第28章「バブイルの巨人」
AD.「竜虎の拳」
main character:マッシュ
location:バロン

 

 ―――目を覚ませ!

 不愉快な響きが頭の中をかき乱す。
 ルビカンテはその声に苛立ちを感じ、目の前が真っ赤になるほどの怒りを感じていた。

 不快なのはこの声が聞こえる前からだった。炎を放てば簡単に燃えるはずの雑魚共が、しぶとく、うざったくまとわりついてくる。何度で炎を放っても、燃やし尽くそうとしても、しぶとくしぶとくしぶとくしぶとく!

「・・・お前らあああああああっ!」

 苛立ちが頂点に達し、目に見えるもの全てを焼き尽くそうと炎を放つ。感情が高ぶりすぎているせいか、いつものように上手く狙いが定まらないが、激情任せに炎を振りまけば少しだけ気が晴れた。

 

 ファルコンダイブ

 

 しかしそれもつかの間。
 先程、炭にしたはずの竜騎士が突進してきた。槍が身体を貫く―――が、そんなものは致命傷にならない。しかし雑魚に傷を付けられたことにまた苛立つ。竜騎士は熱に対して耐性があるので燃やしにくいが、それならば念入りにじっくりと焼いてやればいいと、手を伸ばした―――ところに。

 

 オーラキャノン

 

 気がつけば視界一杯に光が広がり、それがルビカンテの頭を灼く。それも大したダメージにはならなかったが、それに気を取られて竜騎士を取り逃がしてしまう。
 忌々しい―――と思ったところで、吹雪が吹き付けられて、一気に氷漬けにされる。氷の幻獣の攻撃だ。

(ぬ・が・あ・あ・あああああああああああああああああああっ!)

 氷の中に閉じこめられ、ルビカンテは声に出せぬまま絶叫した。
 その声なき声に応えるように、ルビカンテの身体から激しく炎が吹き上がり、内側から氷を溶かし、砕いていく。
 本来ならば、致命傷を与えかねない氷の一撃だが、身に纏うマントのお陰でなんとか防げている―――ということすら、すでにルビカンテは理解していない。

(雑魚どもがッ、雑魚どもがッ、雑魚どもがあッ!)

 激しい怒りが精神にまで蝕んで、殆ど理性は残されていなかった。
 いや、そもそもそれはルビカンテの感情ではない。
 ルビカンテの中にあった “別の存在” の意志が彼の精神を歪ませていた。

 そのことにルビカンテ自身は気がついていない。
 だから自分が今感じている苛立ちが、己の中に存在する “別の存在” の感情であることも解らずに、感情に振り回されてしまっているのだ。

「があああああああああああああああっ!」

 すでにルビカンテの中には “燃やし尽くす” ことしかなかった。
 何故自分がこれほどまでに苛立っているのか、自分が何と戦っているのかもすでに理解できていない。
 ただただその身に纏う炎の様な、烈火の如き激情を発散するかのように、炎を振りまいていた―――

 

 

******

 

 

 ―――ルビカンテの放った炎の中で、しかしマッシュは燃え尽きていなかった。
 以前、エブラーナでルビカンテと戦った時のように、闘気で炎を防いでいる―――が。

(・・・これじゃ、駄目だ)

 エブラーナでは炎を闘気で防ぎながら戦って、結局焼かれないようにするのが手一杯で、ルビカンテに敗北してしまった。

(防御に集中するんじゃない。攻撃と防御を同時に・・・そのためには!)

 マッシュの身体から放たれる黄金の闘気が、ルビカンテの紅蓮の炎に溶け込み、混ざり合う。
 今まで炎を防いでいた闘気は、逆に炎を取り込んで一つになろうとしている。

(炎を防ぐんじゃない・・・己のものとして、支配しろ!)

 ―――闘気を燃やせ!

 かつて聞いた師の言葉が頭の中に蘇る。
 それは師が一度だけ見せてくれた技―――

「燃え上がれ俺の闘気! 不死鳥の如くに!」

 煌ッ!
 マッシュの闘気がさらに強く輝いて、炎を全て取り込んだ。
 黄金の闘気は、赤く燃える闘気の炎となって、マッシュの身体を包み込む。

 炎が己の力となるのを認識し、マッシュは静かに息を吸い―――吐きながら呟く。

「・・・行くぞ」

 炎の闘気を身に纏い、マッシュはルビカンテを真っ直ぐに見据えた。
 全身が熱くなり、湧き上がるの力はっきりと感じる―――

「これこそがダンカン流奥義―――」

 

 鳳凰の舞

 

 次の瞬間、尋常でない速度でマッシュが突撃し、その拳が炎の魔人を大きく吹っ飛ばした―――

 

 

******

 

 

「すっげー・・・」

 気を失ったリディアを抱えたまま、エッジは呆然とそれを眺めていた。
 文字通り炎と化したマッシュの一撃がルビカンテの身体を吹っ飛ばす―――だけでは終わらずに、超スピードで吹っ飛んだルビカンテの背後へと回り込んで蹴り返す。きりもみ回転しつつ宙に浮くルビカンテを、さらに両手を組み合わせ、槌のように振り下ろした一撃で地面へと叩き付けた。

「な、なんつーかあれ、人間かあ?」
「カイン隊長ならあれくらいはできます」

 驚愕するエッジの隣で、カーライルがなんでもないことの様に言った。

「ホントかよ・・・?」

 疑いの目でエッジはカーライルを見る。
 忍者でも敏捷性に優れた者ならば、今のマッシュ以上の速度で動ける者もいる―――が、流石に大人一人分を蹴り飛ばし、その直後に吹っ飛ばした先へ回り込んで蹴り返す、などという芸当は出来ない。

 しかしカーライルは自信たっぷりに頷いた。

「というか、あれは竜騎士と同じ瞬発力です」

 そう言えばさっき、マッシュはカーライルが炎の中でも無事だったのを見て疑問を口にしていた。
 確かに炎(熱)を取り込んで己の力とする、という意味では今のマッシュの状態は、竜騎士の “竜気” と同じかも知れない。

「まあ、とりあえずこれなら勝てそうですね」

 砂浜に倒れたルビカンテを見て、カーライルがふうと安堵の吐息をする。
 だが、エッジは渋い表情のままだ。それに気がついて、カーライルは小首を傾げた。

「どうしました? もしや、自分の手で倒したかったとでも?」

 ルビカンテとエブラーナの忍者達の因縁はカーライルも聞いている。
 叶うならば、自分たちの手で仲間の仇を取りたいところだろう。

 しかし、エッジは渋い顔のまま首を横に振る。

「それもあるにはあるけどな―――あいつはあの程度でくたばるようなヤツじゃねえ」

 この程度で終わる相手ならば、すでに仇は取れているはずだ。
 エブラーナで―――或いはバブイルの塔で、ルビカンテは追い込まれながらも、凄まじいまでの地力を見せつけてきた。
 正直、仇でなければ尊敬出来る相手だったかも知れない―――いや、むしろしているのかもしれない。

 だからエッジは、今のルビカンテが何か “違う” と感じた時に、そのことに苛立ちを覚えたのだろう。

 と、まるでそのエッジの言葉に応えるように、ルビカンテの身体が炎となって起きあがる。
 再びマッシュが攻勢をかける。ルビカンテも炎でマッシュに対抗するが、炎の闘気を纏うマッシュには通用しない。

 だが、エッジは確信していた。このままではマッシュはルビカンテを倒すことは出来ないと。

「・・・決着をつけないとな」
「―――私が行きます」
「なんだと?」

 エッジの意を察したカーライルは前に出る。

「貴方にはすでに戦う力は残されていないでしょう?」

 カーライルの言ったことは図星だった。
 水竜陣が失敗した後、エッジはたった一人でルビカンテの相手をしていた。
 何度か戦った相手とはいえ、あの炎の魔人相手にたった一人で耐え凌いだというのは驚嘆に値する。しかしその代償として、武器・忍具の類は全て使い切り、水竜陣でも消費していた為に念気も殆ど残されていない。

「それに、守らなきゃいけない人もいる」
「う・・・」

 一番痛い所を突かれ、エッジは腕の中のリディアを見つめた。
 気を失った彼女を放り出して行くわけには行かない。ユフィかキャシーでも残っていたならば任せられたのにと思うエッジに、カーライルは笑いかける。

「大切な人なんでしょう? 守ってあげてください」
「・・・お前にも居るんじゃないのか?」

 なんとなく聞き返す―――と、カーライルは少しだけ驚いた表情を見せ、バロンの街の方へ振り返る。
 しかしそれも一瞬の事だ。
 すぐにマッシュとルビカンテの方へと向き直り、ただエッジの問いかけにだけは答える。

「居ますよ―――だから戦うんです。命を賭けてね」

 そう言い残し、黒き竜騎士は駆けだして行った―――

 

 

******

 

 

 爆裂拳

 

 マッシュの拳の連打がルビカンテの身体を穿つ。
 190cmのマッシュよりも頭一つ分高い長身がよろめく―――が、よろめきながらも反撃の炎を放つ!

 

 火燕流

 

 紅蓮が舞い上がり、マッシュを包み込む。
 だが、炎の闘気を身に纏うマッシュには通用しない。逆に吸収し、さらなる力となる。

「うおおおおおおおおおっ!」

 咆哮を上げながら、マッシュはさらに強烈な一撃を与える。
 砂浜の上を滑りながら吹き飛び、しかしルビカンテは倒れない。

(これも耐えられるのか・・・!?)

 マッシュは焦っていた。
 どれだけ渾身の一撃を与えても、ルビカンテは倒れない。倒れたとしてもすぐに起きあがってくる。

 ルビカンテの炎はマッシュには通用しない。炎の闘気がある限り、炎はマッシュの力となる。
 逆に言えばそれが消えればそれでお終いだが、ルビカンテの炎がエネルギー源としてある限り、マッシュの闘気が衰える事はないはずだった。

 故に一方的に攻撃出来ている―――のだが、何度拳を振るっても、まるで倒れる気配はない。もしかしたらこちらの攻撃も通じていないのかと不安になってくる。

 ダメージは確実に与えているはずだ―――と信じ、打撃を繰り返す。
  “鳳凰の舞” によって一撃一撃が、通常時の渾身の一撃以上の打撃となっている。打撃を受けるたびに、ルビカンテは大きくよろめく―――が、まるで倒れる気配がない。

(なんで・・・なんで倒せないッ―――!?)

 こうなれば―――と、マッシュはルビカンテの身体に拳を当てて、必殺の一撃を放つ。

 

 タイガーファング

 

「がああああっ!?」

 マッシュの最強の一撃がルビカンテの身体を貫く。
 炎の魔人は悲鳴を上げ、身体がくの字に折れ曲がる―――が、それだけだった。

 しかしマッシュは構わずに次撃を放とうと全身に力をみなぎらせる。
 一撃で沈まないのなら、何発でも打ってやると―――

(・・・ん?)

 不意に、気がついた。
 マッシュが拳で触れている場所は、マントが破れている場所だった。
 つまり、カーライルの槍が貫いた場所であるはずだが、その割には傷がない。

(まさか、回復しているのか・・・?)

 その可能性に思い当たり、マッシュは愕然とする。
 もしもダメージを与えるたびに回復されていたとしたら、今まで積み重ねてきたと信じていたものが、全て無意味だったということになる。

 ―――そう思ってしまった瞬間、マッシュを覆っていた炎の闘気が消え去った。
 気をそらしてしまい、集中力が途絶えた為だ。

(・・・しまったっ!?)

 そう思うがもう遅い。
 マッシュの身体を炎が包み込み、その身体を焼き尽くす―――

「・・・へ?」

 ―――事はなかった。
 炎に包まれているはずだが、それはマッシュを焼くほどの熱は感じなかった。
 一体何が―――と思っていると、背中に誰かが手を添えている。

「・・・ギリギリ、でしたね」
「その声は・・・カーライル!?」

 どうやらカーライルが、竜気でマッシュの身体を守ってくれているらしい。

「長くは保ちません。離脱を―――」
「いや、このまま力を貸してくれ!」

 迷ってるヒマはなかった。
 ここで逃げたらルビカンテを倒すことは一生できない。

「しかし―――」

 反論しかけて、カーライルは口をつぐんだ。
 ここで逃げることは簡単だ―――が、もしも暴走したルビカンテがバロンの街へ向かえば、街は地獄と化すだろう。それだけは絶対に防がなければならない。

 見れば、マッシュの身体から闘気が立ち上る。
 それは周囲の炎やカーライルの竜気をも取り込んで、白く輝く闘気となった。

「くっ・・・これは―――」

 眩いばかりの輝き。
 凄まじいまでのその力にあてられて、カーライルの意識が遠くなっていく。

(駄目だ・・・せめて、あと少し・・・)

 気を抜けばそのまま失ってしまいそうな意識をなんとか繋ぎ止め、カーライルは竜気で自分たちのみを守ることに集中した―――

 

 

******

 

 

 カーライルの竜気が炎を防ぎ、マッシュが白く輝く闘気を放出するのを、少し離れた場所でエッジは見守っていた。

「・・・あの時と似てやがる」

 その二人の姿に、バブイルの塔で自分とバッツが似たようなことをしたのを思い出す。
 ルビカンテの炎に対し、エッジが炎を緩和して、バッツが斬鉄剣を放つ為に精神統一をする。

 思い出し、エッジはにやりと笑みを浮かべた。

「よっしゃあ! やっちまえ!」
「ん・・・」

 エッジの声がうるさかったのか、腕の中でリディアが身じろぎする。
 目を覚ましたか? とその表情を覗き込んでみれば、丁度意識を取り戻したリディアと目があった。

 そして。

「キャアアアアアアアッ!?」

 悲鳴と共に、平手がエッジの頬へと飛んだ―――

 

 

******

 

 

 凄まじい力が自分の中で荒れ狂う。
 闘気が、炎が、竜気が―――三種の力が一つに合わさり、先程の “鳳凰の舞” 以上の力が全身を駆けめぐった。

「く・・・お・・・っ」

 ともすれば一気に弾け飛びそうなその力を必死で抑え込み、己の拳へと集中させる。

(これが通用しなければ俺の負けだ・・・)

  “負ける” と言うことは背後のカーライルもろとも “死ぬ” という事を意味する。
 それどころか、ここで止めなければ暴走したルビカンテはどれだけの被害を撒き散らすか解らない。

「俺は・・・」

 故にマッシュはその拳に、その一撃に、己の―――そして己以外の運命を託す!

「俺はこれに生命を賭けるッ!」

 固く握りしめた拳に、一つとなった三種の力が流れ込む。
 真っ白に拳が光り輝き、マッシュは全身の力を振り絞って、その拳を押し出すように前へと突く。

 闘気と炎と竜気。
 それは例えるならば、紅蓮の炎を吐き出す竜の一撃―――

 

 ドラゴンタイガー

 

 マッシュの放った拳は、決して強い一撃ではなかった。
 ルビカンテの身体に拳を押しつけた程度のもので、それ自体には威力はない。
 だが、マッシュの拳に宿った三種の力がそのままルビカンテの身体の中へと染みこむように入り込み―――その身体の内部で一気に爆発し、先程のマッシュのように体内で荒れ狂う!

「があああああああああああああああああああああああああっ!?」

 身体の中を駆けめぐる、抗いようのない衝撃にルビカンテは絶叫し―――そのままマッシュの拳に押されるようにして、ゆっくりと背後へと倒れ込んでいく―――

 ばたん、と仰向けに倒れるルビカンテに、マッシュは拳を突き出した状態のまま、呆然としていた。

「倒した・・・のか?」

 まるで実感がない。
 最後の一撃は、凄まじい力を抑え込むのが精一杯で、なんとかそれを拳に放っただけだ。打撃を与えたというわけでもなく、そのため手応えが感じられなかった―――が、どうやらルビカンテが起きあがってくる気配は無い。

「・・・・・・」

 生死を確かめようと、ルビカンテに近づこうとして―――しかしマッシュの足は動かなかった。
 それどころか、力を失ってその場に膝を突く。と、その肩に気絶したらしいカーライルが身体を預けてきた。

「おい、大丈夫かよ!?」

 声。振り返れば、海賊の頭―――ファリスが歩いてくるところだった。
 その向こうには、上陸用の小舟を砂浜に乗り上げようとしている数名の海賊達の姿があった。カイナッツォがいなくなった後、そのまま逃げずに様子を伺っていたらしい。

 「なんとか・・・な」とファリスに苦笑いで答え、カーライルを肩に背負ってなんとか立ち上がる。

「おい、あまり無理をするなよ?」

 と、ファリスは配下の海賊達を呼び寄せる。海賊達は魔法薬を持っていて、それをマッシュとカーライルの頭から一気にかけた。
 満足に戦闘できるほどではないが、少し身体が楽になる。カーライルはまだ気絶したままだったが。

「・・・そいつ、死んでるのか?」

 ファリスが倒れているルビカンテを指し示して尋ねる。
 マッシュは首を横に振って答えた。

「わからねえ」
「そうか」

 ファリスはルビカンテの生死を確かめようと、近づきかけて―――

「なんだ・・・?」

 そのルビカンテの身体から、もやみたいな黒い何かが吹き上がるのに気がついた―――

 


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