第28章「バブイルの巨人」
W.「真打ち登場」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン
空中。
天使を思わせる、白い純白の鳥の羽を羽ばたかせるエンキドゥに対し、セリスは飛翔魔法で追いすがっていた。
しかし、流石のセリスも空中戦の経験など殆ど無い。しかも相手はまともに戦おうとはせず、回避することに専念している。空を飛ぶ能力を持たないロイド達は、それを見上げていることしかできない。
「くそ・・・っ! セリス一人じゃどうしようもない・・・!」
悔しそうに奥歯を噛み締め、ロイドは呟く。
セリスがわざわざ慣れない空中戦を行っているのは、当然、エンキドゥを倒す為だ。魔法を何度か放ったが、多少ダメージを与えたとしても、回復効果のある白い風――― “ホワイトウィンド” が取り巻いて、傷を癒してしまう。エンキドゥを倒すには一撃で致命傷を与えなければならないと判断したセリスは、空中での接近戦を挑んだが、エンキドゥはまともに戦おうとはせず、しかしセリスが一旦引こうとすると “フェザーブレット” で牽制する。
そうして何も出来ないまま、時間だけが過ぎていく。
「ミストさん! 空を飛べる何かを召喚とかできないんですか!?」
ロイドが問いかけると、召喚士の未亡人は「あらあら」と困ったように小首を傾げた。
「トリスとボムボムとは “誓約” しなかったし―――というか、そもそもMPは殆ど尽きている状態なので」
「・・・つまり、できないんですね?」
「ハッキリ言うとそうですね」緊急事態だというのに、穏やかに微笑みながら言葉を返すミストに、ロイドは脱力しそうな気力を奮い起こして、再び空を見上げる―――が、相手が空ではどうしようもない。飛空艇があればまだなにか出来るのだろうが。
(・・・畜生! 念のために、エンタープライズくらいはこっちに持ってくるべきだった!)
エンタープライズを含む飛空艇は、全て国民の避難作業のために使ってしまっている。
いまさら呼び寄せようとしても間に合わない。「陛下が居れば・・・」
先程から何度思ったか数え切れない。
セシル達がバロンに戻ってくるのが、あと一時間―――そう言われてから、もう何時間も経ったように錯覚するが、実際の所は30分も経っていない。あと30分凌ぎきれば陛下は戻ってきてくれる。
そう思っても、しかしその30分がとてつもなく長く感じる。(駄目だ・・・このままじゃ・・・)
このまま現状維持に努めるだけならば、セシルが到着したとしても手詰まりだ。
巨人を攻略する前に、結界が切れてしまう。
セシルが到着する前に、巨人へと辿り着くための “道” を確保しなければならない―――せめて目の前に立ちはだかる、エンキドゥだけでも撃退しておきたいが、それも難しい。「打つ手無し・・・か・・・?」
「いや・・・」と、ロイドの呟きを否定したのはブリットだった。
彼は背後―――バロンの街の方を振り返る。「ようやく来たようだ」
「えっ・・・?」ブリットに習い、振り返ってみる―――と、なんと街の上に巨大な何かが浮かんでいた。
「な、なんだあれは・・・!? 船・・・なのか?」
「あれは “魔導船” 」ロイドの疑問に答えるように、懐かしい声が―――求め焦がれていたその彼の声が聞こえてきた。
「バブイルの塔と同じく、 “月の民” が地上に残した、月へと至る “道” の一つだよ」
******
「―――鬱陶しい!」
苛立ったようにバルバリシアが怒鳴る。
その原因は、彼女の周囲に展開しているメーガス三姉妹だ。バルバリシアの能力を把握している三姉妹は、かつての主の攻撃をなんとか抑え込んでいた。
把握している―――というのなら、バルバリシアも条件は同じだが、メーガス三姉妹は “結界” の核である杖を防衛することに専念している。そして攻めと守りでは攻める方が難しい。(このままでも別に構わないけれど―――)
と、バルバリシアは上空から戦場を見回す。
戦況は拮抗していた。
だが、結界の効果時間は確実に減っている。このままの状況が続けば、いずれは結界が切れて、巨人は再び動き出すだろう。「ただ、それはそれで癪なのよね!」
「! マグッ!」言うなりバルバリシアは手を振り上げる。それを見て、シュウが三姉妹の長女の名を叫んだ。マグは次女ドグと頷き合い、 “杖” の上空へと移動する。
その直後に杖を中心にして旋風が巻き起こり―――それは竜巻へと発展していく。
ミールストーム
バルバリシアの必殺技―――全てを吹き飛ばす “竜巻” を発生させる技だ。
「ぬうっ!」
「おおっ!」テラとクノッサスが、結界核へ注ぐ魔力を強める。
先程から幾度と無く飛んで来たバルバリシアの攻撃に対し、二人は防護魔法を重ねていた。
だが、流石に竜巻を防ぐ程強力ではない。「あわわっ!」
このままでは地面ごと竜巻にえぐり取られてしまう―――その時、二人の姉に遅れてラグが “配置” についた。
メーガス三姉妹は、竜巻を囲んでそれぞれが正三角形の頂点となるように配置し、今にも杖を吹き飛ばそうとする竜巻に向かって力を込める。「行くわよ! ドグ! ラグ!」
「いいわよ姉さん!」
「こっちも行けるっ!」声を掛け合う三人から赤い光が放たれ、それは三人を結んで、赤い正三角形を形作る!
デルタアタックII
かつてはシルドラを石へと封じたメーガス三姉妹の必殺技。
赤い正三角形は “動き” を停止させる力を持つ―――それは生物だけに限らない。
三人が発生された三角の赤い光は、竜巻を締め付けるように縮んでいき―――やがて、赤い光が竜巻に溶け込むように消えると同時、竜巻も同じように消えてしまった。「あははっ! 幾らやってもムダムダだよ♪」
ちっちっ、とラグが指を振る―――のを、ドグがごつんと拳で頭を叩いた。
「調子に乗らない! 今のだって、ラグがもう少し遅ければ終わってたでしょう!」
「う・・・」ドグの言うとおり、竜巻を即座に打ち消せたわけではなく、結界核も無影響だったわけではない。
「まったく、なんのためにシュウ様が合図を送ってくれたと思ってるの?」
「だ、だって、呼んだのねーさんの名前じゃん!」
「察しなさい! それくらい!」
「そんなの―――って、あれ?」ふと、ラグは気がついた。
バロンの街の上空に、なにやら巨大な “船” が浮遊している。それはついさっきまで存在しなかったものだ。「あれって・・・」
「魔導船!? どうしてあんなものがここに・・・?」マグが訝しがる―――と、そこにバルバリシアのからかうような声が飛んできた。
「余所見してて良いのかしら?」
「―――っ! ドグ、ラグ!」妹たちに警告を発し、いつ竜巻が来ても良いように身構える。
だが、バルバリシアは予想外の攻撃を繰り出してきた。
ミールストーム
「だから何度やったって―――え?」
軽口をたたきかけて、ラグはきょとんとする。
再び放った、バルバリシア必殺の竜巻―――だが、それは結界核に向けて放ったものではない。自分自身―――バルバリシアを中心にして、竜巻が巻き起こる。
荒れ狂う竜巻の中心で、しかし彼女は妖しく微笑んだ。
「これは防げるかしら・・・!」
竜巻を身に纏ったまま、バルバリシアは動き出す。その目標は、当然結界の “杖” だ。
それを見て「しまった!」という顔をしつつも、マグはバルバリシアの行く手に回り込んだ。それに二人の妹たちも続く。「ドグ、ラグ、止めるわよ!」
「―――無駄よ」竜巻そのものとなって突進するバルバリシア。
メーガス三姉妹は身体を張り、己の武器を振りかざして止めようとするが、止めるどころか触れることすら叶わずに、バルバリシアを守るように包み込む竜巻にはじき飛ばされる。「メーガス三姉妹がッ!?」
「これで終わりよ!」バルバリシアは竜巻を纏ったまま、杖に体当たりを仕掛けようとする―――その時!
風神脚
その横手から、彼女と同じく風を纏った蹴りが、バルバリシアの竜巻に激突する。
「なっ・・・!?」
その一撃は竜巻を破れはしなかったが、バルバリシアの身体をはじき飛ばす。結果、体当たりは外れ、結界核が破壊されることは免れた。
「ヤン!」
テラがその名を呼べば、ファブールのモンク僧長は、油断無く構えながら、敵に対して不敵に笑う。
「危機一髪―――ふむ、なかなか美味しい場面だな」
******
「ぜえっ、はぁっ・・・」
炎の魔人を目の前に、荒く息を吐くのはエッジだった。
未だ致命傷は受けていないものの、すでに全身焼け焦げて、力も使い果たしている。それを見やり、ルビカンテは忌々しそうに舌打ちする。
「雑魚が。鬱陶しくもねばりおって・・・」
「くそ・・・・・・」膝を突いたまま敵を見やる。
“仇” ではない。ただの敵だ。(明らかにこいつはアイツとは違う・・・!)
目の前のそれは、ルビカンテと同じ姿、力を持ってはいるが、別物だった。
だからエッジはそれを “仇” とは認めない。 “認めない” ことで何が変わるわけでもない―――エッジ自身、よく解らない意地だと思うが。( “仇” ですらない、ただの “敵” なんぞにやられてるヒマはないっつーのによ・・・!)
悔しさに唇を噛み締める。
しかしエッジにはもはや戦う力は残されていなかった。「しぶとかったがこれで終わりだ! 火燕―――」
ファルコンダイブ
エッジにとどめを刺そうとしたルビカンテに、いきなり横から槍の一撃が襲う。
完全な不意打ちに、ルビカンテの身体は僅かに吹っ飛んだ。「お前は・・・!」
「騎士として不意打ちなどは恥じるべき事ですが―――そうも言っていられないので失礼いたします」慇懃無礼で一礼する漆黒の竜騎士
それはすでに力尽きていたはずのカーライルだった。どうやら今度は本物らしい。「ちょっとー! もうハイポーションは無いんだから、無茶しないでよ!」
ユフィの叫び声に目を向ければ、彼女は空になった小瓶をぶんぶんと振り回していた。
どうやら、エッジが戦っている隙に、ユフィがカーライルを回復してくれたらしい。「死に損ないどもめ・・・!」
激怒の様相でルビカンテはエッジとカーライルを睨付ける。
対して、エッジはすでに戦闘不能。カーライルも、ポーションで回復したが、まともにやり合えばさっきと同じ結果になるだけだ。「もろとも焼かれて死ぬがいい! 火燕―――」
オーラキャノン
今度こそと必殺の一撃を放とうとしたルビカンテの顔面に、光の一撃が直撃する。
再びの不意打ちに、ルビカンテは堪えきれずにそのまま背後へと倒れ込んだ。「ずいぶんと酷い有様じゃない」
「その声は・・・」エッジが瞳を見開いて声のした方を向く。
そこには、緑の髪の召喚士が、砂浜の切れ目辺りに立って、エッジ達を眺めていた。「リディアーーー!」
ボロボロだったのも忘れ、エッジは歓喜の声を上げる。
「・・・割と元気そうね」とか呟くリディアの隣では、今し方必殺技を放ったポーズのまま渋い顔をする男が一人。「・・・俺の存在は無視かよ・・・?」
「別に良いけどな」と、マッシュは嘆息した―――
******
「へ・・・陛下!」
感極まったようなベイガンの叫び声。
“魔導船” からゆっくりと視線を下げれば、聖騎士王がいつものように苦笑してそこにいた。
その背後には、見慣れない魔道士風の老人も居る。「ただいま―――よく、持ちこたえてくれたね」
「・・・・・・っ」セシルの労いの言葉に対し、ロイドは何も言うことは出来なかった。
ただ、全身から力が抜け落ちて、その場に崩れ落ちる―――ところをすぐ傍にいたブリットが支える。身長差はあるものの、しっかりと力強く支えられて、ロイドは何とか踏みとどまる。「大丈夫か?」
「な、何とか―――ありがとうございます」ロイドはブリットに礼を言って、自分の力だけでなんとか立ち上がる。それから改めてセシルの方へ向き直ると、泣きそうな笑みを浮かべて力無く呟いた。
「遅かったじゃないですか、陛下」
文句に対して、苦笑したままセシルは「悪かったよ」と答えてから、空中戦を繰り広げている、セリスとエンキドゥを見上げる。
その表情は、不利な状況だというのに、まるでそれを感じさせない頼もしさがあった。「さて―――反撃開始と行こうか」