第28章「バブイルの巨人」
U.「西門にて」
main character:ディアナ=ファレルス
location:バロンの街・西門

 

 

「どうしてここから外に出れないんだ!?」

 バロンの街の一般人が住んでいる西街区にある西門。
 その前に、街の住民や行商人らが集まっていた。それら民衆の表情には、一様に不安が浮かんでいる。

「ですから、ここから外に出るのは危険です。城へ行き、そこから船か飛空艇で脱出してください」

 詰め寄る住民達に必死で説明しているのは、近衛兵―――つまりはベイガンの部下の1人である、アルフォンス=スートライトだ。
 他にも数人の近衛兵が門の前に立ち、外に出ようとする民衆を押しとどめていた。

「船なんか待ってられるかよ! もたもたしてたらあの “巨人” が来ちまうだろ!」

 アルフォンスの言葉を受けて、民衆の1人が怒鳴り返す。

 昨日の時点で住民達は「魔物の襲撃がある」という説明を受けていた。
 ロイド達、 “赤い翼” が出撃したのもそれに対応するためであるとも。

 しかし “巨人” については一言も説明はしなかった。もしも人智を越えた山のような “巨人” が来ると知ったら、それこそパニックになるだろう。
 だから説明を “魔物達の襲撃” と説明し、念のために非難させるので城へ集まって欲しいと令状を出した。

 ただ、その段階では危機感はあまり無かったのか、或いは魔物が攻めてくるとしても街を離れがたかったのか、城に集まったのは住民の半分にも満たなかった。

 城に集まった者たちを、 “船” として無事だった海兵団の戦船や、商人や近くの漁村の船を徴収したり、 “足止め” から戻ってきた “赤い翼” の飛空艇を使って、可能な限り隣国であるダムシアンの港町へ非難させていた。
 ただし、船や飛空艇の数は住民の半分に対しても圧倒的に足りず、殆どの者たちは城で一晩以上待たされることになっていたが。

 ちなみに、デビルロードについては一般には公開していない。テラやパロムによって改良され、精神力が強くなくとも使えるはずだが、それでも不安定な精神状態で使用すれば、どんな事故が起こるか解らないために、あえてそれを脱出経路には使用していない。いざとなったら使わなければならないかもしれないが。

 城で待たされる事や、今にも魔物が襲いかかってくるかも知れないという不平不満はあったが、それでも大きな混乱が起きることはなかった―――実際に巨人がその姿を現わすまでは。

 陽が昇り、城壁の中や城からでもはっきりと視認出来るほどの巨大な巨人を実際に目にして、民衆は一気にパニックに陥った。
 城に集まった者たちも、街に残っていた者も、悲鳴や怒号をあげて逃げだそうと泡を食った。

 けれど、逃げ出すための船や飛空艇は数が足りず、時間も足りない。
 一晩程度では、最初に出航した船団はまだ目的地についてすらいないだろう。飛空艇はすでに何往復かしているが、定員数は船よりも少ない上に、 “赤い翼” は一晩中巨人を相手にし続けたのだ。休みながらでなければ兵達の身体が保たない。

 だから民衆達は、西街区にある門へ向かった。
 流石に正門―――巨人の居る方向へ逃げようとする者は殆ど居らず、我先にと逃げだそうとしている者たちの大半がこの西門へ集まっていた。

「どけ! そこをどけよ! 街から出せーーー!」
「死にたくない・・・死にたくない・・・」
「誰か助けてよ!」

 悲嘆、恐怖、激昂・・・様々な感情が入り乱れる。
 遂には民衆達は力尽くで押し通ろうと、アルフォンス達に掴みかかろうとする―――そこへ。

 ばっしゃあああああああっ!

「つ、冷てえっ!?」
「な、なんだ・・・? 水!?」

 突然、それら民衆達は水をかぶった。ざわめく中、凛とした声が響く。

「―――少しは頭が冷めたかしら?」
「だ、誰だ!?」

 誰何の声に、いきなり水をかけた何者かは「フッ」と笑う。

「誰かと問われたならば答えて上げるわ―――カモーン、ディジーちゃん!」

 そんな声が聞こえたかと思った次の瞬間。

「ギョエエエエエエエエエエエエエッ!」

 鳥の首を思い切り絞めたらこんな声が出るんじゃないかというような、まともではない鳴き声が上がったかと思うと、通りの向こう側から砂埃を巻き上げながら―――ちなみにバロンの街は石畳で舗装されているので、そうそう砂埃など立たないはずなのだが―――何かが爆走してくる。

 それはチョコボだった。
 ・・・目を真っ赤に輝かせ、頭に山羊の角なんぞ生やしているが、一応はチョコボらしかった。

「トウ!」

 なにやら格好つけた叫び声と共に、何者かがそのチョコボ(らしきもの)へ飛び乗ろうと跳躍する。

 だが。

「あ、あら・・・?」
「グゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲッ!」

 どうやら目測を誤ったらしく、何者かはチョコボが通り過ぎた後の地面に着地。そしてチョコボは、門の前に集まっていた民衆へと突進して―――そのまま文字通りに蹴散らしながら勢いを殺さずに爆走。いや暴走。

 人が軽々と宙に跳んで、阿鼻叫喚の渦が巻き起こる。

「ちょっと! ディジーちゃん、ステイ! ステイ!」
「グエ?」

 呼び止められ、チョコボ―――ディジーちゃんとやらは、アルフォンスの眼前でようやく止まった。
 そして、ディジーちゃんが民衆達を蹴散らしてできた道を、慌てたように何者かが追いかけてきた。手には空になったバケツを持っている。

 メイド服姿をしたそれは、ローザの母親であるディアナだ。

「あ、貴女は・・・?」

 眼前のディジーちゃんに驚き戸惑いながらも、アルフォンスはディアナに声をかける。
 だが、聞こえなかったのか無視したのか、彼女は答えずに周囲を見回す。辺りには、さっきまでアルフォンスへと詰め寄っていた民衆達が死屍累々と倒れて、呻いていて、被害を免れた者たちも遠巻きにディアナとディジーちゃんと怯えた眼差しで見つめている。

「良しオッケー!」
「・・・だ、駄目だと思う」

 何故かガッツポーズ。するディアナに、頭の上からツッコミが降ってきた。
 続いて、黒いチョコボが地面に降り立ち、その背中からは黒尽くめの少女が降りてくる。
 ディアナはチョコボに乗って現れた少女へ、きょとんとした表情を向けて。

「え? 何が駄目かしら? 一応、大人しくなったっぽいし」
「えーと・・・」

 黒尽くめの少女は困ったように言葉に詰まる。
 アルフォンスはそんな彼女達―――というかディアナへ目を向けて、もう一度問いかける。

「それで、貴女は一体・・・?」

 問われ、ディアナは無駄に胸を張って堂々と答えた。

「私はディアナ=ファレルよ! そしてこっちはファス!」
「いえ、ファス殿の事は知っていますが」

 黒尽くめの少女―――ファスは、一応はトロイアの親善大使でもある。近衛兵ならば知らないはずがなかった。

「ええとファレル・・・というと、もしかしてウィル殿やローザ様の・・・?」
「そう! そのウィルの代わりにやってきたの! こういうのって、ウィルの仕事なんでしょう?」

 厳密にはウィルは騎士や貴族達の調停役を務めていた。
 なにか城内で諍いが起これば、そこに飛んでいって仲裁に入る役目だ。ただ、今はエイトスのバラムガーデンに出張しているウィルがバロンにいたならば、アルフォンスの代わりに民衆を説得していただろう。

「夫の代わりを務めるのも妻の役目―――ああン、今私はとっても奥さんしてるうっ!」

 喜色満面でくねくねと身もだえするディアナに、“夫の仕事に介入する妻ってどうなんだろう” とかアルフォンスは思ったが、それどころでは無いことを思い出す。

「というか怪我人! 医者に運ばなければ!」

 ディジーちゃんにはねられた人達を見る。幸いにも―――というよりも、むしろ奇跡的にも死人は出ていないようだった。が、放っておいて良いわけでもない。
 まずは運送用にチョコボ車を手配して―――と、考えているところに、ちりんちりん♪ と音が鳴った。

「自転車・・・?」

 音の鳴った方を見れば、自転車に乗って二人の少女がやってきた。そのうち、荷台に腰掛けた白魔道士の姿をした5、6歳の少女には、アルフォンスも見覚えがあった。セシル陛下に白魔法を教えているミシディアの少女、ポロムだ。

「はい、とうちゃーく」
「あっ、ありがとうございました、リサさん」

 自転車がアルフォンスやディアナ達の目の前で止まると、ポロムは荷台から降りて、自転車を運転してきた少女―――リサ=ポレンディーナに礼儀正しくお辞儀をする。
 それから周囲を見回して絶句した。

「うっわー、予感的中。・・・また派手にやらかしましたね、ディアナさん」
「あら? 誰かと思ったらリサじゃない。お久しぶり」

 のんきに挨拶してくるディアナに、リサは引きつった顔をで「どうも」とだけ呟いて頭を叫ぶ。

「ひっ、悲鳴があったのでなにかと思えば・・・・・・何があったんですかあ!?」

 叫びつつ、ポロムは近くで倒れている怪我人に駆け寄って、回復魔法を詠唱する。

「その、貴女達はどうしてここに?」

 アルフォンスが、とりあえず話の通じそうなリサに尋ねる。

 ポロムが回復魔法で癒している間に事情を聞いたところ、ロイドに言われてリサやディアナは早いうちから城へ避難していたらしい―――が、バロンから脱出するのは最後で良いと、城に留まり続けていた。

 一方、城ではポロムやファスが、城で働く使用人達に混じって、避難してきた者たちに水や軽食などを配り回っていた。
 彼女らとは顔見知りだったリサは自分も手伝うと言って、そのリサを子供の頃から知っているディアナもやる気を出したりして、そんなこんなで夜が明けた。

 巨人が出現して民衆がパニックに陥り、西門に殺到したという話を聞いたディアナは「これは私の出番ね!」とか言い出して暴走。ディアナとはそこそこ付き合いの長いと言えるリサは嫌な予感を感じ、ポロムやファスと共に追いかけてきたというわけだ。

「一応、私としてはディアナさんを連れ戻しに来たつもりなんだけどね。ほら一応、ディアナさんってVIPじゃない?」

 バロン王の婚約者の母親だ。普段は護衛兼使用人としているキャシーも居ない。たった1人で興奮状態の民衆の所へ行かせるのは危険すぎるだろうと思ってきたのだが。

「なんつーか、最強の護衛が居たよね」
「グゲエ?」

 鳴き声だかなんなのかを上げるディジーちゃんを、微妙に視線をずらして見やる。リサは何度か目にしたことはあるが、直視するには精神衛生上よろしくない風貌だ。

「い、一体お前らは何なんだ・・・?」

 ポロムの回復魔法で意識を取り戻した男が、怯えた様子でディアナに向かって問いかける。

「だからディアナ=ファレルって名乗ったでしょう! そしてこっちはベイガン!」
「違いますよ!?」

 間違われてアルフォンスは即否定。
 あら? と、ディアナは首を傾げる。

「違うの?」
「違いますよ! というか、どうしてベイガン様と間違えるんですか!?」

 ちなみに、アルフォンスとベイガンは特に似ているわけではない。

「え? だって、近衛兵って皆似たような格好してるじゃない」
「当たり前です! それをいうなら竜騎士だって、暗黒騎士だってみんな同じ格好でしょう」
「えー、でも竜騎士と暗黒騎士は違うでしょ?」
「それを言うなら近衛兵と暗黒騎士だって、全然別物で―――」
「ちょいとお兄さん、話がズレてるから」
「はっ!?」

 リサに指摘され、ファレル時空に呑み込まれかけていたアルフォンスは我に返る。

「ごっ、ごちゃごちゃ言ってるんじゃねえ! とにかく俺達を外に出せっていうんだよ!」

 そうだそうだ、と周囲から声が上がる。
 が、よっぽどディジーちゃんが恐ろしいのか、先刻のようにアルフォンス達に詰め寄ろうとはしていないが。

「なんで外に出たいの?
「このまま居たら危険だからだ! 見なかったのか? あの巨人を!?」

 言われ、ディアナは首を捻る。

「見たけど、今は見えないでしょう?」
「それは―――」

 確かに。
 巨人の姿は見えたと思ったらすぐに見えなくなった。
 今も見えてはいない―――が。

「いつ、また巨人が現れるか解らないだろうが!」
「だいたい、巨人が居なくなったなら、どうして外に出れないんだよ!?」
「そ、そうだ! 見えないだけで、まだ城門の外に居るのかも・・・」

 口々に言うのを聞いて、ディアナは「あら?」とさっきとは逆方向に首を傾げた。

「だから外に出られないのでしょう?」
「はあ?」
「外ではまだ戦闘が続いている―――それで危険だから、門を封鎖しているんじゃない。そうでしょ? アルフォンス?」

 いきなり名前を呼ばれ、アルフォンスは戸惑いながらも思わず頷く。

「え・・・あ、はい。・・・というか私の名前を知って―――」
「悪いけれど、ちょっとそこを退いてくれるかしら?」
「え、その・・・」
「どきなさい」
「・・・あ」

 ―――気がつけば、アルフォンスはディアナの言うとおりに道を開けてしまっていた。
 その先には街の外へと続く門が見える。

 ディアナは微笑みながら、民衆を振り返った。

「さあ、どうぞ。街を出たい方は出ればいいわ―――ご自由に」

 最後に付け足された言葉はまるで “死にたい方はご自由に” とでも言っているかのようだった。
 ディアナは周囲の者たちを見回す―――が、皆、凍り付いたように動こうとはしない。

 先程までは、この場所から逃げることしか考えてなかったのだろう。
 アルフォンス達が西門を閉じている理由も深く考えようとはせずに。危険だ、と言われても、この場に留まる方が危険だと思い込んで。

 目の前に外に出る道はできた。
 けれどその先が安全だという保証はない。もしかしたら門を出た瞬間、戦闘に巻き込まれて死んでしまうかも知れない―――そう考えてしまえば、二の足を踏むのも当然だ。

 それらを見て、ディアナはくすっと満足そうに笑って言う。

「―――頭は冷えたようね?」

 


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