第28章「バブイルの巨人」
AA.「王の前に道は開く」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン
セシルは一人で歩いていた。
傍らには供はなく、速くもなく遅くもない速度で、人と魔物とが命を削り合う戦場の真っ直中を歩いていた。足の爪先はただ真っ直ぐに “巨人” を目指している。
その様子はまるで散歩でもしているかのように無警戒であり、腰の剣に手をかけてすらいない。
普通に腕を振り、足を振り上げて歩みを進めている。「GOAAAAAAAAAAA!」
当然、そんな無防備なセシルを魔物達が放っておくはずもない。
それを見つけた骨の竜――― “スカルドラゴン” を初めとする数体の魔物が、左右からセシルに向かって襲いかかる―――対し、セシルは特に反応もせず、まるで気づかないかのように変わらずに歩き続ける。太い骨の腕が振り上げられ、それは真っ直ぐにセシルに振り下ろされた。が。
「!?」
腕を振り下ろした先にセシルはいなかった―――とはいえ、別にセシルが気配を察知して避けたというわけではない。ただ “当たらなかった” だけだ。
魔物達は困惑しつつも、追撃しようと歩み去ろうとするセシルの背後へと再度攻撃を―――「GAAAッ!?」
―――仕掛けようとしたところで、魔物の数体が後ろから剣で斬られて屠られる。それはセシルの仕業ではない。セシルは何事もなかったかのように、平然と魔物の目の前を歩み去っていこうとしている。
残った魔物達は、突然の背後からの奇襲に驚き振り返る―――「一気にたたみかけろ!」
騎士の号令に、その配下の兵士達が残る魔物達へと斬りかかった。セシルに気を取られていたところへの奇襲に、魔物達はあっさりと殲滅される。
兵士達が勝ち鬨を上げる―――のを背後に聞きながら、セシルは変わらぬ調子で前へと歩み続ける。
―――その様子をカインは遥か高みから見下ろしていた。
「セシルのヤツ・・・相変わらずだな」
アベルの背の上で呟く。
魔物の群れが次々にセシルへと襲いかかる。それはまるで、夏の夜に炎の灯火に誘われ飛び込む虫の様だ。しかし魔物の攻撃はセシルには当たらない。
回避しているようには見えない―――が、当たらない。前後左右、時には上からも攻撃が飛んでくるが、セシルは無人の野を行くが如くに、変わらぬ調子で歩き続けているようにしか見えない。
“見切りの極み” ―――ただの雑魚では、もはやバロンの王に触れることすらできないだろう。カインはこの間、バッツと剣を交えた時の事を思い返した。
あの時、セシルは二人の動きを予測し、バッツの動きを抑えて戦いを止めた。
それはスポーツの試合を観戦するように、外から二人の動きを見ていたからこそできた芸当だろう―――が、だからといって易々と出来ることでもない。玉座に座るようになってから、セシルは確実に剣を握る回数は減ったはずだった。カインが見たのは、オーディンと戦った時が最後―――だというのに、セシルは以前よりも強くなっている気がする。
(セシル=ハーヴィの強さのキモは “先読み” と “判断力” にある)
相手の動きの数手先を読み―――どれくらい読めるかは相手の実力にもよるが―――瞬間瞬間で最適な行動を選択する。頭の回転が早いと言っても良い。
王となってから、剣を振るう機会は減った代わりに、考えることが多くなったことが思考速度の加速に繋がり、結果として “見切りの極み” も強化されたのかも知れない。ともあれ、セシルは “巨人” へと向かって歩み続ける。
どれだけの魔物達が行く手を阻もうとも、王の歩みを遮ることは叶わぬように、構わずに進み続ける。
そして、セシルに気を取られた魔物達は、次々と兵士達に討ち取られていく。(本当に相変わらず―――いや “久しぶり” と言うべきか)
セシル=ハーヴィは常に前に出ようとする。矢面に立ち、誰かの代わりにその身を危険に晒そうとする。
それは “あの時” から変わらない。カインがセシルの事を “王” と認めた時から、なにも変わっていない。「行くぞ、アベル」
「シャギャ?」カインの言葉に、アベルは疑問の声を発する “セシルと合流しないのか?” と。
「・・・今の俺では顔を合わせることは出来ん」
セシル=ハーヴィはあの頃と変わらぬまま “王” と成った。
カイン=ハイウィンドはあの頃と変わらぬまま、しかしまだ “最強” とは成っていない。(最高の王に仕えるのは最強の騎士でなくてはならない・・・スカルミリョーネ如きに敗れた今の俺では―――)
「まずは名誉挽回―――あの死に損ないを殺す」
「シャギャ!」一声鳴いて、アベルは大きく翼で空を打つとその身が加速する。
そしてスカルミリョーネの姿を求め、戦場の空を飛翔する―――
******
バッツとギルガメッシュの攻防は続いていた。
攻防、と言ってもギルガメッシュが一方的に攻め続け、バッツが逃げ続けているだけだが。カティスはそれをずっと見続けていた。
周囲に彼女の仲間は殆ど残っていない。バッツがギルガメッシュによって抑え込まれ、その隙に魔物達はバロンの街の方へと進軍していった。
本当ならばカティスもそうしなければならない。先程から頭の中に “進め” “殺せ” “破壊しろ” ―――などと、暴力的な思念が響き続けている。バッツに斬り飛ばされたまま、その手には剣が無いが、そんなものはそこら辺の死体から剥ぎ取ればいいだけだ。「・・・・・・」
だが、カティスはその場を動けなかった。
まるで魅了されたかのように、バッツとギルガメッシュの戦いを見続けている―――正確には、バッツから目を離すことが出来なくなっていた。その胸に沸き上がる想いはただ一言。
(凄い・・・)
バッツの動きは戦士のものではない。
“無拍子” は彼女が知る常識を覆すかのように、自在に動き回る。それはまさに “風” だ。“戦え” と、黒い思念がカティスを急かす。
だが、バッツ=クラウザーという “疾風” が、そんな思念を吹き飛ばしたかのように、思念が気にならなかった。僅かにこの場に残っている他の仲間達も、カティスと同様なのかもしれない。
「・・・ったく、本気でしぶてえなあッ!」
苛立ち混じりにギルガメッシュが叫ぶ。
先程から何度もバッツに仕掛けているが、その攻撃は当たりそうで当たらない。ギルガメッシュの三つの顔は、バッツがどこに逃げようとも発見して正確に追い続ける―――何度も槍はバッツを貫こうとするが、命中直前に “無拍子” でバッツは回避する。そんな攻防がどれだけ繰り返されただろうか?
十や二十はくだらない。下手をすれば百を超えているかも知れない。
それだけ攻撃を繰り返せば攻撃してる方が疲れそうなものだが、体力に底がないかのようにギルガメッシュは息切れひとつしていない。 “無拍子” を使うバッツも、その動きに陰りは見えない。「いい加減に諦めろよ! お前じゃ俺に勝てねえ!」
バッツは挑発しているつもりはないのだろう。
が、傍から見ていると煽っているようにしか見えない。案の定、ギルガメッシュは苛立ちをさらに募らせる。「・・・の野郎! 今すぐその減らず口を叩き潰してやらあ!」
怒鳴り、ギルガメッシュは今までよりも大きく、強く跳躍する。
それまでは、バッツの動きを追撃する為に、やや抑えめに跳躍していたのだが、そんな事は考えずに全力で跳ぶ―――が、それもバッツは回避する。「あ」
今までならば、避けられてから即座に逃げたバッツを追うように再跳躍を繰り返していたが、勢いよく跳びすぎた為に止まらない。
ギルガメッシュはそのまま真っ直ぐ、避けたバッツの脇を通り過ぎて―――鮮血がしぶいた。
「な・・・っ!?」
バッツが驚愕に目を見開く。
ギルガメッシュの槍は、肩を深く貫いていた。無論、それはバッツの肩ではない。
「ぐ・・・あ・・・?」
「・・・あーあ、やっちまった」ギルガメッシュは、自分が貫いた暗黒魔道士の肩から槍を引き抜き、軽く一振りして血を振り払う。
どさっ、と血を流しながらその場に倒れた暗黒魔道士には見向きもしない。「てめえ・・・! 仲間を―――」
「ああ? 仕方ねえだろ、そこに居たんだからさあ」怒りを顕わにするバッツに、ギルガメッシュは面倒そうに弁解する。
ギルガメッシュも狙って暗黒魔道士を貫いたわけではない。バッツが避けた先の直線上に、たまたま居たと言うだけだ。「ったく、仲間だっつーなら邪魔すんなって話だろ?」
「ギルガメッシュ・・・!」
「お? なんだよ? いー顔になってきたじゃねえか」にぃ・・・と、三つの顔で獰猛に笑い、槍をバッツへと向け―――跳躍。
それをバッツは回避し、さらにギルガメッシュが追う。今までと変わらない光景―――のように見えて、先程までとは微妙に異なる。「く・・・そっ」
「どうした!? 動きが鈍くなってるぜ!」自分が避けたせいで “人” が串刺しになったことに動揺して居るのか、ギルガメッシュの言うとおりにバッツの動きに精彩が無い。バッツの表情から余裕が消え、かすりもしなかった槍が肌を浅く裂く。
それでもバッツはなんとか避け続けていたが―――「・・・ッ!」
何度かの攻防の末、ギルガメッシュの一撃を避けたバッツはぎくりと背後を振り返る。
誰かの気配を感じて振り向いたそこにはカティスが呆然と立っていた。「「あ―――」」
声が重なる。
バッツは慌てて前を向けば、ギルガメッシュが迫って来るところだった。
“無拍子” ならば十分に回避出来る―――しかし、そうすればカティスは先程の暗黒魔道士と同様になってしまうだろう。(畜生―――)
迫る槍の切っ先を睨みながら、バッツはその場から動くことが出来なかった―――
******
「・・・・・・・・・」
ベイガンは無言で目を閉じていた。
それは何も考えないように、ひたすら無心になろうとしているかのようだった。「―――とりあえず、今は順調のようだ」
再び “サイトロ” を使い、部隊の状況を確認してきたセリスが報告する。
「魔物達はセシルに気を取られたせいで崩れ始めてる。さっきまでは五分五分か若干押し負けていたけれど、今は完全にこちらが優勢よ」
セシル、の名前が出た瞬間、ベイガンがぴくりと反応をする―――が、さらに固く目を閉じて、何も言わない。
「・・・本当に、陛下にはかなわない」
ロイドが溜息混じりに呟く。そんな彼にセリスが言う。
「貴方だって似たような事を考えていたでしょう?」
エンキドゥが出現する直前に、ロイドが考えた逆転の手段。
戦場が拮抗している隙に、セリス達が少数精鋭で巨人に乗り込むということだった。セシルが今やっていることも、基本的には同じ。
ただしセリス達をフースーヤの守護に残し、たった一人で巨人へ向かい、さらには―――「魔物達を引き寄せて自ら囮になる―――なんて、一歩間違えればそれであっさり終わってしまうような手、普通だったらやりませんよ」
セシルのパラディンとしての聖なる力は、闇の力を持つ魔物達からすれば、目障りで鬱陶しい存在だろう。近くにいれば自然と意識はそちらに向いて引き寄せられていく。そうしてセシルに気を取られた魔物を他の兵士達が叩く―――そうすれば余計な被害を出すことなく、魔物達を倒すことが出来る。
全ての魔物を引き付けることはできないだろう。だが何割かでも効果があるならば、兵士達に余裕が生まれ、その分だけ他の戦局に戦力を投入出来る。だが、ロイドの言ったとおり、そのセシルが倒されればそれまでだ。この戦いだけではなく、バロンという国としても終わってしまう。
「このままバッツ達と上手く合流してくれればいいんだけど」
セリスが呟く。
セシルも、流石にたった一人で敵の本陣である巨人の内部に攻め込もうとは考えていない。
だが、巨人の近くにはバッツやカインが居るはずだ。彼らと合流出来れば、大抵の敵は蹴散らせるだろう。と、セリスとロイドがそんな会話を交している間、ベイガンはただじっと目を閉じていた。
何かを堪えているかのように、無言で。
そんなベイガンに、ミストが声をかける。「ベイガンさん」
「・・・む? なんでしょうか?」目を開け、気むずかしい表情でベイガンはミストを振り返る。
彼女はにこにこと微笑んだまま、問いかけた。「陛下をたった一人で行かせて良かったのですか?」
「良いも悪いも、それが陛下のお心ならば」何かの台本を読み上げるかのように、やや棒読みでベイガンは答えた。
その硬い声音からは、己がこの場に残っていることを良しとしていないことがありありと解る。セシルが単身で巨人へ向かうと聞いた時、もちろんベイガンは反対した。
だが、セシルに「王命だ」ときっぱり言われれば黙るしかない。セシルがそんな風に王としての権力を振りかざす時は、ただの冗談であるか、真にそれが必要である時かのどちらかしかない。勿論、今回は後者であるし、セシルの意図も理解出来ている。「私は陛下を信じております。陛下のご指示は絶対正しいと言うことを信じております」
自分に言い聞かせるように彼は「信じている」と繰り返す。
それを聞いて、ミストは微笑んだまま尋ねる。「陛下のお心はともかく、貴方はどうなのですか?」
「私の・・・?」
「貴方の心は?」
「・・・・・・・・・」ミストの問いかけに、ベイガンは答えなかった。
答えれば、感情を抑えることが出来ないような気がして。返答がないことに、ミストはまた別の問いかけをする。
「後悔はしませんか?」
「しませぬ」
「本当に?」
「するわけがありません。必ずや、陛下はゴルベーザめを倒すでしょうからな!」その事だけは、ベイガンは心の底から信じていた。そうでなければ、何が何でもついて行こうとしただろう。
だが、ミストは「そうではありません」と首を横に振った。「陛下が勝利を収めたとして―――それで、貴方は後悔しないのかと聞いているのです」
「何を仰りたいのですか、貴女は!?」耐えきれなくなって、ベイガンは叫んだ。
ミストの真意はわからないが、ベイガンを煽っている事だけは解る。陛下の命令など無視してしまえ―――そう言っているのだろう。
だが、最後に言われた言葉の意味は理解出来ない。「陛下が勝利して、何を後悔することがあると!?」
「・・・新たなバロン王は変な人ですよね」
「陛下を愚弄するおつもりですか!」怒りを顕わにするベイガンに対し、ミストは怒りを感じていないかのようにクスクスと笑う。
「何よりも誰よりも、自らが傷つこうとする―――あの人、マゾなんでしょうか?」
「お止めなさい。それ以上言うならば、私は貴女をこの場で斬らねばならなくなる」
「ちょっとミスト!?」剣に手をかけたベイガンを見て、流石にセリスが割って入ろうとする。
それを押しのけ、ミストはベイガンへ一歩近づいてその目を真っ直ぐに見つめる。「答えてください。陛下は、傷つくのが大好きな変態さんなんですか?」
「貴様―――」感情を抑えきれず、ベイガンは剣を抜こうとして―――止めた。
(む・・・)
こちらを見つめてくるミストの瞳。
その表情は笑みであったが、その瞳には真摯にベイガンを見つめていたのに気がついた。
ミストはセシルのことを嘲笑しているわけではない。「・・・そんな事はありますまい。陛下だとて出来うるならば傷つきたくないと思っているでしょう」
「では何故、自ら傷つこうと?」
「誰かの代わりに傷ついているんですよ。陛下は」答えたのはロイドだった。
「陛下が傷つけば傷つく分だけ、他の誰かが傷つかなくて済む―――陛下は、そういう人なんです」
「そうですね」ロイドの言葉に、ミストはあっさりと頷くと、ベイガンを見つめてもう一度尋ねる。
「改めて聞きます―――貴方はこのまま陛下が勝利することを後悔しないのですね?」
「くどいですぞ! 何故私が陛下の勝利に後悔を―――」
「陛下が傷つきながら勝利するのを見て、無傷なままの貴方は後悔しないのですね?」
「・・・!」その言葉は、ベイガンの心を深く抉る。
それは以前にも思った想いだった。―――陛下が王として、一人で傷つき、苦しむのを見ていることしかできない。それが苦しいのです。
かつてベイガンは王に言った。
貴族の反乱で、民が命を落としたことに傷つくセシルの気持ちを慮り、口に出た言葉だった。(そう、確かにあの時に私は “後悔” していた)
あの時、セシルが傷ついていたことをベイガンは知っていた。知っていたが、どうしようもできなかった。その痛みを代わりに受けたいと思っても、できるはずもないことだった。
「陛下は強いお人です。傷つき、血を流しながらも勝利するでしょう。しかし―――」
「解っております!」ミストの言葉を遮り、ベイガンは叫んだ。
「言いたいことは良く解りました! ですがそれ以上は言わんでくだされ! 私には、ここを守らねばならぬと言う使命があるのです」
ベイガンの気持ちとしては、今すぐにでも陛下の元へ駆けつけたいという想いがある。
だが、そのためにここをないがしろにして、フースーヤを倒されるわけにはいかない。そのために、セシルはベイガン達をこの場に残したのだから。さっきまでのように固く目を閉じたベイガンに、ミストはそれ以上何も言わなかった。
その代わりにロイドが告げる。「―――行ってください」
「ロイド殿・・・?」目を見開けば、彼は苦笑していた。
「ミストさんの言うとおりですよ。陛下の命令に従って、陛下が傷つくのを黙って見ているだけなんて―――例えそれが正しいことだとしても、臣下にしてみれば悔しいことです」
「そうだな。私は別に臣下ではないからアイツが傷つこうと気にしないが―――そうやって格好つけられるのは気に食わないな」セリスも冗談交じりに言うと、それまで黙っていたブリットも頷く。
「セシルが傷つけばリディアも哀しむ」
「・・・正直、俺なんかじゃ陛下の盾にもなれやしない。行っても逆に足を引っ張るだけだ―――けれど、ベイガン殿なら陛下が負う “傷” を庇うことができるしょう?」だから、とロイドは告げた。
「行ってください。ここは私達が死守しますから」
「ロイド殿―――有り難う御座います」ベイガンはロイドへ深く頭を下げる。そんなベイガンに、ロイドは一言だけ忠告する。
「・・・但し、約束してください。ベイガン殿が、陛下の傷にならぬように」
「それは―――解っております」セシルの身代わりとなって命を捨てるな―――そう、ロイドは言ったのだ。
だが、言いながらも余計なことだと思った。
そんなことは重々承知であるだろうし―――そしてその上で、もしも必要とあれば、ベイガンは迷わずにセシルのために命を投げ出すだろうと解っていたからだ。
******
「しかし・・・可愛い顔をして結構言いますね」
ベイガンがセシルを追いかけて行った後、ロイドは苦笑してミストに言う。
ミストは親子だけあって、リディアに良く似ている。ただ、リディアはいつも不機嫌そうに怒っているのに対し、ミストはいつもにこにこと微笑んでいる。「そうですかー?」
「ええ。見ていてハラハラするくらい」本当にさっきはベイガンが剣を抜くかと思った。
言いたいことは解ったが、もうちょっと他に言い様があった気もする。「すいません。ああいう人を見ていると少しイライラするので」
にこやかにミストは告げる。
「 “そうするべき” だから “それが正しいから” って、自分の心を殺してる人って、ムカつくんですよー」
「そ・・・そうなんスか」ふふふ、とあくまでも穏やかに笑いながら言うミストに、ロイドは対応に困って愛想笑う。
「ん・・・?」
ふと、セリスが気がついて声を漏らす。
「ロイド、あれは―――」
セリスの指し示した方向に、漆黒の竜騎士の姿が見えた。
竜騎士は、槍を杖代わりにして、よろよろとこちらへ向かってきている。「カーライル!」
ルビカンテの相手をしていたはずのカーライルだ。
遠目なのではっきりとは解らないが、どうやら酷いダメージを負っている様子だった。「セリス!」
「わかってる!」回復魔法を使用するべく、セリスはカーライルの元へと駆けつけようとする―――その時だ。
「・・・フシュルルルル―――」
なにかを啜るような不気味な音が響く。
「なんだ・・・?」
ロイドは周囲を警戒する。セリスも思わず足を止めて、油断無く辺りを見回した。
と、近くの地面がぼこり、と盛り上がり、そこからフード姿の何者かが立ち上がる。それを見てロイドが呟く。
「あいつ・・・トロイアの・・・確か名前はスカルミリョーネとか言う・・・」
「フシュルル・・・見つけたぞ、フースーヤ・・・・・・」スカルミリョーネはロイド達の背後にて、一心不乱に集中しているフースーヤへ頭を向ける。
と、その周囲の地面が次々に盛り上がり、無数のゾンビが出現する!「フシュルルル・・・さて・・・少しばかり相手をして貰おうか―――」