第28章「バブイルの巨人」
Z.「目覚めの声」
main character:リディア
location:バロン
結界核を巡る攻防戦は膠着していた。
元々、メーガス三姉妹の連携でバルバリシアを抑え込んでいたところにヤンが加わったため、さらにバルバリシアには打つ手が無くなってしまった。
下手に地上に近づけば、強烈無比なヤンの蹴りが飛んでくる。空中で戦えばヤンは手を出せないが、それは結界核から遠ざかるということでもあった。(これでは結界を壊すことは難しいわね・・・)
髪の毛を四方八方に伸ばし、メーガス三姉妹を牽制しつつバルバリシアは内心で諦めかけていた。
(けれど、私が壊さなくても、いずれは結界の効力は消える。ここは無理に破壊せずとも構わない)
メーガス三姉妹を使役するシュウや、ヤンという戦力を釘付け出来るだけでも意味がある。
そう考え直した―――瞬間。―――目を覚ませ!
「・・・ぐうっ!?」
突然、頭の中に声が響き、バルバリシアは呻き声を上げた。
「へ? なに?」
バルバリシアの髪の毛を相手に、短剣を振り回していたラグは、いまにも自分を絡め取ろうとしていた髪の毛が突然力を無くしたことにきょとんとする。
「お姉様! これは・・・?」
「 “精神波” ―――この波動は、確か・・・・・・フースーヤ・・・!」メーガス三姉妹は、かつての “魔大戦” の時からバルバリシアの配下であったが、 “月の民” とはそれほど接点はなかった。それでもマグは記憶の底を掘り起こし、ある月の民の名を思い出して精神波の放たれる方向―――巨人が埋まっている方角を見る。
肉眼で見える距離ではないが、確かにその方向に精神波を放つ月の民が居るはずだった。「お姉様、今なら・・・」
ドグが叫ぶ。
バルバリシアはその精神波の影響を受けて苦しんでいる。今ならば正気に戻すことが出来るかもしれない―――「ええ! ドグ、ラグ、たたみかけましょう!」
「うる・・・さいっ!」三姉妹がバルバリシアに飛びかかろうとしたその時、バルバリシアが大きく腕を振り回す。
それは突風となってメーガス三姉妹を襲い、彼女達をはじき飛ばした。ダメージこそないものの、それでバルバリシアとの距離が大きく開いてしまった。「この不快な意志・・・とめなくては・・・・・・」
敵との間合いを取った隙に、バルバリシアはフースーヤが居る方向へ向き直り、転移しようとする―――
「させないよっ!」
「ラグ! 姉さん!」ドグがラグの足を掴み、力任せにマグへとブン投げる!
ラグの小さな身体はマグの巨大な腹に受け止められ、めりこみ、その弾力によって勢いよく射出された!
デルタアタック 0
マグの身体を発射台にして、凄まじい勢いでラグの身体がバルバリシアに迫る。
「なっ・・・!?」
転移しかけていたバルバリシアは、それを避けることも出来ずにラグと頭同士で激突した。
「ああああああっ!?」
「いっ・・・たあーーーーー!」転移が解除され、互いに頭を抱えるバルバリシアとラグ。
そこにマグとドグが間合いを詰め、様子を伺う。「バルバリシア様・・・?」
「・・・貴様らああああああっ!」
ミールストーム
竜巻がバルバリシアを中心に巻き起こる。
「ひゃああああっ!?」
マグとドグには影響なかったが、バルバリシアの傍にいたラグは竜巻によって飛ばされていった。
とりあえず末っ子の事は放っておいて、マグは残念そうに溜息を吐く。「ラグ程度の衝撃では駄目みたいね・・・」
「お姉様、所詮はラグですもの。仕方ありません」
「ちょっ、酷くない?」ぶつけた頭を涙目になってさすりながら、ラグがふよふよと戻ってくる。
「うっとおしいやつらめ! 今すぐ屠ってくれる・・・!」
と、バルバリシアは表情を怒りに染め、先程のように己を竜巻に変えて叫ぶ。
その口調は、三姉妹の知っている彼女の口調よりも荒々しく、違和感を感じる。バルバリシアは竜巻を身に纏ったまま、メーガス三姉妹へと襲いかかろうとして―――
―――目を覚ませ!
「ぐあああっ!?」
またもや頭の中に響いてきた声に、集中力が途切れ、彼女を取り巻く竜巻は力を失って消える。
「くっ、忌々しい・・・忌々しい・・・・・・!」
「・・・ドグ、ラグ」マグは、怒りと苦しみに表情を歪ませるバルバリシアを痛ましそうに見つめ、妹たちに呼びかける。
「絶対にバルバリシア様をお救いするのよ!」
「解っていますわ、姉様!」
「頑張るにゃん♪」ぶりっこしてガッツポーズを取る末っ子を、二人の姉は無言で蹴り飛ばした―――
******
「シオン!」
「・・・・・・!」
トールハンマー
リディアが叫ぶと、一角獣の幻獣は歪な角の先に雷撃を集め―――それを一気に解き放つ。
シルドラのブレスを凌駕する放電が、海賊船に迫る津波に激突し、かき消した。「ったく、予定外もいいところだっての!」
波間に揺れる海賊船の甲板上で、リディアは苛立ちを隠そうともせずに吐き捨てた。
リディアはマッシュと共に、ルビカンテと戦うためにここに来たはずだった。
氷の幻獣シヴァならば、炎の魔人にも対抗出来る。だというのに、砂浜でマッシュらと戦っているルビカンテを放っておいて、リディアが海賊船に乗っているのは―――
「おいっ! またサハギンが来やがった!」
「あああっ、もうっ、キリがない!」苛立ち心を必死で静め、リディアは精神を集中する。
意識を集中すれば、船の下―――海の中に “扉” が開かれている事はすぐに察知出来た。そこからサハギンの群れが召喚され、海賊船に襲いかかる。「シャギャアアアアアアアアアッ!」
海賊船の船底を破ろうとする魔物達を、船から解き放たれたシルドラが追い散らす。
サハギンは水の魔物の中でも弱い部類だ。海竜であるシルドラならば、多少敵の数が多くとも簡単に蹴散らせる―――が、無尽蔵に湧き出てくるとなれば話は別だ。(塵も積もれば―――というか、サハギンも積もればドラゴンって感じかしら・・・ねっ、と)
自分でもくだらないと思うことを考えながら、リディアはサハギンが召喚される “門” を閉じる。
幼い頃、カイポの村でもやったことと同じ―――あの頃はティナの協力を得て、なんとか閉じることができた “門” だが、成長した今ならば造作もないことだった。「うおりゃああああっ!」
海の中から甲板に上がってきたサハギンを、ファリスが手斧で斬り飛ばす。
他の海賊達も、簡単にサハギンを屠っていく。水から上がった水の魔物など、百戦錬磨の海賊達には雑魚以下である。中には海賊達の隙を突いてリディアに迫るサハギンも居るが、傍らにいるシオンに一蹴されていく。最後のサハギンが倒されるのを見て、リディアは一息吐く。海中の魔物も、間もなくシルドラに倒されるだろう。
と、そこに海賊の一人が沖の方を見て叫ぶ。「また津波だああああっ! さっきよりもでっかいぞおおおおお!」
「もおおおっ! 何度も何度もッ!」リディアは苛立ちのあまりに地団駄を踏む―――と、そこへ耳障りな哄笑が響いてきた。
「カカカカカッ! そうだそうだ、何度でも繰り返してやるぞ。お前達が海の藻屑となるまでなあ!」
声のした方を見れば、漆黒の竜騎士の姿をしたままのカイナッツォが海の上に立っていた。
―――リディアとマッシュが砂浜に到着した時、海賊船はサハギンの群れに覆い尽くされていた。
ファリス達はシルドラを船から切り離して海中の魔物を任せ、自分たちは船の上に上がってきた魔物達を相手していた。
だが弱いとはいえ、敵は無制限に沸いて出てくる。それが召喚術であると気づいたリディアはシオンを召喚してその背に乗り、海の上を駆け抜けて文字通りに海賊船へと駆けつけた。そして召喚の “門” を閉じ、サハギンの供給を止めた―――ところで、今度は津波が沖の方から迫ってきていた。どうやらそれもカイナッツォの能力らしく、リディアはシオンの雷撃で、その津波をかき消す―――と、再びカイナッツォはサハギンを召喚した。
どうやら津波は連発出来るわけではなく、サハギンの群れを召喚して時間を稼いでから津波を放つ―――先程からずっとその繰り返しだった。(シオン達が現界に来てくれたお陰で、それほど無理しなくても召喚出来るからMP切れの心配はないけれど・・・)
シオンの雷撃が大津波を打ち消すのを確認してから浜辺の方を振り返る。
そこではマッシュ達がルビカンテと戦っているはずだった。遠目なのではっきりとは解らないが、善戦しているものの徐々に追い込まれているはずだ。なにせ、マッシュ達ではルビカンテに対して決定打を与える手段がない。(このままじゃあたしはここから動けない・・・!)
気持ちが苛立つうちに、また海の底からサハギン達が召喚されるのに気がついた。
このままではいずれマッシュ達は全滅してしまうだろう。そしてルビカンテがこっちに来れば、津波と一緒に防ぐことはできない。
そうでなくとも今はまだなんとか凌げているが、ファリス達やシルドラも体力か気力のどちらかに限界が来る。リディアだって “召喚” を維持したり、 “門” を閉じるのに少しずつ消耗している。「―――カカカカカカッ!」
(本気で耳障りよね!)
カイナッツォの哄笑に更に苛立ちながら、リディアは “門” を閉じることに集中する。
その最中に、カイナッツォの哄笑は続いた。「どうだあ? この水のカイナッツォ様の恐ろしさ。思いしっ―――」
―――目を覚ませ!
「―――クカッ!?」
「・・・え?」なにか聞こえたような気がして、リディアは “門” を閉じてから顔を上げた。
と、なにやらカイナッツォの様子が違うことに気がつく。「な・・・なんだ今のは・・・!? この俺様の精神を揺さぶるような―――」
―――目を覚ませ!
「グガガガァッ!?」
「また、聞こえた・・・っていうかこれ、フースーヤ?」リディアは月で出会った月の民の名を呟く。
聞こえた声は、確かにフースーヤのものだった。しかし、耳から聞こえたものではない。(魔力・・・というか精神力? を介して、身体ではなく精神に直接に声・・・いや “意志” を叩き込んでいる感じ?)
「おい! なにぼーっとしてるんだよ!」
リディアが考え込んでいると、ファリスが声をかけてくる。どうやらこれが聞こえるのは、カイナッツォの他はリディアだけらしい。
(ううん、違う―――)
ふと思いついて、リディアは砂浜を振り返る。
すると、そこでもルビカンテの動きが止まっているのが見えた。おそらく、この精神の声はカイナッツォ達、ゴルベーザ四天王に向けられて放たれたものなのだろう。リディアがたまたま聞き取れたのはレベルの高い魔道士だからだろうか。
ともあれ、この精神波のお陰で、カイナッツォ達は苦しんでいるようだった。「グ・・・ガガガガ・・・・・・これは・・・いかん・・・これは・・・止めねばならない・・・・・・」
苦しそうに呟きを残し、カイナッツォの姿が海の中に消える。
しばらく様子を伺ってみるものの、それから特に何か仕掛けてくる様子はなかった。「・・・あいつは?」
どうやらサハギン達を倒し終えたらしいファリスが尋ねてくる。
「消えた―――死んだとは考えにくいけど、この場からは居なくなったように思う」
「なんでまた?」フースーヤの精神波が聞こえなかったファリスには、その理由が全く解らない。
一々説明するのも面倒なので、リディアは答えずにシオンの背に飛び乗った。砂浜の方を見れば、まだルビカンテはその場に残っている。「おい?」
「こっちはもう大丈夫だと思うから、ちょっと行ってくる」そうリディアが言い捨てると、シオンは海賊船から飛び降りて、そのまま海の上を砂浜に向かって駆けていく―――
******
―――気がつけば、周囲には何も存在していなかった。
「な・・・に・・・?」
精魂尽き果てて重い身体をなんとか起きあがらせて見れば、カインを取り囲んでいたゾンビ達の群れも、目深にフードをかぶったスカルミリョーネの姿も消え去っていた。
(アイツ・・・何を考えている・・・?)
見逃された事を知り、怒りよりも疑問が沸き出る。
―――・・・ようやく、来たか―――
スカルミリョーネが最後にこぼした言葉を思い返す。
来たか、というのはおそらくセシル達の事だろう。言葉から推察するに、あのスカルミリョーネは何かを企んでいるようだった。その “何か” は見当も付かないが。(何を企んでいるかは解らないが、アイツを倒せなかったのは俺の責任だ)
スカルミリョーネが何かをする前に、見つけて今度こそ殺す―――そう思い、カインは槍を杖にして立ち上がろうとする。
だが。「・・・ぐっ・・・?」
膝立ちになったところで全身から力が抜ける。
槍を取り落として、膝立ちのまま両手を地面について、四つん這いになる。「くそ・・・っ!」
目の前には槍―――ランスオブアベルが転がっている。愛竜アベルの協力を得て生み出された最強の槍。
その初陣は、なんとも無様な結果となってしまった。(畜生が・・・っ! 何が最強だ・・・こんな俺の何処が・・・・・・っ!)
悔しさがこみ上げる。
相手が悪かった、と言ってしまえばそれまでだが、カインはそれで納得しようとはしなかった。そこで納得してしまえば、一生あのスカルミリョーネは倒せまいと知っているからだ。相性が良かろうが悪かろうが、どんな状況だろうが敵を打ち倒すのが “最強” たる者。
そのことを思い出すと、こみ上げてきた悔しさは一瞬で蒸発した。
代わりに怒りが全身に行き渡る。「・・・・・・!」
カインは片手を伸ばし、目の前の槍を掴む。
重く、力を使い果たした全身に渇を入れ、それから槍を使わずに―――立ち上がった。「・・・・・・スカルミリョーネ・・・!」
その声は普段御カインからしてみればか細く、槍を握る手も弱々しかった。
だが、その瞳の奥底に宿る意志は、普段以上の輝きを秘めている。「シャギャアアアアアアアアアアッ!」
甲高い獣の声。
上空から振ってきた声を見上げれば、彼の飛竜―――アベルが空から舞い降りるところだった。
飛竜はカインのすぐ傍に着地すると、心配そうにその表情を覗き込む。怒りに燃えていたカインの表情が、僅かに和らぎ、アベルの首を抱いた。
「すまんな・・・無様な姿を見せている」
「シャギャッ!」気にするな―――と、アベルは一声鳴く。
カインはアベルから身を離し、その瞳を真っ直ぐに見つめて言う。「お前の力を借りる―――ヤツを倒す為に・・・俺が俺の仇を討つ為に力を貸してくれ」
カインの頼みに、アベルは迷わずに頷いた。
それから消耗しているカインのために背に乗りやすいよう、地面を這うように身を低くする。「すまん」と一度声に出してアベルの背に乗ると、飛竜はその身を起こす。
そして翼を広げ―――飛び立つ直前に、一声大きく鳴いた。「シャギャアアア」
「・・・なに?」その声を聞いてカインは眉をひそめた。
「セシルが一人で―――?」