第28章「バブイルの巨人」
Y.「無茶」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン
「全く、呆れて物も言えません!」
回復魔法で目覚めた瞬間、吐き捨てるようなベイガンの言葉が飛んで来た。
「言ってるじゃないか」
「言わせないでくだされ!」支離滅裂だなあ、と思いながらセシルは苦笑。
ベイガンは「はあああああ・・・・・・」と深々と嘆息して、半眼で愚痴るように呟く。「いきなり行方不明になったと思ったら、帰ってきた途端にまた無茶を・・・・・・どうして陛下はいつもそうなのですかッ!」
どうやらエンキドゥを倒す時、わざと被弾したことを言っているようだ。
(あれが一番手っ取り早かったんだよ)
心で呟き口には出さない。言ったところで、さらにベイガンを煽るだけだろう。
ベイガンも、本気で怒っているわけではない。セシルの身を案じてるからこその苦言だ。だからセシルはベイガン気づかれないように、こっそりとロイドに目配せする。
その意味に気がついたロイドは、これまたこっそりと溜息をついてからベイガンに声をかけた。「ベイガン殿、陛下に無茶をするなと言う方が無茶ですよ」
そのロイドの言葉に、ベイガンの怒りの矛先がロイドへと向かった。
「無茶をしないのが “無茶” というのなら、その “無茶” とてできるはずでございましょう!」
うわ、ベイガンにしては上手い切り返しだなー、と感心しつつセシルは身体の調子を確認する。
どうやらセリスとフースーヤが癒してくれたようだが、ダメージは抜けきっている。そもそも鎧で受けた衝撃こそ強烈だったが、致命傷になりそうなものは全て避けていた。有能な副官が忠義心溢れる近衛兵長の相手をしてくれているのを眺めつつ、身体的な問題は無いことを確認していると、ふとセリスが声をかけてきた。
「それで? 予定よりも随分早かったようだけど」
「さっきは遅かったって言われたけどね」セリスに言われ、セシルはベイガンの小言を受けているロイドを見やる。
「転移魔法だ」
セシルの代わりに答えたのはフースーヤだった。言ってから彼は後ろを振り返る。
振り返ったその先には、バロン上空に浮いたままの巨大な船――― “魔導船” の姿があった。空中に浮かぶ巨大なそれを見て、セリスは何となく “ゾットの塔” を思い浮かべ―――さらに一人の女性を連想した。
「・・・まさかローザが」
「左様。魔導船ごと、我らをここまで転移させてきた。正直、まともな考えではなかったな」どこか呆れた調子で彼は頷く。
転移魔法の難易度は質量と距離に比例する。失敗すれば、次元の狭間に落ちて二度と出てこれない可能性もあった。
ローザから魔導船を転移させる案が出た時、当然フースーヤはその危険性をセシルに告げた―――が、それを知った上で、セシルは転移を即決した。そのことを思い出し、フースーヤは嘆息する。
「さきほどの戦いぶりといい・・・無茶なところは、流石にセシリアの血を引くだけはある」
一応、成功率を上げる為にローザは精神統一をし、フースーヤとリディアもサポートした。
さらに魔導船の演算機能を使い、現実的な成功率になる距離まで飛行してから転移―――して、なんとか成功した。「それでローザは?」
“セシリア” という名前や、そもそも見知らぬ老人のこともセリスは気になったが、件の女性がこの場にいないことが一番気に掛り、尋ねる。
するとセシルは魔導船の方を眺めたまま答えた。「眠っているよ。流石に力尽きたらしい」
「そう・・・無事なら良いけど」
「ちなみにロックは月に居るけど」
「・・・べ、別にロックの事なんて聞いて―――・・・・・・・月?」いきなり出てきた不可思議な単語に、セリスはぽかんとする。
思えば、ロイドから “セシル達が行方不明” という話は聞いていたが、何処に行っていたのかは当然知らない。バロンの街の上空に浮かぶ “魔導船” とやらに乗ってきたのは想像ついたが、詳しいことは何も理解出来ていない。「―――大いなる眩き船 “魔導船” 。陛下やリディア達は月へと行ってきたのですね?」
そう聞いてきたのはミストだった。
月へと至る術である “バブイルの塔” 。その鍵である “クリスタル” の盟主たるバロンの “監視者” であったミストの召喚士だからこそ、 “魔導船” の事も知っていたのだろう。「なら、本当にロックは月に・・・?」
セシルの言葉が冗談ではないと知り、セリスの表情に不安がよぎる。
だがセシルはなんでもないことのように笑った。「ロックの事なら心配ないさ。自分の目的も果たさずに死ぬほどヤワじゃない」
「だからっ、心配なんてしてないわよ!」顔を真っ赤にして叫ぶセリスに、セシルは「はいはい」と苦笑―――してから表情を引き締める。
「―――冗談はここまでだ。今は状況を何とかしないとね」
「陛下、まずはゴルベーザの配下―――特にあのバルバリシアをなんとかしなければ・・・」ようやくベイガンの愚痴も一段落付いたらしく、ロイドが進言してくる。セシルもそれには頷きを返した。
ここに来るまでに、ブリットとリディアを通し、大まかな状況は聞いている。
現状、一番の問題は “結界核” を狙っているバルバリシアだろう。結界が壊れた時点で、こちらの負けと言っても良い。
そして次にルビカンテ。四天王 “最強” の名に恥じない実力は、この戦場で最も危険な存在だ。エブラーナにて、たった一体でエブラーナ忍者達を燃やし尽くした事からも解るとおり、放っておけばルビカンテだけで軍が崩壊させられる。だからセシルはバルバリシアにはヤンを、ルビカンテにはマッシュとリディアをそれぞれ差し向けた。
バルバリシアと同じく “風” を使うヤンならば彼女に対抗出来るだろう。
そしてリディアの召喚魔法ならルビカンテに効果的な攻撃を与えられる。マッシュも一緒なのは、当人がエブラーナでのリベンジを強く希望したからであり、そしてあのルビカンテを相手に戦力は多過ぎると言うことは無いからだ。(けど、どちらも倒すことは難しいだろう)
先程のエンキドゥ以上に空中を自在に飛び回るバルバリシアを撃墜するのは至難の業だ。
ルビカンテも、リディアの召喚魔法だけでは倒せなかったことはバブイルの塔で証明してしまっている。あの二人に一番有効的なのは、こちら側の “最強” ―――カイン=ハイウィンドを当てることだ。カインとアベルなら以前にもバルバリシアを撃墜したことがあり、カインの “竜気” ならばルビカンテの炎にも耐えきれる。
ただ、カインでなくとも耐え凌ぐ事は出来るはずだ。
あとはその隙に―――「ちょっとよろしいですか?」
セシルがこれからの行動を頭に思い浮かべていると、ミストが声をかけてきた。
「そのバルバリシアの事ですが、少し違和感を感じました」
「違和感?」セシルがおうむ返しに聞き返すと、彼女は「はい」と頷いて。
「以前、ミストの村で遭遇した時よりも―――上手くは言えないのですが―――なにかよくないモノが感じられて・・・」
自信無さそうに呟きながらも、その “よくないモノ” とやらが気になる様子で彼女は続けた。
「・・・それがどうしたと言われるかも知れませんが、何か気になるんです」
「占術師としての直感ですか?」
「あ、はい。そういう感じですね」冗談めかしていったセシルに、ミストは嬉しそうに頷いた。
ただの勘―――といってしまえばそれまでだが、ミストの村に居ながらバロンの不穏な空気を察知していた彼女のことだ。何か意味があるのかも知れない。「・・・ゼムスに操られているのかもしれんな」
ふと、フースーヤが呟く。
思えば、バルバリシアらがゼムスの意に従い、クリスタルを集めて月へ到達したのは、全てゴルベーザの “呪い” を解く為だ。
フースーヤは気づいていた。ゴルベーザが “次元の狭間” を経て、この時代へ辿り着いた時、ゼムスの思念波によって傀儡となってしまったことを―――そのゴルベーザを使い、闇のクリスタルの戦士達を操っていた事までは気づけなかったが。ゴルベーザを操る思念を断つ為に、闇のクリスタルの戦士達はフースーヤをも退けて封印を解き、ゼムスを倒そうと考えたのだろう―――が、その彼らがここにいるという事は、おそらくは失敗し、逆に完全に操られてしまったということなのだろう。
「ならばその思念を解けば、戦わずとも済むかもしれん」
「何か方法が?」セシルが問えば、フースーヤは強く頷いた。
「私の精神波をぶつけてみる。ゼムスの思念は強力で、まともには私では太刀打ち出来ないが、月から遠く離れた地上ならば彼らを正気に戻すことくらいはできるかもしれん・・・少しばかり時間はかかるだろうが」
「解った。ならお願いします」と、セシルはベイガンとセリス、ブリットへ視線を向ける。
「君達はここで守備に専念してくれ。こちらがやろうとしていることに気がつけば、敵はフースーヤを狙ってくるはずだから。ロイドは状況になにか変化があれば、対応を任せる―――ミストさんは・・・」
「私もここに残ります。少しくらいなら魔法力も回復しましたから、なにかお役に立てるかと」そう言って人差し指を一本立てる―――と、その指先が魔力で淡く光った。
だが、それを見てセリスが表情を厳しくする。
「・・・妙なことを考えてないでしょうね」
MPが無い状態でも、魔法を使う方法が一つだけある。
それは自分の生命を使うことだ。生命力を魔力へ転化すれば、一度だけだが強力な魔法を使うことが出来る―――そのことをセリスは言っているのだ。「なんのことですか?」と惚けるミストに、セリスはそれ以上何も言わなかった。
ミストの真意はどうあれ、下手に単独行動させるよりは、ここで守っていた方が安全だと解っているからだ。「じゃあ、そういうことで後は頼むよ」
「って、陛下はどうするおつもりなんですか?」セシルの指示を聞いていると、まるでセシルは一人で何処かへ向かおうとしているように聞こえる。
嫌な予感―――それは巨人内部に潜んでいた魔物達の逆襲を受けた時と似たような感じだった。なんとなく、これから起ころうとしていることが解っているからこその嫌な感じ。
そんなロイドの予感を肯定するかのように、セシルは落とし穴にはまった状態の “巨人” の方を見やり、答える。「もちろん―――決着をつけに行ってくるんだよ」