第28章「バブイルの巨人」
AE.「空神の一撃」
main character:ヤン=ファン=ライデン
location:バロン

 

 

「バルバリシア様! 正気に戻ってください!」
「ああああああああああああああああっ!」

 マグが必死になって叫ぶ―――その声を跳ね返そうとするかのように、雄叫びの如くバルバリシアが吼えた。
 その瞳は真っ赤に染まり、その瞳にはマグが映っていない―――どころか、周囲が何も見えていないようだった。
 ただ、何者も近づけんとするかのように、伸ばした髪を振り乱し、破壊的な風を振りまく。

 彼女と戦っているメーガス三姉妹は知る由もないが、それは暴走したルビカンテと同じような状態だった。

「な、なんかバル様ヤバくない!?」

 髪の毛をかいくぐりながら、ラグがおろおろとしながら叫ぶ。
 さっきまではフースーヤの精神波で苦しんでいたものの、まだ理性があった気がする。
 だが今は、まるで痛みにのたうち回る獣の様だった。

 かつての主の様子を見つめ、マグは神妙に呟く。

「おそらく、精神波によって心を揺さぶられ、精神が混乱しているのでしょう・・・もしもこの状態が続くならば・・・」
「続くならば?」
「精神が壊れてしまうかも・・・」
「やっぱヤバイじゃん―――ひょわあっ!?」

 飛んで来た髪の毛を短剣で打ち払った―――は、いいが、その直後に風で吹っ飛ばされるラグ。
 ドグがそれを受け止めるのを見つつ、マグは思案を重ねる。

(せめてもう少し近づければ、デルタアタックで動きを止められるのですが・・・!)

 暴走しているせいか、この場から逃げ出そうという理性も残されていないようだった。
 しかしこのまま放っておけば、今し方自分が口にしたように、バルバリシアの精神が崩壊してしまうかもしれない。なんとしてでも止めなければ―――と、悩むマグの脳裏に、今の主の声が響く。

 ―――マグ!

(シュウ様?)

 ―――今、そちらにファブールのモンク僧長が向かってる。

 振り返れば、確かに先程バルバリシアの突撃を蹴り返したモンク僧が地上を走っていた。確か名前はヤンとか言ったか。
 しかし援軍は有り難いが、空を飛べぬヤンでは戦力にならない。たとえ浮遊魔法で浮かべたとしても、空中戦を行うには無理がある。

 そのことを告げようとする前に、シュウがさらに続ける。
 言われた内容に、驚きながらもやってみる価値はあると判断する。

(どのみち、私達ではバルバリシア様に届かない―――ならば、あのモンク僧に賭けてみるしかない!)

 

 

******

 

 

 頭痛が止まらない。

 ―――目を覚ませ!

 この声が聞こえるたびに、心がかき乱され、自分自身が解らなくなっていく。
 今、バルバリシアの心の中を支配しているのは “恐怖” だった。

(私は・・・ “何” ?)

 どうしてここにいるのか、何をしているのかが理解出来ない。

(私はゼムス様のため―――違う、私はゴルベーザ様を―――)

 全く異なる二つの自分が一つに混ざり、混乱する。

 ―――目を覚ませ!

「バルバリシア様! 正気に戻ってください!」

 頭の中と耳から聞こえる二つの声。
 そのどちらもがバルバリシアを揺さぶり、心が千切れそうになる。

(いやだ、怖い、何も聞きたくない、見たくない、来るな、来るな―――来ないで!)

「ああああああああああああああああっ!」

 自分の心を侵そうとする “何か” を退けようと周囲を髪で薙ぎ払い、風で吹き飛ばそうとする。
 今にも壊れそうな心を抱え、バルバリシアは絶叫する―――

 

 

******

 

 

「あああああああああああああああああッ!」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」

 空から降ってくるバルバリシアの絶叫に重ねるように、ヤンは咆哮する。
 己の全ての力を足に込めるように集中し、地面を跳躍。竜騎士に勝るとも劣らぬほどの力強い跳躍は、高く、空高くへと舞い上がる。

 ―――しかし、それでも空中に居るバルバリシアには届かない。

 勢いよく跳んだヤンの身体はやがて失速して止まる―――ところで、ドグがヤンの真っ正面に回り込むと、大きな声で叫んだ。

「いきますわよーーーーーーーっ!」

 叫びながらやや腰を落として身体の前で両手を組むそのポーズは、バレーのレシーブの構えだ。
 ボールではなく、ヤンの足を両手に受けて思い切り打ち上げる。

「レシーブ!」
「ぬうっ!」

 ドグのレシーブに合わせて、ヤンも彼女の両手を蹴り上げる。
 女性に見えるがそこはガーディアンフォース。人とは思えぬ膂力で、ヤンの身体を更に高くと舞い上がらせた。
 それでバルバリシアと同じ高さまで到達する―――が、ヤンが飛び上がった先はバルバリシアとは見当違いの場所だった。

 だが、そこにはマグが空に仰向けに寝ぞべる様に浮かんでいた。

「行くぞ!」

 ヤンは天に向けられたマグの大きな腹の上に着地する。
 と、マグの腹はもの凄い弾力で沈み込み、ヤンの身体は首の辺りまで埋没する。

「トーーーーース!」

 マグが叫ぶと同時、沈み込んだ腹が一気に膨れあがり、ヤンの身体を天高くへと射出する!
 ロケットのような勢いで、雲よりも高く飛び上がり―――ヤンはその頂点で蹴りを放つ。

「アターーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーック!」

 蹴りは空を蹴る。
 空振り、というわけではない。風の威を得ているヤンの脚は、まるで壁か天井でも蹴るかのように、空を蹴り飛ばす!
 その反動によりマグの腹に射出された何倍もの速度で、ヤンの身体はバルバリシア目掛けて加速落下。身体を回転させ、脚を下へと向けて蹴りの体勢へと。

「ぬうおおおおおおおっ! 今回限定必殺技―――」

 

 空神脚

 

 ボッ、ボッ、ボッ、と空気の壁を何度も打ち破り、バルバリシアの姿が眼下に迫る。
 そのバルバリシアがふとこちらへと視線を見上げた。迫り来るヤンの姿を認め、目を見開き―――

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」

 絶叫。
 それと共に、防衛本能なのか竜巻が彼女の身体を覆い尽くす。

 

 ミールストーム

 

 竜巻を行く手を阻む。
 超高々度からの落下速度によるヤンの蹴りはそれでも止められない。竜巻を打ち破り、バルバリシアへと迫る―――が。

(いかん!)

 ヤンは己の身体が失速していくのを体感する。
 竜巻を打ち破り、バルバリシアへと届く―――が、届くだけだ。打ち抜くほどの力はなく、脚は彼女を踏みつける程度の威力しかない。ならば接触してから打撃を放つか―――と拳を固めたその時だ。

「ラーーーーーグーーーーーー!」

 ヤンの頭の上から幼い少女の声が聞こえた。
 何だ!? と見上げようとした直前。

「ドッキーーーーーーーーーーーーングッ!」

 がしいっ! と、ヤンの両肩に何かが乗る。
 それはさっきバルバリシアの風に吹き飛ばされていたラグだった。少女の身体をヤンが肩車するような形で合体―――その反動で、ヤンの身体が少しだけ再加速する。

 それでも敵を倒すのに十分な威力とは言えなかったが―――

(狙うは一点―――)

 真っ赤に目を血走らせ、こちらを見上げるバルバリシア。
 その胸―――豊満な双丘の間目掛けてヤンは蹴りを放つ。人間で言うならば、もっとも重要な臓器―――心臓のある部位だ。

「やあああああああああああああああああああっ!?」

 ヤンの一撃を逃れようと、バルバリシアが身じろぎする。
 だが彼女が回避するよりも速く―――

「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」

 ―――ヤンの蹴りがバルバリシアの胸を打ち抜いた!

 

 

******

 

 

「バルバリシア様!?」

 ヤンの蹴りを受け地面へと落下するバルバリシアを見て、マグとドグは慌ててそれを助けようと向かう―――が、間に合わない。
 風の妖女は勢いよく落下していき、そのまま地面へと墜落―――

「『レビテト』!」

 ―――墜落する寸前、浮遊魔法が彼女へとかかり、落下速度を緩和する。
 水の中を沈殿するかのようにゆっくりと落ちて行き―――その身体をいつの間にか回り込んでいたシュウが受け止めた。

「―――大丈夫?」

 シュウは不安そうにバルバリシアの顔を覗き込む。
 と、その目がうっすらと開き、シュウの姿を見つめる。

「シュ・・・ウ? 私は・・・・・・?」

 その瞳には先程までの暴走していた様子は見えない。
 正気に戻ったのか―――と、問おうとした瞬間、バルバリシアはカッ、と目を見開いて口を大きく開く。

「がっ―――あ・・・あああああああああああああああっ!?」
「バルバリシア!?」

 バルバリシアの口から、黒いもやのようなものが勢いよく噴き出した。
 それは、空高くへと浮き上がる。

「な・・・なんだ・・・?」

 ラグに頭を抱えられてゆっくりと降下していたヤンは、自分と入れ替わるように天へと吹き上がる黒いもやを見上げ眉をひそめる。

「あー、なんかアレがバル様の中に入ってたぽいねー?」
「入ってた?」
「アレのせいでバル様がおかしくなってたって事―――ていうかオッサン、首痛くないの?」

 ラグが頭を―――正確には顎を抱えているヤンに尋ねる。
 顎を抱えられているということは、つまり首から下の体重を首だけで支えているということだ。しかしヤンは「はっはっは」と笑い飛ばして簡潔に答えた。

「鍛えているからな―――あと “オッサン” というな。私にはヤンという名前が・・・」
「えー?  “オニイサン” を略して “オッサン” じゃん」
「む。ならば良し」

 などと傍から聞いていたマグが頭痛を覚えるような会話をしつつ、ヤンは地面に着地し、改めて空を見上げる。
 黒いもやは空で大きく変化し、巨大な何かに形を変えようとしていた。

 やがてそれは六つの頭を持つ巨大な竜へと姿を変える―――

「あれは一体・・・?」

 それを見上げ、震える声で誰にともなく疑問を発する。

「・・・風のカオス―――暴竜ティアマット・・・」

 翼もないのに空へと浮かび、六頭をくねらせる竜の名を呟いたのは、シュウに抱かれたままのバルバリシアだった。

「バルバリシア!」
「ごめん、なさい・・・本当なら私達の手で決着をつけるつもりだったのに、逆にゼムスの手先に―――」
「謝ることなどない! そのために、貴方はメーガス三姉妹を私に託したのだろう?」

 ・・・などとシュウとバルバリシアがやっている隣では、ヤンが怪訝な顔でティアマットを凝視し―――そして、バルバリシアの腹部を見つめていた。

「ふむ? 一体どこにアレが入って―――うおっ!?」

 素早い動作でシュウが放ったムチをギリギリで回避し、ヤンは「何をする!?」と抗議の声を上げた。

「お前こそなにを考えている!」
「いや、そこの少女が、あの竜はその女性の中に入っていたとかいうので―――妊婦でもあんなデカいものは腹に入らんだろうしなあと」
「死ね」
「ちょっと待て! なんで突然死の宣告されなければならんのだ!?」

 バルバリシアを地面に降ろし、シュウはムチをヤンへと振り回す。ただのムチではなく、先端に刃のついたムチだ。下手すれば死にかねない。

「シュウ様ー!? そんなことやってる場合じゃないですよ!?」
「そ、そうだった」

 ドグに指摘されてシュウはとりあえずヤンを追い回すのを止め、空を見上げる。
 空をたゆたう六頭を持つ竜は、シュウの視線に気がついたようにこちらを見下ろしてくる。

「とりあえず、あれは敵で良いのだな」

 ヤンも見上げ、竜に対して身構えた―――直後。

 

 稲妻

 

 ティアマットの身体から雷撃が迸り、シュウたち目掛けて降り注いだ――― 

 


INDEX

NEXT STORY