第28章「バブイルの巨人」
AB.「土と水の襲撃」
main character:ロイド=フォレス
location:バロン
ゾンビの群れが迫ってくる。
精神集中しているフースーヤを目指して行軍するゾンビを、セリスとブリットの剣が次々と薙ぎ倒していく。
如何にスカルミリョーネによって強化されたと言え、ゾンビはゾンビ。一体一体はそれほど強くない―――が。「数が多い! というか、次から次に―――」
セリスが剣を振り回しながら叫ぶ。
ゾンビの群れは倒せば倒すほど、その分だけ新たに土の中から沸いて出てくる。それを召喚しているのは―――「スカルミリョーネ・・・」
フースーヤとミストを守るようにして立つロイドは、ゾンビ達の後方に居るスカルミリョーネを睨付ける。
一応、剣は抜いているが、ロイドはそれほど剣の腕が良いわけではない。訓練はそれなりに行っているが、実は実戦経験が殆ど無い。こうやって訓練以外で剣を抜くのは数えられる程しかなかった。(あいつさえ倒せれば・・・)
スカルミリョーネを倒せば、少なくともゾンビの供給は止まる。
ゾンビの群れはセリスとブリットが防いでくれている。だが、それ以上のことは難しそうだった。群れの向こう側にいるスカルミリョーネを直接狙うということはできそうにない。
自分が握る剣を見つめる。しかし己の実力では、ゾンビの群れをかいくぐってボスを倒す、なんてことは出来ないと解っている。(カーライルなら・・・!)
と、さっき見えた竜騎士の事を思い出す。
随分とダメージを受けているようだが、それでもロイドよりかはマシだろう。最悪、ミストに回復魔法を―――行使出来るほど回復しているかはわからないが―――してもらえばいい。そう考えて、ロイドはカーライルの方を振り返り―――
ドラゴンダイブ
突然、轟音がスカルミリョーネの居る方向から聞こえた。
まるで地面に雷が落ちたかのような衝撃音に、ロイドがそちらの方を振り返れば。「カイン・・・隊長?」
「チッ!」カインが、崩れ落ちたスカルミリョーネのフードを踏みつけて立っていた。
見上げれば、飛竜であるアベルの姿が見える。どうやら上空からスカルミリョーネに襲いかかり、あっさりと倒してしまったようなのだが。(な、なんで不機嫌なんだ?)
敵を倒したにしては、カインは声をかけるのも躊躇ってしまうほど不機嫌なオーラを放っていた。
「ゾンビ共に守られていなければこの程度か・・・こんなヤツに俺は―――」
憤りを抑えきれないように、カインはスカルミリョーネの身体をフードの上から何度も踏みつける。幾ら敵でも死んだ者相手にその行為はどうかと思ったが、口を出せる雰囲気ではなかった。
―――と、程なくしてセリスとブリットが、残されたゾンビ達を殲滅する。「なんとか凌いだ、か」
セリスが一息吐く。
「ベイガンを送り出しておいて “守れませんでした” じゃセシルに合わせる顔が無い」
「・・・!」そう言ったセリスの言葉にカインがピクリと反応する。
彼はスカルミリョーネの死体を踏みつけたまま、ロイドに向かって怒鳴った。「ロイド! 他に敵はいないのかッ! 強い敵はッ!」
「敵ならいくらでも―――っていうか、なんでこんなところに居るんスか!? 前線に居たはずじゃ・・・」
「うぐ・・・」どうやら痛いところを突かれたらしく、いつも自信過剰なカインにしては珍しく、気まずげに顔を背ける。
「・・・このスカルミリョーネを追ってきただけだ」
「へ、へえ、そうなんですか」なにかを誤魔化していることは解ったが、あまり突っ込んで聞かない方が良いと判断する。下手をすれば命に関わりかねない。
さてどうしたものかと考える。
強い敵、と言われて思い浮かぶのはルビカンテだ。普段なら迷わずにルビカンテを倒してくれと頼むところだが―――「・・・どこか怪我でもしているんですか?」
カインのプライドを傷つけないように、慎重に問いかける。
先程の一撃、普段よりも威力が低いような気がした。カインの本気が直撃すれば、フードどころか肉体すら原型を留めないだろう。
それに、スカルミリョーネを追ってきた、ということは逆に言えば敵を逃がしてしまったということだ。つまりカインはスカルミリョーネに一杯食わされたのだろう。それなのに、あっさりと奇襲で倒してしまったものだから、こんなにも悔しがっているのだ―――と推察する。「何も問題はない。少しばかり疲れただけだ。アベルの体熱で少しは回復したから何も問題ない」
顔を背けたまま「問題ない」と繰り返すカイン。
(・・・こうやってムキになって強がる時ほど、実は結構ヤバイ時なんだよなあ―――つか、子供かこの人は)
こんな状態のカインをルビカンテに差し向けて良いものかと悩む。
しかし休めと言ったところで聞きはしないだろう。(ルビカンテと言えば、カーライルは―――)
「ロイド・・・」
「カーライル!」声に振り返れば、ズタボロになったカーライルの姿があった。
全身、火傷で赤く腫れ上がり、呼吸が荒く苦しそうだ。「すまないロイド、ドジを踏んだ・・・」
「ルビカンテにやられたのか?」
「ああ。あいつは化物だ・・俺以外の者たちは全て焼き殺された―――俺だけはなんとか逃げのびたが・・・」そう言いつつ顔が歪むのは、痛みの為か悔しさの為か―――
「回復魔法を―――」
「少し待ってください」
「・・・ミスト?」カーライルに駆け寄ろうとしたセリスをミストが押しとどめる。
と、話を聞いたロイドは深く頷いた。「話はわかった。じゃあ死んでくれ」
言うなり、ロイドはカーライルに向かって斬りかかる!
「なっ!?」
反射的にカーライルは回避する。
その動きは、火傷で傷ついているとは思えない俊敏な動きで―――
ドラゴンダイブ
避けて後ろに下がったところへ、カインの槍がカーライルの身体を貫いた。
だが、それは貫いただけだ。まるで手応えがない。「・・・貴様、カイナッツォか!」
「カカカカカカアッ!」カーライル―――いや、カイナッツォが哄笑を上げる。
「よくも俺が偽物だと見破れたなア!」
「ハ! あの馬鹿野郎が俺に対して “すまない” なんて口が裂けても言うわけねえ! カイン隊長を無視するなんざもっとありえねえんだよ!」自分たちの上司とは正反対に、ロイドとカーライルの仲は非常に悪い。
ライバルだとかそう言う話ではなく、単純に反りが合わないのだ。
そんなカーライルが、何があってもロイドに謝るなんてことは有り得ない。謝るにしても、カイナッツォがしたように素直に頭を下げたりしないだろう。「ミストも良く気がついたわね?」
回復魔法を使おうとしたセリスをミストが止めたのは、彼女も正体に気がついていたからだ。
「あのバルバリシアって人から感じた “嫌な気配” を感じたもので」
「化けるんだったらエブラーナの連中にでもしとくんだったな。やつらなら多少違和感あっても俺達には解らん」カインがカイナッツォの身体から槍を引き抜きながら言い捨てる。
引き抜いた瞬間、水飛沫が飛んだ。「・・・肉体は水か。槍では効果が薄そうだな」
「カカカカッ! 誰に化けるか、そこまで気が回らなかったぜ。そんな余裕も―――ガガア゛ッ!?」カーライルの姿を模したカイナッツォは突然苦しそうに頭を抑える。
なんだ? と訝しがるロイド達の中で、ミストがのんびりと後ろのフースーヤを振り返る。「どうやら、この御方の精神波が効いているようですね」
「なるほど、それで止めに来たというわけか―――だが、これまでだな」カイン、セリス、ブリットの三人でカイナッツォを取り囲む。
「物理攻撃は効果が薄いかもしれないが、霧散するまで切り刻めば良いだけだ」
「私の魔法もあるしな」そう言って、セリスは魔法詠唱のために精神を集中する。
しかしそれでもカイナッツォにはどこか余裕があった。「確かに俺に勝ち目はないかもしれん。だが―――」
カイナッツォは右手で反対側の腕を掴む。
「させるか!」
何をする気か解らなかったが、とりあえず行動を阻止する為に、カインが再び槍で突く。
槍はカーライルと変わらないカイナッツォの頭を貫く。それを見て、ロイドが「げ」と思わず呻いた。「・・・偽物とはいえ、容赦ねえなあ」
偽物だと解っていても、知人の頭が貫かれるシーンを見てて面白いワケがない。
「グガガガガガアッ! ムダムダッ!」
「なにっ!?」頭を貫いたはずのカイナッツォから嘲笑が響き渡る。
「その程度では俺は死ナアアアアアン!」
串刺しになった頭で叫びながら、右手に力を込め―――左腕をちぎり取る!
何をする気だ!? とカイン達が警戒する中、カイナッツォはちぎり取った腕を空に向かって投げた。
それは放物線を描いて飛んでいく―――が、その飛んでいく先には何もない。フースーヤから二、三メートル離れた地面にそれは落ちた。落ちた瞬間、形が崩れて水となり、地面に小さな水たまりを作った。
それを見てロイドが拍子抜けしたような声を出す。「な、なんだ・・・? 爆発くらいはするかと思ったのに・・・ただの水たまり・・・?」
「ガガガガッ! そう、あレはたダノ水たマリダガ、水さエあレバ―――来イッ!」今だ頭を貫かれたままカイナッツォが叫べば、水たまりが妖しく輝いて、そこから魔物―――サハギンが一体だけ出現する。
「召喚だと!?」
全員が全員、虚を突かれていた。
サハギンは無防備なフースーヤへと襲いかかる。いくら弱い魔物でも、精神統一しているフースーヤを屠るのには十分だろう。
慌ててカインが槍を引き抜き、セリスとブリットもフースーヤの元へと駆けつけようとするが―――間に合わない。(こうなれば―――)
と、セリスが “切り札” を切ろうとした時だ。
『フシュルルルルル・・・・・・』
地の底から響くような不気味な音が鳴り響いた。
不意に、フースーヤとサハギンとの間の地面がぼこりと大きく盛り上がる。
周囲に不快な腐臭が漂い、それは姿を現わした。それは土の中から現れたのは屍肉を何枚も積み重ねたような巨大なゾンビ。
形は微妙に違うものの、ロイドはトロイアで似たようなモノを見た憶えがあった。「スカルミリョーネ!?」
『フシュルルルル・・・・・・』巨大ゾンビ―――スカルミリョーネはすぐ傍にフースーヤの存在を認め、その大きな拳を振り上げる。
しまった―――と、誰もが絶望を感じる中で、ミストだけがにこやかに告げた。「大丈夫ですよ?」
その言葉と同時に、スカルミリョーネの拳が振り下ろされた―――