第28章「バブイルの巨人」
P.「吹く風の行く手を阻める者は無く」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロン

 

(なんだ・・・コイツは・・・?)

 かつては “月の女神” とも呼ばれていた女戦士の一族。しかし “魔大戦” の最中に起こった “光の氾濫” の際に、光のパラディンに従ったため、闇のパラディンであるクルーヤ達によって、月の地下へ封印されてしまった。
 その末裔である彼女―――名をカティスという―――は、目の前で吹き荒れる “旋風” を呆然と見つめていた。

  “旋風” ―――バッツ=クラウザーと誰かが呼んだその青年は、向い来る魔物達を次々に斬り裂いていく。その光景が、カティスには理解出来なかった。

 

 ドラゴンダイブ

 

 不意に聞こえてくる凄まじい破壊音と共に、そちらの方に目を向ければ、竜騎士の放った一撃によって、数体の魔物が一度に吹き飛ばされていくところだった。吹き飛ばされていく魔物の中には自分と同じ “月の女神” の姿も見える。その圧倒的な暴力は、容赦なく魔物達を破壊し、屠っていく。

 それは戦士として生き続けてきたカティスでも恐怖を感じるほどの力―――だが、むしろそちらの方が “理解” 出来る。

「なんでテメエラそんなに死にてーんだよッ!?」

 また一体、魔物を斬り捨てながらバッツは絶叫する。一方的に魔物を斬っているはずなのに、どういうわけかその表情には苦痛が滲んでいた。そのことも理解出来ないことの一つだ。
 そんなバッツに、数体の魔物が一度に襲いかかる。前方左右からの同時攻撃だ。後ろにしか逃げ場がないはずなのだが―――バッツは退かずに、逆に前に出る。

(まただ)

 また理解出来ない光景が展開される。
 魔物達が攻撃を仕掛ける中を前に出て、まるで風のようにその攻撃をすり抜けて、魔物達の間を通り抜ける。通り抜けざまに魔物を一体斬り裂いて、魔物達の後ろに回り込むと同時にもう一体。最後の魔物が振り返った瞬間に、縦一文字に両断する。

 バッツの動きは目にも止まらぬほど速いわけでも、さっきの竜騎士のように恐ろしいまでの破壊力があるわけでもない。なのに誰も捉える事はできず、その刃の一振りで容易く斬り裂かれていく。

 まるで強さの実態が掴めない。何故、どうしてああまで一方的に魔物が斬られていくのかが理解出来ない。

 だから戦士としての本能は、一切バッツに脅威を感じない。
 向かい合い、その戦い振りを見れば、ある程度の実力は推し量れる―――なのに、まるでバッツに強さというものを感じない。

(まるで “嵐” だ)

 音は唸り、水面は波となって暴れ、木々は凪ぐ―――されど、その実体である風は見えない。それは家の中で窓を隔ててみれば、結果は見えても根源は目に映ることのない “嵐” そのものだ。傍から見るだけでは、その実体を感じることすら出来ない。

 目の前で起きている事が、単なる自然現象だと言われた方がまだ納得出来たかも知れない。バッツ=クラウザーという、突発的に起こった自然災害が、周囲をなぎ倒していくのだと。

 ―――と、その “嵐” が不意に自分の背後を振り向きざま、そちらへと向かって跳躍。その一瞬後、バッツの立っていた場所を、雷撃が貫く―――が、その場所にはすでに誰も居ない。

「ひ・・ぃっ!?」

 悲鳴が上がる。
 それは、バッツが跳躍した先に居た、杖を手にした黒いローブの魔道士だ。
 カティス達 “月の女神” と同じく、光のパラディン側につこうとしたがために封印された者たち―――暗黒魔道士と名乗る者たちの末裔だ。

 ただ、光のパラディン側とはいえ、暗黒魔道士も月の女神も、その理念に賛同したわけではない。
 光のバラディンに従いつつ、あわよくば “光の氾濫” のどさくさに紛れ、地上を手に入れようと目論んでいたのだ。

 暗黒魔道士に向かって跳躍しつつ、バッツは手にした刀を一閃。

「う・・・・・・あ・・・・・・?」

 暗黒魔道士は狼狽えた声を出し、そのまま後ろへ尻餅をつく。
 同時、手にした杖が真ん中から断ち切られ、半分となっていた―――が、魔道士自身は斬られていない。

(またか・・・)

 カティスは拳を握りしめた。
 さっきまで自前の剣を持っていたその手は空だった。
 つい先程、バッツに向かっていった際に、あっさりとはじき飛ばされてしまったのだ。それはこの戦場の何処かに飛んでいき、いまさら探し出すのは無理だろう。

 そしてカティスは、剣を飛ばされたが、その身にはバッツの刃は届いていない。

 カティスだけではない。先程の暗黒魔道士のように、バッツは “人間” の種族に対しては武器を狙い、無力化させるだけでそれ以上の危害を与えようとはしていない。
 早い話、斬っているのは魔物相手だけである。

 ―――俺は魔物でもあんまり殺したくねえ・・・

 バッツが出現した時、彼はそう言った。
  “敵を殺すことが出来ない” それは甘さであり弱さでもある―――それなのに、その “弱い” はずのバッツにカティス達は一矢も報いることが出来ないでいる。

「私は・・・」

 怒りと悔しさがない交ぜになった感情で、カティスは立ち上がる―――いつのまにか、膝をついてしまっていた事をその時になってようやく気がついた―――と、彼女は近くに倒れていたバロン兵の手からロングソードをもぎ取った。自前のものではないので、少々重くて扱いづらいが、武器がないよりはマシだ。

(我らはようやく解放されたというのに・・・)

 ロングソードを手に、カティスはゆっくりとバッツへと足を向ける。
 バッツは丁度、こちらに対して背を向けていた。

(こんなところで何も出来ないまま―――)

 バッツはこちらに気づいた様子はない。
 ロングソードの届く間合いまで踏み込んで、カティスは剣を振り上げる。

(―――終わってたまるかああああっ!)

 心の中だけで気合いの声を放ち、手にした剣を全力で振り下ろす。
 扱い慣れていない武器とはいえ、振り下ろすだけならば問題もない。ロングソードは真っ直ぐ吸い込まれるように、バッツの脳天を叩き割り、身体を両断する―――そのはずだった。

「・・・え?」

 気がつけば、再び剣がはじき飛ばされていた。
 目の前に視線を向ければ、いつの間にかバッツがこちらを振り返っていた。

「な・・・あ・・・」

 こちらを見つめているバッツに対し、カティスは何をすることもできなかった。
 何故、バックアタックに気づくことが出来たのか―――いつの間にこちらを振り向いたのかすら解らない。
 それは最初にバッツに襲いかかった時と一緒だ。
 傍から見ていれば大した動きではないはずなのに、こうして実際にバッツに攻撃しようとすれば体感出来る。

 バッツ=クラウザーの理解出来ない強さを。

「お前は・・・一体、何者だ・・・?」

 呆然と問いかければ、彼は即答で返す。

「俺はただの旅人だ」

 強さも理解出来なければ、その返答も理解出来ない。
 目の前に居る存在は決して “ただの” 旅人なんかではない。

 くだらない冗談だ、とカティスは乾いた笑い声を上げようとしたその時だ。

 

 ギルガメッシュジャンプ

 

「!」

 突然、バッツが身を翻す。
 なんだ―――と思った次の瞬間、目の前に赤い影が舞い降りた。それは空から降ってきた勢いのまま、一瞬前までバッツの立っていた場所へ、手にした槍を突き立てる。

「キャアアアアッ!?」

 槍が突き立った勢いで、地面が爆発したかのように土砂が周囲に飛び散った。
 それはカティスにも目掛け、土や石のつぶてに彼女は打ちのめされる。

「チッ、避けやがったか!」

 今、空から飛び込んできたばかりの赤い鎧の男は、自分の攻撃に巻き込んだカティスへ一瞥もくれず、あっさりと回避した(勿論、飛び散った土砂も)バッツへと目を向ける。かれは、地面から槍を引き抜きながら、にやりと笑う。

「よお・・・久しぶりじゃねえかよ」
「ギルガメッシュ・・・!」

 かつて仲間を “殺した” 男を見て、バッツはその名を苦々しく口にした―――

 

 


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