・・一体・・・！？」
ファリスや海賊達が斬られる間、マッシュは呆然とそれを見つめることしかできなかった。
ようやくルビカンテを倒した直後の惨劇に反応出来なかった、ということもあるが、何よりもすでに力を使い果たしている。マッシュに出来たことは、ファリス達が斬られるのを見ながら、気絶したカーライルを支えることだけだった。と、その二人へ女性は振り返った。
にぃ・・・と目を細くして妖しげな笑みを浮かべ、蛇身をくねらせてずりずりとマッシュ達へと近寄ってくる。「くそ・・・っ！」
マッシュは肩に竜騎士を担いだまま拳を握る―――が、まるで力が入らない。
逃げようにも、カーライルを支えるので精一杯で、足は思うように動いてくれなかった。「なんだ・・・」
もはやマッシュには言葉を放つことしかできない。
だから彼は問いかける。「なんだお前はぁっ！？」
返答は期待せずに―――というかただ自棄になって叫んだだけだったが、意外にも女性はマッシュの眼前で動きを止めて口を開く。
「我は火のカオス・・・」
「火の・・・カオス？」
「名はマリリス・・・・・・覚えたか？ この名を覚えたならば―――」
「ッ！」女性―――マリリスは六本の剣を天へと突き上げると、短く告げる。
「―――死ね」
そして、その内の二本の剣をマッシュ達へと振り下ろした―――