第28章「バブイルの巨人」
AC.「 “嫌な気配” 」
main character:カイン=ハイウィンド
location:バロン

 

 

「どけえええええええっ!」

 鬼女の如くに髪の毛を振り回し、バルバリシアはメーガス三姉妹を蹴散らそうとする。
 さっきよりも苛烈な攻撃だが、激情に駆られているせいなのか、攻撃そのものは荒く、単調になっている。

 三姉妹は連携して、巧みにその攻撃をかいくぐる―――のを、地上でヤン達は見上げることしかできなかった。

「ぬうっ・・・私も空を飛べることが出来たら―――魔法でできませぬか!?」

 ヤンがテラとクノッサスを振り返って問う。
 「ふむ・・・」とテラは思案するが、やがて首を横に振る。

「浮かばせることはできる―――が、素早く自在に空を飛び回り、空中戦を行うことはできん」

 浮遊魔法で浮かび上がっただけでは、ただの的にしかならない。
 何か飛び道具でも使えるならば話は別だが、生憎とヤンは接近戦しかできなかった。

 かといって、シュウやテラ達が行くわけにもいかない。
 テラやクノッサスでは、もしも狙われたら一撃で殺されかねない。シュウならばそこそこ戦えるだろうが、もしもやられてしまえばメーガス三姉妹も消えてしまうので無理はできない。

「―――1つ、案がある」

 ふとヤンに向かってシュウが呟いた。

「一発勝負の一発技だ。それに私達を信頼してくれなければ成り立たないが―――」
「構わない。出来ることがあるなら言ってくれ」
「・・・解った」

 ヤンの言葉に、シュウは頷いてその “案” を口にした―――

 

 

******

 

 

「エルディアッ!」

 

 ダイヤモンドダスト

 

 氷の幻獣シヴァの放った氷雪が乱舞して、ルビカンテへと襲いかかる!
 それは炎の魔人を一瞬で氷漬けにするが―――

 

 火燕流

 

 氷の中から炎の柱が立ち上り、氷を溶かし砕いてルビカンテが現れる。
 それを見て、リディアが舌打ちする。

「ああああっ、もう! あのマント、なんでまだあんのよ!」

 ルビカンテが纏っている “マント” を睨み付ける。
 それはバブイルの塔でも使っていた、氷属性を吸収するマントだ。しかし塔でバッツが斬り裂いたはずだった。

「あのクソ科学者から聞いた話だと “こんな事もあろうかと” 何枚か予備を作っておいたんだと」

 吐き捨てるようにエッジが言う。

「なんでそんなところだけマメなのよっ!」
「俺に言うなっ!」
「言い合ってる場合かああっ!」

 マッシュが叫ぶ―――と、まるでそれを合図としたように、リディアの足下から炎が吹き上がる!

 

 火燕流

 

 吹き上がる炎―――だが、それは一瞬でかき消された。
 リディアの周囲には、炎の代わりに粉雪が舞う。

「あ、ありがとう、エルディア・・・―――っ!?」

 不意に、リディアはがくりと膝を突いた。
 その額には、玉のような汗が浮かんでいる。

「・・・!」
「リディア! どうした!?」

 まさか今の炎にやられたのか!? と、仲間達に不安が過ぎる。
 リディアはエルディアに手を借りながら立ち上がり、無理矢理に笑って見せた。

「ちょっと・・・疲れただけよ」

 エルディア達が現界に来てくれた為、わざわざ膨大な魔力を使って魔封壁を一時解除する必要が無くなった。
 とはいえ幻獣を召喚し、維持するにはそれなりに魔法力を必要とする。

 幻獣であるエルディア達は―――例外もあるが―――己の属性が低い場所にいると力を消耗してしまう。そのために召喚者は己の魔力で幻獣の状態を維持し、用事が済んだなら元いた場所へ送還しなければならない。
 ブリット達のようにただ召喚するだけ、と言うわけにはいかないのだ。

 さっきまでシオンを召喚し、カイナッツォが開く召喚の “門” を閉じ続けた―――そもそも、月にて無茶をした代償はまだ回復しきっていない。エリクサーで一命は取り留めたが、クラウドが少しこぼしたせいなのか、かの霊薬でもリディアを完全回復することはできなかった。
 その上で、新たにエルディアを召喚し続けている。今のリディアでは、エルディアの状態を維持するだけで精一杯だ。

(つーか、完ッ全に計算違いだったわ・・・)

 カイナッツォの存在もそうだったが、ルビカンテがあのマントを装備していたことも想定外だ。
 一応、カーライル達の攻撃である程度マントも破れ、エルディアの攻撃を完全に吸収出来ているわけではない。フースーヤの精神波の効果もあり、それなりダメージは与えられているが―――

「・・・お前らあああああああっ!」

 

 火燕流

 

 ルビカンテの激昂と共に、いくつもの炎の柱が立ち上る。ダメージは確実に負っているはずなのに、追いつめられれば追いつめられるほど、ルビカンテの炎は寄より苛烈となっていく。
 炎の柱はリディア達を狙ったモノではなく、激情に任せてバラまいたようなもので、殆どが見当外れの場所へと吹き上がる―――が、一つだけこちらに直撃した。

「! カーライル!」

 マッシュが叫ぶ。
 炎の柱の一つが、漆黒の竜騎士を包み込む。人間一人分くらいなら一瞬で灰にするような火力だ―――が。

 

 ファルコンダイブ

 

 炎の中から槍を構えた竜騎士が飛び出す。
 そしてそのままルビカンテへと突撃し、その槍でマントごと魔人の肉体を貫いた。
 確かな手応え―――だが、ルビカンテは痛みを感じないかのように、無造作にカーライルへと手を伸ばす。

「くっ!?」

 こちらの顔面を掴もうとする火炎の手から逃れようと、カーライルは槍を引き抜いて離脱しようとするが、それよりもルビカンテの手の方が早い―――

 

 オーラキャノン

 

 カーライルの顔が掴まれようとする直前、炎の魔人の頭に光の一撃が直撃する。
 それでルビカンテの動きは一瞬止まり、その隙にカーライルは離脱した。

「くっ・・・私の槍では通じないと言うのか!?」
「いや、マントを傷つけるだけでも意味はあるぜ」

 悔しそうに唇を噛むカーライルに、エッジが言う。そういうエッジには、すでにルビカンテへの攻撃手段は残されていなかった。手裏剣の類は全て使い果たし、地底で手に入れた忍者刀 “阿修羅” も半分融解している。今のエッジに出来ることは、忍術で援護する事くらいだ。

 ちなみにユフィとキャシーはすでにこの場から離脱させている。
  “水竜陣” をもう一度仕掛けることも出来たかもしれないが、流石に二度目は警戒しているだろう。ユフィもキャシーも忍者としての訓練を受けてはいるが、戦闘経験は多くない。下手に足手まといになるよりはと、エッジが無理矢理逃がしたのだ。

「・・・なあ? 今、どうして炎の中で平気だったんだ?」

 エルディアが何度目になるか解らない吹雪をルビカンテに浴びせ、氷漬けにするのを油断無く眺めながらマッシュがカーライルへ問う。

「平気、と言うわけではありませんが」

 マッシュと同じように、氷の中から炎が吹き上がるのを見つめながらカーライルが苦く笑う。
 さきほど、ユフィの魔法薬で回復したとはいえ、その全身は痛々しいほどの火傷が見えた。鎧は元々黒いので解りにくいが、随分と焼け焦げているはずだ。

「 “竜気” ですよ」
「竜気?」
「我々竜騎士は、熱を操る能力を持っているのです。それが “竜気” なのです」
「熱を・・・操る・・・」
「なにぼーっとしてんだ! 来るぞ!」

 ぶつぶつと呟くマッシュに、エッジの警告が飛ぶ。

 氷の中から復活したルビカンテが、また周囲に炎を撒き散らす。
 激昂しているせいか、それはまるで狙いがデタラメだったが、そのせいでマッシュ達は思うように踏み込めない。
 近づいても炎に包まれているルビカンテに攻撃出来るのは “竜気” を使えるカーライルのみで、結果としてエルディアの吹雪やマッシュのオーラキャノンで攻撃を仕掛けるしかないが、それでは有効打とならない。

 それでも着実にダメージは与えているはずだと信じ、リディアは叫ぶ。

「エルディア! お願い!」
「・・・・・・」

 氷の幻獣シヴァにリディアが指示を出す。
 しかし彼女は攻撃せずに、心配そうにリディアを見返すだけだ。
 召喚した幻獣が力を使えば使うほど、召喚士の負担も大きくなる。リディアはもう限界だ。それをエルディアは心配しているのだ―――そう気づいたリディアが、安心させるように微笑みかける。

「あたしのことは大丈夫。だから―――」

 

 火燕流

 

 お願い、と続けようとした瞬間、そのエルディアが炎に包まれる。

「エルディア!?」
「・・・・・・!」

 炎に焼かれながらも、エルディアは即座に冷気で炎をかき消した。

「すげえ・・・」

 エッジが感嘆の息を漏らす―――が、次の瞬間、その表情が驚愕に変わる。

「リディア!?」

 みればエルディアの傍らで、リディアがその場に倒れていた。
 エルディアもすぐにリディアを助け起こそうとするが、それより早く姿が薄れ―――やがて消え去る。リディアが意識を失った為に、元いた場所へと送還されてしまったのだ。

 ミストの召喚士は、召喚した幻獣とリンクする。
 そのため、幻獣の受けた影響を術者も同じように受けてしまう。幻獣が傷を負えば術者も負い、幻獣が死ねば術者も死ぬ。

 今、エルディアが炎に焼かれたため、そのダメージがリディアにもフィードバックされてしまった。
 それはエルディアにとっては大したダメージではなく、本来ならばリディアも耐え切れただろう。しかし、気力だけで保っていたリディアが限界を超えるには十分なダメージだった。

「リディアッ!」

 エッジがリディアを抱き起こす。気絶しているが、死んではいないようだった。

「まずい、ですね・・・っ!」

 すぐ目の前に立ち上る炎から身を退きながらカーライルが唸る。
 ルビカンテの炎は衰えることを知らない。さっきまではエルディアの吹雪を喰らうたびに収まっていたのだが、リディアが気絶して送還されてしまった以上、ルビカンテを止めることはできない。

「があああああああああああああああっ!」

 ルビカンテが吼えるたびに、周囲に炎の柱が巻き起こる。
  “暴走” はだんだんと激しくなってきている―――が、完全に理性を無くしているのか、マッシュ達は目に映ってないようだった。

「・・・逃げるぞ!」

 リディアを抱きかかえ、エッジが叫ぶ。
 逃げるならば今しかない。それにはカーライルも同意し、二人はルビカンテに背を向けようとして―――

「お前、何を・・・?」

 マッシュだけが一人、逃げようとはしなかった。
 むしろ逆に、ルビカンテへ向かって足を踏み出す。

「おい、何をする気だ!?」

 気を失ったリディアを背に負ったままエッジが叫ぶ。

「・・・お前達は逃げてくれ」

 マッシュは振り返らずに、荒れ狂うルビカンテを睨んで拳を固める。

「俺がアイツを倒す!」
「倒す・・・って、馬鹿! できるわけが―――」

 ない! と、エッジが叫んだ瞬間。

 

 火燕流

 

 紅蓮の炎がマッシュの身体を包み込んだ―――

 

 

******

 

 

 巨大な拳が頭の上に振り下ろされる。
 それはいとも簡単に、一人分の体積を叩き潰し、地面にすりつぶした。じわり、と地面の上に叩き潰したものの体液が滲み出て広がっていく―――

「な・・・っ!?」

 敵を一撃で叩き殺した巨大ゾンビ―――スカルミリョーネに、ミストを除くその場の全員が戦慄する。
 その直後。

「シャギャアアアアッ!」

 上空から急降下してきたアベルが、スカルミリョーネの巨体を蹴り飛ばした。
 炎のブレスを使わなかったのは、傍にいるフースーヤを巻き込まない為だろう。

 巨体故にバランスが悪いのか、スカルミリョーネはあっさりと倒される。
 だがダメージは無いようで、『フシュルルル・・・』とすぐに起きあがろうとする―――ところを、アベルが再び攻撃を仕掛けようと・・・・・・

「やめろアベル!」

 カインが叫ぶ。するとアベルは攻撃を中止し、再び空へと舞い上がった。

「どういう―――」
「どウイウつモリダッ!?」

 カインの言葉にかぶせるように怒鳴ったのはカイナッツォだ。
 フースーヤの精神波の影響なのか、先程から発音がおかしくなっている。

 カイナッツォはゆっくりと身を起こすスカルミリョーネの巨体に向かって叫ぶ。

「何故、キサマガ邪マをスルッ!?」
『フシュルルル・・・今、フースーヤを殺させるわけにはいかぬ・・・』

 そう言うスカルミリョーネのすぐ傍には、未だに精神波を放っているフースーヤの姿があった。
 スカルミリョーネが叩き潰したのは彼ではなく、カイナッツォが召喚したサハギンだ。

「キ様アッ! ウラギルのカッ!?」
『・・・・・・裏切る・・・? それはお前達だ・・・』
「ナンダトッ!?」
『いい加減に・・・目を覚ませ・・・思い出せ・・・お前達が何故ここに居るのかを―――』

 ―――目を覚ませ!

 と、スカルミリョーネの言葉にフースーヤの精神波が重なり、カイナッツォの精神を激しく揺さぶる。

「グ・・・ガガガガガガッ!? ワ、ワレハ・・・・・・いや、俺は・・・!?」

 不意にカイナッツォの形が崩れる。
 漆黒の竜騎士の姿だったものが、色が薄れて透明になり、のっぺりとした形になっていく。
 やがて、 “人の形をした水” のような存在となって、その場にうずくまった。

「グガガガガ・・・お、俺は・・・俺は一体・・・・・・」

 地面に膝をついて、朦朧と声を漏らすカイナッツォ。その身体から、黒いもやのようなモノが蒸気のように立ち上る―――

「これは・・・!?」
「それです! それが、私の感じた “嫌な気配” ・・・!」

 ミストが叫ぶ。と、もやは大きく膨れあがり、やがて一つの形を作る。
 それは巨大なイカだった。
 スカルミリョーネよりも巨大なイカが地上に立ち上がり、セリス達を見下ろした。

「バカナ ワタシ ヲ ヒキハガス トハ」
「なんだ貴様は!?」

 たどたどしく、まるで喋り慣れていない様子で巨大なイカに、セリスが誰何の声を上げる。
 こちらを見上げてくる視線に気をよくしたのか、イカは「フォフォフォ」と笑い声を立てて言う。

「ワレ ハ ミズ ノ カオス クラーケン ハムカウ ナラバ―――」

 

 ドラゴンダイブ

 

 ずぶシャッ! と、なにやら喋っている途中でカインの一撃がクラーケンを貫く。
 側頭部を槍が貫通し、クラーケンは「ゲペ?」と悲鳴のような声を上げる。
 そしてしばらく硬直した後、その形が崩れて黒いもやに戻り、そのまま雲散霧消する。

 あっさりと消滅したクラーケンに、カインは未だ不機嫌そうに「チィッ」と舌打ちすると。

「・・・弱すぎる!」

 吐き捨てるように言い捨てて、ドンッ、と石突きで地面を叩いた―――

 


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