第28章「バブイルの巨人」
X.「光の翼」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン

 

「陛下、これを」
「うん」

 ロイドがセリスから預かった聖剣エクスカリバーをセシルへと差し出す。
 受け取ったセシルは、鞘を腰に―――バハムートより与えられた “ラグナロク” と一緒につける。

「その剣は?」

  “ラグナロク” を見てロイドは問いかけた。もしやすでに新たな剣を手に入れていたのかと。
 対し、セシルは苦笑してラグナロクをポン、と叩く。

「この剣はね、まだ使えないんだ――― “使えない” というよりは “使う必要がない” ってところかな」

 意味深に答えながら、セシルはエクスカリバーを鞘から引き抜く。
 以前、かつての陸兵団長アーサー=エクスカリバーより継承されようとして―――しかし、セシルでは力を発動できなかった聖剣。

(あの時は、単に僕には聖剣を扱う資格がないと思っていたけど)

 パラディンとなり “聖剣” を支配する権限を得た今ならば解る。
 この剣の意味は―――

「―――その “力” は弱き者が踏み出す為の “力” ・・・」

 呟く。
 と、その瞬間、エクスカリバーが眩く光り輝いた。

「おお・・・!」

 ベイガンから思わず感嘆の声が漏れた。
 光はセシルの腕を伝わり、その全身を覆い尽くす―――やがて、光が収まった頃、セシルは純白の鎧を身に纏っていた。
 聖剣に認められた者のみが纏うことを許される “聖鎧” 。

「それはまさしく、アーサー殿の!」

 頷き、セシルは空中でセリスと戦っているエンキドゥを見上げる。

「まずはあれから片づけるとしようか」

 宣言した瞬間、セシルの背中に光の翼が生み出された―――

 

 

******

 

 

 振るった剣は空を切る。
 届きそうで届かない―――あと少しで、というところでエンキドゥは回避してしまう。それが “惜しい” のではないと言うことをセリスは理解していた。

( “挑発” か)

 避けようとすればもっと易々と避けられるはずだ。
 それをわざとギリギリで回避しているのは―――

 空中戦では翼のあるエンキドゥが絶対に有利だ。その気になれば、セリスを撃墜することなど容易いだろう―――実はセリスもそれを “期待” していた。
 空中という、敵の有利な戦場にあえて付き合ったのは “挑発” の意味でもあった。
  “容易く倒せる” と油断して攻撃してきたなら、その隙を突くつもりだった。隙が出来なくても、わざと攻めさせて地上におびき寄せれば、ベイガンとブリットの力も借りられる。

 しかしエンキドゥはセリスの挑発には乗らず、逆にセリスを挑発している。

 攻撃を仕掛けてもギリギリで届かず、手を止めれば羽根の弾丸が飛んでくる。
 完全にエンキドゥの手の上で踊らされている。わざわざセリスに攻撃させているのは、消耗させる為と思考力を奪う為だろう。一つの手段が通じなかったなら、次なる策を考えればよい―――が、攻撃をし続けているうちは、そうそう打開策など思いつけない。

(空から見下しているようなヤツにしては、堅実すぎる手を使う・・・!)

 もしかしたらゴルベーザの指示によるものなのかもしれないが、どちらにしろこのままでは完全に手詰まりだ。
 無意味な攻撃を強制され続けた挙句、何も出来ないまま終わってしまう。

(一か八か仕掛けるか・・・?)

  “アクセラレイター” を使えば、一撃を与えることは出来るだろう。
 しかし、それで致命傷を与えられなければお終いだ。或いは、エンキドゥ(もしくはゴルベーザ)は、そのセリスの “切り札” を警戒しているのかも知れない。

 だが、どのみちこのままでは終わりには違いない。
 いっそのこと、賭けにでるべきか―――と、セリスが覚悟を決めようとしたその時だ。

 セリスと相対していたエンキドゥの顔色が変わった。

「貴様は・・・!」

 それまで余裕を見せていたエンキドゥの表情が険しくなった。
 しかもその視線はセリスではなく、その背後を睨付けている。
 振り返ってみれば、そこには―――

「え―――セシル・・・!?」

 聖剣を手にして、光の翼を背負った聖騎士が宙に浮かんでいた―――

 

 

******

 

 

 セシル―――というより、聖剣エクスカリバーを “完全発動” させている者の姿を目にして、白尽くめの青年はある名前を口にした。

「フリオ・・・ニール・・・・・・!」

 怨嗟の声で誰かの名を呟くエンキドゥに、セシルは肩を竦めて苦笑する。

「残念ながら僕はそんな名前じゃない―――かつての “英雄” と勘違いされるのは光栄ではあるけどね」
「黙れ! その剣の使い手は全てッ!」

 と、怒号を発するエンキドゥの姿が不意に歪んだ。
 肌は緑に染まり、頭には角が生え、表情は異形に歪んで魔物―――悪鬼そのものの姿となる。

「セリス! 下に―――」
「!」
「全て殺すッ!」

 凄まじい殺気と共に、エンキドゥは翼を大きく広げた。
 姿は悪魔だと言うのに、翼だけは変わらずに天使を思わせる純白の翼のままだった。その翼から、今までと同じように羽根が弾丸となって放たれる!

 

 フェザーブレット

 

 セシルと、その直線上に居たセリスを目掛けて羽根の弾丸が飛ぶ。
 しかし予めセシルが察知し、その警告によって、セリスは危なげなく下へと逃げて回避する。そしてセシルは―――

「・・・くっ!」

 セリスとは逆に、更に天高くと飛翔する―――だが一瞬逃げ遅れ、羽根の一枚が太腿の鎧が覆われていなかった箇所をかすめた。かすめただけで肉が裂け、鮮血が宙に飛び散る。
 セリスに警告しながらも、自分自身は逃げ遅れてしまったセシル―――その理由は単純だった。

「ハハハハハッ! どうやらその翼を自在には操れないようだな!」

 こちらを見上げ哄笑するエンキドゥに、セシルは苦笑。

「まあ、ついさっき初めて使ったばかりだしね」

 飛翔すること自体は難しくはない。
 ただ、真っ直ぐには飛べるものの、いきなり曲がったり止まったりと、急制動することは上手くできる自信がなかった。
 今も、避けようとして急発進することが出来なかった為、逃げ遅れた。

「ならば何も出来ぬうちに殺してやる! その聖剣を貴様の血で染め上げて、我らが主の復活の贄としてくれる!」
「主・・・?」

 回復魔法で、簡単に足の傷を止血しつつ、セシルは疑問を覚える。

(ゼムス・・・とかいうヤツのことじゃない・・・?)

 復活、というからにはその主とやらは死んでいるか封印されているのだろう。
 しかしゼムスはすでに封印から解き放たれている。そもそも、このエクスカリバーとの因縁がよく解らない。何をそんなに憎悪しているのか―――と、そのことを問おうと口を開きかけたその時、再びエンキドゥは翼をセシルへ向けて広げた。

 マズイ―――そう思う間もなく、羽根の弾丸が解き放たれる。

 

 フェザーブレット

 

 下方から吹き上がるように飛来する無数の羽根。
 完全に回避することは出来ないとセシルは即座に判断し、高速で飛来する羽根に対して、聖剣の切っ先を向ける。

 

 エクスカリバー

 

 聖剣から放たれた光の一撃が羽根と激突する。
 いくつかの羽根はそれで撃墜した―――が、撃墜しきれなかった羽根がセシルを襲う!

「ぐあああっ!」

 幾つかは避け、幾つかは鎧で受けた―――が、鎧の上からでも、骨が軋むような凄まじい衝撃だった。もしも鎧無しだったなら―――或いは、頭にでも直撃すれば即死だっただろう。

(・・・とんでもないな・・・こんな羽毛が・・・・・・)

 セシルに打撃を与えた羽根は、それで力を失ったのか、普通の鳥の羽のようにふわりふわりと舞い落ちていく。

「ハハハハハハハッ! 殺してやる! 殺してやるぞ! 聖剣の勇者よ!」

(だから違うっていうのに)

 全身の痛みを堪えながらも苦笑しつつ、セシルは光の翼に集中する。
 セシルの意志を受けて、翼はさらに強く光り輝き―――後ろからセシルを押すように推力を生む。

「悪いけど―――こっちも時間がないんだ」

 呟きつつ、セシルはまるで素潜りするように頭を地面へと向け、光の翼で加速する。

「一気に終わらせる!」

 まるで落下する様に、セシルの身体はエンキドゥ目掛けて飛翔した―――

 

 

******

 

 

 聖剣の使い手がこちらへ頭を向け、真っ直ぐに落ちてくる。
 返り討ちにしてやると、エンキドゥは羽根を発射させようとして―――ふと冷静な思考が疑念を発した。

 フェザーブレットの威力は身をもって知ったはずだ。なにもせずに真っ直ぐ突っ込むだけならば、ただ餌食になるだけだ―――そして、セシル=ハーヴィはそれほど愚かしい相手ではない。

 と、不意に気がつく。セシルが―――いや、セシル “達” が得意とする戦法を。

(まさか―――)

 ある可能性を思い浮かべ、背後に目を向ける―――と、そこには先程下へ逃げたセリスが、こちらに向かって上がってくるところだった。

 天地交錯。

 セシルとカインが得意とする連携攻撃。
 地に意識を向ければ天が貫き、天を見上げれば地が斬り裂く―――単純だが、それ故に回避が難しい連携技だ。

 セシルを攻撃すればセリスが、セリスを攻撃すればセシルが斬り裂く。
 逃げるのが安全策だが、そうしたところでおそらくは天地が変わっただけで同じ事を繰り返されるだけだろう。

 ならば答えは一つだ。

(二人同時に迎撃すればよいだけのこと!)

 エンキドゥは天地の二人に対して横になるように向きを変える。
 そうして背中の翼を真っ直ぐ後ろへ伸ばし―――左右の羽根を、それぞれセシルとセリスへと向けた。

「くらえ―――」

 

 フェザーブレット

 

 羽根の弾丸が、二方向に向かって同時に飛ぶ。

「―――ッ!」

 それを察知したセリスは慌てて回避する―――だが。

(貴様は避けられまい!)

 まだ翼に慣れていないセシルは、急に動きを変えられない。
 羽根の弾丸に打ちのめされる様を想像し、エンキドゥは歪んだ笑みでその瞬間を見上げた。

 だが。

「―――?」

 見えたのは笑みだった。
 迫り来る弾丸に対し、セシルは笑みを浮かべながらそのまま何もせずに羽根と激突する。
 それはエンキドゥが思い描いた通りのシーンだった―――が。

「なに・・・!?」

 エンキドゥの予想通り、セシルは回避出来ずにまともに弾丸と激突した。
 いくつかの羽根がセシルの頬や首筋など、露出した肌をかすめて引き裂き、肩当てに直撃してその身体を大きく揺るがす。衝撃に笑みが歪み、「ぐ」と苦悶の声が漏れる。

 しかし、それだけだった。

 命中したにも関わらず、僅かによろめいただけでセシルの勢いは止まらない。
 むしろさらに加速して、エンキドゥ目掛けて落下―――いや、飛翔する。

「まさか、貴様―――」

 セシルの顔がすぐ眼前に迫ったその時、エンキドゥはようやく理解した。
 これがセシルの狙いだったのだと。

 二方向への同時攻撃―――しかしそれは、羽根の威力を分散させるという意味でもあった。
 さらに頭から飛翔することによって、 “的” を小さくし、羽根が当たる箇所を少なくした。頭に直撃すればそれで終わりだが、逆に言えば頭にさえ当たらなければ、多少喰らっても問題ない。

 セシルはセリスとの連係攻撃を狙っていたのではない。
 被弾覚悟でエンキドゥを斬ることだけを考えていたのだ。

「く―――」

 羽根の弾丸をくぐり抜けたセシルに、エンキドゥは逃げようとする―――が、天使の翼を持ち、空を自在に飛び回れようとも、攻撃した直後は動けない。

 避ける間もなく、セシルのエクスカリバーがエンキドゥの身体を貫いた。

「があああああああああああっ!?」

 絶叫するエンキドゥの身体を、セシルが飛翔する勢いのまま聖剣は貫き、抉り、斬り裂く。

「滅べ・・・!」

 斬り裂く瞬間、さらにセシルは聖剣の力を解放。光の一撃がエンキドゥの体内に直接放たれ、その身体は空中に投げ出されるように吹き飛んだ。

「ぐ・・・あ・・・が・・・!」

 もはや悲鳴をあげる力も無いように、エンキドゥは吹き飛ばされたまま空中を漂う。
 翼は無事なものの、身体は聖剣の一撃によって、半分以上吹き飛んでいた―――が、それでもまだ生きているようだった。

「へえ・・・まだ生きているのか・・・」

 落下する勢いを殺し、なんとか制動をかけたセシルは、エクスカリバーを腰の鞘に収めながら感心したように呟く。
 それが聞こえたのか、天使の翼を持つ悪魔は、血走った目をセシルへと向ける。

「覚えておけ・・・貴様は・・・必ず殺す・・・」

 それだけ言い捨てると、白い風をまといつつ巨人の方へゆっくりと向かっていく。
 先程までの力は感じられず、追いかければ簡単に倒せそうだったが。

「・・・とどめを刺さないの?」

 エンキドゥを見送るだけのセシルに、セリスが怪訝そうに問いかける。

「今のうちに倒しておくべきだと思うけれど」
「そうしたいのは山々なんだけどね」

 セシルは苦笑―――と、その顔には脂汗がびっしりと滲んでいた。

「ちょっと・・・まさか」
「うん。あの羽根、かなり痛くってさ―――」

 言うなり、セシルはセリスへと身体を預ける。

「実は割と限界―――」
「セシル!?」

 唐突にセシルの背中から光の翼が消えた。
 同時に、セリスの身体にセシルの体重がかかる。

「・・・まったく」

 嘆息。
 どうやら意識を失っているらしいセシルの身体を支えながら、セリスはゆっくりと降下していった―――

 

 

 


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