第28章「バブイルの巨人」
V.「 “大丈夫” 」
main character:ディアナ=ファレル
location:バロンの街・西門

 

「ちっ、あと少しだったってのによ!」

 海賊船の甲板の舳先に立ち、ファリスが舌打ちする。
 前方、鎌首を持ち上げたシルドラのさらに向こう側の砂浜では、エッジがルビカンテを相手に奮闘していた。

 カーライルはすでに力尽き、ユフィやキャシーでは近寄る前に燃やされて終わり。
 火術に特化し、今までに何度かルビカンテと戦った経験のあるエッジだけが、まともに相手することが出来ていた。
 幸いにも、シルドラのブレスはそれなりにダメージを与えていたのか、ルビカンテの動きに精細がない。

 しかし、それでもエッジは防戦一方だ。このままでは遠からず、カーライルと同じように力尽きてしまうだろう。

「つーか、シルドラの一撃を食らってまだ動けるって言うのがイカレてるぜ」
「どうしやす、お頭?」

 手下の一人が指示を仰ぐ。
 さっきは水竜がルビカンテの動きを封じてくれていた為にサンダーストームを狙い撃ちできた。
 が、今放てばエッジ達を巻き込んでしまう。

「・・・とりあえず待機だな」

 炎の魔人相手に無闇に飛びかかっても燃やされるのがオチだ。
 ここは待機して、隙ができたらシルドラの一撃を撃ち込む―――これしかない。

(最悪、エッジ達を見殺しにして逃げることも考えなきゃな―――予め言っていたとおりだ、恨むなよ)

 胸中で呟きつつ、炎に巻かれても尚戦い続けるエッジを見る。

 巨人が出現し、エッジ達はテラと無理矢理一緒にバロンへ戻ってきた。その狙いは当然、仲間達の仇であるルビカンテの打倒だ。

 ちなみにパロムとサイファーはエブラーナに置いてきた。それはエッジをバロンへ寄越す代わりの “人質” ―――勿論、次期国王であるエッジの代わりとするには軽すぎるが、あくまでもそれは便宜上である。本当は、幼いパロムを死地へと連れて行くことを、テラが忌避したからだ。
 サイファーに関して言えば、手綱を取る人間が居らず、もしも暴走した場合に致命的なことをしでかさないかと危惧した為だ。

 巨人がゴルベーザの動かしているものだとしたら、ルビカンテも居るはずだと予想していた。
 だからエッジは、ルビカンテを倒す為に、ファリスと手を組んで策を練ったのだ。
 策といってもそれほど複雑なものではない。実行したように、ルビカンテを海辺におびき寄せて “水竜陣” で動きを抑え、そこにシルドラの一撃を放つ。
 カイナッツォが出現しなければ、それでルビカンテは倒れていたはずだった。

 ファリスとしても、バロンのために命を賭ける義理は毛頭無いが、何も手助けせずにバロンが滅ぶのも困る。
 だからエッジに協力することを請け負い、ただし失敗したなら自分の命優先でさっさと逃げる、とも言っておいた。

「一応、すぐに逃げられるように準備しておけ。魔物が接近してきたら、戦わずにさっさと―――」
「キィィィィィィィィィィィッ!?」

 不意にシルドラが甲高い悲鳴をあげた。
 見れば、目の前で苦しそうに巨体を身もだえしている。

「なんだ!? どうしたシルドラ!」
「頭、魔物です!」
「なんだと!?」

 手下の一人が船の下―――海面を指し示す。
 見れば、無数の水棲の魔物が、シルドラの身体や船体に張り付いている。それも一体や二体ではない。二十、三十は楽に数えられるほどの数が居る。

「サハギンだと!? つーかなんだよあの数はッ!?」

 ありえない、と言う言葉を頭の中に浮かべ、ファリスは混乱する。
 サハギン―――水の魔物で、それほど強い部類ではない。水中ならばともかく、陸上ならば手下達が一対一でも楽に勝てる相手だ。
 しかし、陸の上では雑魚だとしても、水の中から攻められればどうしようもない。船を直接攻撃され、穴でも空けられて沈められれば、水の中を自由に動ける魔物相手に勝ち目はない。

「カカカカカカカッ! 馬鹿め、海の上だからと、周囲に魔物が居ないからと油断したか!」
「誰だッ!?」

 人の気に障る、嘲るような笑い声を追ってみれば、いつの間にか海面の上に人影があった。
 それは先程、キャシーを狙ったカーライルの偽物だ。

「海の上とは都合が良い! この水のカイナッツォの恐ろしさ、思い知るが良い!」

 

 

******

 

 

「エクスカリバーを持ってないのか・・・そいつは困ったよなあ」

 本気で困ったように、ギルガメッシュは三対の腕のうち、二つの腕で頭を掻く。

「じゃあ、ここでテメエの相手をしてても時間の無駄か」
「そーだよ。解ったならどっか行け」

 しっしっ、と犬でも追いやろうとするかのようなバッツの態度に、ギルガメッシュはぴくりと反応。
 どこか不機嫌そうに無理矢理笑みを作り、腰を落としてヤンキーのように下からバッツを睨め付ける。

「なんだよその態度はよ?  “ごめんなさい、ボクじゃ貴方には勝てませんから見逃してください〜” って泣きべそかきながら言うのがお前の取るべき態度だろが」
「なんだと?」

 今度は逆にバッツがギルガメッシュを睨み返す。
 こちらは笑みをつくることもなく、不機嫌そうな顔をそのまま出して。

「俺は “お前とは戦いたくない” つっただけだ。いつてめえなんかに勝てないって言ったよ?」
「おいおい、なんかその言い方だと “戦う気になれば俺は勝てます” って勘違いしそうになるだろが」
「勘違いじゃねえよ」

 即返され、ギルガメッシュは笑みを消す。
 怒りを顕わにして、その視線だけで射殺そうかとするように、バッツを凝視する。

「言ってくれるじゃねえか―――もしかしてアレか? てめえ、前にダムシアンで俺をぶっ飛ばしたことでいい気になってんのか? 言っておくがあれはな、完全に油断してただけで・・・」
「ダムシアン?」

 懐かしい地名を出され、バッツはきょとんとする。
 それからギルガメッシュの赤い鎧を見つめ、「あ」と手を打った。

「あん時の赤鎧! そーいやお前か!」

 以前、熱病にかかったローザを救う為に “砂漠の光” と呼ばれる熱病の特効薬を取りにダムシアンへ言った時のことだ。
 その時に、今は “赤い翼” によって吹き飛ばされてしまった城の城門を封鎖していたのが、当時は陸兵団の長だったギルガメッシュだった。

「またかよ!? お前、ファブールでも忘れてただろ!」
「・・・その後の出来事がインパクト強すぎたんだよ」

  “その出来事” を思い出し、バッツは幻痛を感じて胸を抑える。
 それは父親を失った時と同じく、 “助けられなかった” 痛みだ。

「つーか、あの時の事を覚えてるんだったら解りそうなもんだろが」

 吐き捨てるようにバッツが言うと、その言葉の意味が解らなかったのか「ああ?」と怪訝そうに言葉を返す。
 嘆息、してバッツは言った。

「お前は俺には絶対に勝てない―――少なくとも、今のお前じゃな」

 バッツにしてみれば、それは単なる事実を言ったに過ぎないつもりなのだろう。
 しかしそれは、ギルガメッシュからしてみれば明らかな挑発だった。

「てめえ・・・俺が弱いって言いたいのかよ!?」

 青筋を額に浮かべながら、ギルガメッシュが怒号する。
 対し、バッツはあっさりと首を横に振った。

「いいや? テメエの言うとおり、顔が三つもあるならいつもの戦法は使えねーし、それにその跳躍力も加われば、俺にとってはカイン以上に厄介な相手だろうさ」

 流石にカイン=ハイウィンドの跳躍力には敵わないがそれに追随する。カインと同じ戦法を使えることが出来る上、カインと違って “勘” ではなく “見て” バッツを追撃できる。バロンで刃を交えた時、もしも仮にカインに顔が三つもあったとしたら、バッツはどう足掻いても勝てなかっただろう。

 しかし、目の前のギルガメッシュには負ける気はしなかった。

「お前、負けたことがないだろ?」
「あ?」
「負けたとしても、負けを認めたことがないだろ?」

 バッツが尋ねると、ギルガメッシュは少し機嫌を良くしたように、笑いながら胸を張る。

「あったり前だぜ! この最強無敵のギルガメッシュ様が常勝無敗! 俺が本気になりゃ、勝てるヤツはいねーよ! はーっはっはっはっは!」
「だからだよ」
「はっはっは―――は? なんだって?」

 気持ちよく笑うギルガメッシュに対して、バッツは苦笑する。
 目の前の存在をバッツは良く知っていた。

(あれは俺だ)

 かつて、敗北というものを知らなかった頃のバッツ=クラウザー。
 その気になれば、誰よりも強いと信じていた頃の―――情けない自分。

「お前は負けを知らない―――だからお前は俺には勝てない」

 かつて敗北した事のあるバッツ=クラウザーは宣言する。
 もしもギルガメッシュがカインよりも速く、セシルよりも読みが早く、レオ=クリストフよりも強かったとしても。

「お前は絶対に俺に勝てない」
「・・・言ってくれるじゃねえか」

 返ってきた言葉は思いの外静かだった。
 さっきまでのように無駄に激昂せず、ぎりぎりと歯を噛み締めてバッツを睨む―――どうやら怒りが臨界点を越えてしまったらしい。

「見逃してやろっかなー、なんて思ってたが思う止めだ! てめえは確実に殺す!」
「お前にゃできねーよ」
「その減らず口を―――」

 槍を構え、ギルガメッシュはバッツに向かって跳躍の体勢を取る。

「―――すぐに黙らせてやらあッ!」

 瞬間、ギルガメッシュが赤い閃光の様に、バッツに向かって突進した―――

 

 

******

 

 

「フシュルルルル・・・・・・ようやく・・・大人しくなったか・・・・・・」

 スカルミリョーネは、山となって積み重なっているゾンビの群れを見る。
 その下にはカインが埋まっていた。

「・・・・・・しかし、このまま埋めておけば・・・そのうち・・・・・・―――フシュ?」

 不意にスカルミリョーネは異常に気がついた。
 山となったゾンビの群れが薄く、白い何かが張り付いている。それが “霜” だと判別すると同時、周囲の気温が下がっていることにも気がついた。

「フシュルルルル・・・冷気、魔法か? いや―――」

 魔力は感じない―――が、魔法以外の何かの力が働いて、周囲の気温が下がっている。霜の様子から、その中心はゾンビの山の中だと察知して―――そこでスカルミリョーネは理解した。

「フシュルルル・・・・・・まさか・・・ “竜気” で周囲の熱を奪って―――」

 

 ドラゴンテンペスト

 

 スカルミリョーネの呟きを遮るように、突然ゾンビの山が弾け飛んだ。
 ゾンビ達は天高く、まるで旋風に翻弄される木の葉のように軽々と舞い上がり、吹き飛ばされていく。

 それは竜巻だ。

 ゾンビの群れの中から巻き起こった竜巻によって、ゾンビの山はあっさりと吹き飛んでいく。
 その竜巻の中心に居るのは、もちろん最強の竜騎士だ。

 竜巻の中で、カインは天を付くように槍を高々と掲げていた。よくよく見れば、その槍は蒼く発光している―――どうやら、この竜巻はその槍に秘められた力であるらしかった。

「フシュルルル・・・興味深い力だ―――が」

 ―――やがて竜巻は周囲のゾンビを全て吹き飛ばし、消失する。同時に、カインも力尽きたようにその場に膝を突いた。

「ハァッ、ハァッ、ハァッ・・・・・・」
「フシュ・・・その力を使うために、随分と無茶をしたようだな・・・・・・」
「ハァ・・・ハァ・・・ぐっ・・・クソッ・・・」

 カインは荒く息を吐きながらも、スカルミリョーネを鋭く睨み、槍を支えに立ち上がる。なんとか立ち上がれたものの、もはや槍を杖代わりにしなければ立っていられないほどに消耗しきっていた。
 スカルミリョーネの言うとおり、 “無茶” をしたツケが来てしまっている。

 周囲に霜が張り付くほど熱を奪い、己の力とする―――それは対オーディン戦でも使った方法だが、たかだが一個体を相手にするのと違い、無差別に熱を奪うために加減が難しい。ただでさえ消耗しているところに、至難の業を繰り出したならば、心身共に力尽きるのも当然の話だ。

 もっとも、その “無茶” をしなければ、ゾンビの中に埋もれたまま終わってしまっただろうが。

「フシュルルルル・・・スカルナント達よ・・・楽にさせてやるが良い・・・・・・」

 スカルミリョーネの号令によって、周囲のゾンビたちがカインへと向かって動き出す。
 のっそりとした動きで近づき、その手を振り上げる―――

「・・・なめるなあぁっ!」

 気迫一閃!
 手に力を込め、地に着いたまま槍を突き、その反動で身体を振り回す。

「おああああああああっ!」

 身体ごと槍を振るうようにして、槍を旋回させる。
 孤を描くような槍の一撃に、周囲のゾンビ達は打ち砕かれ、薙ぎ払われて吹っ飛んでいく。

 しかし、それが限界だった。

 最後の力で槍を振り回したものの、立つ力も残されていない身体に体勢を立て直す余力はなく、そのまま地面に倒れ込む。
 竜騎士の意地として槍は手放さなかったものの、完全に力尽きてしまった。
 仰向けに倒れ、指一本動かせない状態で空を見つめることしかできない―――蒼く晴れた空。良い天気だ、と場違いな事を思う。逃避だろうか、と自嘲していると、蒼い視界に薄汚いローブが割り込んできた。

「・・・なかなかにしぶとかったが・・・・・・これまでだな・・・・・・」

 フードの中から覗き込んでくるスカルミリョーネの顔は、逆光となってよく見えない。

「・・・分かり切ったことを抜かすな。さっさととどめを刺せ」

 忌々しそうに言い捨てるその態度は、普段のカイン=ハイウィンドとまるで変わりがなかった。
 カインはすでに覚悟していた。
 抗う力はすでに使い切ってしまった。如何に “最強” の竜騎士と言えども、こうなってしまっては打つ手がない。

 しかし不思議とカインの胸中には無念と想う気持ちは無かった。そのことに気がついたのか、スカルミリョーネが尋ねてくる。

「・・・・・・随分と諦めが良い・・・・・・まだなにか、奥の手でも残しているのか・・・・・・?」
「フン」

 奥の手は一つだけあるにはある。
 アベル―――バロン竜騎士団、最後の飛竜。
 飛竜の吐く炎のブレスならば、ゾンビ達を一掃できるはずだ。それにアベルの “熱” があればカインも回復することが出来る。

 しかしその姿はこの場には無い。
 戦場の何処か―――おそらくはカーライル率いる竜騎士団と共に戦っているはずだが、この場に居なければ意味がない。もしかしたらカインの危機を察して駆けつけようとしているのかもしれないが。

(間に合わない、な)

 未だ、飛竜の鳴き声は耳に届かない。もし来たとしても、スカルミリョーネがカインにとどめを刺す方が早いだろう。
 絶体絶命。
 それが解っているカインは死を覚悟している―――しかし、スカルミリョーネの言うとおり、諦めが良すぎると自分でも感じていた。

「貴様如きに殺されるのは情けないが、王の為、国の為に死ぬことは騎士としての本懐」

 何気なく口走り―――自分の言葉に自分で納得する。
 死ぬことに対して、こんなにも諦めがよいのは己の役割の為に戦い抜いたからだと。

「俺の死は無意味ではない―――そのうちセシルも来るはずだ・・・」

 ここで無様に死んだとしても、セシル=ハーヴィならばカインの犠牲を最大限に “活用” して、必ずゴルベーザを倒してくれるはずだと信じているからだ。
 だからさっさと殺すが良い、とカインは目を閉じる―――

「フシュルルル・・・・・・来て貰わねば困る・・・・・・」
「・・・なに?」

 意外な返答に、カインは再び目を開けた。すると、すでにスカルミリョーネはカインを見下ろしてはいなかった。歪に丸まった背中のまま、顔を上げてバロンの城の方を見つめている。まるでカインには興味を失ったように。

(・・・俺を殺す気が無いのか・・・?)

 思えば少し違和感があった。
 スカルミリョーネやゾンビから殺気が感じられなかったのだ。
 感情の無いゾンビ達でも、操られていればそれらの意志を反映して “殺気” は生まれる。けれど、スカルミリョーネにも、それが操るゾンビからも何も感じなかった。

 スカルミリョーネはカインを “倒す” というよりも足止めして消耗させることを優先していた。だからなのかと勝手に納得していたが、それでも微塵も殺意を感じないというのは妙な話だ。

「貴様、何を狙って―――」
「フシュルルル・・・・・・」

 カインの疑問を遮るように、スカルミリョーネはいつもの何かを啜るような不気味な音を立て―――

「・・・ようやく、来たか―――」

 

 

******

 

 

 ディアナの言葉通り、とりあえず民衆の頭は冷えたようだった。
 このまま街の外に出ることは危険だと、ようやく納得してくれたらしい。

  “ディジーちゃん” に蹴散らされた人々に、一通り回復魔法をかけおえて、ポロムは一息ついて周囲を見回す。

(・・・落ち着いてはくれた見たいですけど・・・)

 今度は逆に落ち着きすぎ―――落ち込んだように、皆うなだれている。
  “逃げる” という能動的な行動指針が失われ、何をしていいか解らなくなってしまったのだろう。

「何が・・・起きてるんだよ・・・?」

 誰かがぽつりと呟いた。

「この国に何が起こってるっていうんだよ・・・!」

 それは、今までにバロンの国民が抱え込んできた “不安” そのものだったのかもしれない。
 突然の “赤い翼” によるクリスタル強奪。
 それを皮切りに、ここ数ヶ月でダムシアン、ファブールに攻め込み、エブラーナの忍者達にバロンの街を襲撃された挙句、ダムシアン・ファブールによってバロンの城は落とされた。

 しかもその原因は、バロン王オーディンが偽物とすり替わっていたと聞かされてしまえば、国民は何を信じていいのか解らなくなってしまう。

 その後も貴族の反乱があり、しかもセシル陛下は正統な王ではないという噂に国民は翻弄された。

 そしてその挙句が今回の “巨人” だ。

「大体、陛下はどこにいるんだよ・・・」

 ―――民衆の一番の不安はそこなのかも知れない。
 国の絶対者である王の不在。
 セシルは若くして王となったばかりだ。その事を不満に思ったり、不審を感じたりする者も少なくはない。特に、 “正統な後継者ではない” という噂は、噂のまま残っている(混乱を避ける為、一般にはそのことをまだ明言していない)。

 それでも、セシル=ハーヴィには期待感があった。

 ダムシアン・ファブールと共に偽の王を打ち砕き、貴族の反乱時にも殆ど被害を出さずに抑えてしまった。
 もしもセシルが居なければ、この国は偽王の道具と成り果てていたか、ダムシアンやファブールなどの他国に支配されていたか、或いは貴族達の物になっていたかのどれかだろう。

 セシル陛下が居ればどんな困難があっても、きっとなんとかしてくれる。
 新しい王に不満を言う人間は多いだろうが、そう言った者たちの中でも、セシル=ハーヴィに対して僅かでも “期待” していない人間は殆ど居なかっただろう。

 その王が何処にもいない。
 それは城に避難していた者たちから “噂” ではなく “事実” として街中に広まってしまっていた。

「まさか・・・まさか、また逃げたのかのぉ・・・? あの時みたいに、また見捨てられたのか・・・・・・」

 そう呟いたのは、髪を白くした老人だった。
 かつてのエブラーナ戦争の際、先々代の王が民を放り出して逃げ出したことを覚えているのだろう。その記憶が失意となって、力無くその場に座り込んでしまっている。

「逃げてません!」

 思わずポロムは叫んでいた。

「セシルさ―――陛下は絶対に逃げたりしません! 誰も見捨てたりしません!」
「じゃあ、どうして居ないんだよ!」

 ポロムの言葉に反発するように、別の誰かが怒鳴り返す。

「知ってるぞ! 城にも戦場にも居ないって! 数日前から行方不明だって!」
「それは・・・」
「もしかしたら陛下はあの巨人が来ることを知っていたんじゃないのか? だからさっさと逃げ出したんじゃないのかよ!」
「う・・・」

 セシルが何処へ行ってしまったのか。
 巨大な飛空艇に乗って空の彼方へと消えてしまった―――長老が言うには、その飛空艇は “魔導船” と言い、セシル達は月へ行ってしまったのだと言うが、そんな事をありのまま話しても馬鹿にされたとしか思われないだろう。

「聞けば婚約者も一緒に消えたって言うぞ! やっぱり自分たちだけで逃げてしまったんだ!」
「―――その婚約者とやらは私の娘なんだけど」

 はあ、と何処か不満そうに嘆息したのはディアナだった。
 それを聞き咎め、誰かが叫ぶ。

「アンタのローザ=ファレルの母親か!? 娘は何処に消えたんだ!?」

 さっき名乗ったじゃないの、と思いながらディアナは手を横に振る。

「それは正しいけれど間違ってるわ」
「はあ!? さっき、自分の娘っていったじゃないか!」
「そう。それが正解――― “私がローザの母親” というよりも “ローザが私の娘” の方が正しいの!」
「・・・・・・」

 またよく解らないことを言いだしたディアナに、周囲の面々―――ポロムやアルフォンス達近衛兵含む―――は呆然とする。そんな中、ディアナは変わらぬ調子で淡々と話を続ける。

「いい? 私が居るからローザが居るのよ? つまり私あってのローザ! 私が居なければローザも生まれずに存在出来なかった―――けれど逆ではないわ。ローザが居なくても私は存在する!」
「そ・・・そういう話をしてるんじゃねえだろ!」

 馬鹿にされているとでも思ったのか、一人の男が激昂してディアナに掴みかかろうとした―――その時、男の肩を鋭い一撃が打つ!
 「いてえっ」と悲鳴をあげ、男は後ろに数歩下がった。

「ニードルダンサー―――その名前を聞いたことくらいはあるでしょう・・・?」

 そう呟くディアナの手には、いつの間にか一本の編み棒が握られていた。
 男の肩を打ったのは、それで突いた一撃らしい。

 男は打たれた肩を押さえながら―――それほど痛みはない。ただ、目にも止まらぬ突きに驚いているだけのようだ―――戸惑いながら首を横に振る。

「い、いや、知らねえが・・・」
「・・・そう」

 凄く落ち込んだ様子で深々と嘆息してから、編み棒を下げる。

「だからね? 私が居なければローザは存在出来なかったけど、ローザが居なくても私は存在出来るわ。つまり、ローザがセシルと一緒に何処に消えようとも、私はここにいるの」
「・・・えーと、つまり?」
「ローザが何処に行ったかなんて、私は知らないわ」
「最初っからそう言えよ!?」

 思わず怒鳴り返すが、それで気力が尽きたようだ。
 がっくりと項垂れ、男はその場にへたり込む。

 そんな男に近づいて、ディアナはぽんぽんと手を叩く。
 男が顔を上げると、ディアナはウィンクひとつして。

「ドンマイ☆」
「うるせえよ!?」

 などと、そんなやりとりを見て、ポロムは苦笑する。

(なんというか・・・完全にディアナ様のペースですね・・・)

 不思議なことに 不安そうに気落ちしていた周囲の者たちも、ポロムと同じように苦笑していた。
 なんというか、超マイペースなディアナを見ていると、不安がっているのが馬鹿らしくなるような気がしてくる。

 そんなところに、いつの間にか姿の見えなくなっていたリサの声がかかる。

「お飲み物いりませんか〜」

 言葉通り、飲み物の入ったグラスやボトルを乗せたワゴンをリサがひいて現れた。ファスもワゴンの後ろを押して手伝っている。
 この西門からはリサがバイトしている “金の車輪亭” が近い。そこから持ってきたのだろう。

「 “誰かさん” のお陰で喉が渇いてる人も居るでしょう? お代は要りませんから、どうぞ♪」
「頂くわ」

 真っ先に手を伸ばしたのはその “誰かさん” だった。
 彼はグラスに注がれていた冷たいお茶を口に含むようにして飲んで一息吐く。

「ふう・・・なんだかよく解らない人達のせいで、叫び疲れていたところだったのよ」

 あんたが一番よく解らないよ! とディアナ以外の誰もが心の中で叫んだが、叫んで喉を渇かすよりも潤したいと思ったのだろう。次々とワゴンの上に手が伸びる。

「慌てなくてもおかわりはいくらでもありますから―――」

 と、リサが声をかけるのを聞きながら、ポロムはワゴンに群がる人と人の間から抜け出して一息吐くファスを見つける。

「ファス様」
「・・・!」

 突然声をかけられ、ファスはびくりと身を竦ませる。
 人見知りであることは知っているが、何度か城内で顔を合わせているはずなのに、未だに慣れてくれないことを寂しく思いつつ。

「リサ様のお手伝いをしていたのですか? 言っていただければ、私もお手伝いしましたのに」

 文句を言っているようにならないよう気を付けながら言う。
 言ってから、少し偉そうだったかもと反省。ファスは確か10代の前半くらいだったはずだ。つまり、ポロムの倍以上の人生を歩んでいる―――はずなのだが、人見知りで気弱そうな所を見ていると、どうにも庇護したい気持ちになってくる。

「あ、あの・・・ポロム・・・は、回復魔法を頑張っていたから・・・わたしも、何か出来ることしたいなって、リサに言って、それで―――」

 なるほど。
 リサを促したのはファスらしい。良い子ですわねー、とまるで年下のように思いながらも流石にそれは口には出さない。

(パロムも、ファス様の数分の一でも良い子ならいいのに・・・)

 ここには居ない双子の片割れのことを想う。
 テラはパロムを連れてこなかったらしい。そのことをテラに感謝しつつも、一方で不安を抱えている。

(・・・パロムがいたらきっと、こんな不安を感じるどころではありませんのに)

 パロムならディアナと同じかそれ以上に周囲を引っかき回すのだろう。
 そして自分はそんなパロムを叱るのだ。 “いつものように” 。

(パロムと居ると、気の休まる時が無くて困ります。・・・でも)

 パロムが居れば、自分が今抱えている不安など感じないのだろう。
 双子が揃えば、なんだって出来る。
 二人の力が合わされば、大人にだって負けない力が使える。

 けれど一人なら。

(一人なら、私は、なにも―――えっ?)

 不意に、腕が疼いた。
 見れば、長老から貰った腕輪―――が淡く光っている。

(ツインスターズ? パロムも貰ったって言う・・・)

「・・・ポロム」

 呼ばれ、ハッと我に返る。
 と、同時に腕輪の光は消えた。

 不思議に思いながら、自分を呼んだ人へ視線を向けて微笑む。

「え? な、なんでしょうか、ファス様?」
「・・・・・・」
「ファス様?」

 いきなりファスはポロムを抱きしめた。
 優しく抱きしめ、ぽんぽん、と母親が幼子をあやすように優しく叩いた。

「大丈夫、だから」
「・・・あ、あの、ファス様? 私はなにも―――」

 自分の中の不安を見透かされたような気がして、ポロムは誤魔化そうとするが、ファスは構わずに続ける。

「きっと、大丈夫だから・・・セシルも、すぐ来てくれるから・・・」
「・・・・・・・・・はい」

 不思議と、ファスの言葉は心地よかった。
 心の中の不安が消えていくのを感じ、ポロムは抱かれたまま素直に小さく頷く―――と、不意に膨大な魔力が膨れあがるのを感じた。

「えっ・・・なに!?」

 魔力は遥か上空から感じられた。
 反射的にポロムは天を仰ぐ―――そこには、気持ちの良い青空が広がっていた。が。

(・・・来る!)

 魔力によって空間が歪み、捻れるのをポロムは知覚した。
 それは転移魔法―――白魔法『テレポ』によるものだと解ったが、何が来るのかまでは解らない。

(まさか、ゴルベーザの・・・?)

 息を呑み、それが転移するのを待つ。
 待つことしか出来ず、ポロムはぎゅっとファスを抱きしめ返す―――が。

「大丈夫」

 繰り返されるファスの声に、ポロムは「え?」と彼女に顔に視線を下げれば、彼女は穏やかに微笑んでいて―――突然、周囲が薄暗くなる。巨大な何かが上空に転移してきたのだ。

「なんだ? 急に薄暗く・・・」
「お、おい、あれ! 空に―――」
「なんだ・・・? あの、でっかいの・・・・・・」

 ざわめき、見回せば誰もがそれを見上げていた。
 周囲の視線を辿り、ポロムも天を見上げる―――と、そこには。

「あれって・・・」

 見上げれば、つい先日に目にしたばかりの “魔導船” の船底が見えた。
 視界を覆うほどの巨大な船が、バロンの街を覆って、大きな影を落としていた。

「ね、大丈夫、でしょう?」

 その巨大な “魔導船” に誰もが言葉を失う中、ファスの屈託のない声だけが響いた―――

 


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