第28章「バブイルの巨人」
Q.「四天王襲来」
main character:カイン=ハイウィンド
location:バロン

 

 

 カインの振るう槍が、魔物の一団を薙ぎ払う。
 軽々と振り回された槍は、しかして強力無比な一撃で敵を打ち砕いていく。

 ランスオブアベル。

 それがカインの得た、新たなる槍の名前だ。

 世界でも最も硬いと言われている純金属であるアダマンタイトで作られた槍だ。
 しかしアダマンタイトは硬い反面、とてつもなく重い。いくらカインでもそんな槍を軽々と振り回す膂力は持ち合わせていない。

 そこでククロはアダマンタイトに別の素材を加えることにした。
 シドが作った飛空艇にも使われている “浮遊石” と、風の力を秘めた鉱石である “風の石” 。
 浮遊石で重量を緩和し、風の石で竜騎士の得意とする “跳躍” を補佐しようとしたのだ。

 ・・・が、それは上手くはいかなかった。
 アダマンタイトを地底のマグマを利用した超高熱で溶かし、そこへ二つの石を加えてみたが、高熱のせいなのか、石の力は失われてしまったのだ。

 どうしたものかとククロと悩んでいると、そこにカーライルがアベルに乗ってやってきた。
 アベルの姿を見て、ククロは思いつきで飛竜の炎を使ってみることを思いつく。アベルは炎を吐くことが出来るが、その炎はただの炎ではない。竜の魔力を秘めた炎ならば、石も力を失わずに済むのではないかと。

 まるでなんの根拠もない、本当にただの思いつきだったが、果たしてそれは上手く行った。
 いや、むしろ想定以上に上手く行きすぎた。
 飛竜の炎で一つに結合した合金で作られた槍は、重量は金属とは思えないほどに軽いが、その質量はアダマンタイトと同様であり、軽く岩を小突いただけで砕けてしまう上に、カインの竜気に反応し、大きな竜巻を生み出すほどの風の力を秘めている。

 愛竜アベルの力によって生み出されたその槍を、カインは “ランスオブアベル” と名付けた。

「フッ・・・雑魚共では相手にならんな―――まあ、試し切りには丁度良いが」

 言いつつ、周囲を見回せば、魔物達はカインを怖れて遠巻きになって距離をとっている。
 バッツとは違い、カインの強さは数度その槍を振り回されただけではっきりと解った。すでに魔物達は理解していた―――目の前の“それ” に立ち向かうことは自殺するのと同義であると。

(兵達は後退したか・・・)

 見回せば、その場に生きているバロン兵の姿はなかった。
 最初に魔物に襲われた兵達が死屍累々としているが、他は無事に退避出来たようだった。

(状況を読まずにいきなり前線に飛び込むのは無謀だと俺ですら思ったが・・・ “馬鹿” にしては正しい判断だったな)

 ―――飛竜の上から戦場を目にした時、カインやセリスはとりあえず状況を把握するためにセシル達の元へ行こうとした。だが、魔物の群れに押され、逃げまどう兵士達の姿を見たバッツはそれを否定し、すぐにでも戦場に斬り込んで味方を救うべきだと叫んだ。

「お前らが行かないって言うなら、俺1人でも行ってやる!」

 ククロがくれた酒の力で興奮しているのか、言葉通りに今にも飛竜から飛び降りていきそうなバッツを宥め、仕方なしにカインとバッツが前線へ飛び降りて魔物達を食い止め、セリスとカーライルがセシル達へ連絡するように役割を分担したのだ。

 さてそのバッツの方はどうなったかと、 “馬鹿” が飛び降りた方へ視線を向ける―――と、そこには魔物達の合間から、なにやら赤い鎧が見えた。その瞬間、カインの表情が険しくなる。

「あいつ・・・ギルガメッシュか!」

 舌打ち。
 ギルガメッシュは、バッツ=クラウザーにとって最も相性が悪い相手だと、カインは知っているからだ。

 竜騎士顔負けの跳躍力があれば、以前にカインがバッツに使った戦法が再現出来る。
 何よりもギルガメッシュには “変身” がある。三面六臂の異形へと変じれば、ギルガメッシュには死角がなくなる。バッツが無拍子で動こうとも、三対の目がその動きを完璧に捉えてしまうだろう。

 バッツでは荷が重い相手だ―――と、カインが援護に向かおうとしたその時。

「!?」

 ぼこり、と目の前の土が盛り上がる。
 それは一つ二つではなく、しかも目の前だけではなく背後からも―――無数に。
 地面の中から盛り上がったそれは、人の形を作って立ち上がっていく―――

「これは・・・また出たか “死に損ない” !」

 カインが叫ぶ。土の中から次々と現れてきたゾンビーの群れ―――その一番奥に、いつの間にかローブ姿の男が居た。歪に背中を曲げ、杖を両手で支えるように持つその姿を見て、カインはあからさまに嫌悪の表情を見せる。

「フシュルルルル・・・・・・そう、嫌な顔をしなくても良いだろうに・・・・・・それとも我を嫌う理由がお有りかな・・・・・・?」

 魔物達が怖れる最強の竜騎士を相手に、ゾンビーを率いるローブの男―――スカルミリョーネは軽口を叩く。
 カインはチッ、と舌打ちしてから槍を構え、

「腐ったやつらに俺の新しい槍を汚されたくないだけだ!」

 言い捨て、カインはゾンビーの群れに飛び込んで行く―――

 

 

******

 

 

「・・・状況は芳しくないようだな」

 前の方から伝令に来た兵士に戦況を聞いて、テラは苦く呟く。

 巨人の内部に潜んでいた魔物の群れの奇襲により、前線は崩壊。
 バッツとカインが援軍として来てくれたお陰で、ロイド達はなんとか後退して部隊を立て直す事ができたらしいが、このままでは結界の制限時間内に巨人の中へ攻め込むことは難しそうだった。

「結界が切れればもう一度張り直せば良い」

 クノッサスが結界の “核” である杖を見つめて呟く―――が、その声音には楽観的な響きは無かった。
 結界を張り直すことは可能だが、一瞬で張り直せるわけではない。その間に巨人がエネルギーを供給し、穴の中から這い出てしまえばそれで終わりだ。

 ふうむ、とテラは少し思案して―――

「ここは私も前に出た方がよいか。魔法一つでもあれば助けになるだろう」
「あら、良いのかしら? ここを手薄にして」
「「!?」」

 突然、上から降ってきた声にテラとクノッサスはハッとして空を仰ぐ。
 そこには大空をバックに、金髪の美女が宙に浮かんでいた。

「まあ、誰が居ようとその結界を壊すことには変わりないけれど!」

 言いつつ、バルバリシアは髪の毛を伸ばして、結界核である杖を狙う―――

 

 

******

 

 

「クク・・・他愛もない」

 目の前で焼け焦げたバロン兵を見下ろし、炎の魔人―――ルビカンテは愉快そうに呟く。
 その表情に浮かぶ笑みは、一度でも彼に対峙した事がある者ならば怪訝に思うほどに、邪悪に歪んでいる。

 ルビカンテの周囲で炭になっているのはバロン兵だけではない。ルビカンテの味方であるはずの魔物達も炭となっていた。

 スカルミリョーネとギルガメッシュがそれぞれカインとバッツを抑え、バルバリシアが一気に結界の核を狙う。
 それらはゴルベーザの指示によるものであり、同じようにルビカンテも命令を受けていた。

 それは―――

「全てを・・・全てを焼き付くすか―――ククク・・・私らしい仕事だ」

 ルビカンテが受けた命令はバロン兵を1人残らず焼尽くすことだ。
 魔物もまとめて焼けとは言っていなかったが、巻き込むなとも聞いていない。だからルビカンテは、敵味方が密集しているところに火炎の柱を打ち込んだ。

 さて次は―――と、別の獲物を探そうとした瞬間。

 

 ファルコンダイブ

 

 不意に上空から漆黒の影がルビカンテに向けて降りてきた。
 それは竜を象った黒い鎧に身を包んだ竜騎士―――バロン竜騎士団副官のカーライル=ネヴァンだ。

 彼は竜気によってルビカンテの纏う炎を防ぎつつ、手にした槍をその身体へと突き立てる―――普通の人間ならば、間違いなく致命傷となるはずの一撃。
 しかし、ルビカンテは「ほう」と感心したようにカーライルを一瞥しただけで、傷を負った様子はない。

「竜騎士か・・・私にとっては相性の悪い相手だが・・・」
「くっ!?」

 自分の攻撃が通じていないことを悟り、カーライルは槍を抜いて後方へと跳躍して間合いを取る。

「―――私の身体はなかなかに頑丈なのでな」

 自分の身体の中央。カーライルの槍に穿たれた穴を指さす。槍が突き刺さった穴からは血が吹き出る様子も無い。もっとも、血が出たところで、ルビカンテの全身にまとう炎によって蒸発してしまうだろうが。

「この程度では大して問題ではない―――それに」

 と、穴がみるみるうちに塞ぎ、傷が治っていく。

「私の炎は燃やすだけではなく、傷を癒すことも出来る―――早い話、いくら竜騎士の “竜気” とは相性が悪いと言っても、その程度の攻撃力では話にならんよ」
「悪かったですね “その程度” で」

 苦々しい表情でカーライルはルビカンテを睨み返した―――

 

 


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