第28章「バブイルの巨人」
T.「万事休す」
main character:ロイド=フォレス
location:バロン
「―――現状はそんなところね」
「ゴルベーザの部下達が・・・くっ」ロイドはセリスとミストから戦場の様子を聞いて、厳しく顔をしかめる。
白魔法 “サイトロ” 。
精神を肉体から切り離し、周囲の様子を調べることが出来る偵察用の魔法だ。
セリスとミストの二人がそれを使い、戦況を確認してロイドへ伝えたのだ。カインとバッツのお陰で体勢を立て直すことができた直後に四天王の出現。
それによってカイン達は抑え込まれ、立て直した部隊もルビカンテによって半壊するほどのダメージを受けた。そのルビカンテは、カーライルやエブラーナの忍者達が引き付けてくれたものの、今までカイン達が抑えてくれていた魔物達が動き出し、バロン軍は苦戦を強いられている。
その上、巨人を封じている結界の “核” をバルバリシアが狙い奇襲を仕掛けてきた。逃げ出したと思われていたシュウが相手をしているが、それがどこまで当てに出来るのかは解らない。「ロイド殿、ともあれ “結界” を守らねば!」
ベイガンがロイドに進言する。確かに結界が破られれば、巨人が動き出してお終いだ。二度と同じように動きを封じることはできないだろう。
だが―――「・・・けれど、このまま主力部隊を放っておけば、どのみち終わりです」
苦戦中ではあるが、すぐに崩壊してしまうわけではない。
だが、早く魔物の群れを突破して巨人内部に攻め込まなければ、どのみち結界の効果は切れてしまう。「ロイド、これを」
と、セリスがロイドに持っていた剣を渡す。それはセリスの剣ではない。
聖剣エクスカリバー。バッツから、セシルに “返す” ようにと託された剣だ。エニシェルが居ない今、セシルにとっては必要な剣だろう―――ただ、セシルがバロンに居ないというのは想定外だったが。「セシルが戻ってきたら渡してあげて」
「セリス?」
「私が主力部隊の援護に向かう」カインやバッツのように、たった1人で魔物の群れを抑え込むことは出来ないだろうが、彼女の魔法は援護としてこれ以上ないほど有用だろう。
それを聞いて、ミストも「それならば私も―――」と声を上げたのを、セリスが押しとどめた。「ミストはもう殆どMPが残ってないでしょう」
「それは・・・」指摘され、ミストは反論仕掛けて―――しかしすぐに力無く笑う。
「そうですね、無理についていっても足手まといですか」
「まあ・・・ハッキリ言えば、そうね」言い辛そうに、それでもセリスは誤魔化さずに肯定する。
ミストは魔道士としてはそこそこだが、逆に言えば魔法が使えなければただの一般人と変わりない。「けど、頑張ってくれたほうだと思う。戦力的にはロイドよりも貢献したし」
「・・・それ、俺が傷つくんですけど」などと苦笑するロイドを慰めたりはせずに、セリスはさらにベイガンとブリットへ向き直る。ちなみにこの場にいるのは、この5人だけだ。リックモッドは部隊再編後、陸兵団と竜騎士団の指揮をとっている。
「二人は結界核を守って――― “守る” のは得意でしょう?」
「解り申した。それでは・・・」
「いや、待ってください」それぞれ、走り出そうとしたベイガン達を、ロイドは呼び止める。
「なに? 今は一秒でも時間が惜しいのだけど」
怪訝そうに振り返るセリスに「解ってる」と、ロイドは応えて。
「守っている余裕なんてない。このままじゃどのみち時間切れだ」
「じゃあ、どうしろって言うの? 反撃の糸口を見つけるまで、なんとか耐えきるしか・・・」
「反撃するのは今しか無い」はっきりとロイドは言葉を放つ―――が、その表情は苦渋に満ちていた。
「守るのではなく攻める! 頼むセリス、ベイガン殿とブリットと共に、巨人内部へ攻め込んでくれ!」
******
ダークフォースがウィーダスを包み込む。
それは元は自分が放った力を跳ね返されたものだった。「ぬ・・・うっ・・・」
デスブリンガーを別にすれば、バロン最強の暗黒剣の力。
それを容易く吸収され、跳ね返されたことにウィーダスは戦慄を禁じ得ない。(あの時の・・・ファブールでの陛下と同じか―――だがっ!)
「ぬああああああああああああああああああああああっ!」
裂帛の気合いと共にウィーダスはダークフォースを振り払う。
そして、空中に長い胴をたゆたわせる黒き竜を力強く睨み返す。かつて―――ファブールにて、セシルに自分たちの力を跳ね返された時には、それで戦意喪失してしまった。
ダークフォースは言い換えれば精神の力。その戦いは、精神と精神の戦いでもある。ファブールでは “セシル=ハーヴィ” という強大な精神の前に、あっさりと敗北してしまった―――が。
「人は敗北し、膝を突いたとしても―――再び立ち上がることが出来る・・・!」
気迫。
ウィーダスから発せられる気迫に押されるように、黒竜は僅かに身を強ばらせる。「そしてその敗北を糧に、さらに強くなることが出来る―――同じ事では二度と屈せぬように!」
(陛下に感謝せねばなりませんな)
かつてファブールで敗北したからこそ、今、ウィーダスは耐えぬくことができた。
しかし、相手は天を自在に舞う竜だ。
ダークフォースは通じず、いかに無属性で攻撃出来る術があったとしても、剣が届かなければ意味がない。(勝ち目は無い・・・が)
「このウィーダス=アドーム! 暗黒騎士団の長である誇りに賭け、勝てずとも負けはせぬッ!」
「GAAAAAAAAAAA!」ウィーダスの気迫に応えるように、黒竜も顎を大きく開いて牙を剥く―――
******
水竜陣
砂浜に打ち寄せる波がそのまま竜となり、それはルビカンテへと襲いかかる。
「ぬぐ・・・っ!?」
避ける間もなく水の竜に呑み込まれ、ルビカンテは水竜の体内に取り込まれる。
「よっしゃあ!」
エッジが歓声を上げる―――と、その瞬間、水の竜の形が少し崩れた。
「・・・喜ぶのは後にして頂けますか?」
無感情な声音で言い放ったのはキャシーだった。
こんな時でもメイド服姿の彼女は、言葉と同じ感情のない表情で水竜に取り込んでいるルビカンテを睨付けている―――が、その顔には玉のような汗がいくつも浮かんでいた。エブラーナ忍術の奥義とも呼べる秘術の一つ・水竜陣。
本来なら、上忍クラスの忍者が数人掛かりで発動させる術だが、今はキャシーがその術を行使していた。
エブラーナの忍者ではないユフィは勿論、炎系の術に特化しているエッジでも使える術ではない。
キャシーはブランクこそあるものの、かつてはジュエルの後継者として様々な術を叩き込まれていた。ただ、1人では念気(魔力)が足りないため、それをエッジとユフィがフォローしている。キャシーに言われ、エッジは慌てて術に念気を注ぎ込むことに集中する。少しでも念気が途切れれば、術は解けてしまうだろう。
「て、ていうか、あたしもうキツいんだけどー・・・」
泣き言を言い出したのはユフィだった。
エブラーナとは違い、ウータイでは忍術というものをあまり使わない。念気の扱いに関して言えば、素人よりマシだと言ったところだ。「・・・・・・・・・」
竜の中から外の様子を眺め、ルビカンテは無理矢理脱出することを止めた。
この術はかなり強力な術のようで、力尽くで抜け出すのには骨が折れるようだ―――が、強力すぎるが故に、それほど持続しないだろうと判断してのことだ。
視線を移せば、カーライルは砂浜に膝を突いたまま、身動き出来る様子はない。術を仕掛けている三人の忍者も動けない以上、水に捕らえているルビカンテを攻撃出来る者は居ない―――(む・・・?)
視界の端に、動きがあった。
それは船だ。先程も目にした船が、さらに岸へ近づいていた。はっきりと、甲板上に乗っている人間が識別出来る程度に近く、海岸へ寄せられるぎりぎりの位置にある。(! なんだ・・・!?)
ルビカンテが船に注目していると、突然に船のすぐ前の海面が盛り上がり、銀色の何かが持ち上がる。
それは “竜” だった。
術によって作られた竜ではなく、正真正銘の竜―――海竜。銀の竜は蛇の胴のような長い首を持ち上げ、その頭をこちらの方へと向ける。
そして、その顎を大きく開く。その喉の奥からは、濃密で強大な魔力を感じられて―――(しまった!?)
そう思うがもう遅い。
サンダーストーム
銀の海竜―――シルドラの開け放たれた口から、雷光が迸る。
それは、ルビカンテを捕らえている水の竜をまるごと包み込んだ。「ごおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」
水竜の中に走る電撃に、ルビカンテは逃げることもできずに蹂躙される。
炎を操り、冷撃をも防ぐことができるが、電撃に対抗する術は持っていない。その上、周囲を取り囲む “水” が雷撃を満遍なく伝え、ルビカンテの全身を灼く。「が・・・ぼ・・・っ」
―――ようやく電撃の嵐が終わった頃には、ルビカンテは満身創痍の状態だった。しかも、水に囲まれているために炎で癒やすこともできない。
「やったの!?」
「いえ、まだです」ユフィの声に、キャシーは即座に否定する。
「ですが、もう一撃加えることができるなら・・・!」
あと少しの辛抱だと、術の維持に集中するキャシー。
と、その目の前に何者かが立ち塞がった。それは、ここまでルビカンテを誘い出してくれた竜騎士だ。「カーライル様・・・?」
訝しげにキャシーは竜騎士の名を呼ぶ。
不思議に思うのは、何故自分の前に立つのかということと。「火傷が―――」
「逃げろキャシー!」
「ッ!」目の前のカーライルにはあるはずの火傷の様子が無かった。
そのことを口にしようとした瞬間、聞こえてきたエッジの叫びに、彼女は反射的に後ろへ身を退いて跳ぶ。直後、 “カーライル” は歪に笑うと、その手を一閃させた。「・・・つッ!?」
何かが飛んで来て、キャシーの肩口をかすめる。それは鋭利に服ごと皮膚を斬り裂き、肩に血が滲む。
「今のは・・・水・・・?」
「カカカカカッ! 苦戦しているようだな、ルビカンテ!」そう言って邪悪にあざ笑う “カーライル” の向こう側には、水の竜から解放されたルビカンテの姿があった。 “カーライル” の攻撃で、キャシーの術が解けてしまったのだ。
他にもその近くには、 “本物の” カーライルがさっきまでと同じように、膝を突いたまま動けないで居るのも見えた。「チッ・・・」
忌々しそうに吐き捨てるようにルビカンテは舌打ちする。
その様子に、エッジは違和感を覚えた。(なんだ・・・? 以前と性格が変わってる・・・?)
バブイルの塔でもルビカンテは追いつめられ、仲間に助けられたが、その時は申し訳なさそうに詫びていた。
敵を褒めるわけではないが、正々堂々としていて律儀な男だという印象があったのだが。「余計なことをするなカイナッツォ。こんな雑魚共、俺1人で十分だ・・・」
「だっ、誰が雑魚だとおー!」ユフィが激昂する―――普段ならば、エッジも同じように怒りを感じていただろうが、それよりも激しい違和感に囚われていた。
「・・・てめえ、誰だ?」
問う。と、嘲るような笑みが返ってきた。
「クックック・・・仲間の仇の顔も見忘れたか―――エブラーナの忍者というのは、随分と間が抜けているのだな!」
「・・・・・・」挑発されても、何も感じない。以前のルビカンテからは威風堂々と、ゴルベーザ四天王の中での “最強” という矜恃を感じられたが、今はそれが無い。それがどういう意味なのか、エッジには解らなかったが―――ただ一つだけ、はっきりと解ったことがある。
「仇じゃねえ」
「なに?」目の前の “これ” はエッジが知っている存在とは違う、と。
「俺の仲間達は・・・テメエみたいなくだらねえヤツに殺されたわけじゃねえって言ってんだ!」
叫びつつ、エッジは腰から忍者刀・阿修羅を抜きはなった―――
******
「・・・正直、他国の人間であるお前に頼む事じゃないと解ってる」
苦しげに顔を歪めたままロイドはセリスに頭を下げる。
それは起死回生の一手だ。
現在、戦況は四天王の出現でバロン側にとって大きく不利な状況となっている。だが、裏を返せば巨人の内部にはゴルベーザしか残されていないはずだ。セリス、ベイガン、ブリットの三人でも十分に勝機はある。但し、それは一か八かの賭けでもある。
もしもゴルベーザが更に “奥の手” を隠していたならばそれで終わりだ。結界によって空間を固定されている以上、セリスも魔法で簡単に逃げるというわけには行かない。生きるか死ぬか、のるかそるかの勝負。早い話、セリスに向かって「バロンのために命を賭けてくれ」と言っているようなものだ。そして、あくまでも他国の人間であるセリスにとって、そこまでしてやる義理など無い。むしろ、今までのことだけでも過分だろう。
それでも、ロイドにはこれ以上の手を考えることが出来なかった。
(・・・もしも、陛下ならば)
頭を下げたまま思う。
もしもセシル=ハーヴィならば、わざわざセリスに頼んだりしないだろう。
己自身で乗り込んで、己の剣で決着を着けたに違いない。しかしロイドには、そこまでの力はなかった。「馬鹿だな」
「・・・・・・うっ」言われ、落胆する。さすがに虫が良すぎる話だとは自覚していたが、それでも少しは期待していただけにショックだった。
が、続けて言われた言葉は、ロイドの予想外のものだった。
「そんな気にする話でもないわ。ただちょっと、あの巨人の中に行って、ゴルベーザを倒してから制御装置を破壊すれば良いだけでしょう?」
「え・・・?」驚いて顔を上げれば、そこには美しく微笑むセリスの顔があった。
「だ、だけど、下手すればお前、死ぬんだぞ! バロンのために命を賭ける義理なんて―――」
「負ければ、の話でしょう? 私の異名を知らないのかしら?」問われて、反射的にその名が思い浮かぶ。
“常勝将軍”
未だに負け戦を知らぬ、不敗の女将軍―――「私が参加したならこの戦いは絶対に勝てる―――それを信じなさい」
「セリス・・・・・・ははっ」ロイドの顔に笑みが浮かぶ。
彼は苦笑を浮かべて、ちっ、と舌打ちする。「やっべー、ちょっと惚れそうになった」
「恋人に怒られるわよ」
「ロックにもな」
「な、なんでそこでロックの名前が出てくるの!」顔を赤らめるセリスに、ロイドはもう一度声を立てて笑い。
「・・・改めて聞くけど。セリス、頼めるか?」
「改めて答えるまでもないわ」そう言って、セリスはロイドに背を向けると、巨人の方へと足を向ける。
その後ろに、ベイガンとブリットが続くのを見て、ロイドが声をかける。「お二人とも、セリスの事を頼みます」
ベイガンは振り向いて、頷く。
「心得ております。この命に―――もとい、必ずやセリス殿は守り抜きましょう」
「・・・・・・」ブリットも、振り向かないままこくりと頷く。
そしてそのまま三人は、巨人の方へと向かって―――「―――行かせるわけにはいかんな」
「!?」不意に声が頭の上から降ってきた。
見上げれば、空に青年が1人浮かんでいた。白い青年だ。白い巻頭衣に身を包み、髪や肌まで全てが白い。
年の頃はセシルやカインと同じくらいに見える―――が、それは人間ならばの話だ。彼の背にはこれまた真っ白な鳥の翼が広がっていた。「誰だ!?」
ロイドは見たことのない、初めて見る青年だった。
そしてそれは、一度はゴルベーザ側に居たセリスやベイガンも同じようだった。しかし白い青年は、ロイドの誰何の声には応えずに、ロイドが持っている剣―――エクスカリバーを凝視する。
「私の目的はその忌々しい聖剣だ―――」
しかし、とエクスカリバーから視線をはずし、セリス達を眺め見下ろす。
「ゼムスへの義理もある。ここは足止めさせてもらおう!」
叫ぶと、背の翼がばさりと目一杯広がった。
フェザーブレット
広がった翼から、凄まじい勢いで羽根が弾丸となってセリス達を襲う!
「 “盾よ!” 」
一番最初に反応したのはセリスだった。
不完全な詠唱で、防護魔法を発動させる。それは本来の力を発揮しなかったが、威力を削ぐことには成功する。
円月殺法
威力減衰した羽根の弾丸を、ブリットの剣舞が叩き落としていく。
それによって大半の羽根が叩き落とされ、防ぎきれなかったものも、ベイガンによってガードされた。自分の攻撃が全て防がれたのを見て、青年は感心したようにセリス達を見下ろす。
「なかなかにやるものだ―――が、私の目的は貴様らを倒すことではない」
青年の言うとおり、セリス達がこの場に足止めされれば、ロイド達に打つ手は完全になくなる。
それを解っているらしく、青年は次の攻撃には移らずに、空中にただ浮かぶだけだ。だがセリス達が動けば即座に攻撃を仕掛けて来るだろう―――セリスだけならば攻撃をかいくぐって突破出来るかも知れないが・・・。「セリス! お前だけでも巨人へ―――」
「・・・行けるわけがないでしょう・・・!」ロイドに言われ、しかしセリスは首を横に振る。
今の青年の攻撃は、セリスとブリット、ベイガンの三人が揃ってようやく完全に防げたのだ。ベイガンとブリットの二人だけならば、幾つかは防ぎきれない。そうなれば、ベイガンやブリットはともかくとして、確実にロイドとミストは死んでしまうだろう。(畜生・・・! ゴルベーザを倒すどころか、巨人の中に攻め込むことすらできないなんて・・・!)
万事休す。しかもその原因の一つは、ロイド自身が足を引っ張っているからだ。
絶体絶命の状況に、ロイドは己の無力を心の底から呪っていた―――